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040 帝都に巣食う悪の組織ダークネス登場!

 



 よく晴れた昼下がり――帝都近郊の平原に、数人の人間とモンスターの姿があった。

 彼女らは地面にシートを敷き、その上に水筒や、サンドイッチの入ったバスケットを広げてくつろいでいる。


「うむ、実に美味だな。さすがは宿屋の娘と言ったところか」


「イフリートは美食家だからナ! その舌を唸らせたんだ、セレナお嬢ちゃんは胸を張っていいゾ!」


「あはは……ありがと」


「イフリートさん、お茶はいかがですか?」


「もらおう」


 体の大きなイフリートは、専用に作ってもらった3倍ほどの大きさのマグカップをレトリーの前に差し出した。

 そこに、水筒から並々とお茶が注がれる。


「かたじけないな、メイドのお嬢さん」


「いえいえ、気にせず何なりとお申し付けください」


 お茶を受け取ったイフリートは、ごくりと喉を鳴らしながらそれを胃袋に流し込んだ。


「ふうぅー……やはり水分補給は大事だな」


「オレも同感だナ!」


 ノーヴァは両羽で器用にマグカップを持ち、イフリートの肩の上でお茶を飲む。


「炎のモンスターが水分補給の重要性を説く……」


「あいつらに関しては細かいこと考えるだけ無駄だし」


 怪訝そうな顔で二人を見るセレナに、ティタニアは呆れたように言った。

 そして彼女は、バスケットのサンドイッチに手を伸ばし、一口かじる。


「うん……でも実際、このサンドイッチは美味しいと思う」


「ありがと。普段はあんまり料理しないから、褒められると恥ずかしいわね」


「さすがのセレナお嬢でも、女将さんの料理には敵いませんもんね」


「仕方ないわ、あっちはプロだもの」


「確かにミレーナの料理は美味だな。グレイツが作るのも中々だ。難点は、値段が張ることだが――あの味ならば仕方あるまい。ガハハハハハ!」


「ただの食い過ぎだっつーの」


「ギャハハハハッ! イフリートはスケールのでかい男だからナ!」


「おうよ、その通りだノーヴァ。男は食えば食うほど育つ!」


「それ以上育ってどうすんだか……」


「オレ様はまだまだビッグな男になるぞ。サーヤにも負けてられんからな!」


 そう言ってイフリートは、少し離れた場所でシルフィードと訓練を行うサーヤに、視線を向けた。




 ◇◇◇




「右の脇腹ががら空きですっ!」


「くぅっ! またそこかっ」


「癖がついちゃってるんですよ」


「なら徹底的に反復して、癖を消さなきゃだな! サーヤ、もう一回頼む!」


「わかりましたっ、いきますよぉおおおおおっ!」


 ズガガガガガッ! とほぼ浮かびながら、拳を交えるサーヤとシルフィード。

 二人の訓練は苛烈を極め、なぜか巻き込まれたニーズヘッグとファフニールは、完全に地面でへばっていた。

 特に、尻を誇示するように突っ伏し、不規則に揺れるニーズヘッグの姿は、黒いなめくじのようである。


「私……インドア派……こういうのは……向いてない……」


「はぁ……はぁ……へへっ、なら『弟子になる』とか言ったのは失敗だったな」


「あの時は……まさか……本当にトレーニングするとは……思ってなかった……」


「あたしは久々に思いっきり体が動かせて、結構楽しかったけどなぁ……ふぅ」


 先ほどまでは、かれこれ一時間ほど、1対3で模擬戦を行っていた。

 もちろんサーヤの方が“1”だ。

 数でも勝っているというのに、それでもサーヤはほぼ傷を負っていないのだから恐ろしいものである。


「しっかし……力の差を感じさせられるな」


「シルフィード様は……食らいついてる……」


「でもやっぱ、サーヤはまだ手加減してるって感じだ。シルフィード様だって、それはわかってるだろうさ」


「こんな状態じゃ……神鎧とは……やりあえない」


「聞いた話だと、ありゃあ完全に人間やモンスターに太刀打ちできるもんじゃねえ。“この世の外”って感じの相手だ。たぶん、どんだけ努力したって無理なんじゃねえかな」


 そう言いながらも、ファフニールはちっとも湿っぽい表情は見せない。

 からっと、あっさりと、諦めて割り切れる。

 場合によっては“冷たさ”とも取れる切り替えの早さが、彼女の長所でもあり、短所でもあった。


「……悔しい」


 一方でニーズヘッグは、ねっとりと、いつまでも引きずる。

 頭では『戦えるわけない』と理解していても、なんだかんだ、サーヤの役に立てないのが嫌らしい。


 会話が止まると、数秒の沈黙の後、二人は同時にサーヤとシルフィードを見上げた。

 模擬戦は今も、途切れること無く続いている。


「今のは大ぶりすぎます、もっと攻撃をコンパクトに!」


「ぐ、かっ……なら、この蹴りでどうだぁっ!」


「今度は右の死角の防御がおざなりです!」


「くうぅっ、それなら隙を突かれる前に次の攻撃をおぉっ!」


「雑な攻撃――それでは踏み込みが甘すぎます!」


 指導するサーヤにも熱が入り、二人の戦いは実戦さながらだ。

 サーヤは『厳しすぎるでしょうか』と不安になりながらも、シルフィードに真っ直ぐな眼差しを向けられると、本気にならざるを得ない。

 二人の力の差は歴然としており、なおもシルフィードは一発も攻撃を当てられていないが――しかし、変化が無いわけではない。


(シルフィードさん、昨日よりも……いえ、ついさっきよりも、確かに――)


(あちしにはわかる。サーヤと戦ってると、あちしはさっきの自分よりも、確実に――)


 拳を交えながら、彼女たちは身をもって、それを同時に(・・・)感じていた。


【強くなってる!】


 稽古を付けた相手が強くなる。

 自分自身が、秒刻みで強くなる。

 それが、互いに楽しくてしょうがない。


「……二人の動き、また速くなった」


「すげーなー、さすがにあそこまで行くと、あたしの目でも付いていくのは厳しいぞ」


 訓練はその後も二時間ほど続き、終わる頃には、ニーズヘッグとファフニールもセレナたちと一緒にくつろいでいた。




 ◇◇◇




 シルフィードは、少し休憩してから魔王城に戻ることになった。

 その別れ際、彼女は口をとがらせながら、不満げに言う。


「なあサーヤ、まだ時間はあるはずだ。あちしはもっとやりたい!」


 サーヤは困った顔で返した。


「わたしにも用事があるんです。それに、明日もまた来るんですよね?」


「もちろんっ!」


「なら今日はもう体を休めるべきです。いいですかシルフィードさん、強くなるための近道は、休養もしっかり取るのが大事なんです……って、これはお師匠さまからの受け売りなんですけどね」


「休みか……退屈だなー……魔王城だと一人だし」


「なら、帝都に泊まっていきますか?」


「それはダメ。あちしは魔王軍、しかも四天王の一人。いくらサーヤが友達だからって、泊まったら処分されるかんねっ」


「サーヤのこと友達とか言っておいて今更何を……」


「何だティタニア、文句でもあんのかー? イフリートもそうだけど、お前たちに責任感が無いだけだかんなー!?」


「おイ、言われてるゾ、イフリート!」


「その通りなだけに何も言えんな……」


「つか、ウチらは魔王様に捨てられたんだケド。シルフィードだって、いつそうなるかわかんないんだからネ」


「それは問題ない。あちしが使えるって思われてる限り――つまり、あちしが強ければ、魔王様に見捨てられることなんて無い!」


 自信満々に言い切るシルフィード。

 ティタニアは呆れたような表情で、「ならもう手遅れでしょ」と呟いた。


「とにかく、あちしはここには泊まらない。申し出自体は嬉しいし、正直に言うと、あちしもサーヤと語り合ってみたいけど……それは、その、魔王様に許可を取ってからだね!」


「確かに、保護者さんの許可は大事ですもんね」


「そういう問題なのかな……」


「お嬢、たぶん考えたら負けですよ」


「というわけで、じゃあね。また明日っ」


「はい、また明日です!」


 サーヤとシルフィードは、大きく手を振って別れを惜しむ。

 そしてシルフィードの姿が見えなくなると、サーヤは「よしっ」と両手を握って気合を入れた。


「それじゃあみなさん、わたしは帝都で用事がありますので!」


「訓練が終わってサーヤの唇を貪れると思ったのに」


「ニーズヘッグ、お前ほんとぶれないな……」


「ウチがさせないから。でも残念、せっかくサーヤとくっつけると思ったのに……」


「そんな寂しそうな顔をしないでください、ティタニアさん。戻ってきたら、いくらでもわたしの体を提供しますので!」


「意味深な発言……」


「こらレトリー、邪推すんな」


「あいたっ! 叩きましたね、お嬢! するでしょう! 今のはしちゃうでしょう!」


「しないっつーの!」


「そういうわけで、もう時間がないので、わたしは行きますねー!」


 やけに急いだ様子で駆け出すサーヤ。

 セレナたちは、そんな彼女の背中を見送る――ことすらできなかった。


「一瞬で消えたナ、女装っ娘」


「オレ様の目で辛うじて捉えられるほどの速度だったぞ」


「あの神鎧との戦いから、体の調子いいみたいだネー。寂しいケド」


「大変、私の依存ヒロイン枠がティタニア様に奪われつつある」


「安心しろ、お前は変態枠だから」


「変態枠はレトリーががっちりキープしてる」


「キープしてます、イエイッ♪」


「喜んでる……私にはレトリーの価値観がまるでわからない……」


 がやがやと騒ぎながら、残された一行も、荷物を片付け帝都へ戻っていく。

 帰り道、固まって歩く六人と一匹。

 その数え方が正しいかどうかはさておき、ティタニアは、たまたま隣にいたセレナに問いかけた。


「んで、サーヤの用事って何?」


「私も知らないわ。でも最近、街中でゴミ拾いしてる所を見かけたわよ」


「ボランティア団体にでも所属してるのかもしれませんねぇ」


「確かニ、あの女装っ娘ならやりそうだナ!」


「オレ様には及ばないが、あの女装娘もお人好しだからな……」


「ギルドの仕事も忙しいと聞いた」


「あたしもそれ聞いたな。何か、Cランクになったんだっけか?」


「ええ、そうよ。あっという間に依頼をこなすから、すっかりみんな頼っちゃってるわ」


「あんだけ強いわけだしネ」


「あっという間に最上位まで上り詰めるだろうな」


「あんまり無理はしないでほしいケド」


「私もそれは同感。マーリンさんのこともあるんだろうけど、ほどほどに頑張って欲しいわね」


 セレナは前方に見える帝都の外壁を見つめながら言った。

 もちろん、サーヤの後ろ姿はすでに見えなかったが、セレナなりに彼女の身を案じて。




 ◇◇◇




 ほぼ同時刻、魔王城にて。

 フェンリルは、四天王に与えられた自室で特注のベッドに突っ伏し、悩んでいた。

 悩むあまり、無意識に銀色の尻尾が左右に揺れている。


「まずいぞ……」


 考えども考えども、現状を打破する妙案など浮かんでこない。


「これは非常にまずい……」


 シルフィードは、すでにサーヤに陥落している。

 サーヤが魅了のスペルでも使ったのか。

 あるいは普通に籠絡されてしまったのか。

 シルフィードは頭が弱い所があるので、後者である可能性が限りなく高い――が、理由などこの際どうでもいい。

 大事なのは、シルフィードがもはや戦力として使えない、ということである。


「シルフィードは魔王城に戻ってきてはいるようだが、サーヤを友達などと言い切るあいつに期待はできない……となれば、我々だけでどうにかするしかない……どうにか……どうにか……」


 目を細め、フェンリルは喉から「グルルゥ」と唸り声を漏らす。

 再び――否、数百回目の思考。

 どうすればうまくいく、どうやれば同族たちを誰一人として傷付けず、サーヤを倒すことができる。

 考えて、考えて、考えて――


「どうにか……なるわけがあるかあぁぁぁぁいっ!」


 やはり浮かばず、吠える。


「しかし、どうにかせねばならない……! それならば、やはり我らにできることは一つだけだ!」


 真正面から戦って勝てるはずがない。

 つまり、謀略でサーヤを陥れるのだ。

 すでにそのための準備は進めてあった。

 そして今日、ついに“彼ら”と会う約束を取り付けたのであった。


「他力本願とは情けないが、これが失敗すれば、我らに後は無い。頼むぞ、“帝都に巣食う闇”、“何よりも深く邪悪なる黒”、人間の集まりでありながら、人間の破滅を祈る暗黒結社――ダークネスよ!」




 ◇◇◇




 “どこにでもあって、どこにでも無い”、そんな魔王城から出たフェンリルは、仲間を連れて帝都からほど近くに潜伏していた。

 そこに、黒装束を着た怪しげな男が近づいてくる。

 彼は無言で、帝都の防壁の外にある、秘密の地下通路へとフェンリルたちを導いた。


 長い階段を降り、じめじめとした暗い通路を通り抜け、仰々しい扉をくぐると、そこには広間があり――


『闇よ! 闇よ! 我らを導きたまえぇぇ! オォォォオオオオオオ!』


 同じ黒装束を着た怪しげな数百人の集団が祭壇に向かって祈るという、奇妙な光景が繰り広げられていた。


「わふん、すごい熱気だぜ」


「わふわふっ、変な匂いがしますな」


「わふん……フェンリル様ぁ、こわいですぅ……」


 お供たちの反応はそれぞれだ。

 フェンリルはひとまず「落ち着け」と声をかけ、祭壇へ近づく男についていく。

 そして謎の石像の前まで来ると、結社の構成員たちは同時にぴたりと祈りを止めて、現れた銀狼の群れに視線を向けた。

 すると、先導していた男が一歩前に出て、口を開く。


「皆のもの。我らの邪神様への祈りが届いたぞ。見よ、この禍々しき銀色の毛並みを! 彼らこそ、この帝都に破滅をもたらす魔の執行者、フェンリル様と、その使徒である!」


『うおぉぉおおおおおおおおおおっ!』


 男が大げさな紹介をすると、構成員たちは腕を突き上げ、雄叫びをあげた。

 異様な光景であった。

 四天王であるフェンリルも思わず気圧され、胃がキリキリと痛む。

 もちろん、彼よりもビビりなお供たちが怯えないはずもなく、かっこつけていた若い雄銀狼も、インテリぶっていた参謀銀狼も、そして最初から不安げだった雌銀狼も、みなフェンリルの背後に隠れて縮こまっていた。


(連れてきたのは失敗だったか……)


 己の力を誇示するには仲間を連れてきた方がいい――そう考えていたのだが。

 もっとも、結社の人間たちは、怯える銀狼のことなど対して気にしてなさそうである。


「見ての通りです。我らが邪神もあなたがたを歓迎していることでしょう、フェンリル様」


「うむ、でなければ困る。この帝都を破滅に導くのは、我々が結託してもそう簡単なことではないのだからな」


「ご心配には及びません。私たち“ダークネス”は今、新たな総帥の元、何時になく強い力と意思、そして結束を得ることができました。そこにフェンリル様の“闇”が加われば、恐れるものなどございません!」


「くっくっくっ、頼もしいな。ところで、その総帥とやらの姿が見えないようだが?」


「申し訳ありません、準備に手間取っておりまして。ですがご安心を、もうじき来られますよ」


 男がそう言った直後、広間にブオォォォオオンッ! という笛の音が響き渡った。

 総帥が現れる合図だ。

 構成員たちは一斉に左右に別れ、“通り道”を作る。

 そして、そういう役割が決められているのか、集団のうちに数人が、まるで歌うように奇声をあげた。


「アアァァァァァァア! イェンヤアァァァァアアアアッ!」


「オォウウッ!」


「ンアアァァァアアアッ! イェェェエンヤアァァァアアッ!」


「オォフッ!」


「ズンダカダッダンダンッ! ズンダカダッダンダンッ!」


「アァァァァァアアイッ! イェェェンヤアァァァアッ!」


「オォウオォウッ!」


「ズンダカダッダンダンッ! ズンダカダッダンダンッ!」


 歌は次第にリズムを刻みだし、同時に構成員たちは天に両手を突き出し、ステップを踏み、その場で踊り出す。

 場の空気が緊張すると同時にヒートアップしているのが、フェンリルの肌にも感じられた。


(慣れない空気だ……だが、これだけの“狂気”があれば、サーヤにも勝てるかもしれん……!)


 奇妙だからこそ、信頼できる。

 ほくそ笑むフェンリル。

 そしてついに、部屋の出口として開かれた大きなトンネルの向こうから、巨大な神輿に担がれて、総帥が現れる――


「アアァァァァアアッ! イェンニャアァァァアッ!」


「オォウウッ!」


「ズンダカダッダンダンッ!」


「ううおぉおおおおっ!」


「総帥様あぁぁぁあああっ!」


 音楽と歓声が混ざり合い、異様な熱気が広間を満たす。


(誰だ……総帥とは、どんなやつなのだ!)


 神輿は実に豪華で、花や鳥の羽、なぞの塗料でド派手に彩られていた。

 その上に置かれた椅子にちょこんと座る――少女の姿。

 フェンリルたちを案内してきた男は、彼女の姿を見て、自慢げに言った。


「いかがでしょうか、フェンリル様。あれが我らダークネスを生まれ変わらせた、新たな総帥……サーヤ様でございます!」


 構成員たちは、まるでアイドルに歓声を送るファンのように、「サーヤ様! サーヤ様!」「うわあぁぁ、サーヤ様、好きだぁー!」「サーヤ様! こっち向いて……あぁぁっ、向いてくれたあぁぁぁ!」などと大喜びしている。

 そんな中、総帥の名を知らされたフェンリルは――


「わふん、圧倒されそうだぜ」


「わふわふっ、相当なカリスマのようですね」


「わふん……フェンリル様、すごいところに来ちゃい……あれ、フェンリル様……死んでる?」


 立ったまま、白目をむいて気絶していた。




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