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事件編

 一つ目の謎は、なんでお祖父様が死んでしまったのか、ということだ。


 その日は朝から王宮が上から下までひっくり返したように騒がしかった。起き抜けに早くしろと言わんばかりに支度を整えられ、朝ご飯を食べる間もなく大広間へと連れて行かれた。そこで祖父の遺体と面会したのだ。

 無論そうなる前に祖父が、国王ハリスが亡くなったことは口頭で知らされていたが、いざ対面すると驚きが勝つ。闊達な人だった。孫娘であるわたしに、立場がありつつも最大限気さくな人だった。

 ただ御歳七十八を数えるという。ならば、まあ、大往生ではないかと普通なら考えるところだろう。

 その日王の遺体と対面出来たのは王宮に住む血族と王の側近の一部だけだった。わたしの直ぐ側では王太子であり、わたしの父が表情を失った顔で祖父を見つめていた。息も詰めていたのだろう。呼吸が苦しくなるタイミングでハッと息をつき、それで、と宰相を見た。


「国の混乱は抑えなくてはいけません。すぐさま即位式を行いましょう」


 ハーディ宰相はハリス王の盟友だった男だ。背高のっぽのひょろひょろで、大変な年嵩だが、不思議と目に力があった。

 気圧されて、ではないとは思う。多少贔屓目に見て、背中を押されて、父はシャンと姿勢を正した。


 新国王ジョンの即位式は即日行われた。



 英雄王ハリスが身罷った。



 お祖父様は先の三つの戦を征された本物の英雄だった。その英雄の急死に王都には妙な噂が流れた。曰く、暗殺されたのではないかと。偉大な王とは平和な世になっても人々の心の支えだったのだ。

 遺体で見つかった時、ベッドで眠っているかのようであったと聞く。入り口の鍵は開いていたが、交代で護衛の騎士が立っていたし、窓はきちんと施錠されていた。暴れた形跡はなかった。お会いしたお身体も綺麗だった。密室で死んでいたのだ。

 だが孫娘のわたしから言わせて貰えば、お祖父様は食道楽な方だったし、不摂生気味でもあった。お年もお年だし、心不全を起こしたと聞いても不思議ではない。けれど巷は不思議だ、不自然だと騒ぐ。

 理由はある。病死は考え辛いのだ。何故か? 魔法があるからである。

 

 この世界には魔法がある。

 病など魔法薬一瓶でたちまち快調する。だから民衆は暗殺だなんだと疑うのだ。


 ではわたしはどうか。お祖父様は甘い物もお酒も大層好まれた。晩年は戦いに赴くことがないので肥満でもあった。その割にはお元気であったがそれこそ魔法薬のお陰だろう。魔法薬は目のかすみや手のしびれを癒やすが、肥満は癒さない。

 そんな考察をするわたしは何者か?

 わたしは亡き英雄王ハリスの孫娘にして、新国王ジョンの一人娘。第一王女エリザベートだ。そして現代日本から死んでこの異世界に生まれ変わった女。だからお祖父様の自然死を受け入れているのである。

 とはいえ城内でも暗殺説が囁かれている。わたしのように「まあお祖父様は生活習慣病待った無しだったしな」などと考えている方が少数派だ。なので検死するためにまだ遺体は安置されていた。調べて何の痕跡も見つからなければそれから国葬だ。

 ……まあこの世界の医術は相当レベルが低いのだけれど。



「でしたら姫様の立太式はハリス様の葬儀のあとですね」

「そうね。国王の不在は良くないけれど、王太子の不在は別に喫緊の問題ではないもの」


 わたしの髪を梳かしていたメイドのメグが「はい」と返事をした。城の連中は暗殺された可能性に恐々としているけれど、メグはわたしが暗殺説を信じていないので気楽そうだ。それよりもわたしの式典の方を気にしている。

 お父様がお祖父様の一人息子だったのと同じように、わたしもお父様の一人娘だ。この国の王は性別関係なく前王の直系第一位が務める。お父様に何かあった時、次に王位につくのはわたしなのだ。ちなみに男女関係なく敬称は王太子になる。ちょっと違和感はあるがそういうものだ。

 お金が掛かりますねぇとメグはのんびりと言った。そうだ、即位式も金が掛かった。偉大なハリス国王の後釜だ。手は抜けない。そして偉大なハリス国王の葬儀だ、そっちも金をかけねばならない。でないと侮られるのはお父様だ。どうしても偉大なハリス国王と比べられる立場にあるジョン新国王。船出から既に暗雲が立ち込めている。

 だがまあ、気楽だった。政治的には不意打ち的な世代交代ではあるが、元から次期国王はお父様だと決まってた。この苦境は前からわかっていたことだ。偉大なハリス国王の後継者なんてどんな人間だって苦労するに決まっている。ましてやお父様は内向的な方だ、わたしがお支えしなくては。


 だがこんな殊勝な心構えも、直後、乱暴にドアを叩かれたことにより立ち消えることになる。



 二つ目の謎は、なんで立て続けに人死にが出たのか、ということ。


 ハーディ宰相が変わり果てた姿で発見された。

 ハリス国王死去してまだ数日の朝だった。


 早朝、日が昇ってまもなく見つかったそうだ。つまり死んだのはそれより前の薄暗い時間だろう。電気の無いこの世界では夜から朝にかけては一層暗い。それでもすぐに見つかったのは王宮の通りど真ん中で倒れていたせいだ。

 喉をナイフで一突きにされていたという。


 最悪だ。なんでこのタイミングに。

 長きに渡り前王権を支えてくれた功労者がいなくなってしまうなんて。お父様には絶対に必要な方だったのに。

 いやそこじゃない。惜しむべき人の死だけれど重要なのはハーディ宰相は殺害されたという点だ。

 王宮で殺人が起こってしまったのである。


 何故殺人と断定出来るのか? もちろん自殺の線もあるだろう。なにせ盟友ハリスを亡くしているのだ。生涯の主の死に、一の家臣として殉職を選ぶ。無くはないかもしれないが、この価値観はちょっと日本式過ぎるな。この異世界の価値観ではない。

 それになぁ。ハーディは宰相だったのだ。この国の行く末を誰よりも按じていたのは彼だろう。実際彼は亡くなったハリス国王に縋りつくよりも、お父様を叱咤する方を選んでいた。

 そして場所だ。人が行き交う公共の場で自殺するだろうか。仮にも官僚が。ないなぁ。

 

 城の騎士達も他殺と見ているようだった。自殺ならあるはずの遺書がなかったためだ。お陰でわたしは日中から部屋に軟禁されている。仕方がない。王宮に殺人鬼がまだいるかもしれないのだ。お父様の次に重要な存在であるわたしを迂闊に外には出せまい。

 出すとしたら、それはお父様のご命令だ。

 と思っていたらその人からお声が掛かった。ジョン新国王に呼び出されたわたしは幾人もの護衛に連れられて部屋を出た。


 

 お父様に呼び出されたのは執務室だ。数人かの文官がいたがわたしの到着と同時に退出していった。わたしを守っていた護衛の騎士も廊下に待機だ。二人きりで向き合うと、お父様は陰鬱な顔で大きくため息をつかれた。


「エリザベート、呼び立ててすまなかったな」

「お気になさらず。どうなさいました?」


 元々明るい方ではないが、いつもに増して暗い顔をなさっている。当然か。敬愛すべきハリスお祖父様とハーディ宰相を相次いで失ったのだ。


「殺しが起きたな。しかも王族殺しだ。余もお前も危ういかもしれぬ」


 ……ん? 王族殺し?

 まさかお祖父様の死も殺人だと? いや、どっちだこれ。この期に及んで無邪気に病死と思い込んでいるわたしの方が呑気なのか? 確かに国のワンツーが相次いで死に、片方は明らかな他殺。連続殺人と見るのが普通だろうか。少なくともお父様はそうであるようだ。

 お父様はわたしの気がそれたことに気付かず、頭痛を和らげるように自身のこめかみをトントンと叩く。


「しかし余はまだ王宮を掌握したわけではない。故に誰が味方で誰が敵なのかわからぬのだ。信じられるのは血を分けた我が子のみ。なんと情けないことか」


 お父様は臆病な方だ。ハリスお祖父様とは正反対のような方。自然周囲の目も厳しくなった。不覚人と陰口を叩かれることもある。

 わたしはそうは思わない。お父様は臆病だが言い換えれば慎重な方だ。堅実に政務を熟されるだろう。例え愚王と評されようとも。


「だからこそ危険を承知でお前に頼みたい。誰がこの王宮に要らぬ混乱を招き入れたのか、それを調べてはくれぬか」


 お父様の昏い目を見ながら、わたしは一つ頷いてから礼を取った。もちろん、拝命致しますと。



 とは言ったものの。わたしは探偵ではない。どこから調べたものか。やはり遺体か現場か、果たして素人のわたしが見てわかることがあるのかな。しかし遺体かぁ。好き好んで見たい物じゃない。殺された遺体じゃあ血もたくさん出ただろう、嫌だなぁ。でも手掛かりはどうしても欲しい。気合入れていこう。

 護衛についてきた騎士に遺体の場所まで案内して貰った。こういう殺人事件の管轄は騎士団だ。訝しげにされたけれど止められなかった。


 遺体の安置場所は地下だった。元は倉庫として使っていた場所だろう。ヒンヤリとしていて遺体の安置場所には最適だ。もともとハリスお祖父様の遺体を安置していた場所でもある。

 案内されていくと、横たわった遺体を囲うように四人の男達が立って話しているところだった。全員見知った顔だ。


「これはエリザベート王女、どうなされましたか」


 真っ先に反応をしたのはロドリック騎士団長だ。次に涼し気な目を向けて黙礼をしたのがハーディソン氏。名前から分かる通りハーディ宰相の息子である。その隣にいる老人はペトルス補佐官だ。ハリスお祖父様の乳兄弟だった人。一番若い男はヴァン騎士爵令息。ロドリック騎士団長の息子である。


「密命を受けて参上しました。ハーディ宰相のご遺体の検分でしたら交ぜてもらっても?」

「ジョン国王陛下がですか?」

「密命ですわ」


 ハーディソン氏がわたしの切り返しにムッとした。確かにわたしに命令出来るのはお父様くらいだが、密命と言っているのだ、察して欲しい。

 ここに集まっている誰よりもわたしが偉い。ロドリック騎士団長とヴァン騎士爵令息は慌てて場所を譲り、居住まいを正した。ペトルス補佐官は身動ぎをしただけだ。キョロキョロと目を動かして忙しない。この人は昔からこういうところがある。

 ハーディ宰相の遺体を見ると、すっかり綺麗になっていた。襲撃された時の服はそのままだそうだが、血の跡は無い。魔法で洗浄されているのだ。この遺体からわかるのは本当に喉の真ん中を突かれているということだけ。これでは悲鳴も上げられなかっただろう。

 喉は確かに急所だが、的確にここを狙うのは非効率だと思うだろう。だがこの世界では意味のあることだ。声が出せなければ魔法も使えないからね。初手で喉を潰すのは定石なのである。

 なんと言ってもハーディ宰相相手だ。

 ハーディ宰相の爵位は魔法爵だ。騎士爵もそうだが魔法爵はその技に長けた一族の家長が授与される爵位である。ハーディ宰相の家は代々魔法の扱いに長けていた。ましてハーディ宰相はお祖父様と共に戦場を駆けた古強者なのだ。魔法で戦って勝てる相手ではない。


「魔法紋の検出はされませんでしたので、そこから犯人の絞り込みは出来ないのです」


 ロドリック騎士団長が教えてくれた。魔法紋とは簡単にいうと指紋の魔法バージョンである。どんな魔法でも使用すれば使用痕が残る。その波形は千差万別なので、鑑定すれば誰が使った魔法なのかが分かるのだ。

 それが見つからなかった。下手人は魔法を使わずにハーディ宰相を殺したということだ。


「使用された凶器はこちらです」


 ヴァン騎士爵令息がトレーに乗せられたナイフを差し出した。案の定というか、血の跡は無い。

 この世界の事件捜査に現場保存という概念はない。大抵の事件は魔法紋を改めることで解決するからだ。ゆえにそんなことより故人の名誉を守る方が大切になる。遺体にもナイフにも魔法で洗浄をかける。血の跳ね返り、その一滴で分かることもあるというのに。まぁ愚痴っても仕方がない。ナイフを検分する。

 高価なものには見えない。市販品だろう。研いだのか鋭くは見えるが。無言でヴァンを見ると首を横に振られた。このナイフからも魔法紋が検出されなかったらしい。手で研いだのか。随分マメなやつだな。

 もう一度ハーディ宰相の遺体を見る。喉にナイフが突き刺さった状態で発見されたという。派手に血が飛び散ってはいなかった。ナイフが栓になっていたのだ。寧ろ第一発見者がナイフを引き抜いた時にドバっと血が出てきて、その人は腑が抜けてしまったようだ。可哀想に。

 その血も今はない。安堵するべきか憤るべきかわからないな。無駄とわかって今一度ハーディ宰相の遺体に目を巡らせると、左手に違和感を覚えた。


「あら、ハーディ宰相の左手。火傷跡ではなくて?」

「あ、本当ですね」


 ハーディソン氏が自身の左脚につけているホルダーから杖を取り出して、魔法を唱えた。たちまち火傷跡はハーディ宰相の手から消えた。ハーディソン氏はニコリと微笑んで「教えていただきありがとうございます」とわたしにお礼を言った。

 うん、そう。現場や遺体を保存しようとする考えはないのだ。ハーディソン氏の振る舞いは決しておかしくない。どちらかといえばまだハーディ宰相に喉の傷が残っている方が常識的ではない。

 しかし溜息が出る。第一発見者がナイフを引き抜いたのを始め、この始末。指紋を検出する方法なんてないが、もし出来たとしてもナイフも遺体もベタベタ指紋だらけで意味なんて成さないんだろうな。


「次は現場を見たいわ」

「畏まりました、私めがご案内させていただきます」


 ヴァン騎士爵令息にエスコートされ、わたしはその場を後にした。




 ヴァンの案内で現場に到着すると、周囲を軽く確認してから、ヴァンはニヤニヤと悪い顔をして振り返った。


「なんだエリザベート、騎士ごっこか?」


 この世界に探偵なんて存在はないので、事件解決のために調べるのは騎士の仕事になる。そう揶揄されて顔を顰めた。


「まぁヴァン、わたしに対する言葉遣いはそれでよろしいの?」

「固いこというなよ。幼馴染みたいなもんだろ?」


 人目が無くなるとすぐこれだ。ヴァンはわたしの一つか二つ歳上なだけだ。その昔まだロドリック騎士団長が団長ではなく、わたしの護衛騎士だった頃、その縁で遊んでいたことがある。ヴァンからしたら歳下の女の子と遊んでやったという記憶なんだろうけれど、個人的には逆だった。前世がある分わたしの方が精神的に成熟してたしね。ただ姫様に棒切れ持たせてチャンバラごっこはマジでどうかと思う。

 ここまで付き従ってくれた護衛騎士達も、わたし達のことを知ってるから苦笑いで済ませていた。これでも一応他の目がないからだ。いくらヴァンでも人前では先程みたいにキチンと騎士として振る舞う。

 ふうと一つ息を落ち着けてから、ここなの? と聞いた。ヴァンは頷く。


「こっちを向いて、仰向けに倒れていたそうだぞ」

「そう、じゃあやっぱり馬小屋に向かってたのね」

「そうだ。いつもの通りにな」


 ハーディ宰相が見つかったのは早朝だ。

 そんな時間に何故出歩いていたのかというと、馬小屋に向かうためだ。ハーディ宰相は戦争を経験した男で、馬は大事な戦力であった。一線を退いたあとも彼は馬を大切にしていたのである。

 しかし彼はもう立場のある人間だ。昼間に馬小屋に向かえば馬丁が遠慮するだろう。ハーディ宰相が馬を愛でている間、ずっと馬の世話をする仕事が止まってしまうことになる。

 邪魔をしたいわけではないハーディ宰相は馬丁達が起きてくるより前に、馬小屋へ通うようになった。

 そして最悪なことに。その事実は王宮で暮らす者であれば大半が知っていることだった。つまりここから犯人を絞り出すのは不可能である。誰でも三日くらい張り込めば早朝にハーディ宰相に会えていたはずだ。


 それに。実に三度目だが。

 この世界に現場を残すという考えはない。

 ハーディ宰相の殺害現場は既に清められていた。立ち入り禁止にもしていないので、結構な往来があった後だろう。改めるまでもない。なんも残っちゃいない。

 じっと周囲を見回した。王宮の中だけあって隅々まで手入れされている。身を潜められるような木も茂みもない。大きく開けた場所だ。顎に指を当てて考える。


「この矛盾をどう考えるべきかしらね」

「矛盾?」


 刺したナイフを見た時は計画的犯行だと思ったのだ。明らかに外部で手に入れたナイフ。あらかじめ研いであったことも考えると、用意しておいた物に違いない。

 だが刺した場所だ。もし待ち伏せるのなら馬小屋での方が良い。身を隠せるしハーディ宰相は馬に夢中で近付いてもすぐに気付かれないはずだ。だが途中の道の上。まだ薄暗い朝だとしても人目が無いとも限らない。だからハーディ宰相を見つけて、衝動的に刺したように見える。

 計画的、衝動的……。いややっぱり計画的な犯行だ。咄嗟にナイフは出てこない。あれは間違いなく魔法紋を残さないためのナイフだ。

 ただ、不意打ちでもない限りハーディ宰相に反撃される。これは留意しなくてはいけない。


「騎士団の調べはどうなっているの?」

「物証がないからな。王宮にいる貴族じゃない人間一人一人に自白剤を飲ませてる」


 そう。この世界では現場検証が甘い代わりに自白剤がある。飲めば問われた事に関して洗いざらい全てを答えてしまう薬だ。隠し立てが出来ないのでこの薬によって得られた証言は重要な証拠になる。魔法紋と自白剤の二本柱で大体の事件が解決するのである。

 ただしこちらには欠点もある。戦争をやっていた頃に制定した捕虜保護法によって、貴族籍の人間に自白剤を飲ませることが出来ないのだ。王宮なんて大なり小なり貴族の詰める場所である。飲んだ人間も少ないはずだ。

 案の定出てくる証言に有力なものはまだないそうだ。

 そう考えれば王宮で犯行に及んだのは理に適っているのかもしれない。


「どうする? 馬小屋の方も見ていくか?」

「……いいえ。今日のところは部屋に戻ります。考えをまとめたいわ」


 馬小屋を見ても仕方がないだろう。であれば見れるものは見たし、既に長い間護衛騎士達をわたしを守るために拘束している。部屋に戻って明日からどうするべきか考えた方がいい。妙案が浮かべば良いが。



 部屋に戻るとメグが待機していた。一見いつものメグだが二人きりになった途端、目をうるうるとさせる。


「姫様、こんな物騒な時に出歩かないで下さいよぉ!」

「行かなきゃいけない理由があったのよ。守ってもらってたから平気よ」


 心配をかけてしまっていたようだ。まあ少なくとも一人は凶悪犯が、この王宮にいるのだ。お父様の呼び出しを受けてから一度も部屋に戻っていなかったから気を揉ませてしまった。

 メグがぷんぷんと「王様もこんな危ない時に呼びつけなくってもいいですのに」と控えめに文句を言う。そうね、部屋の外にいる騎士達に聞かれたら不敬だと言われそうだものね。


「それで何のご用だったんですか?」

「ごめんなさい、内緒なの。ただ明日も出かけると思うわ」


 とはいえどこに行くべきかまだ決めていない。ハーディ宰相の遺体をもう一回改める? 確かに今日は人が多くいたけど。あるいは第一発見者に話を聞きに行くのも有効だろうか。わたしが会いにいって話が聞ける身分の相手ならいいけれど。仮にも姫様なのでね、一応あるんだそういうのが。

 わたしが悩んでいるので、事情はわからないなりに、メグが力こぶを作った。


「迷ったら原点回帰ですよ! 筋肉の付きが悪くて悩むくらいなら筋トレあるのみ!」


 筋肉付かなくて悩んでるのはメグでしょ。いやでも原点回帰か。この事件の原点とはつまり。


「ハリスお祖父様ね」


 確かにここでしっかり確認しておくべきだ。



 翌日。わたしは医務室に向かった。今日のお供はヴァンだ。昨日はたまたまお父様の呼び出しがあったから複数人いたが、理由がなければ護衛は基本一人である。

 

 王宮内の医務室は、現代日本で想像するような白一色の部屋ではない。衛生観念がないのではなく、医療の概念が違うのだ。魔法薬が病気も怪我も癒す。そのせいでか医術が発達しなかった。

 つまり医務室とは調剤室だ。医者は薬学者に近い。魔法薬を切らさずに管理することが彼らの仕事になる。

 だから、というべきなのか、どうなのか。医者は特別な職種でもなければ、重要なポストというわけでもない。ここで経験を積んで錬金術師へ転職する。そういうキャリアと見做されているのだ。


 案の定医務室はムッと薬草の煎じた臭いが立ち込めていた。第一王女の登場に医者達が慌てて姿を現すが、若者しかいない。その内の一人が周りから突き出されて前に出る。この場の責任者のようだ。当然若い男だった。


「何か体調がよろしくないのでしょうか?」

「いいえ、ちょっと聞きたいことがあるのよ」


 わざと少しおどけてみせた。萎縮され過ぎても聞きたい話が聞けない。責任者の男はパチパチと目を瞬いた。


「わたしの祖父、ハリス王のことよ。ご病気だったのではとわたしは思うのだけれど、実際はどうだったのかしら、と。貴方達の話を聞きに来たのです」

「そ、そうですか。ですが僕らも実際亡き陛下のお姿を見たわけではなくてですね」


 それはそうだろう。彼らの身分で謁見は出来ないはずだ。聞くと魔法薬が必要ならペトルス補佐官が毎回必要分取りに来ていたらしい。

 魔法薬はわたし……のような、現代人が認識するような薬とは違う。副作用もなければ一日の服用限界もない。何か身体に不具合があればその都度飲んで問題がないのだ。


「ただ、そうですね。亡くなる一年くらい前からお召しになる魔法薬がどんどんと増えていたようです」

「あ、オレ記録付けてます」


 後ろの方で目立たないようにしていたグリグリ眼鏡の男が挙手をした。見せてもらうと確かにペトルス補佐官の名で魔法薬の持ち出しがあり、備考欄にハリス国王服用のためと記載があった。見ればそれまで数日に一度であったのが、一年前から一日一本、さらに最近は一日に何本も飲んでいたようだ。何度もペトルス補佐官が医務室に訪れていた様子がしっかりと記録されていた。

 やはり、これは。わたしは思うが、敢えて顔を上げる。


「世論ではハリスお祖父様は暗殺されたと言われていますが、貴方達はどう思いますか?」


 彼らは顔を見合わせていたが、記録係のグリグリ眼鏡が口を開いた。


「ハリス陛下は手のしびれや目のかすみを訴えていたと聞きます。それに一度トイレが近いので魔法薬を錠剤に変えられないかと相談を受けたことがあります」

「それとは別によく喉が渇くとも仰られていたようです」


 やはり典型的な糖尿病。

 わたしの思考に被せるように、責任者の男も一つ頷いた。


「消渇ではないかと我々は考えております」

「消渇?」

「ヒィすみません余計なことを言いました!」


 しまった、威圧したわけではなかったのだけれど……。消渇という言葉が出たことが意外とだったのだ。この世界の医療を下に見すぎていた。消渇って、ようは私の知っている知識と同じなら糖尿病の昔の呼び方である。つまりハリスお祖父様は医療従事者にはちゃんと病気として認知されていたのだ。

 そしてこれではっきりした。ハリスお祖父様は暗殺されたのではない。当初のわたしの憶測どおり糖尿病に患っていたのだ。その合併症で亡くなられた。


 ハーディ宰相殺害事件とは別件なのだ。


 であればやはり犯人は。

 だけれど一番の問題がある。証拠が何もないのだ。これではわたしの推理はただの思いつきの域を出ない。

 

 医者達に礼を言い医務室を出たところで、王宮が俄に騒がしいことに気付く。今までわたしの一歩後ろで石のように黙していたヴァンがわたしの前に出て、険しい顔した。


「何やら緊急事態のようです。部屋へお戻り下さい姫様」

「え、えぇ」


 どうしてだろう、胸騒ぎがする。



 部屋に戻るとすぐさまメグがお茶を持ってきてくれた。ただそのメグの顔があまりにも真っ青なので、お茶に手を付けるより先にそちらを指摘してしまった。ひぐっと喉の奥を攣るように呼吸を乱しながらも、メグは必死に平常心を保とうとしている。わたしという第一王女のメイドをしているメグは、いついかなる時も平静たれと厳しい教育を受けているのだ。そのメグですら平常心を保つのが難しいようなことが起きたのである。


「じ、実はメイド長が亡くなりまして」

「えっ、メイド長が? まさか」

「はい。殺害されました。犯人は下級メイドの男爵令嬢です。既に拘束されていますが、メイド長は蘇生が間に合いませんでした」


 メグは努めて冷静に何があったのかを説明してくれた。ひょっとしたら現場を見てしまったのかもしれない。席に着くように促してから、わたしは思考を巡らせる。

 このタイミングで殺人。そしてこのタイミングで下手人を逮捕。これはまずい。このままではその男爵令嬢が一連の人死の責任を取らされてしまうぞ。

 どうにかメグからもう少し情報を取れないかと話を聞こうとしたその時、扉を叩かれてしまった。


「エリザベート王女、ジョン国王よりお呼び出しです。至急大広間へご同行ください」


 ああ困った。時間がない。同じ危惧を持ったお父様は、直接犯人を追い詰めるつもりね。


 いいわ。もう証拠なんていらない。

 わたしは思いつきとハッタリでこの事件を解決してやる。



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