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『最凶進化ダンジョンマスター ~冒険者を餌に最強を目指す』  作者: もかどら


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8/80

第8話 追い詰められる者

【保有DP:30】

【配下モンスター】

・スイ(ポイズンスライム)×1

 盾役が落とし穴へ落下してから、ダンジョン内の空気は完全に変わっていた。

 侵入してきた時の冒険者たちは冷静だった。慎重ではあったが、自分たちが優位だと信じていたのだろう。新人向けと報告されていたダンジョンの調査依頼。多少の危険はあっても、自分たちなら対処できると思っていたはずだ。

 だが今は違う。

 四人いた仲間は二人になった。

 魔術師はスイの毒によって倒れ、盾役は落とし穴で命を落とした。

 残っているのは剣士と弓使いだけ。

 しかも二人とも無傷ではない。精神的な動揺が動きを鈍らせている。

 俺はそんな二人を観察しながら、自分自身の変化についても考えていた。

 不思議なことに罪悪感はなかった。

 人間が死んだ。

 しかも俺が殺したようなものだ。

 それなのに胸は痛まない。

 悲しくもない。

 むしろ冷静に戦況を分析している。

 どうすれば次を殺せるか。

 どうすれば逃がさずに済むか。

 そんなことばかり考えていた。


 人間だった頃の俺が今の俺を見たら、間違いなく化け物だと言うだろう。

 だが否定する気にはなれなかった。

 この世界で俺はダンジョンマスターなのだから。

「撤退する」

 剣士が低く言った。

 その声は冷静だったが、わずかに焦りが混じっている。


「でもあいつが……」

「もう助からない」


 弓使いの言葉を遮るように剣士が答えた。

 現実的な判断だ。

 だからこそ厄介でもある。

 感情より生存を優先できる人間は強い。

 俺はミリアの記憶を思い出す。

 熟練した冒険者ほど撤退判断が早い。

 無理な戦いをしない。

 死ねば終わりだからだ。

 そして今、この二人は生き残るために逃げようとしている。

 なら逃がさない。

 ここで帰還されれば、このダンジョンの危険性が正式に報告される。

 そうなれば次に来るのはもっと強い冒険者だ。

 今の俺では勝てない。

 だからここで始末する必要がある。


 その時、スイが動いた。

 魔術師の亡骸から離れ、静かに床を這う。

 ぬるり、と湿った音を立てながら紫色の身体が石床を滑る。血と泥にまみれてなお、その体内では毒々しい魔力がゆっくりと脈打っていた。

 むしろ頼もしく見える。

 最初の配下。

 唯一の生存者。

 そして今や俺の切り札だ。

 スイは出口へ向かう二人の前へ回り込むように移動していく。

 その動きには迷いがなかった。

 まるで俺の考えを理解しているようだった。


「チッ……あのスライムか」


 剣士が舌打ちする。

 先ほどまで雑魚として見ていた存在に仲間を二人も失ったのだ。

 警戒するのも当然だった。

 剣士はゆっくりと剣を構える。

 鋼が擦れる微かな音が洞窟に響き、その切っ先が揺らぎなくスイを捉える。


 俺はそこで気付く。

 こいつは強い。

 ゴブリンを一瞬で倒した技量もそうだが、恐怖に飲まれていない。

 仲間を失っても冷静だ。

 だからこそ生き残ってきたのだろう。

 もしスイが正面から戦えば危険だ。

 だがスイも馬鹿ではない。

 正面からは行かない。

 壁を伝い、天井へ移動し、隙を窺う。

 粘液質の身体が岩肌を這うたび、ぺたり、ぺたりと湿った音が反響する。

 剣士もそれを理解しているらしく、常に周囲へ注意を向けていた。

 しばらく膠着状態が続く。

 誰も呼吸を乱さない。

 だが張り詰めた緊張は確かにそこにあった。

 先に動いた方が不利になる。

 そんな空気だった。

 だが、その均衡を崩したのは弓使いだった。


「上だ!」


 叫ぶと同時に矢が放たれる。

 弦が激しく鳴り、放たれた矢が空気を裂いて一直線に駆け抜ける。鋭い風切り音が耳を打った次の瞬間――。

 矢は天井を移動していたスイへ命中した。

 鈍い衝突音。

 スイの身体が大きく歪み、そのまま弾き飛ばされる。

 紫色の液体が飛沫となって壁へ叩き付けられ、べしゃりと広がった。

 俺の中で何かがざわついた。

 怒りに似た感情だった。

 ゴブリンが死んだ時とは違う。

 スイが傷付いた。

 それだけで嫌な気分になる。

 理由は分からない。

 だが確かな感情だった。


「スイ!」


 もちろん声にはならない。

 それでも意識は強く向いていた。

 スイは壁へ激突し、岩肌を削りながらずり落ちる。

 それでも消滅していない。

 まだ生きている。

 だが体内を巡る魔力の流れは明らかに乱れていた。

 次の一撃を受ければ危険だろう。


「今だ!」


 剣士が床を蹴った。

 ドンッ、と石床が鳴る。

 迷いのない踏み込み。

 一瞬で距離を詰める鋭い加速。

 勝負を決めるための一撃だった。

 スイは体勢を立て直せていない。

 弓使いも次の矢を番え、弦を引き絞る。

 張り詰めた弦が軋み、殺気が空気を刺す。

 逃げ場を塞ぐように狙いを定める。

 完全な挟撃。

 ここで終わる。

 誰が見てもそう思う状況だった。

 俺は焦る。

 身体があれば飛び出していただろう。

 だが俺はダンジョンコアだ。

 何もできない。

 見ていることしかできない。

 その事実が初めて歯痒かった。

 スイを失いたくない。

 ただの配下だからではない。

 使える駒だからでもない。

 もっと別の理由だった。

 だが俺自身、その正体はまだ分からない。

 剣士の刃が振り上げられる。


 鋼の刀身が松明の光を反射し、冷たい軌跡を描く。

 あと一歩。

 あと一瞬。

 その距離が永遠のように長く感じられた。

 そして――。

 スイの身体が脈動した。

 どくん、と。

 心臓などないはずの身体から、確かな鼓動のような振動が伝わる。


 傷だらけの紫色の身体から、淡い光が漏れ出す。

 最初は小さな輝きだった。

 だが次の瞬間、それは爆発するように膨れ上がった。


【名称個体『スイ』の進化条件を達成しました】

【戦闘中進化を開始します】


 視界を焼くほどの紫光がダンジョンを満たす。

 轟、と魔力の奔流が吹き荒れた。

 空気そのものが震え、洞窟の壁に刻まれた亀裂から砂塵がぱらぱらと落ちる。


「なっ――!?」


 剣士の顔が驚愕に染まった。

 振り下ろされるはずだった剣が止まる。

 だが止まったのは一瞬だけだ。


「進化だと!? ふざけるな!」


 剣士は叫び、そのまま強引に剣を振り下ろそうとする。

 今ここで仕留めなければ危険だと、本能で理解したのだろう。

 だが光はさらに強くなる。

 魔力が渦を巻き、唸り声のような低音を響かせながら周囲へ広がっていく。

 剣先が届く寸前、紫色の奔流が爆ぜるように広がった。

 ドォンッ――!

 衝撃波が洞窟を揺らす。

 剣士の身体が押し返され、髪や衣服が激しくはためいた。

 弓使いも思わず後退した。


「なんなんだよ……!」


 弓使いの声が震える。

 無理もない。

 仲間を二人失い、ようやく追い詰めたはずの魔物が、目の前で異常な変化を始めているのだから。

 俺もまた目を見開いていた。

 進化。

 それも戦闘の真っ最中に。

 しかも、あと一撃で殺されるという絶体絶命の瞬間に。

 光は脈打つように明滅し、洞窟の壁を紫色に染め上げる。

 空気が震える。

 魔力が渦を巻く。

 濃密な魔力の流れが俺の意識にまで伝わってくる。まるで激流だ。スイを中心に集まり、圧縮され、さらに巨大な何かへと変貌していく。

 まるでダンジョンそのものが歓喜しているかのようだった。

 剣士は歯を食いしばりながら光の中へ踏み込もうとする。

 だが足元の砂塵が舞い上がり、吹き荒れる魔力の圧力がその動きを鈍らせる。

 弓使いも矢を放つ。

 弦音が響き、矢が紫光へ吸い込まれる。

 しかし次の瞬間、金属が弾かれるような音だけを残して、その姿は完全に見えなくなった。

 間に合うのか。

 それとも間に合わないのか。

 俺には分からない。

 ただ一つだけ確信できることがあった。

 この瞬間を境に、すべてが変わる。

 冒険者たちの運命も。

 スイの運命も。

 そして俺たちのダンジョンの未来も。


 紫色の光はなおも膨れ上がり――。

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