第五話・過去からの娘(中)
ベルグリューンによる過去の解説です。
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いまから六百年ほど前のことです。とある人間の男が、真竜が守っていた秘密のひとつを盗み出しました。その男は自ら積みあげていた研究と盗んだ秘術を融合させ、不死の実現に成功したと称するようになります。
もっとも、それが本当かはまだ詳らかではありません。なにせたったの六百年しか経っていませんからね。真竜の最年長者はもう五千年は生きていますが、それでも我々は、自分たちが不死不滅の存在でないことを知っている。いずれにしろ、その男がすくなくとも長寿の法を編み出したことはたしかでした。そう、彼こそが、北部連合の現指導層である、不死貴族の始祖です。
もし盗人がその秘術を独り占めしようとしていたなら、話は簡単に終わるところでした。仮に不死の法が完全なものであったとしても、それは「死なない」というだけであり「殺されない」ことを意味するわけではないからです。存在するものはかならず滅びます。盗人は始末され、真竜の守る秘密がひとつ増えるだけの結果になるはずでした。
ところが、盗人は秘術をあっさりと売りはじめたのです。彼自身、天命の限度を超越しえたとしても、圧倒的な暴力に耐えられるものではないということを知っていたのでしょう。
たとえ不滅無敵の存在になれるわけではなく、ただ単に寿命が十倍、あるいは百倍になるだけの法であったとしても、その価値は計りしれません。我々真竜族とて、肉体が強靱で精神力に秀でているといっても、相対的長寿という利点を失えば、真竜でないものたちに対する決定的な上位を占めることはできなくなる。
秩序の維持といえば聞こえはよいものですが、けっきょくのところ、既得の支配権をゆずるつもりのない真竜たちは、不死の法を手にしたものたちへ攻撃をしかけました。ですが盗人は真竜以外の多くの種族の有力者に不死の法をわけ与えており、戦争は、真竜と、それ以外のものたちが対立する構図になってしまいます。
数の上では圧倒的劣勢に立たされた真竜たちでしたが、それでも戦いは真竜の側の有利に展開していきました。不死の法をえたものたちは、手にした時間を活用する前に斃されていったのです。
百年戦いつづけてなお青年期の精力を誇る人間の戦士であれば、生まれて二、三十年しか経っていない若い真竜をたやすく屠り、複数でかかれば千年竜とすら渡り合えたでしょうが、彼らにその機会が与えられる日はきませんでした。
ですが、真竜たちはそれでも自重していたのです。ある程度より歳嵩の真竜は直接攻撃に参加することはなかった。真竜はいってしまえば存在そのものがいんちきなのであって、本質的には現在でも真竜とそれ以外の諸種族の力関係は変わっていません。
追い込まれた非真竜連盟の側は、新たな対抗策を講じました。真竜族の分裂を謀ったのです。彼らは、真竜の中で下位に甘んじていたいくつかの枝族の、特に若い世代に狙いを定めました。
一様に真竜と呼ばれはしても、上位と下位には歴然とした差がある。ですがその差は、真竜とそうでないものたちとの差に比べれば、多少の時間で充分に埋め合わせができる程度のものなのです。真竜の中でひとつの特定枝族、あるいが門閥だけが著しい長命を得るようなことがあれば、その一党のみが超越的立場を独占するようになるでしょう。
真竜陣営で前線を負担していた下位枝族の若年真竜たちに対し、非真竜連盟の秘密エージェントは接触を図り、そのうちの幾人かは有望な交渉チャンネルを築くことに成功しました。ですが、持ちかけられた密約を撥ねつけたものもおり、そうした真竜からの通報により、裏取引の存在はたちまちのうちに暴露されたのです。
もっとも非真竜連盟とて無能ではありません。密約の誘いはそれぞれ個別に持ちかけられており、実際にだれが裏切ったのかは、そうそうあきらかにならないようになっていました。いえ、その時点では、本当に裏切りものがいたのかも定かではなかったのです。真竜族の足並みを乱すことだけを目的とした、架空の取引だった可能性もありました。真実取引がうまくいった場合、たとえそれによって非真竜連盟が勝利をえたとしても、不死にかぎりなく近い、以前よりはるかに強力になった、真竜のうちの特定一族による支配を受けることになるわけですからね。
真竜の長老たちは、存在するかもわからない内通者を捜すことにあまり関心を持っていませんでした。ですが、長老会入りにはまだ齢が足りないながらも、有力な真竜の一体であった闇紫竜のルゲルゼオンが、厳格な取り締まりをするようにと強く主張したのです。長老たちはルゲルゼオンに当面の捜査を一任しました。
許諾をえたルゲルゼオンは熱心に裏切りもの捜しへ取り組み、ほどなく疑いの濃い数名を洗い出すまでにいたります。ところが、ルゲルゼオンは捜査内容を長老会へ報告せず、にもかかわらず長老会の名を使って「叛逆者」を追討する部隊を招集したのです。
ルゲルゼオンは自ら討伐隊の先頭に立ち、黄色竜と蛍石竜、鉄竜の三枝族のうちの、四家族を滅ぼしました。ルゲルゼオンに認められていたのは捜査のみであり、処罰する権限は与えられていなかったのですが、彼は独断で、証拠も示さないままに容疑者の兄弟妻子にいたるまで殺していったのです。その専横は長老たちの知るところとなり、ルゲルゼオン自身が討伐される側となるのにさほど日数を要さなかったことはいうまでもありません。
ですが、殺されたものたちは戻ってこない。そのうえルゲルゼオンが不死の法を手に入れていたことが発覚し、話はより面倒になってしまいました。ルゲルゼオンが内通者の捜査に固執したのは、不死法を奪い取って独占するのが目的であったとはっきりしましたが、裏切りものもまた現実に存在していたのです。
そのころ、非真竜連盟も苦境に立たされていました。支配階級の不死を実現し、守るために真竜と戦わされることに嫌気のさした、民衆の叛乱が相次ぐようになっていたのです。真竜の長老たちと、不死法によって既得権益者になりおおせた各種族の君侯は、落としどころを探りはじめるようになりました。
真竜側がつけた条件は、これ以上不死法を広めないことと、真竜の中に不死法を伝えられているものがいるのなら、その名をあきらかにすること――この二点でした。非真竜連盟の側は、真竜によるそれぞれの体制の保証を求め、それは受け入れられます。今日までつづく、真竜とその他の種族との契約関係の基礎となる条項のいくつかは、このときに定められました。
そして、非真竜連盟の回答によって、ルゲルゼオンが滅ぼした四家のうち、三家までは無実でありながら皆殺しの憂き目に遭っていたことが判明します。実際に内通していたのは、わずか数名のみだったのです。同族相討つ酸鼻となった痛恨の事態の責は、死したルゲルゼオンに帰され、残余のものたちは不問とされました。
現に非真竜連盟と内通していた、鉄竜族の一門についても、罪を問われるべきものはすでにルゲルゼオンによって滅ぼされているとして、それ以上の追求はされないことになったのです。
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