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第1話 魔王討伐の果て、王都帰還、そして虚無の始まり

 王都アレクシアの中央広場は、今日という日を境に歴史が変わった。

 空を切り裂くような歓声が響き渡り、花びらが舞い、色とりどりの旗がはためく。

 人々は狂喜乱舞し、子供たちは肩車されて手を振り、貴族たちはバルコニーから拍手を送る。

 その中心に立つのは、一人の男。

 ガレン・ヴォルド。

 通称「剣聖ガレン」。45歳。

 灰色の髪に深い皺、だがその瞳はまだ鋭く、背筋は折れ曲がることなく伸びている。

 右手に携えるのは、ただの鉄剣。

 魔王の血で黒く染まった刃が、陽光を浴びて鈍く光る。


「剣聖ガレン! 魔王を討ち取った英雄よ!」

「世界を救った! 永遠の栄光を!」

「ガレン様! ガレン様!」


 歓声は波のように広がり、広場を埋め尽くす。

 ガレンはゆっくりと剣を鞘に収め、片手を上げた。

 静寂が訪れる。

 皆が息を呑んで彼の言葉を待つ。


「……終わったな」


 短い一言。それだけだった。

 拍手が再び爆発し、涙を流す者もいた。

 だがガレンの表情は変わらない。

 喜びも、達成感も、ない。

 ただ、静かに空を見上げた。

 ――これで、誰も俺に挑んでこねぇ。

 魔王討伐の旅は、10年を越えていた。

 最初は王命で、勇者パーティーの一員として。

 だが勇者は途中で倒れ、聖女は病に伏せ、魔法使いは魔王の呪いで失踪。

 結局、ガレン一人で魔王の玉座まで辿り着き、一太刀で終わらせた。

 それが全てだ。

 世界最強の剣士として、誰も並ぶ者はいなくなった。

 王宮の謁見の間。

 玉座に座る国王が、感極まった声で語りかける。


「ガレンよ。汝の功績は計り知れぬ。望むものを申せ。何でも与えよう。王位でさえも」


 ガレンは膝をついたまま、淡々と答えた。


「剣聖の称号を剥奪してください。そして、俺を辺境の村に追放する形で隠居させてくれ」


 国王は目を丸くした。


「な、何故だ? 汝は英雄だぞ! 王都に留まり、名誉を――」

「名誉はいらねぇ。ライバルがいねぇんだ。誰も俺に剣を向けてこねぇ。剣を振るう意味がなくなっちまった」


 国王は言葉を失った。

 周囲の貴族たちもざわめく。

 だがガレンの目は本気だった。虚無。

 底なしの虚無が、そこにあった。

 結局、王は渋々了承した。

 剣聖の称号は「引退」扱いとし、ガレンには辺境の小さな村「エルム村」に小さな家と荒れ畑を与える。

 報酬として金貨は山ほど渡されたが、ガレンはほとんど受け取らず、「これ以上、俺を英雄扱いすんじゃねぇ」そう言い残して、王都を後にした。

 馬車で数日。

 森を抜け、丘を越え、ようやくエルム村に着いた。

 村は本当に小さかった。

 家は20軒ほど。

 畑が点在し、川が流れ、遠くに森が見える。

 村人たちはガレンが来ると知らされ、恐る恐る出迎えた。


「剣聖様……本当にここに?」


 村長の老人が震える声で尋ねる。


「ああ。ここで暮らす。剣はもう振らねぇ。畑を耕して、飯を食って、寝る。それだけだ」


 村人たちは困惑した。

 世界を救った英雄が、こんな辺鄙な村で隠居?

 だがガレンの覇気――常時漏れ出る殺気のような威圧感――に触れ、誰も深く突っ込めなかった。

 与えられた家はボロ小屋。

 屋根に穴が空き、壁は苔だらけ。

 中には古いベッドとテーブル、荒れ果てた畑が付属していた。

 ガレンは荷物を放り投げ、畑の前に立った。


「……しょうがねぇ。やるか」


 鍬を握る。

 剣聖の握力で、鍬の柄が軋む。

 一振り。

 土が爆発的に柔らかくなり、深さ30cmの溝が一瞬でできる。


「……おいおい」


 ガレンは呆れた。

 剣を振らないつもりだったのに、体が勝手に最適な動きをしてしまう。

 覇気が土を震わせ、雑草が一斉に枯れる。

 その時、森の奥から低い唸り声が聞こえた。

 魔物だ。

 村の近くに生息する狼型の魔獣「シャドウウルフ」の群れ。

 だが、近づいてこない。

 ガレンの覇気が半径数百メートルを覆い、魔物たちは本能的に逃げていく。


「……ふん」


 ガレンはため息をついた。

 剣を振らずとも、周囲が勝手に静かになる。

 これが最強の代償か。

 夕方、村の猟師がやってきた。

 屈強な男で、背中に弓を背負っている。


「おい、剣聖様!」


 いきなり詰め寄る。


「なんだよ」

「最近、獲物が全然取れねぇんだ! 森の魔物が村の近くに来なくなったのは、お前のせいだろ!?」


 ガレンは目を細めた。


「……俺は何もしてねぇぞ」

「嘘つけ! お前の気配が強すぎて、魔物がビビって逃げちまうんだよ! 俺たちは狩りで食ってるんだぞ! どうしてくれる!」


 猟師は怒鳴る。

 他の村人も集まってきて、ざわつく。

 ガレンは肩をすくめた。


「知らねぇよ。俺は剣を振らねぇって決めたんだ。それで魔物が来ねぇなら、来ねぇでいいだろ」

「いいわけねぇだろ! 腹減って死ぬぞ!」


 騒ぎが大きくなる。

 ガレンは面倒くさそうに立ち上がった。


「……分かった。少しだけ、森の入り口まで行ってやる。そこで座って、覇気を抑えてやるよ」


 猟師たちは驚いた。

 本当に抑えられるのか?

 ガレンは森の入り口まで歩き、大きな岩に腰を下ろした。

 深呼吸をし、意識を集中。

 剣聖の覇気を、極限まで内に秘める。

 ――静かになった。

 森が息を潜める。

 魔物の気配が、ゆっくりと近づいてくる。

 猟師たちは弓を構え、獲物を狙う。

 数匹の鹿型の魔獣が現れ、矢が放たれる。

 見事命中。


「やった! 獲れたぞ!」


 歓声が上がる。

 猟師の一人がガレンに頭を下げる。


「……すまねぇ、剣聖様。文句言っちまって」


 ガレンは立ち上がり、ため息をついた。


「いいさ。俺も、しょうがねぇと思ってんだ」


 家に戻り、ベッドに横になる。

 天井の穴から星が見える。

 ――ライバルがいねぇ。

 剣を振るう相手がいねぇ。

 なのに、周りが勝手に騒いで、勝手に影響されてる。


「……不満だな」


 ガレンは呟いた。

 虚無は、まだ消えていない。

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