【サイドB】1-2
※フィロガ視点となります。
※2021.12月改稿しました。
周囲には変な影や物音はないかな。
剣を抜いたまま見回していると、隣のディートは不機嫌にぼやいた。
「あいつら、騒がしいな」
リリー達は危険が迫ったら依頼者を即座に避難させる役回りなんだけど、分かっているんだろうか。ヤンは呑気にデータを取ってるし。まあ、でもそこまでカリカリする事でもない。
「危険度は低い場所だからね」
組合の依頼票の難易度を見て精査したから、この任務は俺達でもどうにかなると踏んでいる。ただし、予測できない危険がごろごろ転がっているのが世の常だ。
ディートが眉間にしわを寄せたまま俺をチラ見する。
「その割には気合い入れてる装備だな」
「備えは大切だよね、やっぱり」
いつもの俺は魔力管理のために支給されている指輪と魔力の制御用ピアスを付けているだけ。
それに加えて、ベルトに提げた攻撃魔術用のアミュレットが三つ、結界魔術の補助用にブレスレット、カフスボタン。魔力の暴走を抑えるネックレスは服の下。で、武器としての魔道具が剣と、スリングショット。
俺の演習用装備フルセット。でも、多すぎるから他の備品は減らした。魔術師が見るとすごい事になっている状態。
指摘したディートも準備はかなり念入りだ。支給品の指輪だけは同じなんだけど、彼の場合は治癒魔術の補助に偏っていて、木製の指輪を数個嵌めている。そして見えてない部分にもいっぱいある。
後は治療用の薬と応急処置のキット、テント設営のための資材持ちだ。布は俺も背負ってるけど、完全にディートが荷物持ちになってる。
「あー、おめーといると大抵、碌でもない目に遭うんだよな」
「あははは」
「笑い事じゃねーぞ、ちくしょうが」
彼とは学園時代からの付き合いで、演習とかよく組まされたんだよね。俺が戦闘、彼が補助。実地訓練はたいていどこかで魔物が絡んで、ディートと俺はセットで『自律型魔物誘導機』とか嫌厭された。
リリーとヤンの時はそんなことなかったらしいのに。なんで俺達だけ。
「妹の方は軽装だが、あれはあれでいいのか。『剣』はあいつだけだろ」
「武器は短剣だけっぽいけど、それ以外の遠征用装備は持ってきていたよ」
リリーは魔術撃ち放題だ。この中で一番、破壊力ある。その分、周りの被害を勘定に入れないと悲惨なことになるので牽制をかけるのに終始するよう言っておいた。
「下手に武器持ってるより、魔術の方がいいでしょ」
「本当に、お前達兄妹って……攻撃に偏りすぎ」
「そんなことはないよ。魔道具も作れるし」
「俺が言ってるのは、戦闘スタイルのことだよあんぽんたん。逃げの一手はどこだ」
「敵がいなくなったら逃げられるし、いいんじゃない?」
「だからな、そこなんだって。魔物に対抗するなよ、すぐ逃げろよ」
ディートは周りに目的の薬草がないかどうか探りながら、小声で話している。
口と手と目が別々に動くのは器用だよね。
「あー、ほんとにやってらんねぇ。船の部品でも作りたい」
実家が造船所のディートリヒは長ーいため息をついた。本人は普通の船大工として生きてくつもりで、魔術にこれっぽっちも興味なかったのに。治癒魔術が使えたのが運の尽きだった。
「たまには長期休暇とったら?」
「その場合、おまえも連れていく羽目になりそうだな。却下だ」
「いや、流石に別の人付けるんじゃ」
「自分の評判思い出せ。怖がってまともに制御できねぇ奴はいらないだろ」
俺自身はこんなんだけど。俺の魔力や魔術に恐怖するやつは多い。魔術に呪術を組み込んだらどうなるか、やってしまったのがまずかったかな。魔力の汚染が進んだのは痛い。
「なあ。お前はなんでこんな無茶してんだ?」
「え、何のこと」
とぼけた俺にディートは白けた目を向けてまた薬草探しに目を向けた。リリー達からは距離が少しある。
「お前は癪に障る奴だが、俺よりも数段、物を考えるだろう。リスクを考えないはずない」
長い付き合いだからね。俺のことを結構理解しているよ、ディートは。俺も、ある程度なら彼のことは分かる。まあ、俺に向ける感情だけよく分からないけど。性格は合わないし嫌っているのは確実なんだけどね……それだけじゃないっぽいから。
「生き急いでないか、お前。ラインハルトだって気にしてるぞ」
「みんな大げさだね」
「はー、気にかけて損した」
ディートは俺がこれ以上は何も言わないと分かっているので、また仕事に戻った。たまーに俺に優しくしようとする彼は、根が真面目で熱い奴だ。リリーには普通に優しい。
俺は目の前の妹たちのやり取りを眺めながら考えた。
メアは一体、何が目的なのか。
『剣』の訓練でリリーに攻撃をしかけた、ということは知っている。『剣』はメアを……リーメア・スレイを完全に疑っている。協会に害を与える、という方面でね。実績のなせる業というか、前情報が悪人のそれだった。
でも、なーんかちぐはぐなんだよね。俺からすると。
カマかけたら簡単に引っ掛かるし、開き直って俺の研究に協力してくれるし。ついでに精霊っていう存在がいるとか言いだすし。その上、お人好し疑惑まである。
そんな奴が『死神』。虚像じゃないのか?
よく分からなくなったので放浪時代の伝手で探ってみたら、メアは裏で協会からの依頼を受けていることが判明した。でも、リリーを探っているのも確からしい。そっちは言葉を濁された。
協会の案件について知ってはいけない闇とかそういう類のものだろう。うん、関わらない方がいい。
リリーについては……少なくとも、妹は誰かの恨みを買っている可能性は高い。過去の片鱗が見えるから。うーん、判断に困る。リリー自身がどう向き合うのか、なんだよね、結局。俺が守るのも、期限があるから。
前方の話題がメアのことになると、ベルも話に加わった。勧誘は全く諦めていない。
本当は俺の仕事を引き受ける代わりにって、メアが図書館の使用許可求めてきたんだけど、ベルに頼むよう誘導したんだよね。
後日、メアからは「ベルに誠心誠意、謝ったほうがいい」と諭された。
言われなくても、本当は分かっている。
ベルとまともに話さなくなって、かれこれ八年か。相当、俺に切れている。俺が逃げているから、というのが理由だ。
客観的に見たら俺が悪い。いきなり『別れて』って言ったきり、音信不通で、久しぶりに会っても挨拶以外、会話なし。ベルの立場だったら納得がいかなくて当然だ。主観的に見たら……落ち込みそうだから見なかった事にした。
そんな全然違う方向に思考が逸れてる間も、目だけは動かして敵影を探ってる。癖になってて、少し悲しい。俺そんなに戦いとかしたくないんだけど。
「この先に休憩場所があるんです。そこで今日は休みましょう」
トリシャが指した先に、開けた場所がある。
「了解だ。だが、探してる薬草が見つからないな」
「ハーフェン先生も見てくださってたんですか、ありがとうございます」
「一人より二人の目があった方がいいだろう」
俺達の中ではディートリヒだけだから、薬草の特徴が分かるのは。それに、同じ薬草でも魔力に個体差があるから、その見極めは専門家じゃないと無理だ。
ディートリヒが持ってきた荷物を下ろす。テント張りは力仕事だから、男でやることになった。
薪拾いは課題も兼ねてトリシャが行うことになったので、護衛のリリーとヤンは自動的に着いていった。
残ったベルは煮炊きの準備。
「ベル、魔力残量は」
「あら、心配してくれるの、ディート。ありがとう、まだまだ大丈夫よ」
ベルが指輪を確認して答えた。魔力残量が色で分かるようになっているんだ。
俺は無言で骨組みを設置しながらベルを盗み見る。
協会に入る前から本職として働いてたベルは、普段から魔道具のアクセサリーが非常に多い。自分の魔力を吸収させておいて、足りなくなったら引き出すためのもの。協会の魔道具と微妙に毛色が違う。
そんなベルは戦闘面だと後衛型の攻撃魔術師。しかもこの中だとリリーに次いで実は高火力だったりする。
「で、ラインハルトは?」
「僕はまだ魔術を使ってませんよ」
「お前の場合は抑え込むのに少し割いてるだろ」
「あぁ……それ込みでもほぼ使ってないです」
ハルは無自覚に特定の魔術を発動させてしまう。だから、予め魔道具を発動させておいて抑えている。それ以外は普段どおりだ。何かあっても、すぐに風系統の魔術や剣術で対応できる。
ベルもハルも魔術師としては攻撃に偏っている方なんだけど、本人達は前面に出さない。攻撃魔術を使えなくなった俺は二人と比較して凹みそう。自由に魔術を使えたら、俺も色々できたんだけどな。
「先輩の方が僕としては心配ですよ」
ため息をついていたら、ラインハルトが俺に言及しだした。ベルが逆に無言になる。
ディートはおざなりに手を振って答えた。
「こいつは俺が直にモニタリングしてるからいい」
「いつもごめんね」
確かに負担しかかけてないので、一応は謝っておいた。そうしたら、一気にまた不機嫌そうな顔になる。
「あ? 心にもないこというなや」
「ディート、先輩の言葉を聞いてますか?」
「オメーも少しは幻想から覚めろって」
「なんのことです?」
二人のやり取りに苦笑しながら、ベルは持ってきた燃料に魔術で火をつける。
そして、懐にいれていた瓶を開けて魔術を使う。キラキラと舞い上がる銀粉がそこら辺の土と混ざって食器や鍋の形に成型される。そのまま、炎で熱して出来上がり。
言い争いから一転して、ハルがしげしげと眺めた。
「いつみても凄いですね、錬成魔術は」
「そうかしら。そう言われると嬉しいわ、ありがとう、ハル」
ベルが使うこの魔術は、協会の魔術体系には当てはまらない。彼女固有の魔術。昔覚えた魔術なんだって、聞いた事がある。その話を聞いた時のベルは、もう少し笑顔だった。
「やっぱり、こっちの魔術を使う方が楽しい」
満足そうな表情で出来上がった鍋を弾くベルに、ディートが不思議そうな顔で質問した。
「『飾』だと使わないのか?」
「仕事だと、規格が決まってるもの。品質を均等に保たないとクレームが入るの」
「いつも大変だよな、『飾』って」
ベルの笑顔の質が少し変わる。仕事の時のスイッチが入ってないか。
「魔術師協会の顔ですからね。大抵の顧客は私たちが直接接するから、大変なの。時々、舐めてかかってくる人もいて……ふふ、女性がおとなしいとは限らないのに、ね?」
「そ、そうか」
定例会議のことを思い出したらしいディートは話を切り上げた。ベルは仲立ちをしている商会を怒らせたのに、けろりとしてたからね。署長に突き上げを喰らってるのに終始余裕だった。とりあえず、忘れておこう。
「水汲みに行くわ」
鍋を持って立ち上がったベルは、俺を一瞬だけ見て肩をすくめた。見た、というか睨んだ、が正しいかな。うん。そのまま探索用の魔術で水辺を探しに出て行った。
一瞬だけ、沈黙がこの場を支配する。でも、ディートがすぐに話し出した。
「……なあ、フィロガ。ベル一人じゃ危ないだろうから、お前行ってこい」
「え、なんで俺?」
「ハルは前衛だろ。もしもの時のために魔力と体力は温存する方がいい。俺は戦えないからベルについて行ったところで足手まといが関の山だ。お前は魔力なしでもそこそこ剣扱えるだろ。ベルは後衛型だし時間稼ぎならお前が適任だ」
「……魔術を使った場合の制御は?」
「ベルの魔道具があれば気休めにはなる」
そう説明するディートだけど、本音はそこじゃないんだろうな。
でも、状況的にはこの判断が正しい。俺の感情を抜きにすればね。ハルは俺がかけようとしていた幌をそのまま持ってディートに渡した。
「ハル、それ俺やるつもりだったんだけど」
「ディートも言っていたでしょう。先輩の力、僕、信じてますよ」
ああ、こいつら結託しているな。二人になる機会をわざわざ作るなんて。蟠りを解消してほしいと思ってるんだろう。いつもは俺の味方をする癖に、ハルはこういう時だけあっち側に回る。
もう仕方ない。俺はベルを嫌々追いかける羽目になった。ついてくる俺に気づいたようで、ベルは立ち止まった。
くるりと振り向く彼女は無言でまた魔術を展開して歩き出す。痛い沈黙だ。
早く終われ、そう念じているとベルがポツリと呟いた。
「あんな別れ方をした理由は、教えてくれないのかしら」
少しだけ低い声は、彼女が怒っている時のサインだ。二人きりってどうしても話すの、避けられないよね。このまま無視したら火で炙られるだろうし、仲間割れしたら依頼に支障が出るから、仕方なく言った。
「もう関係ない」
思った以上に突き放したような言い方になってしまった。自分のことながら、駄目な男だと思うよ本当に。
こうなるから話をしたくなかったんだけどなぁ。
「そう……貴方は、私のこと信用してないのね」
案の定、ベルは感情的になっている。最後の一言は涙声だ。
分かってるんだ。でも、俺は言えないんだ、本当の理由。縋ってしまいそうで。
「説明してちょうだい」
「……ただ愛想つかしたじゃだめ?」
火に油を注いでる自覚はある。声が必要以上に冷たい、と俺は他人事のように思った。
事実、ベルは顔を背けて俺を見ない。
川まで着いた俺達は、黙々と作業をした。
ベルは俺のこと忘れてさっさと別の人でも見つけたほうが良い。振った本人が言うことでもないんだけどね。
水のろ過がそろそろ終わりかけるってところで、駆け足の音がする。
「あら、どうしたのリリー」
ベルが振り返って、声をかけた。リリーに向き合う前に、涙を拭っているのが見えてしまう。
「薪、集めるの終わったし手伝おうかと思ったの」
十中八九、俺たちのことを心配して様子を見にきたんだろう。リリーはベルの気持ちも、俺の心情もきっと理解しているから。板挟みになって、きっと妹は気を回しすぎている。
「そうだったの。でも大丈夫よ。こちらも、そろそろ終わるところだから」
ベルの様子にリリーは俺に非難の目を向ける。
「ねぇ、ベル。あたし、魚食べたい。少しだけ待っててくれる?」
リリーが川魚を釣りたいと言い始めた。
ベルは、俺の様子を確認してから「仕方ないわね」と言った。
気をなごませようと話を続けてくれるリリー。妹に心配かけるのは、兄貴のやることじゃないな。
「ディートは魚好きだから、食べるんじゃないか」
「ヤンは、サーモン以外は魚じゃないとか世迷い言いってたわね。ここにはなさそう」
「ヤンらしい。あの子は好き嫌いはっきりしている」
いつものヤンの奇行にベルは少し苦笑している。
リリーはあまり気付いてないようだけど、ヤンは『飾』の中では異質だ。本人はむしろ、『理』に向いた研究者だったし、進路希望もそうだった。しかし、俺とリリーのことがあって、本格的な研究の道に進むのは辞めてしまったらしい。協会に戻ってきて一番驚いたよ、俺は。
ヤンのお陰で、解析に関わる魔道具が一気に増えたので、結果的には協会にプラスだった。だけれど、同好会以外では魔術師の研究をしなくなった。
魚を釣り上げて楽しそうに笑うリリーは、服が濡れるのを気にしないで調子に乗っている。もう、いい大人なんだけどね、リリーも。俺たちといると、だいぶ子供っぽくなる。
リリーは自分の境遇を受け止めている。だから、あまり自分に嘘は付かない。やりたいことをして、やりたくないことは出来るだけしない。そういう意味では誠実かもしれない。
俺は、本当はどうしたいんだろう。
ベルを傷つけたい訳じゃないのに、ベルを傷つけている。ディートとハルには気を揉ませてるし、ヤンは俺達のことで気に病んでるし。全然うまくいかない。
次の獲物を狙っているリリーは、釣りに熱中している。
「ごめん、ベル」
するりと口をついて出た。
もう俺は逃げるんじゃなくて答えるべきなんだろう。俺が苦しくなっても。
「理由はどうしても言えない。ごめん」
はっきりと口にすると、ベルは俺を見て寂しそうに言った。
「言わない、じゃくて言えない、なのね」
栗色の髪を触りながらベルはリリーを眺めている。ベルは聡いから、それで分かってしまうだろうな。
目を伏せた彼女はゆっくりと話す。
「覚えてる? 貴方が別れを切り出した時、貴方、泣きそうな顔してたのよ」
「それは覚えてない」
「ふふ、でしょうね。自覚なさそうだったもの」
ベルは背伸びをしてろ過の魔道具を取り除いた。
「……元々、私も貴方も隠し事、多い方でしょう? そこに、お互いに惹かれてる部分は確かにあったと思うの」
少しだけ首を傾けて俺を見つめるベルは、素を出してるようでいて演技していることが多い。自分を出すことに抵抗があるというよりは、出せない事情がある。魔術の議論から仲良くなって、それで話すうちに、気づいた。
似ている。どこか、後ろめたさを抱えているところが。そう思ったんだ。
「だからかしら。踏み込まない。踏み込んでは駄目になる部分を分かっていて、それが過ごしやすかった」
「そうかな。俺は割りと突っ込んでた気がするけど」
「ふふ、でも、核心は突かなかったでしょう」
久しぶりに話していて、ベルは記憶よりも強くなってると思った。あの時の俺達はこんな話、できなかっただろうね。きっと、お互いに隠し事が大きくて、その重みに潰されてたと思う。
「フィロガ、私はね、終わらせるのはきっと私の方だと思っていたわ。でも、そうじゃなかった。本当は意地っ張りで、優しい貴方が、無理に終わらせた」
ああ、あんな幕引き、俺も望んでなかったんだよ、本当は。
でも、そう言えない。ベルに縋ったら、彼女を巻き込んでしまう。
「貴方が何かに苦しんでいるなら、助けたかった。でも、私では力不足なのね」
俺の元恋人はあまりにも察しが良すぎる。
だから、俺は別れた。でも、俺が決心したのに、気持ちはどうしても嫌だと言っていて。
「話してくれてありがとう。謝罪はいらないの。お友達に戻る、それだけでいい。リリーも心配してたでしょうから、後でお詫びしようかしら」
「まあ、ベルがそうしたいなら……」
俺達の関係は変わってしまったけれど、それでもいつか懐かしいと思える時が来るのかな。ベルにその時がくればいいな、と俺は思った。