友情以上の恋未満 4
「玉野んちってここかぁ」
5階建ての建屋が3つ並んだマンションを見上げて智は言った。そういえば、高校生になってから友達を自宅によぶのは初めてだった。駅前の商店街の端から歩くこと10分の好立地に建つこのマンションは、駅に近いからこそ階層が低く作られたらしい。もうちょっと駅から離れれば、18階建てだの、20階建てだのの高層マンションもあるのだが。
郵便受けをチェックし、智と肩を並べて階段を上がる。智が物言いたげに見ていることに気付いた。
「なに?」
「いや、マメだなぁと思って」
「郵便受けのこと?」
「ああ。俺、家で郵便受け覗いてから家に入るなんてことしたことがないなと思ってさ」
「小学生の頃からの習慣かな。うち五階だから、朝刊取りに行くのとか面倒でさ」
「ああ、新聞って一階の郵便受けに届くんだ?」
「そう。そんで、オヤジが月500円やるから、毎朝、朝ごはんの時間までに新聞取りに行ってくれって。まあ、俺もランニングに行くからついでって感じで」
「はあ、なるほど」
「だから、俺は郵便受け係なんだよ」
郵便受け係という言い方が可笑しかったのか、智がプッと吹き出した。わざとおどけたのだが反応がよくて嬉しくなってしまう。
「それじゃ、茉莉ちゃんは何の係なんだ?」
「茉莉は掃除機係。共働きだからさ、姉弟で家事を分担してんの。今はもうちょっといろいろ分担してるけど、手伝いを始めたばかりの頃できることなんて知れてる」
「違いない」
「こんだけの仕事でも失敗やらかすし」
「郵便受け見に行くだけなのに?」
「よその郵便受けを間違えて開かないってダイヤルをぐりぐりしてたら、いたずらしてると思われておじさんに怒られたりさ、ま、いろいろ」
「最初はいろいろあるよな」
「いつまで笑ってんだよ」
「ごめん。っていうか、どこまで上るんだ?」
「五階」
「五階かぁ、景色良さそうだな」
「まあな。それにしても佳祐あっさりと帰ったな」
いつも一緒に駅まで帰る仲間なだけに、智だけを自宅に誘うことになった帰り、どう切り出そうかと理はドキドキしたのだが、駅前まで来たところで佳祐は言った。
『あのな、仲違いしてたらプレーに影響するだろ。お前らだけじゃなく、全体がギクシャクするんだ。キャプテンが佳祐と理に、二人でよく話し合って、明日の練習に持ち越すなと伝えてくれと言ってた。だから今日はよく話し合え。俺は先に帰るからさ』
というと、懐の財布からドーナツチェーン店のクーポン券を差し出した。理が受けとると満足そうに佳祐ひとり、さっさと改札に消えていったのだ。
ちなみにせっかくいただいたクーポン券だが、有効期限が過ぎていて10%オフにならず、自腹の割り勘でドーナツを買って理の家で食べることにした。詰めの甘さがなんとも佳祐らしいと二人で笑い合った。思ったことをすぐに口に出す佳祐は、自分の価値観でものを見るところはあるけれど、基本的にはいい奴なんだ。そうだった。
「先輩も結果を残したいのと、引退までに後輩を育てたい気持ちで言ってくれてるんだろうな。そんなに気が引けるなら、今度三人で遊ぼうぜ」
「そうだな」
自宅のドアの鍵を開ける。リビングは明かりが付いていて、人がいる気配がした。カレーの匂いに食欲が刺激され、ドーナツを食べるか悩んでしまう。
ただいま、と声をかけると「おかえりなさい」と返事があった。百合姉と茉莉の声だった。
パタパタとスリッパを鳴らして出迎えにきた百合姉に、智はペコリと頭を下げて、「おじゃまします」と挨拶をする。脱いだ靴を並べる智の姿に、理は「こいつこんなに礼儀正しかったっけ?」と思ったが口にはしない。
そう、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
場合によれば、せっかくのキャプテンと佳祐の気遣いを無にしてしまうかもしれないけれど、作戦を決行せねばなるまい。
理は担いでいたスポーツバッグを下ろし、弁当箱を取り出した。
「姉ちゃん、弁当ありがとう。ごちそうさま」
にっこり笑って両手で弁当箱を差し出した。ちょっとあざとかったかと自分で笑ってしまいそうになる。
百合は嬉しそうに微笑み、弁当箱を受け取りながら、理の予想通り言った。
「あらあら。どういたしまして。でも、今日はほとんど茉莉ちゃんが作ったのよ」
「うん。あとで茉莉にも言っとく。でも、いつも、毎日、弁当作ってくれてるの百合姉ちゃんじゃん。たまにはお礼言っとこうと思って」
いつもと毎日をことさら強調して言ってみた。どうだ、これで智にも気付くことだろう。
そんな思惑とは気付かず、いきなり日頃の労いを受けた百合は、感激した様子で照れまくる。
「やだ、さとちゃんったら。友達が聞いてる前で」
うちの弟が可愛すぎると百合は悶えた。




