第9話『シロクロ』
その後も男子テニス部の様子を見ていたが、佐竹が蚊帳の外にいる状態が変わることはなかった。
途中、エリュが俺のスマートフォンを貸してほしいと言われたので彼女に渡したけど、何に使っているんだろう。何やら弄っているようだったけれど。彼女のことだから何か考えがあるのだと思う。
「しかし、本当に佐竹だけ扱いが悪いな……」
「ええ。でも、部員全体が佐竹さんを悪い目で見ているようではありませんね。青い髪の方と焦げ茶色の髪の方に逆らえない、という感じでしょうか」
「そうだな。逆らえば今度は自分がターゲットになり、佐竹と同じ目に遭うかもしれないと恐れてしまっているんだ」
まるで、今の一年三組のようだ。酷い態度を取られている佐竹のポジションが俺で、あの青髪や焦げ茶色の上級生達が池上や佐竹といったところか。そして、それを何も言わずに周りの生徒は見て見ぬふりをしている、と。
「結弦さん……負の心を抱いているようですね」
「……当たり前じゃないか。教室では俺を虐める主犯格の人間だけれど、それでもこうして酷い扱いを受けているのを見ると怒りが湧いてくる」
「……そうですか」
エリュは優しげに笑った。
きっと、佐竹は想っているはず。どうして、こんな目に遭わなければいけないのか、という怒り。俺が教室で抱いている想いを彼は今、味わっているに違いない。
「結弦さんは優しいのですね」
「……どうだろうな」
今の状況を黙って見ているだけの自分のどこが優しいのか。それに、俺は佐竹に虐められた身だ。俺と同じ目に遭っているのを見て、決して悪くない感情を抱いているのもまた事実なんだ。
「いい気味だ、とでも思っているのですか?」
「……否定はしないよ」
「結弦さんを不登校に追い込んだ一人です。結弦さんがそう思っても仕方ないかもしれません。それでも、結弦さんはあの光景を見て、怒りが湧く。それほどに、佐竹さんは先輩方に酷いことをされているのです」
エリュの言うことは……正しい。佐竹があんな目に遭うことをいい気味だと思っているし、俺の味わったのと同じような苦しみを味わえばいいとも思っている。
けれど、それを差し引いても、今の状況には怒りの方が勝っている。それはきっと、先輩達にされていることが許せないからなのだろう。自分のことではないのにこんな感情を抱くということは、やっぱり相当酷いことなんだ。
「ただ、俺とエリュが出てきただけでは意味がない」
「佐竹さんの助け方が重要になるということですね……」
「ああ。佐竹の負の心を作り出しているのは、青髪の生徒と焦げ茶色の髪の生徒だ。彼等に対して佐竹がどのように立ち向かうか。それができない限り、佐竹の件は解決したとは言えないだろう」
そう、これまでに洗脳を解除し、魔女の憑依から救った人間のように。前へ向いていく覚悟を持たせなければならない。それが、俺とエリュがやろうとしている佐竹を『助ける』ということなんだ。
「結弦さんの言うとおりだと思います。佐竹さんがあの二人の先輩方に立ち向かう勇気さえあれば、このような事態にはならなかったかもしれません。でも、実際に彼の立場になると、それは相当な勇気が必要で、なかなかできないなのでしょうけど」
「そうだろうな。それに、周りの生徒の様子を見る限り、あの二人が男子テニス部の中心人物だと見て間違いないだろう。歯向かったりしたら何が起こるか分からない。部活から追放される可能性もあり得るかもな」
「虐めのターゲット、部活からの追放……それを考えれば、何も言わずに大人しくしていた方が身のため、ということなのでしょうね」
「そう考えて間違いないだろう」
ただ、唯一の救いは佐竹に酷く当たっている生徒が、例の二人以外にはいないということだ。中には二人に対して怯えている部員さえもいる。明日は我が身、と考えているのかもしれない。
「あの二人を今のままにしておくわけにはいかない。それが、佐竹の負の心を救うことに繋がると思うんだ」
「それは間違いないでしょうね」
「ただ、どうやってそれを行なうか。佐竹の知らないところでやったとしても、それは佐竹を救えないと思うんだ」
「それなら、やはり……まずは佐竹さんに直接、このことを話すべきだと思います。私達はもう、佐竹さんが負の心を抱く有力な手がかりを掴んでいますから。もし、私達の推測通りであれば、どのように現状を打開するか考えていきましょうよ。きっと、方法はあると思いますよ」
「そうしよう。それに、佐竹の気持ちを知った上で行動したいし、な」
それに、もし俺達の推測通りに佐竹が負の心を抱いたなら、どうやってアンネは彼に洗脳をかけたのかを知りたいし。そこから、アンネの思惑が分かるかもしれない。
「結弦、エリュさん」
テニスラケットのケースを肩にかけた結衣が俺達の所にやってくる。
「真剣な表情をしているってことは、佐竹君が負の感情を抱く手がかりが掴めたってことかしら」
「ああ、そうだ。二年生と三年生の先輩が佐竹を蚊帳の外の状態にしているみたいだな」
「やっぱり、私の聞いたことは正しかったんだ」
「はい。手がかりが掴めたのは結衣さんのおかげです。ありがとうございます」
エリュが丁寧にお礼を言うと、結衣は快活に笑った。
「別にお礼を言われるほどのことはしてないわよ。私はただ、結弦やエリュさんに協力したいだけだよ」
そう言うと、結衣は照れくさいのか、ほんのりと頬を赤くした。
「これから、佐竹さんにこのことを話に行くつもりなんです」
「そうなんだ。……私もついていってもいい?」
「私は別にかまいません。結弦さんはどうでしょう?」
「俺もかまわない。むしろ、一人でも事情を知っている人がいた方がいいだろう」
それに、結衣はリーベに憑依されていた。そこにはリーベと心を通わせたという事実がある。アンネが何を考えているのかを解き明かすヒントをもたらしてくれるかもしれない。
気付けば、男子テニス部の使っているコートには殆ど部員が残っていなかった。
しかし、佐竹はコートに居残り、落ちているテニスボールを一人寂しく拾っている。
「さあ、行こう」
俺達は佐竹のいるテニスコートへと向かう。
足音で気付いたのか、佐竹はボール拾いを止める。
「……何か用があるのかよ。さっきからずっとこっちを見やがって」
とても嫌そうな表情をして、鋭い言葉をぶつける。けれど、彼の視線は俺達の方に真っ直ぐ向いていたのであった。




