プロローグ【サイドB】 2
俺は白紙の報告書から目を逸らして珈琲を飲んだ。
サセックから帰還した俺達は、遭難した経緯の報告に迫られている。
当然、報告義務があるんだけど。はや、二日。未だにリリー以外は報告していない。
そしてリリーは隊長に報告書を突き返されたらしい。『剣』の友人から軽い口調で聞かされた。
ああ、押収されたヤンの解析器具には、大気魔力の記録まできちんと残っているから。大気魔力の濃度がどうして変化したかも含め、書け、と。
リリーは分からないで通していた。本当に、分からないから仕方ない。
でもさ。俺達は、現場を目撃してしまったんだよね……メアのせいで。
メア本人には、最悪自分が口止めしていると、そう報告していいとは、言われた。
言われたけど、それで済んだら世話ないよ。
ラインハルトも、リリー達を見つけるまでは『理』の署長に報告すると言ってたけど取りやめた。
何せ、メアの特異性は一つじゃなかった。まるで規格外の技術をいくつも持ってた。あんなのどうやって説明するんだよ、と誰もが匙を投げたのが現状だろう。
それだけでなく、魔族の件だって、報告しづらい。
導師はもしかしたら、知ってる可能性はある。メアに依頼をしているなら。
しかし、報告するのは『理』の署長相手。人間じゃない存在とか聞いたら、まずあの人は排斥するだろう。危険だって思うに決まってる。
でも、よりによって意味不明な能力を持つメアは協会に居るし。報告したらこちらの命が今度こそ狙われるかもしれない。俺だけじゃなくて、関係者全員。
時間だけが過ぎていく。現実逃避をしつつ打開策が無いか考える。
リリーは、穴だらけの報告書でも、まだどうにか許される。だけど、俺含めて、他の奴らは役職付きかキャリアが長い。
そんな甘い見逃しを、導師がするわけないんだよ。特に、俺は監視されてるくらいだから、当然悪い意味で協会では目立っているって事で。
このままだと署長達に召集される。それとなく、『理』の署長に釘を刺された。
確実にまずい。署長達の強権によって情報開示を迫られたらおしまいだ。マテウスの話までしないといけなくなる。
でも、メアは面会謝絶状態だ。しかも『癒』の病室は人がいつもいる。対策を話し合うなんて芸当、できないんだよね。むしろその可能性を危惧されて面会謝絶なんじゃないかと、俺は勘繰った。
そして現実に戻る。
ただの紙には、何も文字が浮かんでこない。
どうやっても煮詰まってるね。こういう時は、もう、別の事をしよう。
俺はやかんに水を入れて火にかけた。その間に珈琲豆を粉状になるまで潰す。
ちょっとは気持ちが落ち着く。邪念が入ってるとまずくなる気がしているから無心でただ潰してる。沸騰したからやかんの中に、粉を入れてしばらく待つ。
そして頃合いを見て、ゆっくりと注ぐ。深みのある焦げ茶色の珈琲が湯気を立ててカップを満たす。
口を付けると香ばしさと苦みが程よく混ざり合う。
この一口を飲むだけでも、俺は大分心が癒される。
残念なことに、俺の周りに珈琲を飲みたがる奴はほぼいない。この大陸ではほとんど流通してないから、いつも自分で淹れるか、珈琲を提供してくれる喫茶店に行くか。それしかない。
リリーは紅茶も好きじゃないから、家だと白湯を飲んでる。もちろん、珈琲を淹れてはくれないから、妹の家族サービスは期待できない。
悲しい。ちょっとくらいは、淹れてくれてもいいのに。
気が逸れて少しイライラが落ち着いた。よし。もう時間稼ぎのための報告を出そう。
それしかないと俺はすっぱり諦めて内容と取っ組み合いをすることになった。




