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039 同期が全員やめてブラック企業に一人取り残された時の気持ち

 



「はあぁぁぁぁああっ!」


 サーヤに接近するシルフィード。

 ただならぬ気迫を前に、サーヤも手加減なしで拳を振るう。


「正拳ッ、エクスカリバァァァァァァァアッ!」


 シュゴォオオオオオッ!


 サーヤの拳から放たれた光線は、真正面からシルフィードに迫る。

 余裕の表情で突っ込んできていた彼女の表情は、衝突直前、その想像以上の“太さ”に困惑する。


「あ、これやば――うひゃあぁぁぁああああああっ!」


 そして、直撃。

 光の帯に飲み込まれるシルフィード。

 どうにか踏ん張って耐えようと試みるも、できるはずがない。


 なぜならサーヤは、先日の神鎧との一戦以降、常にパワーアップした状態のままだからだ。

 彼女はただのエクスカリバーを放ったつもりで居るようだが、実際のところそれは“超”が付く方のエクスカリバーであった。


 それでもほんのちょっぴりだけ踏ん張ったのは、さすが四天王と言うべきなのかもしれない。

 だがすぐにシルフィードの体勢は崩れ、遠く彼方へと吹き飛ばされていく。


「あぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ……」


 そして彼女は、夜明けの空にきらりと輝く、星になった。


「飛んだね」


「飛びましたね……」


 サーヤは思わず自分の拳を見た。

 彼女自身、あそこまで強烈な攻撃を放つつもりはなかった。

 幸い、街に被害は無かったから良かったが。


「あの人、四天王さんだったんですよね?」


「うん、シルフィード。戦いの得意じゃないドワーフのくせに、鍛錬だけで四天王になったらしいよ。あんま興味無いケド」


「はえー……すごいですね。かなり強そうです!」


「一撃だったじゃん」


「そ、それはそうですが……はっ! そういえば、シルフィードさんにやられた人が居たはずですよね!」


 サーヤが辺りを見回すと、地面にへたり込むジェットの姿があった。


「かっこ悪いところを見せてしまったな……」


「あなたは――疾病のジェットさん!」


「そうそう、腰の持病があいたたた……って違うだろうがッ!」


「ノリいいな」


「えっと、突風のジェットさんでしたっけ?」


「惜しいな!」


「えっと突風じゃない……突風……トップウ……ト……あ、そうでした、トムさんですよね!」


「んー……いや、合ってる! 合ってるけどなんでそっちに言っちゃったんだ! オレは疾風のジェット、最強のBランク冒険者だ!」


「へー、失笑のジェットって言うんだ」


「お前、今わかった上で言っただろ!?」


「ごめーん、ちょっと口から毒吐いちゃった」


「今のはまさか、ティタニアさんの毒ジョーク!」


「そうそう、毒だけにネ」


「とっても上手です!」


「えぇー、そんなに褒めるほどだったぁ?」


「わたしそういうのは苦手なので、さらっと言えるティタニアさんを尊敬してしまいます!」


「んふ、んふふー、そっかぁ。サーヤちゃんにそこまで言われるとマジで嬉しいんですケドー」


 ジェット、もといトムを放置して、頬をつんつんしながらきゃっきゃうふふするサーヤとティタニア。


「んじゃまあ、シルフィードも撃退したことだし、宿に戻りますか」


「そうですね、帰りましょうっ」


 そのまま、二人は再び手をつないで帰路につこうとした。

 だがそれを見過ごすトムではない。


「待てぇいっ! ここで会ったが百年目! サーヤよ、今日こそ決着をつけようではないか!」


 サーヤを指さしながら、高らかに言い放つトム。


「決着……?」


 足を止めたサーヤは、彼の方を振り向いて首を傾げた。


「お前は“女装”と言い張り、今も平然と冒険者としての活動を続けているが、それはルール違反だ。誰よりも秩序を重んじるオレとしては、見過ごすことはできん!」


「違います、わたしは本当に女装ですっ!」


「あ、それ本気で言ってたんだ」


 今さら驚くティタニア。


「いいや女だ! どこからどう見ても女だ!」


「なるほど……また、あの勝負をやるつもりですね」


「その通り。今日のために、オレは徹底的に自分の体を痛めつけてきた!」


「Mじゃん」


「修行だ!」


「Mってなんのことです?」


「あいつに聞いてみな」


「オレに答えにくい話題を振るなーッ! とにかく、今日こそ暴いてみせるからな! お前のパンツを!」


「そこまで言うのなら仕方ありません……その勝負、受けて立ちましょう!」


 臨戦態勢を取るサーヤ。

 トムも真剣な表情で構え、足に風をまとわせる。

 そんな中、サーヤの背後に立つティタニアは、一人冷静であった。


「……は?」


 冷静なだけに、普通にキレていた。


「ねえ、あんたトムだったっけ」


「ティタニアさん、危ないですよ。離れていてください!」


「サーヤはウチの後ろにいな」


「いや、ですがこれはわたしとトムさんの戦いで……」


「いいから後ろにいるっ!」


「は、はい……」


 珍しく怒っているティタニアの迫力に押され、後ずさるサーヤ。

 ティタニアはそのまま、トムに歩み寄った。


「退け、ティタニアとやら! 四天王の一人だろうとも、オレたちの宿命の戦いに割り込むことは許されん!」


「あんた、トムってんだよね」


「話を聞いていないのか!?」


「そんなのどうでもいいから、ウチの話を聞け」


「う……わ、わかった」


 至近距離で殺気を向けられ、身をすくませるジェット。


「あんた、さっき何て言った?」


「オレたちの宿命の戦いに……」


「その前」


「とにかく暴いてみせるからな?」


「その後」


「お前のパンツを……」


「そこ! それ! どういうこと? あんた、サーヤのパンツを見ようとしてたっての!?」


「そ、そうだが……女装という嘘を暴くためにな!」


「どういう理由だろうと関係ないし! いい歳した大人が、10歳の女の子のパンツを見ようとするってどういう了見なワケ!?」


「女装という嘘を暴くために必要だったのだ! というか今、お前完全に“女の子”と言ったな!?」


「だからどうしたァッ!」


「ひいぃっ」


「大人の男が! 10歳の女の子のパンツを強引に見ようとする! これ以上の悪が、この世に存在すると思ってんの? えぇ!?」


「い、いや、だからそれは……」


「言い訳すんなぁっ!」


「ご、ごめんなさい」


 自然とトムは地面に膝を付き、正座の体勢になっていた。

 完全に親に叱られる子供の構図である。


「どんな理由があろうとも、そんなことしちゃいけないって普通はわかるでしょうが!」


「はい……はい……」


「これ相手がサーヤだから良かったけど、違う女の子だったらどうなってたと思う!?」


「捕まってました……」


「だよねぇ!? それをさぁ、あんたはサーヤに甘えてたワケよ!」


「ごめんなさい……」


「つか……つかさぁ、あんたみたいな男がサーヤに甘えるって何様なわけ!?」


「すいません……」


「サーヤに甘えていいのは……ウチ……いや、ウチらだけだし! あとパンツ見ていいのもウチらだけ! いい!?」


「それは何か違うんじゃ……」


「口答えするなッ!」


「はひぃっ!?」


「とにかく、だから、あんたはもう……サーヤにちょっかいを出さないこと! オーケー!?」


「オーケーです……わかりました、誓います……」


「なら良し。破ったらどうなるか……あんたが大人なら、わかるっしょ」


 ティタニアはトムを睨みつけながら、サソリの腕と尻尾を、見せつけるように生やす。

 その迫力に、トムは縮こまりながら怯えることしかできなかった。


「はぁ……ったく、サーヤもサーヤだし。あんなやつ、然るべき所に突き出せばいいのに」


 踵を返し、サーヤの隣に戻ってくるティタニア。


「ですが、嘘を吐いてしまったのは事実なので、向き合うべきなのではないかと……」


「律儀すぎ! いい子すぎ! どんだけウチを虜にすれば気が済むワケ!?」


「うひゃんっ」


 ティタニアはサソリの足まで使って、サーヤをがっしりホールドする。


「やっぱりウチらが守らないと不安だし」


「ですがさすがにこれは恥ずかしいです……」


「この時間なら誰も見てないから平気っしょ。あんなヤツとの戦いに付き合おうとした罰として、このまま帰るから」


「う、うぅ……ティタニアさん、少し前から思ってたんですが……」


「何?」


「わたしとくっつくの、好きですよね」


「そんなのトーゼンじゃん。サーヤと触れ合ってるときが、生きてきて一番幸せな瞬間だし!」


 上機嫌にそう言いながら、サーヤを抱きしめたままティタニアは立ち去っていく。

 一人残されたトムは、二人の後ろ姿を見ながら一人ごちた。


「10歳の女の子のパンツを見ようとして、モンスターに説教をされた……オレ、自分の人生を見直した方がいいのかもしれない……」




 ◇◇◇




 サーヤを真正面から抱きかかえ、夜明けの街を歩くティタニア。

 そんな体勢になると、当然顔も近くなり――サーヤはじっと、至近距離にあるティタニアの瞳を見つめていた。


「何で、そんなに見てるのよ」


「ティタニアさん、美人さんだなーと思って」


「は、はぁっ!? 褒めたって毒しか出ないしっ」


「ふふふ、しかもおもしろいです」


「今のはジョークじゃないんだケド……」


「ところで、ティタニアさんはキスとかしないんですか?」


「っ……いきなりぶっ込んで来るとかマジで困るっつーか」


「ドラゴンさんは挨拶代わりにキスをするというので、サソリさんはどうなのかなぁと思ったんですが」


「ウチ、サーヤ以外には触れないから、そういうこともできないんだよね」


「仲間同士でもそうなんですね……」


「まあ、もしサーヤがしていいって言うんなら、するけど」


「いいですよ」


「あっさりオーケーするなっつーの! もっと自分の唇を大事にするべきじゃん!」


「何で怒ってるんですか……?」


「怒ってるつーか……なんつーか……うぅ、あのクソドラゴンどものせいでサーヤの価値観が変なことに……サーヤ、言っとくけど、あんま簡単に人とキスとかしない方がいいから。そういうのは、好きな人とだけにした方がいいっていうか……なんつーか……」


「ティタニアさんのこと好きだから、問題ないと思います」


 純朴な瞳で、そんなとんでもないことを言い切るサーヤ。

 もはやティタニアは限界であった。


「……じゃあ、する」


「はい、どうぞっ」


 震える唇を、サーヤの幼い唇に近づける。

 そして皮膚が軽く触れ合った瞬間、ティタニアの心臓がどくんと跳ねた。

 同時に瞳がうっとりと虚ろになり、さらに深く唇を合わせる。


「ん……ふ……」


 それは挨拶よりもずっと長い、数十秒にも及ぶキス。


(これ……ヤバいんだケド……こんなの、絶対に癖になるやつじゃん。サーヤの顔が近くにあったら、何百回でもやっちゃうヤツ……)


 ティタニアは一瞬で、その感覚の虜になった。

 しかしあまり長すぎても良くないと、名残惜しさを断ち切って、ゆっくりと顔を離す。


「はふ……ん」


 思わず漏れる声。


「ファフニールやニーズヘッグとも、違う感じのキスでしたね。何だか、ちょっぴり恥ずかしいです」


 はにかむサーヤ。

 その表情を見て、ティタニアはまた我慢できなくなった。


「ティタニアさん、まだするんですか? いいですよ、気が済むまでどうぞ」


 受け入れるサーヤの笑顔は、変わらず純粋で、爽やかで。

 それを汚すような背徳感が、またティタニアを溺れさせる。


「んー……ふっ、んふっ……はむっ……ふ、むっ……」


 彼女は一心不乱に、しかし同時に壊してしまわないように優しく、唇をついばんだ。


(好き……サーヤ、好き。世界でたった一人の……やさしくて、かわいくて、やわらかくて、あったかくて……好き、好きっ)


 ティタニアは完全にトリップ状態だ。

 サーヤを逃げられないよう六本の足と二本の腕で固定して、ひたすらに、何度も唇を重ねる。

 何もかもが初めての体験なのだ、夢中になってしまうのも仕方のないことだった。


「はふっ……は、ん……ティタニアっ、ひゃ……んっ……さすがに……夜が、明けて……」


 ティタニアの今の姿も含めて、『誰かに見られるとまずい』という認識はサーヤにもあるようだ。


「なら、歩きながらで、する」


 サーヤの指摘を受けて、言葉通り、歩きながらサーヤとのキスを続けるティタニア。


(何だかこれは、ファフニールやニーズヘッグのキスとは違うような気がします。ティタニアさんの胸、すごくドキドキ言ってるし、体も熱いです。でも……わたしも胸がぽかぽかするから、別にいいですよねっ)


 その熱情を薄々感じ取ってはいたが、なおもサーヤは受け入れる。

 そして、熱のこもったキスを繰り返しながら歩く二人の姿を――


「さっきの一撃だけであちしがやられると……って何やってんだお前らー!?」


 戻ってきたシルフィードは目撃した。

 見た目こそサーヤとさほど変わらない年齢に見える彼女だが、これでも100年は生きている。

 その行為の意味をしらない子供ではないのだ。


「お、おいっ、こっちを見ろ! そんなふしだらなことに夢中になってないで……ほらっ、見ろって! あちしがリベンジしにきたんだぞー!」


 顔を真っ赤にしながら呼びかけるも、二人は反応してくれない。


「くっ……な、何だ、見てるだけなのにあちしも顔が熱くなってきたぞ……はっ、まさかティタニアの毒!? もしくはサーヤの攻撃!? そうか、そういうことか、これは罠なんだな! あちしを無視するフリをして、攻撃を仕掛けてるんだな! なら……なら……ひとまず、戦略的撤退だぁーっ! 頭を冷やしたらまた来るからなぁー!」


 人知れず去っていくシルフィード。

 こうして、自覚無く二度目の襲撃を退けたサーヤとティタニアだったが、当の二人はそんなことお構いなしに、キスを続けていたのだった。




 ◇◇◇




 どうにかこうにか、宿の前まで戻ってきたサーヤとティタニア。


「ティタニアさんっ、中っ、お姉ちゃんご両親、もう起きてますっ」


「……わかったし」


 ティタニアは足を仕舞い、しぶしぶサーヤを解放する。

 しかし一度外れてしまったタガは、元には戻らない。

 あんな経験をしてしまったのだ、おそらくティタニアは、事あるごとにサーヤの唇を奪おうとするに違いない。

 それをあっさり受け入れてしまうサーヤにも問題があるのだが。


「よっとと……」


 ティタニアの両手がサーヤを地面に下ろすと、彼女はよろめく。


「大丈夫っ!?」


「へーきです、ちょっとぼーっとしちゃってただけなので」


 あれだけキスを繰り返したのだ。

 寝起きとは違う意味で、サーヤの頭はぼんやりしていた。

 大丈夫とは言ったが、こんなのは彼女にとっても初めての体験だ。


「見えた、今が好機! あちしのスーパースピードソニックパンチを喰らええぇぇーっ!」


 そこに、隙をうかがっていたシルフィードが強襲する。

 宿に戻ろうと階段に足を乗せたサーヤの体は、自然とその殺気に反応し、傾く。


「あっ……」


 バランスを崩し、倒れるサーヤの体。


「あ、ちょっ、動くなーっ!」


 なおも接近するシルフィード。

 だがその狙いは微妙に外れ、拳は体を通り抜けて、二人の顔と顔が激突する。


 ドゴォンッ!


 およそ額同士の衝突とは思えない重低音が空気を震わせる。

 普通に考えれば、攻撃を仕掛けようとしたシルフィードの威力のほうが上だ。

 つまりサーヤが吹き飛ばされる――そのはずだった。


 しかし、人間というのは、予期せぬタイミングで、予期せぬ力を発揮してしまうもの。

 転ぶ、それを止めようとして踏ん張る、その踏ん張りが余計に転倒を加速させる――そんなのもよくあることだ。

 元からの身体能力の差もある。

 要するに、転んだサーヤの頭の動きは、シルフィードを凌駕していたのである。


「あいたたたた……」


 軽く額をさするサーヤをよそに、


「なんであちしがあぁぁぁぁああっ!」


 シルフィードは、空の彼方まで吹き飛んでいった。




 ◇◇◇




 幾度となく、奇襲を防がれたシルフィードは、街の片隅に身を隠しながら考えた。


「やっぱり奇襲はあちしに向いてないんだ。どんなに強い相手でも、戦士として、真正面から戦いを挑むべきだった!」


 そう、彼女はただ単にサーヤを殺しにきたのではない。

 その戦いを楽しむことも、目的の一つだったのだ。


「あちしは負けるわけにはいかない。必ずサーヤとやらに勝って、魔王様にも褒められて、“次のステージ”に登らなくちゃならないんだ」


 シルフィードには決意があった。

 彼女はドワーフだ。

 本来、ドワーフという種族は、彼女のように表に出て戦うタイプではない。

 畑を耕したり、鉱石を掘ったり、武器や道具を作ってみたり――そんな人間とよく似た生態を持つ、いささか平和主義すぎるモンスターだ。

 神器戦争でも最前線に出なかったがゆえに、他のモンスターに比べて多く生存している。

 それをドワーフたちは誇りに思っているようだが――シルフィードは違った。


「生まれつき決められた道しか歩けないなんて馬鹿げてる。あちしみたいに、好きなように生きるドワーフがいたっていいはずなんだ! もし種族がしがらみになるんなら、あちしはドワーフだってやめてやる!」


 そもそもドワーフは、戦闘向けの種族ではない。

 だがシルフィードは、己の意思でその道を選んだ。


 もちろん仲間たちは彼女をバカにしたし、力ずくで抑え込んでやめさせようとしたこともあった。

 しかしシルフィードは、その全てをはねのけ、己の力だけで四天王にまで上り詰めた。


 結果、彼女をバカにするドワーフは減った。

 だがまだ“全て”ではない。

 全てのドワーフが、自分の選んだ道を認めるまで――シルフィードの戦いは終わらないのである。


 そして彼女はそんな決意を胸に、帝都の宿を訪れた。

 扉を開き、足を踏み入れ、入口付近で「すぅ」と大きく息を吸って――


「たのもぉおおおおおおおっ!」


 そう叫ぶ。


「サーヤを呼べ! あちしは魔王軍四天王の一人、疾風のシルフィード! この拳でサーヤをぶっ飛ばすためにやってきた!」


 ちょうど食堂で朝食を採っていたセレナは、サーヤとさほど変わらない年齢に見えるシルフィードを見て呟く。


「サーヤちゃん、また友達が増えたのね……」


 ほどなくしてサーヤが現れ、二人は決闘のために外に向かう。

 その姿は、今から外に遊びに行く、同世代の友人にしか見えなかったという。




 ◇◇◇




 それから二週間が経った。

 シルフィードは毎日のようにサーヤに決闘を挑み、その度に吹き飛ばされる。


 しかし彼女の心は折れなかった。

 何度やられても、すぐに立ち上がり、再び戦いを挑む。


 そんなシルフィードに、サーヤはやがて尊敬の念を抱くようになり、戦いの中でアドバイスをするようになった。

 対する彼女も、そんなサーヤをリスペクトするようになり、アドバイスのおかげでみるみるうちに腕をあげていった。

 戦いの中で、二人の少女は絆を育んでいく――




 ◇◇◇




 魔王城に戻ってきてもなお訓練を続けるシルフィードを、一匹の銀狼が眺めていた。

 四天王の一人、フェンリルだ。


「せいっ! はぁっ! てりゃあぁぁぁあっ!」


 部下に頼んで作らせたと思われる、サーヤを模した“影”とスパーリングを行うシルフィード。

 その動きは、二週間前とは別人と思えるほど速く、鋭い。


「ふうぅ……今日はこんなもんだな」


 訓練には休養も重要だ。

 シルフィードはほどほどの所で切り上げると、腕で額の汗を拭きながら、魔王城外に設置された訓練場の出口へ向かう。


「これを使え、シルフィード」


 するとそこに立っていたフェンリルが、口に咥えた、スペルで冷やした布巾を彼女に投げ渡した。


「さんきゅ」


 それを片手で受け取り、額に当てるシルフィード。


「あぁー、気持ちいいー……」


「気に入ってもらえたようで何よりだ。ふ、それにしても熱の入ったトレーニングだったな」


「今のままじゃサーヤには勝てないからな。あちしはもっと強くならなくちゃならない」


「やる気があるのはいいことだ。一人で突っ走った時はどうなるかと思ったが――怪我の功名というやつだな」


「難しい言葉はよくわかんないな」


「サーヤとの戦いでお前が強くなって頼もしいということだ。どうだ、そろそろ我と手を組んでみないか?」


「何のために?」


「決まっている。あのサーヤという少女を、始末するためだ」


 キメ顔で言い放つフェンリル。

 しかし、シルフィードの反応は薄かった。


「……何で、サーヤを始末しなくちゃならないんだ?」


「最初からそれが目的だったはずだ」


「何を言ってるんだよ、フェンリル。サーヤはあちしの友達だぞ?」


「……は?」


「拳を交わしてわかりあった、心の友だ。始末するなんて面白いことを言うんだな、フェンリルは。きしししっ!」


「……は? はっ?」


 戸惑うフェンリルを置いて、訓練場から出ていくシルフィード。


「タオル、ありがとなー! 気持ちよかったぞー!」


 きっちりお礼を言っていくあたりに、礼儀正しいサーヤの影響が見て取れた。

 そして残されたフェンリルは、ひたすら頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


「は? えっ? 友達? サーヤが? シルフィードの? 我は何を聞いたのだ? あいつは何を言っているのだ?」


 受け入れがたい真実。

 だが時間が経ち、脳が冷静さを取り戻すと、わかりたくなくてもわかってしまう。


「もしかして、いつの間にか、四天王……我、最後の一人になってる?」


 その事実に気づいた時、フェンリルの胃は収縮して圧縮してブラックホールになるんじゃないかと思うほど、強烈にキリキリと痛んだ。




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