第8話『蚊帳の外』
放課後。
今日はとりあえず、佐竹が負の心を抱く原因を調査する。男子テニス部で辛辣な扱いを受けている、という藍川の情報から男子テニス部での佐竹の様子を見てみることに。
また、情報を提供してくれた藍川には女子テニス部を通じて、今度は男子テニス部の事情を調べてもらうように頼んだ。また、いざという時は女子テニス部に協力してもらうかもしれない旨を伝えておいた。
「私達もそろそろ行きましょうか」
「そうだな」
終礼が終わってから三十分ほど。そろそろ部活の方も始まっているはずの時間帯になってきたので、俺とエリュは教室を後にする。
「そういえば、今日は夜モードにはならないんだな」
「今のところ、負の心が抱いてしまう原因の捜査をするだけですからね」
確かにそれだけなら、夜モードにならなくても大丈夫か。
「あと、二人だけで行動するのは久しぶりだよな」
「そうですね。真緒さんや恵さんとか誰かしら私達に協力してくれていましたからね。二人きりで行動するのは、結弦さんと出会った直後以来じゃないでしょうか」
考えてみれば、今まで誰かが俺とエリュに協力をしてくれている。それはとても有り難いことだ。皆に助けられたこともある。
真緒と恵はそれぞれ用事があるそうで、終礼が終わると早々に帰った。まあ、男子テニス部の様子を大勢で見に行くのは何だから二人きりで良かったのかも。実際にはエリュが見えてないから、周りには俺一人だけど。
「結弦さんと、二人きりですかぁ……」
そう呟くと、エリュはふふっ、と嬉しそうに笑った。俺と二人きりなのがそんなに嬉しいのかな。
「今日は負の心を抱く原因を見つけることを頑張ろう」
「もちろんです!」
「もしかしたらアンネが俺達の行動を見張っているかもしれない。彼女のことを気にしながら探っていかないといけないな」
「その点については私に任せてください。なので、結弦さんは佐竹さんの方に集中してください」
「ああ、分かった」
吸血鬼にしか分からない魔女の気配もあるから、エリュがそう言ってくれるのは嬉しい。エリュのお言葉に甘えて、俺は佐竹が負の心を抱く原因を考えていこう。
そして、俺とエリュはテニスコートの近くまで辿り着く。
男女のテニス部を緑色のネットで区切られており、俺達の近くには女子テニス部が活動をしており、ネットの向こう側で男子テニス部が活動している。
「あっ、結衣さんがコートで練習していますよ」
「本当だ」
結衣は他の部員とコートを使って練習している。彼女もなかなかの実力者で、素人の俺でさえも唸るようなプレーを次々と見せてくれる。他の部員も自分の練習をそっちのけで結衣の練習の様子を見入っているようだった。
「結衣さん、テニスがお上手なんですね」
「そうだな」
女子の方も大会が開催されているんだっけ。結衣なら相当いいところまで進出できるんじゃないだろうか。期待が膨らむ。
「そろそろ男子テニス部の様子を見に行きましょうか。今のところ、アンネやその他魔女の気配はありません」
「よし、行ってみるか」
俺とエリュは男子テニス部が活動しているテニスコートの方へ向かう。佐竹に気付かれないよう、コートから少し離れたところから様子を見ることにする。
大会の真っ只中なのか、男子の方もちょっとした試合形式の形で練習をしているようだ。そのプレーは女子以上に迫力がある。
「佐竹さん……いました。端の方にいます」
「ああ、あそこか」
エリュの指さす先には体操着姿の佐竹がいた。ただ、今の彼の表情は無に等しく、今の時間が楽しそうにはとても思えない。これも彼の抱く負の心や、アンネに洗脳されたことが関わっているのだろう。
「やはり、元気がありませんね」
「負の心を持っていることは間違いないと思うけど、アンネの洗脳も関係しているのか?」
「はっきりとそうだとは言えませんね。梅澤さんのように、洗脳した後に慰めの言葉をかければ、洗脳をかける前よりも元気になるパターンもありますからね」
「そうか……」
「ただ、かけ方によってはもちろん、気持ちが沈んだり、怒りに変わるパターンだってあります。今の佐竹さんの様子を見ると、その可能性が高そうですね」
「だけど、そうなるとやっかいだな。俺達が洗脳を解こうとしても、アンネの言うことの方に納得してしまうかもしれない」
言葉によって、彼の心を変えたりもできれば、本心に鍵をかけたりすることだってできる。洗脳する際にアンネが佐竹にかけた言葉によっては、洗脳を解くのがかなり難しくなることも考えられる。
「ちゃんと洗脳を解くためにも、負の心を抱く原因を知ることは重要なんです」
「そうだな。原因が分からないと解決法だって見えないわけだから」
そのためにも、今はちゃんと佐竹のことを観察しないと。
佐竹はコートの外で他の選手が練習するところを見ているか、テニスボールを拾っていることが多い。しかし、ボール拾いは彼一人らしく、時折、先輩らしき人からボールを拾うように怒られている場面も。
「佐竹、こき使われているな。まだ入学してから一ヶ月ほどだし、厳しい先輩がいると、一年生はこういう役割になってしまうのかな」
俺がそう言うのも、体操着やジャージには学年の色が入っているからだ。今年度については一年生が緑、二年生が赤、三年生が青となっている。
「……役割、で言える範囲でしょうかね。佐竹さんにボールを拾うように言う生徒さんの言葉は強い怒りのようなものが込められていました」
「じゃあ、それも結衣の言う“辛辣な扱い”の一つってことか」
「そう考えるのが自然だと思います」
確かに、佐竹の表情が芳しくないままだ。時折聞こえる先輩の怒号が、佐竹の心を傷つけている一つの理由に違いない。
「もうちょっと見続けてもいいですか? 私、ちょっと気になっていることがあるんです。それを確かめたくて」
「もちろんだ。エリュが確信できるまで見てみよう」
何が気になっているのかが気になったけれど、ここはエリュが確信を持つまで待つことにしよう。
しっかし、ずっと見続けているものの、佐竹はボール拾いばかりしている。彼は大会での試合を含めているのに。
そして、青髪の男子生徒と焦げ茶色の髪の男子生徒が佐竹に言葉をかけ、時々、声を荒げているように見えるシーンがあった。おそらく、彼等が佐竹に対して辛く当たっている中心人物だろう。つまり、佐竹の負の心を抱かせる原因を作る奴等。青髪の生徒が着るジャージには青色が入っているので三年、焦げ茶色の生徒が着るジャージには赤色が入っているので二年生か。
「……やっぱり、思った通りです」
エリュはテニスコートの方を見ながらそう呟いた。
「どういうことだ?」
「……一年生の生徒は緑色の部分がある体操着やジャージを着ていますよね?」
「ああ、そうだ」
「それで確信を持ちました。テニスコートにいる一年生の生徒さんは必ず一回は、二人で行なう練習を行なっているんです。しかし、佐竹さんだけはボール拾いばかりで、その練習を一度も行なっていません」
「そうだったのか。確かに佐竹はボール拾いとか雑用ばかりだったのは分かったけれど」
佐竹だけが二人で行なう練習に参加していなかったことには気付かなかった。俺は佐竹や二人の先輩を中心に見ていたけど、エリュは男子テニス部全体を見ていたから今のことに気付けたんだ。
「じゃあ、佐竹だけ……蚊帳の外にいる状態ってことになるのか」
「ええ。正式な部員であり、大会期間中でありながら、彼は……ちゃんとした練習をすることができていないんです。恐らく、青髪の生徒さんと焦げ茶色の生徒さんの所為でしょう」
「じゃあ、佐竹が負の心を抱く原因はそれか……」
「そうだと思います」
他の部員と同じ場所にいるのに、自分だけ練習に参加できないなんて。
結衣の言うとおり、男子テニス部の上級生が絡んでいるのか。原因が分かったのはいいけれど、今までと同じようにすぐに洗脳解除とはいかなそうだ。
「とりあえず、練習が終わるまでは引き続き見続けましょうか。新たな手がかりが見つかるかもしれませんし」
「そうだな」
俺とエリュはその後も男子テニス部の練習風景を見続けた。しかし、今もなお、佐竹が心を傷つけられていることが分かっているだけに、ただ立って見ていることの辛さが増していくばかりなのであった。




