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2-2

 メアが逃げてから三日。

 私は休みになってしまった挙句、呪術の悪影響が懸念されるからって事で魔術も使わないように言われた。当然、外に出るのも禁止。


 疲れる。本当に疲れるわ。何が一番つらいって、嘘をつき通している所よ。


 気晴らしにガーネットを砕いてサラサラの粉にする。そこにやや明度を下げた同じ赤系統の粉を合わせてスパチュラで混ぜる。ざっくりとやったら、後は魔力を通して色味を調整する。

 今回のはあまり赤は使わないのよね。差し色程度なの。この前の『きえゆく瞬きの花』は、内臓と血が肝心だったから消費しまくったんだけど。下描きのキャンバスをちらっと見て想像する。青に映える赤色って、もっと彩度は低めかもしれないわ。


 控えめなノックの音がしたから、粉を容器に移してから玄関口に出る。


「あんた、よく捕まらないわね」

「逃げるのは割と得意」


 そこにはメアがいた。

 綺麗は綺麗だけれど、普段と比べたら大分地味な格好。

 髪を二つのおさげに結って眼鏡までかけているし、その目の色はずっと色味が暗くなってただの濃紺。そしてゆったり目のワンピース。


 ――そう。私が思った通り、メアは演技をしていた。そして共犯者は導師だった。


 あれだけ敵対してるのを前面に出しておいて、演技だったのよ。とんだ狸よね、あの人。

 もうやってられないから、せっかくだしお茶会なんてどうかと提案したら、乗ってくれたの。といっても、私は作法は全く知らない初心者なんだけど。

 メアをリビングに通して持参してもらった料理を引き取る。紅茶の淹れ方を教えてもらって、ミルクティーにする。えぐみが大分抑え気味になるから、これなら少しは飲めそう。


 中央にはホウレン草のキッシュ。少し形が崩れてしまったけれども、といって置かれた。後は数種類のゼリー。二人だけだし、食べきれないと困るし。

 向かい側のメアはほっと一息ついた表情でキッシュにフォークを入れる。


「久しぶりの休暇……やはり、休みは必要」


 メアの中ではこの状況はオフらしい。でも、私は不本意よ。

 こんなんだけれど、メアの怪我は当然治っていない。安静にするべきなのに動いているのは心配だったけれども、本人はもう大丈夫と何度も言い張ってる。


「何で派手にやらかしたのよ」


 ちまちまとキッシュを食べ始めるメアは、かなり食が細そう。私の方が二個目に突入しているのに、まだ一個目の半分だから。

 遠い目をしたメアはフォークを置いた。


「あのくらいしないと、誤魔化しできない」

「誤魔化すって」

「魔術師協会の人達は流されにくいから」


 静かに紅茶を飲むメア。

 導師からの説明によると、メアはとある組織から派遣された人らしい。

 元々は、別の調査の途中だったんだけど、今回はその組織の振りをした犯罪者が協会に紛れ込んでいるんですって。

メアがあんな大根演技をしたのは、派遣元の組織を表に出したくないから誤魔化すため、と。でも、本末転倒と思うの私だけ? メアの事を調べられたらどちらにしろその組織に調査が向かうじゃない。

 

 だからなのか、私は極秘任務としてこの件の捜査協力を仰がれた。導師から直々によ、とばっちりもいいところよ。

 ゼリーを食べて苛々する自分を抑える。メアの作ったやつって、甘さが控えめだからとてもおいしい。それで自分を納得させる。


「フィロガ、超絶切れているわよ」

「知ってる」


 フィロガはメアを捕まえようと躍起になっている。あの後、攻撃魔術を使用した件で『剣』署長に報告書まで提出する羽目になった義兄には事の次第が伝わっていない。ただでさえ、魔術を自由に使えなくて苛々しているのに。劣等感を盛大に刺激したのはまずいわ。


「あんなに切れているの久しぶりなのよね。お陰で家の中が亀裂だらけなんだけど」

「重ね重ね申し訳ない」

「あたしの事も重病の患者並みに扱ってくるんだけど」

「リリー……本当に申し訳ない」


 メアは徐々に声が小さくなる。悪いと思っているのは、伝わってくる。本人も分かっているのか、その手が微かに震えている。この机も、真っ二つだったのを昨日直したばかりなの。

 何が一番疲れるって。フィロガの態度よ。

 あいつは私の世話を甲斐甲斐しく焼こうとするのよ。「何か辛い事あったら言ってね」と普段なら言わない事言うし。ついでに、私が絵を描くための魔力石を買ってきてくれるし。

 大げさすぎって、言ったけど聞いてくれない。


「ねぇ、同好会のみんなには言わないの?」


 せめて、日に日に危ない空気になっていく義兄を安心させた方が、いいと思う。

 目を伏せてカップを掴んでるメアが、ぽつりと言った。


「……言わなくても、たぶんフィロガは気付く」

「どこら辺で理解するのよ」


 私は全く見当つかなかった。


「メアが依拠する魔術体系を、フィロガは知ってる。そして、あの本を読めば、メアの使った魔術に辿り着く」


 傭兵組合の所属で講師になるくらいだから、メアは魔術を使うことは出来る人。

 そして協会の魔術体系をすんなり理解できるなら、ほとんど魔術師と言って差し支えないわね。そういう人って重宝されるはずなのよ。こんな、後ろ暗い事しなくても。


「あんた、普通に魔術師をしてる方がよっぽどいい気がするわよ」

「メアはそれについては何も言えない」


 やや落ち込んでいるメアは、自分でも今の仕事は向いていないと思っているらしい。能力的な問題は私は分からないけど、少なくとも気持ちの上では向いてなさそう。

 気を取り直したメアが、私の右足に視線を移す。


「足は、問題ない?」

「ええ。ただ、一部の魔術は使ったらだめなのよね?」

「そう。リリーの魔力が強いから、解けてしまう」


 この右足の違和感は魔術による偽装工作の結果なんですって。

 魔力と魔術を偽装って発想がすごいわね。どんな経緯でそんな魔術が開発されたのか。


「こんなややこしい用途の魔術は初めてね」

「本来は対呪術師のために作られた魔術。短期でしか効果はない」

「対呪術師用?」

「呪術がかかったと、誤認させるためのもの。術者自身には掛けられない」


 私は自分のカップに紅茶のおかわりを注いだ。ミルクで優しい色合いだけど、カップの暗い色とはちょっと合わないわね。新しく買い足そうかしら。


「あたし、あんまり呪術師に詳しくないし、そもそも魔術師だって呪術は掛けられるわよね。そんなに大事?」

「リリー。呪術は確かに万人が掛けることはできる。ただ、意図して強力な呪術を掛けられるのは呪術師だけ。ふつうの人は、そもそも相手に跳ね返される事が多い」

「そうなのね」


 首をかしげた私を、メアは眼鏡越しに観察してるような感じだった。

 フィロガが元呪術師なら、強い呪術を掛けることも可能、と。それを聞いた私の反応がきっと一般的じゃないから考察しているって所かしら。

 考えを中断するようにキッシュを食べる。ほうれん草とベーコンと卵って組み合わせ、そもそも外れなんてあるわけないわ。


「これどうやって作るの?」

「リリー」

「ねえ、メア。ミルクティーのお代わりちょうだい」


 思いっきり話を逸らしてみせると、メアは諦めたように「少し待って」とポットを持って席を立つ。

 お代わりを私のカップに注ぐメアにまた聞いた。


「サセックの時の、あの行動は何だったの? あの目の色とか、明らかに私の魔術とは違うわよね」

「あれは……その」


 非常に言いにくそう、というか。メアの顔が恥じ入ったように赤くなっていく。

 今のメアの瞳の色もいつもと違うのは、突っ込んでいない。ただ、そっちは不思議ではないの。きっとこれが素の色なんでしょう。海のようなあの深い色の瞳は、魔術の影響。

 でも、金色のあの目は魔術じゃない。魔術なら、私達は分かる。


「その、あれは魔力が足りなくなって……」

「足りなくなって、どうして血なんか」


 最終的に黙り込んだメアは、首まで真っ赤でどうしたらいいのか私も分からない。ただ、少なくとも、不本意だったという事は分かるわ。

 私もこれ以上踏み込むのは諦めて、ゼリーの一つに手を出す。

 さっきからプルプルしたピンクのゼリーが気になってしょうがない。何故か一人分しかないのよ。


「そ、それは」


 メアが慌てた風に手を伸ばすけど、それよりも早く口に入れた。

 塩気と酸味が前面に押し出されている。フルーツの名残は香りくらい。今までのメアの手作りとは全然違う味ね。


「それ、トリシャの」


 メアは尻すぼみになる。どうやら、トリシャの作らしい。私は席を立って冷凍のおにぎりを魔術で温めて一緒に食べる。


 やっぱり、梅干しに似ている。一番近いのは、練った梅干し。


「……ねえ、メア。これ、また持ってきて」

「とても人様に渡せるものでは」

「あたしは、これ気に入ったわ」


 元の食材は梅じゃないようだけど。テンションが上がった。ああ、それだけじゃない、お米、行商の人に頼んでもっと探してもらおう。

 梅干しもどきに気をよくしていると、メアがようやくキッシュを食べ終えてフォークを置いた。


「リリーは……バーナードは好きでない、の?」

「どうして今ここであの人が出てくるのよ」

「彼が、たまに零している」


 二人で話しているのね。

 いつ頃から、それなりの関係になったのか。私には、分からない。


「ねえ、どうやって仲直りしたの?」

「仲直り?」

「だってそうでしょう。バーナード、あんたの事良く思ってなかったのに」

「ああ……野暮用で」


 眼鏡の奥の目は私と合わない。誤魔化す気しかないわね。その件には突っ込まない。既に巻き込まれている身だ、きっとバーナードもそうなんだと思うの。お互い大変よね。

 その代わりに、私の困りごとを話す。


「ねえ、だったらお願いなんだけど。あたしを諦める方向に持って行って頂戴」

「何故に」

「あたしは、バーナードにはっきり言ってるのに諦めないんだもの」

「……はっきり、と」

「ええ。対象じゃないって」


 可哀そうな物を見るような目のメアに首を傾げる。

 何か私、変な事言った?


「それは。リリー、残酷すぎる」

「どこがよ。見込み無ければ他に当たるでしょ」

「いや……ならば、余計に残酷」


 メアの中では私が酷いらしい。ちゃんと言ってるから、むしろ分かりやすくていいと思うんだけど。

 おにぎりを食べ終わって手についた米をつまんでいると、メアが淡々とした声で続けた。


「リリー。もっと他に目を向けるべきは、貴女なのでは」

「あんたに何が分かるの?」


 ああ、さっき買い替えようとは思ったけれど、カップに罅が入ったわ。これはこれでお気に入りだったのに。

 机の向かいのメアは、強張った空気。ちょっとだけよ、ちょっとだけの変化。


「恋とか愛とか。あたしは要らない」


 自分でも、低めの声が余計に低く聞こえる。

 残っているゼリーを口に放り込んでいると、「申し訳ありません」という言葉が返ってきた。気まずくなった。極秘任務のせいか、罪悪感が刺激されて要らないことまで言い放ってる。


「別に、バーナードの事、人としては嫌いじゃないわよ。ただ、あたしはそういう感情、あっちに持てないだけ。あいつを余計に傷つけたい訳でもないし。でも、あっちが諦めないの」


 完食したキッシュの皿を無意識にメアは片付けて私のカップを回収した。余程、私が反論したのがショックだったのか、メアの素が出てるわ。


「淹れなおして参ります」

「メア、言いすぎたわ。ごめんなさい……あとあんた、さっきから敬語だけど」


 動きが固まったメアは、やっぱり調子悪いんでしょう。

 そしてフィロガが帰宅する前にすごすごと帰っていった。



 ***



 メアが帰ってから数時間後に、フィロガは帰宅した。義兄は特別許可が下りて出勤時にも自分の剣を持ち出してた。もちろん魔道具よ。刀身が黒いとか、感性が私と合わないその剣は、こいつの作品の中でもわりと凶悪だった気がする。

 その顔は笑っていても、心は穏やかじゃない。魔力が漏れでてまた物が壊れそう。


「リリー、ちょっと、お兄ちゃん考え事してたんだけど」


 装備を解いたフィロガはゆっくりと室内を見渡した。

 メアの滞在した証拠は隠滅を図ってる。そんなの、ばれたら義兄が怒り狂うからよ。

 魔術も使わせてないから、気取られる可能性は低いんだけど。低いんだけど、やけに深まった笑みが真相を物語っている。


「もし、次にスレイが来たら、いつか、絶対泣かすから覚悟しろって、言っておいて」

「いつか……」


 その笑顔のまま自分の部屋に帰っていく義兄を見送って、私は亀裂の入った机を補強する。

 やっぱり、バレてる。そして怒っている。私に怒っていないという事は、導師が主導してることも、理解してる。


 ついでに、メアが義兄に嫌われた事も理解したわ。

 だって、ファミリーネームで呼んでいるんだもの。協会都市だと失礼に当たるの。私はメアと導師に合掌した。そして収拾は、二人に付けてもらう事に決める。

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