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赤い死神の終の棲家  作者: 木の実あかし
第一章 

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7

 次の日も準備をして朝から捜索したけど、やっぱり薬草は見つからない。

 川上を探索したことがないとトリシャが答えたから、そっちを重点的に調べてみたんだけれど。川のせせらぎが聞こえるだけで、むしろ生えてる雑草は減ってる。


「こんなに無いものなの?」

「一株、二株がぽつぽつ生えているものなんですけど」


 トリシャに確認すると、彼女も渋い顔で答える。

 たぶん、ありそうと思われる場所に立ち止まって茂みをかき分けるトリシャだけど、「無いです」と首を横に振る。これは骨が折れる。


 私は地面を見ながら考えた。山菜とか、種類によっては摘んだ次の年に生えなかったことがあった。目的の薬草もそんな感じで扱いが繊細じゃないといけないとか。


「草木って天候とか関係あるじゃない。あまり雨降らなかったり、日陰に生えたりしたら枯れるとか」


 試しに聞いてみたら、トリシャはその言葉にも首を横に振る。


「探しているクレシアスは、生命力が強いので天候が不安定でも育ちます」

「ここいらだったら、問題は無いはずだぞ。確か、開花する前の物が必要なんだよな」

「はい。花が開くと、必要な成分が飛んでしまうそうです」


 だから時期が限定されるのね。周りには蕾を付けている草はない。普段は食べられるかどうかで見分けるから、細かな違いは分からないわ。


「魔術師協会にもクレシアス自体はあるが、うちにはない色だったな」

「白地に赤模様の花を咲かせる予定の株ですからね。この色は国で買い占めてしまいますし……」


 専門家二人の会話に残りの私たちはお手上げ状態。というか、魔術師協会にあったのを初めて知ったわ、そんな不思議な花。

 そしたら、ラインハルトが前を見ながら声だけで参加してくる。


「クレシアスって、吸い上げた魔力によって色を変える花でしたっけ」


 今日はベルと交代してちゃんと索敵をしている。こいつの知識はたまにすごいわね。普段を思い返すと、興味が偏っていて変なことを知っている感じもするけれど。

 ディートリヒが眉を上げて頷いた。


「ああ。『癒』で生育すると、大抵は薄紫色になる。色によって作用も違うからな。白と赤は、一部の治癒魔術師が咲かせる色だな。貴重で俺もちゃんと見たのは一回だけだ」


 魔力で色が変わるのね。私がいつも使っている『色移り』の魔術と少し似ている。


「だったらその治癒魔術師に育ててもらったらいいじゃないの」

「無理だ。そいつらは一般的には聖人って言われる奴らだぞ。魔術師協会に入る前に国に囲われてるだろ」


 それは、確かに無理ね。

 治癒魔術にも種類があって、聖人は要するに肉体の損傷を治癒する特殊能力者。魔術師協会は魔力毒の解毒に特化した治癒魔術師を囲っているから、同盟国からお目こぼしされている……『癒』は半分拉致されてきた集団みたいなものね。『癒』の連中には報奨金が給料と別に出るから、それで納得してもらってるらしい。


「花が開く前の状態でどうやって確認するんですか?」


 ラインハルトが興味津々に振り向いている。こいつの知的好奇心に火がついてしまった。ねえ、索敵は? フィロガも半分諦めの目で見てるんだけど、索敵しなさいよ。ねえ、ベルがやっぱり魔術使いだしたんだけど。

 同好会でも仕事でも、義兄の方がこいつの上のはずだけど。フィロガとラインハルトの力関係は実は微妙なバランスの上に立っている。時と場合と立場が変わればこいつの中での優先度が変わるのよ。

 ディートリヒは食いつくラインハルトに丁寧に答える。いい人だから、答えてしまう。


「ああ、帯びてる魔力が違うから分かるぞ。でも、実物を知らんと無理だな」

「魔力の違いが確認できる程度って魔力含有量がすごいですね」


 そこで納得して後は静かになった。でも、索敵、しないのかしら。こいつも邪魔しかしてないわよ。まあ、いいわ。話で分かったけれども、完全に私達は採取では戦力外。そうよね、元から分かってた。

 ヤンは会話に入らないで魔道具をいじくっている。そして、さっきから唸ってる。


「どうしたの、ヤン」

「ああ、リリー。先ほどから、魔力濃度が安定しなくてな。ここはブルーなのに、数歩前はイエローなんだ」

「昨日もイエロー地帯があったわよね」

「ああ……あまり芳しくない」


 私達の話は聞いていない。むしろ、そっちの考察で頭がいっぱいだったらしい。ベルがヤンの呟きを拾って、こっちを向いた。先頭のベルが立ち止まったから、つられて皆も立ち止まる。


「大気の魔力濃度が高いようだし、一度出直すというのはどうかしら。装備を変えないと危ないわ」

「濃度が高いんじゃ、使える魔術も限られてくるから、いいんじゃないかな。ベルとハルは魔道具を全部は持ってきてないし。ええと、リリーはそれでフル装備?」


 即座にベルに賛成した義兄は何かを警戒したのか、攻撃系統の魔道具は全部持ってきている。フィロガの持ち物で足りないのは、治療キット。どうせディートリヒを当てにしたんだわ、義兄は。


「違うわよ。難易度低かったから魔力制御系の魔道具は持ってきてない」


 一通りは揃えてあるけど、大がかりな魔術を使う予定がなかったから、全部じゃない。

 私は私で魔力の細かな調整が狂う時もあるから魔力制御の魔道具はそれなりに必要なの。流石にフィロガみたいにはならないけど。それに、荷物が増えるし。遠征用の魔道具セットには含まれないからいいかなって思って。

 でも、義兄的には駄目だったらしい。


「ねえリリー。遠征のたびに『剣』から被害を聞かされる俺の身にもなって」


 誰がそんなこと言ってるのよ。今度バーナードから情報の横流ししている奴らを聞かないと。フィロガはとってもうるさい。

 いい加減、子ども扱い止めてほしい。機嫌が降下した私に気づいたのか、ベルがフォローしてくれる。


「まだ何も起こっていないのだから、いいじゃない、フィロガ。ちゃんと考えた結果なのだし」

「でもさ……まぁ、いいけどさ」


 こいつはベルには非常に弱い。なんだかんだ言って、昔から窘められると渋々納得するわ。ねえ、昨日までの蟠りの解消はいいんだけれど、態度違いすぎない? 主にフィロガが。つい昨日までベルを避けてたくせに。

 トリシャが私に向けた目を少しキラキラさせてるんだけど、答えようがないわ。


 フィロガが復縁しないとは分かっている。でも、だったら、ちょっとは距離を取ってもいいんじゃないのかとも思うのよ。明らかにまだ好意が見え隠れしているんだけど……複雑よ、本当に。


 ディートリヒの「よそでやれや」という独り言はたぶん、二人には届いていない。少しだけ苛立たしそうなのは、迷惑だったからでしょうね、今まで。みんな気を遣ってたもの。

 その間、ヤンは我関せずかと思ったら、実は魔道具を全く作動させていない。ほっとした表情している。そして、何事もなかったかのように「道を戻りますか」とラインハルトが締めた。ベル達の一連のやり取りは流している……まあ、彼は気にしないでしょう。

 依頼者のトリシャには悪いけど、撤退は仕方ない。安全第一よ。


「あの、あと少しだけでもいけないでしょうか……メア様のお薬に必要なんです」


 当然、トリシャは浮かない顔をしている。そういえば、前に常備薬を飲んでいるとか言ってた気が。ところで、それ、メアは明らかに秘密にしたがってなかったかしら。


「あ? あの女、持病でもあるのか?」


 ディートリヒがまだ機嫌悪そうにしている。言葉からしてメアへの好感度が非常に低いわね。やさぐれ気味なのはどうしたのか。


「ええと、そのーですね、なくもないカナーって感じです」


 ごまかし方が雑すぎるトリシャに、ディートリヒは生暖かい目を向けている。口が軽いのは元からの性格なんでしょう。ここ数日一緒にいて、よく分かったわ。結構話好きなのよ、トリシャ。


「何か患ってても俺らはどうでもいいんだが」


 しょんぼりするトリシャは可哀そうね。でも、違うのよ。


「命には別状はないのか? 死なれでもすると目覚め悪い」


 続けたディートリヒの言葉にトリシャは顔を上げた。そういう人よ、この人は。そこの嫌っている義兄にも結局は優しくする人だから。だから魔術師協会に捕まったともいえる。

 トリシャは非常に迷った表情で答えた。


「ご本人は問題ないと言ってます。ただ、私はあまりそう思えないです」


 話を聞いた時の冷気が漂った室内は本当に寒かった。思い出しただけでも鳥肌が立ってくるんだけど、やっぱりかなりの弱点になる事だったのよね、つまりは。


「後、十分くらい探して、ダメだったら一度出直す。それでもいいかしら」


 ベルが少しだけ折れた。なんだかんだ言って、ベルも優しいのよ。残りの奴らも、少しだったら、と止めなかった。


「川辺を……近くですし、ちらっと見るだけでいいですか?」


 私達は水音のする方向まで歩く。

 川の上流は流れが少し速い。その上に、人が数人、余裕で渡れる幅の橋が架かっている。昔は人通りでもあったのかしら。簡単なレンガ橋ね、手入れとかしてない。ここって放棄された土地なのかもしれない。

 ディートリヒが一通り見渡してもどこにもない。


「悪いが、引き返すぞ」


 ダメね、今回はもう諦めるしかないわ。橋の向こう側にも森は続いているけど、今の装備じゃ難しいでしょう。


「わかり、ました。皆さん、ありがとうございます」


 トリシャがお辞儀をした瞬間だった。


「――後ろに何かいるんだけど」


 フィロガが小声で言った。後方の索敵は義兄の仕事だ。


 みな、動くのを止めた。川のせせらぎだけが聞こえる。トリシャがおろおろしているから彼女の手を握る。下手に動いたらまずい。

 義兄に聞き返したら、魔力量が少ないから動物らしきものが近づいていると分かった。私はトリシャとヤンの防衛係。いつでも魔道具で結界を張れるように備える。


 息を詰めていると、音がする。そう、草を軽く撫でるような音。

 軽く茂みを揺らして出てきたのは、狼。ぱっと見は、四体かしら。他にもいるかはここからじゃ、確認できない。

 でも、良かった、ただの狼だった。これならみんなどうにかなる。


 狼は興奮状態。怒らせるようなこと、したかしら。いいえ、していないわ。それに、昨日までは痕跡が全くなかった気がするんだけれど、さっき来たばかり? ここは縄張りじゃないってこと?


 狼たちは徐々に近づいてきた。フィロガは剣を持ったままにらみ合い。後ろにいるラインハルトとベルも同じく。

 この場を切り抜けるにはもう戦闘は避けられない。


「ハル、左よろしく」

「ええ」


 義兄達も脅しでは追い払えないって判断したみたい。私達の頭越しにフィロガとラインハルトが相談しあう。

 前列になっているディートリヒは隙を見て私の傍まで避難してくるはず。彼は戦ってはいけないの。怯えるトリシャを支えるヤンは私の結界の補助と索敵ね。


 一匹が躍り出た。即座に退避したディートリヒとラインハルトが入れ替わる。非戦闘員が揃ったから、私は結界を展開してベル以外の四人に張る。

 その直後に、残りの三匹も走り出した。


 最初の一匹はフィロガに飛びかかった。それを義兄は片手剣で横一文字に切り裂く。補助魔術を使って少しだけ腕を強化して、素早く剣を振り抜いている。いつの間に習得したのよ、メアのやり方じゃないの。

 続けざまにラインハルトが左から迫る一匹に牽制で剣を振って、風の魔術で頸動脈を切る。こっちは魔術師らしい戦い方ね。

 そして残り二匹はベルが火の矢で容赦なく射ぬいた。延焼を止めるために更に砂で鎮火する。焦げた臭いが立ち込める。


 他には居ないかしら。辺りを私は見回す。音はしない。


「ヤン、索敵できそう?」

「待ってください、ここの魔力濃度が変動していて時間がかかります」


 ベルが近づいてヤンに言葉を掛けた。ここの大気濃度は高かった。だから、ヤンだと索敵には時間がかかる。

 音はないんだけれど、油断はできないか。トリシャはガタガタ震えている。

 ヤンの魔術が発動した。


「ようやくでき……結界を張れ!」


 その声に義兄がラインハルトの腕を掴んで私に投げる。それでラインハルトは私の展開している結界内に入った。

 でも、フィロガは遅れる。義兄は間に合わないと悟って、自分で結界を張って補助に魔道具を使った。フィロガの身に着けていたブレスレットが魔力を浴びて砕けた。

 何かいる。トリシャの震えを感じながら私は結界の強度を引き上げた。高濃度の魔力を拡散させてぶつけるという攻撃は、魔力含有量の多い魔物が使うから。


 地面で擦れた腕をかばいながら、ラインハルトが体勢を立て直したわ。


「何してるんですかフィロガ! 自分を先に守りなさい!」

「ごめん、ハル先輩。俺のせいかも」


 ああ、一年以上ぶりかしら。時々はラインハルトが怒るのよ、義兄のことを。そしてフィロガは昔の呼び方が咄嗟に出た。

 この二人が思わず素になってるって、それだけ余裕がないってことよ。


 だって、音がするんだもの。明らかに大きな足音。普通の動物じゃないわ。フィロガは前をしっかり見つつディートリヒに話しかけた。緊張、している。


「ディート。俺達、本気で呪われてない?」

「言うな。お前の言葉は洒落にならない」


 結界内のディートリヒは諦めの声だった。ため息を吐いた彼は、私とヤンに向けて言った。


「フィロガの合図で結界解除して逃げろ」

「あんた何言ってるの?」


 そしてディートリヒの言葉に頷いたフィロガは何考えてるの? そんなことしたら、また魔力が拡散された時に困るじゃない。

 戦闘しながら結界を張るのはフィロガもラインハルトも今の装備じゃ、一、二回くらいでしょう。

 ベルは結界魔術が得意じゃないから他人には張れない。ディートリヒはもしもの時のために魔術を今は使えない。


 みんな、分かっているはずよ。だから分担したんじゃない。

 トリシャの手前、不安にさせることは言えないから、目だけで訴えた。でも、ディートリヒは全然取り合ってくれない。逆に、司令塔のベルに指示を求める。


「ベル、囮班と護衛班分けてくれ」

「分かったわ。リリーとヤンとトリシャさんは逃げなさい。私達があれを引き付けます」


 振り返ると、ベルは冷静に森を見つめた後、私達に笑いかけた。普段と変わらない、優しい笑み。


「リリー、分かってるでしょう、護衛任務なのだから」

「でも、そんなみんなは!?」


 今ここで、分断なんてしたら。

 司令塔の指示は飲まないといけない。分かっているけれど、依頼人であるトリシャに何かあったら困るのは分かっているけれど。


「どうにかしたら、追いかけるから。ハル、貴方もそれでいいかしら?」

「これでも、一番年上なんで意気地は見せますよ、ええ」


 ベルの言葉にはラインハルトは苦笑いで答えた。こんな時に仕事へのやる気を出すこいつはこいつで何なのよ。

 ヤンがトリシャの震える足に手を置いた。温めて動けるようにするため。彼女は涙目で真っ青になっているから。


「トリシャ、深呼吸するんだ。落ち着けば大丈夫」

「ヤ、ヤン、さ」

「ほら、私に合わせて。そうだ、それでいい」


 多少は奥歯の音が減った。

 トリシャは、戦えない。本当にただの一般人。私達がどうにかしないといけない。彼女をこの場に置くのは危険。分かる、それはよく分かる。だから、覚悟を決めた。


「行け!」


 フィロガの合図で私はトリシャの手を引く。

 昨日の場所まで行けば、帰り道までまっすぐ。だから、川下へ向かおうとしたのだけど。

 逃げようとした進路方向を壁でふさがれた。まずいわ、姿を隠さないと私達も標的になる。そう判断して、私達三人は橋を渡った。


※2021.9月 改稿しました。

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