終章 一つだけ夢がかないました
「ミノさん!」
ミノさんは大ジャンプし、ロボットの胴体と両脚に渾身の一撃を加えた。
支えを失った兵器はよろけて、発射したビームが大空へと吸い込まれる。
「その攻撃は……!」
「ヴィックが使役しているウォータードラゴンは、毒水から淡水を作る。その過程で、毒はより高濃度になって排泄される。
それを武器に塗れば、レベル五十の俺でも、古代兵器と渡り合えるくらい強くなれるんだ!
ヴィックのおかげだ! ありがとう!」
どうやら、ウォータードラゴンは武器を強化する効能もあったらしい。
ティーシャが鑑定すると、
ミノさんのレベルは、八十にアップしていた。
(おかしいですね。武器のレベルが上がっただけで、本人のレベルまで上がる。もしや覚醒段階ってことですか? これもウォータードラゴンの影響? もしそうなら——)
「わたくし、ミノさんに伝えないといけないことがあるの」
ロボットの腕から解放されたヴィクトリアは続けた。
「あなたがわたくしのことを『美人で若い』と言ってくれて本当にうれしかった。だけど、わたくしの実年齢は八十五なの。おばあちゃんなの!」
「知ってたよ」
ミノさんは笑う。
(そりゃわかるさ。身のこなしや言葉遣いが老人だもん)
ミノさんは頭を掻いた。
「一方的に謝られると困る。俺は妻と子供を守れなかった不甲斐ない男だ。自責なら俺のほうがずっと多い」
ミノタウロスの感性は人間と少し違う。
同じ人型だが、種族として老人とも恋をする。
「ミノさん……」
ミノさんは、ヴィクトリアをしっかりと抱きしめ、キスをした。
すると、
「ああ、やっぱり!」
ティーシャが青ざめた。
ミノさんはみるみるうちに老人になってしまった。
「うえぇええ! ホワイ!」
「覚醒です! ヴィクトリアさまの能力が覚醒して、触れるものが老化してます! スキル〝息を読む〟は相手の未来を見る能力。見えた未来が現実になってしまったんですよ!」
「よくわからないが、ちょうどいいじゃないか!」
ミノさんはしわがれた声で、快活に笑った。
ヴィクトリアもすっかりおばあちゃん。
ミノさんは妻子がいなくなったとき、命を絶とうかと考えたほどだった。
本来ならとうに死んでる。
今生きていられるのも、ヴィクトリアのおかげ。
だから老人になったとて、悪い気はしなかった。
「触れるものを老化させられるなら、好都合! そうだよな、ヴィック」
「そうねミノさん。あのロボットにも未来を見せてあげましょう」
起き上がるロボットに、老人二人は襲い掛かった。
♢ ♢ ♢
——三年の歳月が過ぎた。
二人の活躍で、古代兵器は木っ端みじんになくなった。
「ヴィック」
白髪のミノさんが病室に入ってきた。
「あ……う……」
ベッドのヴィクトリアは、顔に皺が刻まれ、肌はかさかさ、頬はこけ紫色になっている。しゃべることもできない。
かつての悪役令嬢は、痴ほうで寝たきり状態だった。
もう——誰の顔も覚えていない。
ベッドサイドでティーシャが、
「思った以上に急速な老化でしたね。ミノさんがいてくださって、本当に助かりました。お世話も沢山して貰いましたね。ヴィクトリアも嬉しかったと思います」
二人はあれから付き合ったのだが、
ヴィクトリアの加齢が急速すぎて、婚約する前に彼女は痴ほうに罹患してしまった。
式場まで決めていたけれど、
結婚の話は流れてしまい、
それでもミノさんは頻繁に病室にやってきた。
「ほぼ夫婦じゃないですか」
ティーシャが言う。
「旦那……様……?」
ヴィクトリアが、久しぶりにつぶやいた。
その目はかすみ、声はしゃがれている。
それでもミノさんに視線をなんとなく合わせてくる。
「ヴィック! 俺だよ、ミノタウロスのミノだよ!」
「ミノ……さん……」
彼女は笑った。
ミノさんを夫と認識しているのだろうか。
だから彼女は言った。
「あなた。明日は夫婦で温泉に行きましょう。子供たちも一緒に連れていきましょうね」
ミノさんは大粒の涙を流して、
「ああ、そうだなヴィック! そうしよう! 一緒に温泉に行こう!」
「うれしい……」
ミノさんがヴィクトリアの手を握りしめていたのを、ティーシャは見ていた。
あとどのくらいだろうか。
三日? 一週間?
ヴィクトリアさまの命はもう長くない。
(よかったですね。一つだけ、ちゃんと夢がかないましたね)
ティーシャがぽつりと言った。
夕暮れが、二人と一匹を荘厳に照らしていた。
おしまい




