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第三十章:それは大きな大きな

第三十章:それは大きな大きな

      *

 波坂の言葉に、空は心臓が破裂しそうだった。

 ……い、伊沙紀ちゃんのお、お胸! やわらかくてもふもふでふにゃんふにゃんでもちもちでぼいんぼいんで凄いよ! 最高級のラム肉みたいに柔らかくておいし――――。

 流石にそれは駄目だろう。いや、ミルクなら美味といっても問題は大ありだよ、うん。

 脳内パニック中の空は頬を赤くして波坂の胸をホールドしている腕を放した。解放された波坂は新たな足場を束縛して作り、ほぼ同じ視線の高さになった邪龍種を見やりながら、口から言葉を生んだ。

「まったく、おっぱいを追い掛けていた時の方が可愛く思えますわ」

 彼女は乱れた服を軽く整えつつも、相手の挙動を見逃さぬよう視線は不動でいる。

 ……おっぱい。真人君が言ってた。おっきなぱいぱいだからおっぱいだって。ちっちゃいぱいぱいはちっぱいで、和時君のお母さんみたいなでかいぱいぱいは―――。

 デぱい。デラックスでデンジャラスでデストロイなぱいぱい。

 ……はっ、もしかしたらおっぱいとデぱいでならアナンタ君を止めれるかも!

 脳内桃色パレードの空は、大真面目に、

「お、おっぱいとでっぱいでアナンタ君止まるかも!」

「え―――? ……あ、いえ、流石に止まらないと思いますけど? 効果があっても逆に興奮するのではなくて?」

 あっれ? 何か引かれてる?

 何故波坂がこちらに眇を向けているのだろうか。理由がまったく分からない。結構いい作戦だと思ったに、と空は自分の提案を再度思案してみるが、失点らしい箇所は思い付かない。

 アナンタ君の目の前で伊沙紀ちゃんと和時君のお母さんがえっちぃ衣装で踊って、おっぱいが縦とか横にぶるんぶるん揺れたら―――、あ、はなぢ。

 先の戦いの怪我だろうか? まあほっとけばいい。服の袖で拭いつつ、空は口を開いた。おっぱいが駄目なら普通に、

「えーと、それなら伊沙紀ちゃんの異能で、アナンタ君の魔力処理とか圧縮作業邪魔できないの?」

 前に波坂と喧嘩した際、自分は口内の圧縮作業を束縛で邪魔されて大変だった。その事を思い出しての作戦だが、波坂は、

「無理ですわね。貴女のならまだしも、あんな大規模に高密度魔力を運用するような相手、一体どうやって縛れと? ワタクシの零細な魔力では弾かれて終わりですわ。最悪、バウンドでワタクシの目が潰れますの。――それよりも、会長と二人で〝竜撃〟はできませんこと?」

 波坂の意見に、今度は空が顔を渋くさせた。

「うーん、どうだろ。わたしたちの上位種に異業で勝てるとは思えないんだけど……」

「そうですの? ワタクシには一発限りならそこまでの圧縮具合の差は感じませんけど」

 疑問するが、次の空の言葉に、波坂は息を漏らした。

「アナンタ君、たぶんわたしたちの使う〝竜撃〟みたいな事はしてないと思うよ。今はまだ魔力を口から吐いてるだけ。だって、わたしの千倍は出せる筈だもん」

 あの巨体を常に浮遊させるだけの余力があの邪龍種にはある。やろうと思えば、一撃の下にムンバイを焦土と化す事などは容易い筈。それをせず、ただ周りのヒト種を消そうとしているという事は、

「今はまだわたしたちヒトを見てる。それだけならいい。でもムンバイに完全に上がってきたらヒトの街を撃つ筈。なら―――」

 なら、

「伊沙紀ちゃん! 出し惜しみなんてわたしたちには似合わないよね!!」

 笑みで告げると、波坂は大きく息を吐き、次に同じ笑みを浮かべて、

「ええもう分かりましたわよ。勝手にしなさいな。道はワタクシが開けて差し上げますわ!」

 うん、と空は頷き、背負っていた刀の柄を握った。

 ……あれ?

 柄から抜けない。どうしてだ、と空は一瞬パニックになる。眼下、こちらの補助のため波坂は足場を解いて落下している。彼女ならおそらくあと二十秒足らずで準備を整える。

 ……うそ、なんで!

 鞘を結んでいた紐を解き、刀ごと前に持ってくる。柄と鞘を握り思い切り引く。が、まるで錆びているかの如く刀はびくともしなかった。本格的にマズい。

 ……うぅ、抜けてよお。早くしないと伊沙紀ちゃんに起こられるぅ。

 必死に抜こうとするが空しい抵抗だった。刀は応えてくれない。空はほんの少しだけ背後を見る。今前衛にいるのは自分たちだけ。ここでしくじれば邪龍種の攻撃を後方に通してしまう事になる。そうなれば、

 ……皆が。

 守らないと。今それができるのは自分たち。遠野たちならそんな事はないと加勢してくれるだろうが、それではいけない。自分で出来る事は、自分でやらないと。

「お願い、抜けて!」

 刀に必死に願い、そして空は最後の力を振り絞って全力を柄に込めた。

 すると、刀は今までの抵抗が嘘だったかのように抜刀できた。あまりの容易さにわずかばかり呆ける少女だが、慌てて、

「――じゅ、準備しないと!」

 柄を両手で握って、少女は感情を切り替えた。木をじわりじわり焦がす火のように、その身体を沈め、敵の中央一点に集中力を研ぎ澄ませていく。

 その一方で、予測される空の効果範囲から極力離れた波坂は、再び足場を縛り、その上で両腕を前に振り切った。

 周囲を知覚し、空と邪龍の間に意識を向ける。考えるのは穴。邪龍目掛けて小さくなっていく大きく長い穴だ。しかしその先端は傘の石突きよりも細い。周辺の湿度、風向、密度を把握した彼女は、数秒後、空間を縛り、円錐の穴を創り出した。

 穴の先端は邪龍種とわずか五十メートル。丁度中央の首を狙う形で、絶対の機密性と強度を誓って、波坂は仕事を終わらせる。そして、

「蒼衣・空、行きなさいな!!」

 叫ぶと同時、空が刀を振り上げ、そこから更に上体を仰け反らせた。

 口内は赤い光が灯り、十二分に魔力を集約させた直後、空は三十メートルを超える火球を吐き出した。火球は一直線に波坂の作った穴に向かう。そして空は更にもう一発、同規模の火を噴き、刀でその火を斬った。

 途端。二発目の火球の勢いが急激に増した。規模は倍になり、先に穴に入った火球を追い縋った。体積的には丁度一杯といったところだ。だが、空はまだ動いていた。

「……おお!」

 翼で大気を打ち、前方で加速。自らも刀を構えて穴に入り、その炎に刃を突きたてたのだ。

 二度目の〝火君〟による増加干渉。穴内部の内圧は対数的に上昇し、膨張を続ける炎の奔流は、波坂の造り出した穴の中を目まぐるしく行き来した。空の〝火君〟が穴の栓となり、炎の行き場を閉ざしたのだ。

 しかし、数秒後。

 内圧の臨界を越えた炎は、先端の小さな穴を、最後の逃げ道として選んだ。

 紅い閃光。

 焔の槍が邪龍種に対して放たれた。

      *

      *

 遠野は自分の父親を見詰め、しかし無言でいた。

 父親の名を呼んでから、二人とも、そしてエリスすらも口を閉ざし、動こうとしないでいる。

 だが、無言でも伝わるものもある。それだけの表現でも、父である海瀬には十分その意味が伝わっている。その証拠に、海瀬は目を閉じて顔を背ける。能天気なエリスでさえ、彼の後ろに隠れようとした。しかし、その無言を海瀬が破った。小さな声で、

「誰から、聞いたんだい?」

 問いかけ。それは罪を認める確かな言葉だった。

「鬼村教諭からだ。〝火君〟も、あのヒトが封を解いた」

「そうか。じゃあさっきの魔力も、〝破邪のはじゃのほのお〟で間違いなかったのか。

 和時、君が〝火君〟を手にする時が、本当の事を話す時だと覚悟していた。全部話そう」

 淡々と告げる海瀬だったが、遠野は彼の思いを裏切った。

「いや、必要ない」

 父親の謝罪を息子は拒絶した。

 海瀬とエリスは目を見開けて、しかし次に顔をやや俯けて覚悟を決めた。息子が次に言うであろう言葉、決別される覚悟を、だ。

「親父。その必要はない。どんな経緯にしろ、親父が選んだ道なんだ。俺がとやかくいうものでもない。そして、俺が選ぶ道も、親父がとやかく言うべき事じゃない。そうだな?」

 海瀬は無言でそれを肯定した。ややあってから、

「二人の嘘を知った時、正直驚いた。この世の者とは思えないほど動揺し、狼狽え、そして悲嘆した。自分の親だと思っていたヒトが、実は他人であるなどと、上手くもない作り話だと笑いたいくらいくらにだ」

 だが、

「だが事実は事実だ。どんなに認めたくなくとも、その事実を受け入れるしかない。親に裏切られたという事実を、だ」

 二人は、叱責をただ聞き続ける事しかできなかった。海瀬は口を閉ざし、エリスはその彼の袖を弱々しく掴む。だが、ふと、

「――優しい、人だったのか?」

 不意に投げかけられた言葉に、二人は顔を上げた。我が子が見える。

「俺の本当の母を知る人間にかたっぱしから聞いてみた。だがその答えはどれも同じだった。勤勉で努力家、真面目で少し気の抜けたところもあるが決して弱音を吐かず、前に立ち続けようとする人だった、とても優しい人だったと。二人が愛した人だったと」

 でも、

「でも言葉だけでは一つも分からなかった。一体どんな人間なんだと俺は思った。二人が我が子を騙そうと思うほどに愛したその人を、俺もみてみたかった。いや、実際に見ているんだろうな。ただ憶えていないだけで」

 そこで一度、遠野は口を閉じた。

 そして鼻から大きく息を吸い、口から吐いて、何かを決心したように再度二人を目で見詰めた。移動の最中、ずっと思ってきた事を告げた。

「――それがどうした!」

 彼は急に声を荒げた。身体を強張らせた二人に言う。

「親が子を騙す事もある。子が親を騙す事もある筈だ。嘘をつき合い騙し合い、騙され合う。それがどうした。たかがそんな事で、子と親の関係がなくなるのか? そんな事はない! 

 親この関係は何があろうと切れはしない。そこには純然たる関係が残っているからだ!!」

 親と子は一生親と子のままだ。しかし、

「それでも絆を切りたい事もあるだろう。互いが嫌悪の感情を抱く事もある。きれいごとばかりで済む世の中じゃない。親と子が殺し合うなんて事、そうさして珍しくもない」

 ああ、そうだ。だから、

「――親父が、親父が気に病む必要なんてどこにもない!!」

 予想外の言葉に、海瀬は面喰った。動揺に息が震える。

 目の前の息子は背を向けて、更に言葉を発した。それは、

「俺が保証する。親父が気に病む必要なんてどこにも無いと。俺にとって母さんも、本当母さんも、俺の母親だ。それ以外の何ものでもない」

 息子は肩越しにこちらを見やって、少しだけ笑んで見せた。

 滅多に笑わない彼の笑みは、とてもではないが上手い笑みとは言えない。だが、その笑みを見て父親はいつも思い出していた。

 気恥ずかしさに満ちた、ぎこちない笑み。その下手くそな微笑みは、他でもない彼の本当の母親の笑顔にそっくりだったのだ。傍にいるエリスもそれに気付いているのか、掴む袖に力が入っていた。

 海瀬は顔を俯けて、震えた声でこう告げた。

「……ああ、有難う。済まなかった」

 息子の言った〝関係〟。それは血の繋がりであり、共に過ごした記憶という関係でもあるのだろう。自分は何て愚かだったのか。自分がこの十七年間悩み続けた事を、息子に諭されてしまうなんて。

 ……ユイ。ボクは本当に馬鹿な男だったよ。

      *

      *

 火の槍は一直に邪龍種を襲った。

 軌道は完璧だった。だが、邪龍の目前で火の槍は四方に割けて当たらなかった。

 全力の攻撃が不通に終わった事に、二人は唖然とするしかなかった。

「うそ、どうして―――」

「貫通力は確かに邪龍種の守りを上回っていた筈ですけど、やはりまだ何か硬い理由がありますのね?」

 と言った矢先、二人の真下を一本の光が奔った。

 魔力のみで構成される衝撃波。〝竜撃〟だ。

 〝竜撃〟は先の火の槍と似た軌道で、しかし今度は下から突き上げるように邪龍種を穿ちにいった。威力は十分。火槍ほどではないにしろ、直撃すればそれなりにダメージが期待できるはずだ。

 が、その数秒後、〝竜撃〟は邪龍種の手前でことごとくその光の跡を消した。しばらくすると、蒼衣から念話が送られてきた。どうやら先ほどの〝竜撃〟は蒼衣のものだったようだ。

「(奴の周りに見えない壁があるようだ。おそらく概念レベルで、あの邪龍種を傷付ける攻撃から守っておるのだろう。物理エネルギーから霊子エネルギーを抜かれる作用だろう)」

「えっ、じゃあ魔力から出したもの全部駄目ってこと?」

「(お前と会計、そしてオレの攻撃をも弾いた時点で道は閉ざされておるわ。壁を壊さぬ限り、有効になり得るのは物理のみの攻撃だろう)」

 蒼衣の推察に、波坂は更に嫌な状況を付け加えた。

「ですけど、生憎相当堅そうな見た目でいますものね、あれは」

「(神々の障害。インドラの槍をも防いだというヴリトラの鱗、か。言い得て妙だな。面倒な相手である事この上ないわ)」

 蒼衣の口調はあくまで余裕を見せているが、方策がある訳ではないのだろう。

 ……ワタクシにもてんで名案が思い付きませんわ。

 苦虫を噛み潰したように顔を曇らせる波坂。しかし、その時だった。

 天蓋から、邪龍種目掛けて幾百もの軌跡が流れた。薄く鋭利で長い物体たち。それは、

「剣?」

 甲高い音が数百重なる。邪龍種に鋭い刺突の嵐が起こった。

 どれも弾かれるばかりだが、邪龍種は一瞬だけその口元から怯んだ音を漏らした。そして、

「(攻撃だ。全員で攻撃を仕掛け続けるんだ。魔力でも奴の足は抑え込められる。物理でも奴に微量なダメージを与えられる。飽和攻撃を掛けるんだ)」

 それは神州のスサノオから発せられた言葉だった。ならば先程の刺突の雨も彼によるものだろう。

「……遠野・和時」

 ほんの少し、波坂は彼を心配した。神州から単身乗り込み、経た戦闘は少なくとも長時間の神力の使用で相当な疲労を持っている筈だ。

 それでも皆に道を感じさせるほどには、リーダーとしての資質を蓄え始めたという事なのだろう。心配すると同時に、彼に着いていく喜びも、また彼女は見出していた。

 彼女は遠野に自分がここにいると知らせようと、いつもの憎まれ口を叩こうとした。が、それよりも先に、彼の言葉に同意する念話が全方位に放たれた。

「(ええそうでとも。ええ)」

 しわがれた女の声。インドの長、アウヴィダからだった。

 彼女は体系局のテラスから、戦場を俯瞰して遠野に同調した。その笑みはいつもにまして、更に企みを含む微笑だった。

      *

      *

 ムンバイは、アラビア海に亜大陸から少しはみ出す形で存在する半島。

 そして、本拠地であるインド神話体系局は、半島の先端。港はその先端を中心に広がり、アラビア海側の岸の大部分は都市で、港の機能は裏側に集中している。

 そのため、昨日ムンバイに入港したマーリーの指揮下にある貿易艦隊〝聖典リグ・ヴェーダ〟とアーディティア護送船団も、基本的に戦力としては扱われず、戦士団との衝突を避けるため裏側にある港の対岸、つまりムンバイではない亜大陸側にある港の近くで貿易船を守る輪形陣で待機していた。

 内海で待機するのは総勢四十九隻の艦艇。指揮官であるマーリーからの待機命令が撤回されないため、船員たちはずっと燻ったままだった。

 旗艦であるミサイル巡洋艦の艦橋。副艦長席でグラビア雑誌を眺めていた副艦長のノルブは突然念話を受け取った。老婆の声で、

「(旗艦ムンバイ、副艦長殿。出番が回ってきましたよ?)」

「やや! その声はもしや局長でありますかな!? もしや攻撃でありますか! もしやもしやではありますが!!」

 うざったい口調を無視して、アウヴィダは頷きを示す相槌を打った。

「(ええ、アレも出して差し上げなさい。たまには使わなければ錆びてしまいますから)」

「やや、本当ですかい?」

 副艦長の口元が歪む。その手はすでに航空母艦へ指示を出すために動いているが、

「ありゃあ艦長の指揮でしか出さない筈なんですが、まあそう言ってる暇もないって事でいいですかい?」

「(おやおや、自分には責任はないと、そう言いたげですね?)」

「何をいってますか、この副艦長ノブル、愉しくてうずうずしますぜい!」

 副艦長はそう告げると、艦内放送と艦隊への通信機器を繋いで無線機を手に取った。

「おい出番だぞ野郎ども! 航空戦闘員と海洋戦闘員はただちに戦地へ、陸上兵は航空輸送員の準備が整うまでお預けだ! 全艦艇の指揮所っ、あそこのデカいアナンタ様に一泡吹かせてみろ!! ――そして空母、格納庫のハッチ全開で所設定無視でいいから一分でアレを発艦させてみやがれ! 金の力の万歳だこの野郎ォオオオ!!」

 その叫びに、艦隊はすぐさま反応した。

 待っていましたといわんばかりに、わずか十数秒足らず。護送船団の十八隻から戦闘員がぞくぞくと飛び出し、戦場へと赴いていった。そして、副艦長のいる艦橋でも、各艦からの同調作業の開始を告げる通信が入ってきている。副艦長は念話で、

「局長、アレを含めるとあと一分と少しで準備万端、損耗祭り行けそうですぜい?」

「(含めなければ?)」

「あと十秒だぜい!!」

 まず旗艦の全ミサイル兵装のハッチが解放される。

「(ちなみに、敵に魔術の類は利きません。通常兵装で攻撃を。そこを加算すれば何秒縮まりますか?)」

 次に護送船団の各艦のミサイル兵装が準備を整える。

「お好きな時で構いませんぜ!?」

 最後に、貿易船に数本ずつ積まれている通常ミサイルが座標照準を同調完了させた。

「(――よろしいでしょう)」

 対地対艦対空問わず、撃てるものは全て解放されたその光景は、圧巻だった。

      *

      *

 テラスから海上で進む戦闘を見るアウヴィダ。

 念話を多方向に放って、彼女は邪龍種と近距離にある者たちに後方へすぐさま下がるよう指示し、その上で再び旗艦副艦長に念話越しで告げた。

「花火は神州において鎮魂の意を持つと聞き及びます。この際、弾薬庫を空にして新しい物に買い替えましょう」

 全て撃ってしまおう。無茶な提案だった。

      *

      *

 しかし、アウヴィダの提案に副艦長は大いに頷いた。口元に無線機を当て、

「――全艦、全ミサイル兵装攻撃態勢用ー意!」

 一息の後、

飽和攻撃フルファイアッ!!」

 直後。

 内海から炎の尾を引く鉄の矢の雨が天へと駆けた。

 天空を翔ける矢たちはひとえに同じ方角を目指し始める。

 そしてその後方で、空母の飛行甲板には異様な物体が多数出現していた。その巨体をものともせずにエレベーターの穴やハッチから推力で上昇しては甲板に降り立つ彼ら。

 体長は十メートルと少し。ヒト型を持つ兵器だった。

 そう。ここにある筈のない、欧州が生み出した感情を持たない鋼鉄の兵士たちが、だ。

      *

      *

 百を超えるミサイルの雨は内海、そしてムンバイという半島を越えた末に再び海へと出ていった。

 神州及びインド神軍の上空を翔けたミサイルたちは、後にそれぞれの軌道をとって邪龍種に攻撃を仕掛けた。百の花火が炸裂していく。

 足元や首、頭部に降り注ぐミサイル攻撃に、邪龍種も堪らず悲鳴のような呻き声を挙げた。しかし、その身体に深手はなく、幾か所かに肉のような赤色が見える程度で、それもしばらくすればリュウ属の回復力や地脈の保護で完治されるだろう。

 海岸付近でその光景を見ていた遠野は、決していい顔をしていなかった。保護領域外での長時間に渡る神力の使用もあるが、内心では、

 ……くそ。ミサイル攻撃でもあの程度の傷しか着けられないのか!

 自分で飽和攻撃を掛けると言ったが、あの防御力を越える攻撃量など幾つの軍隊があれば足りるのか見当も着かない。

 そもそも、この時代における軍備は人員が基本だ。十年前に大型兵器・大量殺戮兵器・電子戦の時代は終わったのだ。故に、軍艦や航空兵器、陸上兵器の立場は輸送や哨戒のみ、武器の使用があったとしても 魔術の補填が必要になる。

 近現代の科学的兵器では異属や魔術、異能には勝てない。そして、異属や魔術をもってしても、邪龍種にはおそらく勝てない。現状、ぎりぎり対抗し得るのは科学的兵器だが、この時代にそこまで兵器に頼り増強を続ける国などどこにもないし、完璧な三すくみの構造という訳でもない。

 ……ぎりぎり傷を付けられるだけで、倒し切れる保証なんてどこにもない。

 おそらく、本当に倒す気ならば、前時代の遺物となった大量殺戮兵器を撃つしかあるまい。

そこまで思考したところで、遠野は考えるのを止めた。

 嫌になったからではない。異様な音に、その身が反応したからだ。

 遠くから響くジェットエンジンの駆動音。大気を割いて天を奔る轟音に向かって、彼は視線を飛ばした。そして、その眼を見開いて、驚愕に顔を歪ませた。

 上空を行くのは体長十メートルを超える巨躯。鉄の顔に皮膚は装甲。金属のワイヤーは筋肉であり、身体中に身に着けるのは超大型のヒト用の武装。そう、それは正しく、

「侵士だと!? 何故こんなところにいるんだ!!」

 二か月前、蒼衣の計略に使用された侵略型機動兵士。

 聖書共同体が造り出した魔術と科学が組み合わされた人型兵器だった。数は十機ほどだが、どれも超重量武装で背部の推進機関が三倍ほど巨大化されている。積めるだけ積んだ機体と言える。一体どうやってそれを手に入れたのか。神州勢の脳裏に老婆の笑い声が響いた。

「(ほほほ、――金は力なり、という言葉をご存知でしょうか? 今季の貿易収支は赤が一か所だけありましてね)」

 何をやったかは分かった気がする。

 遠野の視線の先、十機の侵士はその重量をものともせず、巧みな連携で邪龍種を翻弄した。

 周囲を高速で周回する中でバズーカ砲、ロケット弾、大槌など多種多様な武装で攻撃を重ねて、邪龍種は今までにないほどにその挙動を荒くした。

 九つの首がそれぞれ侵士と距離を取ろうと右往左往し、結果として首同士がぶつかり身動きも徐々に取れなくなる。指示に忠実に動く機械だからこそ、怯まずに敵と肉薄できる。

 が、しかし、それも強力な武器がある内だけだった。

 ……弾薬が尽きれば銃火類はただの鉄塊。ブレードの類は敵には利かない!

 彼の予想通り、侵士たちはその身に纏っていた弾薬類を全て撃ち尽くした。彼らは補給のために一時撤退を選ぼうとするが、それを逃がすほど邪龍も愚かではない。

 背を向けた機体から、邪龍種は魔力や顎で次々と食らい、侵士は無残にも墜ちていった。幸い数機は生き残り撤退していったが、再突貫は難しいだろう。

 どれほどの値段であの機体を購入したかは知らないが、インドの損害はおそらく、国としての許容を考えなくねばならない量になっている。侵士だけではない。兵や艦、弾薬なども邪龍種に対して相当量の損失を出している。しかし、それをアウヴィダは、

「(おやおや、彼はこれで私に数百億の損害を与えた訳ですね。ええ、大した痛手です。アーディティアの皆様、第二波、第三波の用意を)」

 遠野たちも攻撃を続ける中で、初撃ほどの量はないが、貿易艦隊からのミサイル攻撃は断続的に続いた。が、それでも与えられる傷は軽微。インドの艦内弾薬は底を突いた。

 ……マズい、海岸との距離がもうほとんどない。このままでは邪龍種に上陸を許す事になるぞ!

 歯噛みした遠野。彼は全身に魔力を溜め込んで、異能を発動させた。

 右の五指を広げて、大地に突き立てる。使うのは土の操作に関する物。土剣を造る際に重宝している異能の欠片だ。今はそれをアクセル全開で使用する。

「――ああ!」

 同じ形状の剣を百単位で圧縮する。すでに頭痛という域を超えて意識レベルの問題になりかけているが、それでも遠野は剣を生成する手を休めなかった。

「空……!」

「(分かってるよ。わたしたちはいつでも行けるから!)」

 今は空の神力〝日天井〟による回復の恩恵がある。それがある限りは倒れずに済む。故に、

「おおッ!!」

 遠野は限界まで無茶を行った。全ての剣を魔力で方向性を着け、突風を創り出してそれらを遥か上空に巻き上げる。そしてその上で、

「行け空!!」

 空と波坂の連携攻撃。内圧噴射による火槍射出が邪龍種を再び襲った。

 蒼衣の〝竜撃〟ですら霧散させた邪龍種の防御壁だが、火槍の威力ならば直に対抗できる。破れるかは不明だが、自分たちの中で最強の矛である事に違いはない。

 故に、遠野は更に攻撃をそこに加えてやった。それこそが飽和攻撃の神髄だ。

 敵の防御力を上回る攻撃力で敵を押し切る戦法。遠野が落とした剣は、落下速度によりその速度を速め、幾百の剣戟となってムンバイに響いた。しかし、

「――食らえッ!」

 十本だけ、遠野は魔力によるブーストを掛けていた。平凡なブースト効果だが、火槍の防御に余力を割かれていた邪龍種の防御壁は、そのブーストを弾く事ができなかった。

 剣は亜音速で邪龍種の鱗を穿った。

 確かな手応えに遠野の口が笑う。

『――!』

 一際大きな邪龍種の吠声が鳴った。

 ……まだやれる手は残っている!

 彼は手に土剣を二振り持って、地を蹴った。

 全身に十を超える肉体強化の異能、強化の魔術を施す。近くにいる飛行能力を持つ者たちを足場に、遠野は一気に邪龍種へと近づいた。

「波坂――!」

 徐々に近くに見える水色の少女の名を叫ぶ。彼女はこちらに振り返り、頷きを見せて、

「適当に作りますから、あとはご自由にお使いなさい!」

 彼女の神力〝黄泉津追縛〟が、敵の周囲に何百と言う小さな束縛空間を生み出した。それは両足がぎりぎり乗る程度の小さなもので、しかし、

 ……鋭い立体的な軌道が取れる!

 遠野は足場を次々に蹴って邪龍種の周りを跳び始めた。

 身体能力はもはやヒトの域を越え、その跳躍間隔二秒もない。巨体を誇る邪龍種では、その速度を追い続ける事は不可能に近い。速度に慣れた頃、彼は剣を振り出した。

 硬さはすでに承知している。邪龍種の鱗は厚く、鋼鉄のように硬い。だが、所詮は肉の塊が生み出す硬さだ。衝撃に強くとも、切断にはそこまでの防御力を持つ訳ではない。故に、

 ……数回に一回は確実に切れるッ!

 少しずつ、邪龍種の鱗に傷が多くなり始めた。

各所から血が噴き出る。どろどろとした血糊が、遠野を染め上げていった。しかし、所詮はヒトの作る切り傷。一キロメートルを越す巨体の邪龍種には、針で刺した程度の痛みもない。所詮は鱗が切られているに過ぎないのだ。

「和時君、もう一発いくからかわしてね!!」

「足場の余力が無くなりますけど辛抱して下さいまし!!」

 空と波坂が再度、連携攻撃による貫通を試みた。

 天を突きさす炎の槍。

 一旦、直上に跳んだ遠野は直後、信じられないものを目にした。

「――何っ!?」

 火の槍が、曲げられたのだ。

 邪龍種を中心とした周囲の概念的な防御壁が、火の槍を巧みに反らせ、壁を走らせた後に元出の空たちに向かって発射された。

 不意の出来事。そして、予想だにしていなかった事態に混乱した。

 それは波坂や空も同様で、自分たちの攻撃が跳ね返された事に驚き、それを避けるために一瞬だけ邪龍種から注意を逸らしてしまった。

「マズい! 二人ともはやく逃げろ!!」

 わずか数秒の隙が決定的な境目となる。

 邪龍種の持つ九つ全ての首が、同時に、その口から魔力の奔流を吐き出した。

 狙いは無論、空たち二人、そして後方に回った味方たち、それに、

「くそ! こっちにも―――!?」

 邪龍種の目の前にいた者全てが、魔力によって押し流された。

 同時。天から射していた太陽のような光が、途絶えた。

      *

      *

 空は魔力の奔流に吹っ飛ばされた。

 幸い、敵の魔力は攻撃性に活性化したものではなく、ただの水流のような未活性状態だったためそれほど深手ではない。が、ただの水流でも量と威力が桁外れだった。

 ……どう、しよ。にげ、れ、ない。

 魔力の圧力は暴力を越えた状態にある。流れの外に出るなんて不可能だった。

 何とか翼を仕舞い、刀の柄を放さないでいるのがやっと。だが、やがてそれも限界を迎えていた。空の意識が飛んだのだ。

 魔力がぶつけられ、身体がもみくちゃにされる。それが続けば、たとえリュウ属の身体であろうとも本当に死んでしまうだろう。が、ややあってから、少女の身体は不意に外へ出た。

 所詮は流れに過ぎない。偶然空の身体は外方向へ向く流れに乗っていたのだ。

 暗くなった上空から、少女は下方へと飛んでいく。途中、必死に握っていた刀の柄を落として、少女は岸辺の近く、丁度遠野夫妻が陣取っていた場所に墜落した。

 空の小さな身体は、ピクリとも動いていなかった。


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