どこからともなくきたお話
「ねえ。知ってる?」
それはいつもこの言葉から始まっていた。
「ねえ。知ってる?この学校の近くにある路地から変な音が聞こえてくるんだって。」
「音?」
「そう。なんかよくわからない音。そもそも音なのかどうかもはっきりしないらしいけど。」
「それで?」
「その音を聞いたら連れて行かれるんだって。」
「どこに?」
「わかんない。」
「何それ。」
「でもね。絶対にもう戻ってこられないんだって。」
「じゃあ、その話一体誰から聞いたの?」
「え?」
「だって。誰も帰ってきてないんだったら、そんな噂話が広がるわけないじゃん。」
「そっ・・・か。」
「でしょ。」
『あははははは。』
徳山美生はこの春、地元の高校に入学したばかりの高校一年生。
地元の高校だけあって中学からの同級生も多く、放課後にはすでに女子同士のおしゃべりタイムが開催されていた。
いつも美生と一緒にグループを作っているのは美生を合わせて全部で三人。同じ中学からの友人で香川伊吹と西山明日花だった。
いつも好きなアーティストや好きなドラマといった自分たちの好きを布教してまわる時間が大半で好みが合えばさらに盛り上がり、SNSも交えて情報共有に勤しむ。
そんなただ楽しいだけの時間が夏前くらいまで続いた。
だんだんと夏が近づいてきたのがわかるくらいに気温が上がって、高校生になって初めての期末テストの勉強期間が明日に迫った放課後。
勉強もしないといけないと言うこともあり、このおしゃべりタイムもお休みにしようと話をして切り上げようと美生が立ち上がりかけた時、伊吹が急に美生の手を掴んでもう一度先に座らせた。
「なに?どうしたの?」
驚いて美生は伊吹を見る。
伊吹は少し緊張したような顔で
「ねぇ。知ってる?」
と、さっきの話を披露した。
最後まで一通り聞いた後、明日花にバッサリと切られてしまったが…。
その日の帰り道、美生は一人でさっきのことを思い出していた。
「なんで伊吹はいきなりあんな話を?」
歩きながら独り言を続ける。
「怖い話なんて今までしたことなかったのにな。」
確かに伊吹はいろんな話題を知っているほうだ。美生や明日花が話題にしたものを大抵は知っている。
そんな伊吹だからホラーな内容だってもちろん範疇なんだろうけど。
「そんな空気ぜんぜんなかったのに。」
タイミングとシチュエーションがおかしくて腑に落ちなさすぎる。
口元に手を当てて立ち止まっている自分に気がついて慌てて歩き出す。
「テストのこと考えなきゃ。」
明日からテスト勉強期間に入ることに頭を切り替えて残りの帰り道を急いだ。
それから二週間は初めての期末テストに必死だった。
一年の最初の学期末にバカだと思われるのは避けたい。
なんて思いから、この二週間は家と学校の往復のみで放課後のおしゃべりはなしだった。
だから。
だからってことはないんだけど。
気がつくのが遅れてしまった。
そのことに気がついたのは、期末テストが終わった次の日。
明日花の一言だった。
「井吹は?」
それを聞いた時、最初は何を言ってるのかわからなかった。
「え?井吹?教室にいないの?」
ぐるりと教室を見回してみる。確かに伊吹の姿はない。
「トイレじゃないの?」
そう言って明日花の顔を見るとその真剣な目の驚く。
「そうじゃなくて。」
「?」
言ってる意味がわからない。
「どういうこと?そうじゃないって。」
あまりにも真剣な明日花の目に不安を覚える。
「おぼえてる?伊吹が変なこと言ってた日のこと。」
「変なこと?」
すぐには思い出せなかった。テスト期間に集中しすぎて記憶が遠のいていたのかもしれない。
「テスト勉強期間の前の日だよ。」
明日花に言われて思い出した。
「あの話?」
突然し出したホラー話のことを言っているのだろう。
「そう。」
明日花の顔が曇る。
「何?あれがどうかしたの?」
話がなんだか不穏な方向へ向いている気がして会話を進めづらい。
「あれからいないのよ。」
「え?」
「あの話した次の日から来てない。」
「そんな。だってもう二週間…。」
そう言いかけて言葉に詰まる。
勉強期間もテスト期間の間に井吹を見た記憶が一度もない。
でも、それ以上に言葉が詰まった理由はそのことに頭の片隅で気がついていたのにテストを、自分のことを優先して見ないふりをしていたことだ。
それを急に思い出した。
「テストにも出てなかったってこと?」
「そうみたい。私も今日まであんまり気にしてあげられなかったから…。」
同じ気持ちで後ろめたさを感じでいるのが視線で分かる。
「だから、今日行ってみようと思って。」
「それで声掛けてくれたんだ。」
「うん。先生に聞いたらずっと体調不良って連絡が来てるって。」
私たちもそうだが、先生たちもテスト期間が終わるまでと対応を先延ばしにしているようだ。
普通なら二週間も体調不良なんておかしいと思って家に行くくらいのことはするだろうけど。
「先生に今日行ってみるって言っといた。ありがとうだって。」
気にはなっていたということだろうな。
「わかった。じゃあ放課後すぐ行こう。」
放課後になるまで美生はずっと考えていた。
どうして今まで忘れてしまってたんだろう。あの日の帰り道、あんなに気になっていたのに。
そして考えれば考えるほどおかしいところを思い出してきて怖くなる。
テスト勉強期間の前の日。
三人でいつものように放課後に話をしていた。
つもりだった。
でも、よく考えればあの日の伊吹はいつものようじゃなかった。
いつもは一番多くの話題を提供するのが伊吹なのに、あの日は最後にあの話をするまで全く口を開かなかった。
そして最後にあの話だ。
どこどなくそわそわして緊張しているような面持ちがはっきりと思い出せる。
一体、伊吹に何があったのだろう。
※ ※ ※
「美生。行こう。」
少し表情がかたい明日花が机の前に立つ。
「うん。」
伊吹の家は学校から十五分ほど歩いた住宅街にある。
中学の頃から知っている道を明日花と言葉なしに歩く。
伊吹の家に来たのは久しぶりだ。
高校生になると家ではなくて街中に自分たちの行動範囲が広がるためだろうか。
親がいない、見れない空間に自分たちの居場所があることに安心感を覚えるようになる。
美生たちも例外ではなく、三人で一緒に立ち寄るのはお互いの家ではなくなっていた。
「なんか久しぶりだね。」
美生と同じことを考えていたのだろうか。
明日花が美生の心中を言葉に乗せる。
「うん。私もそう思ってた。」
久しぶりに見る伊吹の家はなんだか以前よりもくすんで見えるような気がした。
ここに今日きた理由がそう感じさせるのだろうか。
「チャイム押した方がいいよね。」
中学の時は本当によく遊びに来ていたから、そのまま玄関を開けて伊吹を呼んだことも何度もあった。
それでもすぐに伊吹のお母さんが笑顔で出迎えてくれたことを思い出す。
「そう・・・だね。」
今日もあの笑顔を見せてくれるのだろうか。
明日花がチャイムを押す。呼び出している音が聞こえた。
誰も出てくる気配がない。
二人で顔を見合わせる。
家の中はしんと静まり返っている。
「いないのかな?」
もしかして伊吹は入院とかしてるのかな。
そんなことを頭の中で考えていると明日花が再びチャイムを鳴らす。
さっきと同じ、呼び出し音の後の静寂。
家の中でも人が動いている気配はなかった。
「やっぱり誰もいないみたいだね。」
なんだかこれ以上ここにいたくない気がしてならない。
「また明日来てみようか。」
立ち去りたい気持ちをなんとなく悟られたくなくて少し明るめの声で提案してみる。
「そうだね。」
明日花もすぐに同意してくれるところを見ると美生と同じ感覚を感じ取ったのだろう。
そうやって二人で伊吹の家の玄関に背を向けた瞬間。
「美生ちゃん。明日花ちゃん。」
そばの角から伊吹のお母さんがこちらに向かって走ってくる。
とても急いで帰ってきたのだろうか、息が上がっている。
「伊吹のお母さん。お久しぶりです。」
明日花が声をかける。こういう時大人としっかりと受け答えのできる明日花はかっこいいといつも思う。
自分はいつもその影に隠れて黙ってしまう。
「久しぶりね。」
伊吹のお母さんはなんだか疲れたような笑顔で返事をする。
「あの・・・。」
明日花が言った言葉に被せるように伊吹の母が声を出す。
「ところで伊吹、見なかった?」
思ってもいない言葉に美生と明日花は絶句してしまう。
息を切らして帰ってきたのは伊吹を探し回っていたからだった。
「あの。どういうことですか?伊吹、家にいないんですか?」
自然と言葉が出る。
いつもならこう言おうと頭で考えながら出ないと大人の人とは話せないのに。
「そうなの。今朝、部屋にいたのはわかってるんだけどね。お昼ご飯を食べようと思ってあの子の部屋に行ったらいなくて。」
頬に手を当てながら記憶を探っているようだ。
「玄関から出た音も聞こえなかったはずなんだけど、家の中にはどこにもいなくて。」
昼ということは、それから今までずっと?もう夕方だ。
「私たち今チャイムを鳴らして、誰もいないなって・・・。」
流石の明日花も言葉使いが対大人用ではなくなっている。
「今日までずっと伊吹休んでるから。気になって。」
尻切れの言葉に明日花の動揺がうかがえる。
「そうだったのね。ありがとう。」
伊吹のお母さんは素直に私たちの心配をありがたがってくれる。
それが少し後ろめたい。
「とにかく上がって。もしかしたら伊吹戻ってきてるかも。」
最後のセリフは自分を言い聞かせるもののためかもしれない。
急足で玄関へと進み、ドアのぶを引いて鍵がかかっていることにため息をつく。
一瞬の後、ポケットから鍵を取り出してロックを解除する。
「さあ。どうぞ。伊吹は戻ってないみたいだけど。」
どうしようかと迷った。正直なところ、井吹がいないのに残る意味があるかと思った。
「お邪魔します。」
しかし、明日花の考えは違うらしく、すぐに中へと入っていってしまった。
「お邪魔します。」
美生も仕方なくそれにつづく。
家の中は薄暗く明かりがついている気配はない。
「ちょっと散らかってるけど入って。」
リビングに案内され、室内を見て足が止まる。
記憶の中にあった伊吹の家とは似ても似つかない。
「どうしたんですか?これ・・・。」
部屋の中は洗濯物や食事の後、片付けられないままテーブルに置かれているであろう食器が散乱していた。
まるでちょっとしたお化け屋敷のようだった。
「ごめんね。色々と忙しくしてて。」
小さな恥じるような声がキッチンの方から聞こえてくる。
何か私たちのために用意しているのだろうか。かちゃかちゃと食器の当たる音が聞こえる。
その聞き慣れた音さえも何か別のことをしているような錯覚を覚える。
「あの!私たちもう遅いのでやっぱり帰ります。また来ます。」
咄嗟に美生はそう叫び、明日花の手をとって伊吹の母の返答も聞かずに部屋を飛び出した。
そのまま明日花を連れて、近くの公園まで伊吹の家を振り向くことなく歩き続けた。
振り向けば感情のない顔で伊吹の母がこちらを見ているような妄想が止まらなかったからだ。
止まることなく歩き続けたことで二人とも公園に着いた頃には息が上がってしばらく話せなかった。
「やばいよ。伊吹の家。お母さんも・・・。」
やっと息を整えて明日花と顔を見合わせる。
「なんだったの?あの部屋。あんなところに住んでるの?伊吹・・・。」
明日花も信じられないと言った顔で伊吹の家の方角を見つめる。
「でもあんな感じじゃなかったよね。もっと綺麗で明るくて普通の感じだったのに。」
以前遊びに行った時との違和感に戸惑いが隠せない。
「お母さんもなんか、なんて言うかちょっとおかしかった気がしない?」
あんな家の中でほとんど平気な顔してた。ちょっと恥ずかしいそぶりは見せていたけど。
レベルが違った。
自分なら、自分の親ならきっと他人には見せない。
そんな状態の部屋だった。
「どうなってるの?伊吹も家にいないっていうし。」
明日花は混乱から苛立った声をあげる。
「もしこのまま帰ってこないなんてこと…。」
そこまで言って、二人して黙ってしまう。
「とにかく。今日は帰ろう。もう遅くなってくるし、家族に怒られちゃう。」
気がつけば辺りはすでに暗くなっている。
さっき体験した事も手伝って、暗闇にいつも以上の怖さを感じた。
美生と明日花は周囲をきょろきょろと見回しながら足早に公園をでると、急ぎ足で家へと急いだ。




