第137話 「オールスターファン投票」
5月も半ば、両リーグで共に初完封勝利をおさめた姫宮野々香と涼城椎菜。
ここまで来れば、もはや活躍を疑う者の声などかき消され、日本の野球ファンが注目する一つの革命となった。
野球ファンも、普段はもう野球に興味のなかった人々も、誰もが野々香と椎菜の活躍に心を躍らされている。
両者、投打ともに順調だ。
二人とも、完封をきっかけにさらに自身も、周りからの信頼もアップ。
毎試合スタメン起用されるようになった。
このままなら、規定打席・投球回どちらも達して、個人成績ランキングも賑わすことになるだろう。
そして、ペナントレースも40試合ほどを消化し、セパ交流戦の開始がチラつく頃に、開始されるイベントがある。
オールスターのファン投票だ。
「野々香さん」破魔スタの、東馬鈴。
「椎菜」魔宮玻璃の、秋明華。
「最多得票、取るっすよ」
「最多得票、取るノ」
GWも終わり、ファン投票開始が近くなった、その頃。
ほぼ同時に、二人の女性スタッフは、自分のサポートする選手に声をかけた。
「椎菜ちゃんが取るからいいよ」
「野々香さんが取ると思いますので大丈夫です」
どっちも乗り気じゃなかった。
いや別に人気があればそれはそれで嬉しいのだが、お互いに「あっちのが人気だろうし気にしない」の精神で譲り合っている。
何なら相手の方に最多票を取ってもらいたいとすら思っている。
「せっかく野々香さんだって女の子なんですから、人気投票とかテンション上がらないっすか?一番人気だったら嬉しくないっすか?」
「いいよあたしとか別にボーボボに負けた……! とか言ってる枠で」
「ボーボボじゃん! じゃなくて、せっかくそういう面でも椎菜さんと戦えるんだし盛り上げましょうよ」
「そりゃあたしだって、初の女性選手なわけだし、多少は物珍しさで票を取れると思うけど、あっちはマジモンの美少女だよ?ついこないだまでJKしてた子だよ?そんなん天と地、月とすっぽん、嘘とカメレオンですよ」
「意味がわからない!」
今シーズンのファン投票に関しては、既に先発投手部門の姫宮野々香、涼城椎菜は当確だろうと大方の予想だ。
それはそうだろう、話題の割に実力が……となれば別だが、実力も伴っている現状、初の女性選手が1位にならないはずがない。
そして、話題はもう一つ進んで「野々香と椎菜、どちらが最多得票になるか」まで発展しているのだ。
もはや何とか総選挙のような勢いだ。四十何人もいないけども。ボイスも実装済みだけども。
「椎菜ちゃんに入れたいんだけど選手ってファン投票できるのかな」
「選手は選手間投票に入れてくださいよ」
「いやだい、あたしは椎菜ちゃんにとっての千葉県のYさんになりたいんだい!」
「まぁ当然そんなことは許されないので怒られたければどうぞ。それより、アピールタイムの件なんすけど」
そして何食わぬ顔で持ち込まれる謎の案件。
当然、野々香はアピールタイムのことなど聞いてない。
とりあえず、首をこてり、と横に倒すムーブをしてみた。
「今可愛さアピールみたいなのしないでくださいよ、意外と可愛いんで撮っていいですか」
「いやどす。アピールしてんじゃなくて、素で聞いてないんだよ」
「これから説明します。イラブションズと合同でですね、楽しく盛り上がる企画をして、もっと目立たせて、得票数歴代1位を目指しませんか?って。それがどっちになったとしても、盛り上がるでしょう?」
なるほど、一応理解はできる。
初の女性選手という注目度があるうちに歴代最多票を取れば、それは永遠に名を残すことになる。
自分自身の名を残したいとは別に思わないが、球団としてもメリットはあるだろうし、野々香と椎菜はお互いに相手が最多記録を叩き出せば飛び上がってはしゃぐだろう。
「うん、企画の意図はわかった。あたしも椎菜ちゃんが歴代最多票として名を残したら嬉しいから、やってもいいよ」
「ありがとうございます。んじゃあ、詰めていきましょう。これが仮の企画案っす」
そうして馬鈴は進行中の企画書をファイルから引っ張り出し、ずいっと野々香に突き出す。
はてさて、どんな企画なの……か……
ピキキッ。
目を通した野々香の表情が、まるで鉄人化の魔法を使った時のように固まった。
「あの、これは……」
「見ての通りっすよ。最近流行ってるでしょう?」
そこには、企画書の仮タイトルとしてでかでかと、なんか聞いたような字面が並べてあった。
"転生したら野球選手だった罠~最強美少女たちが屈強な男たちを野球でなぎ倒す、野々香と椎菜のプロ野球無双~"
「あばっ、あばばば、あばばばばっ」
「どうしました、野々香さん。何か気にいらなかったっすか?」
「何でもないよ!? うん、何でも。気に入らなくなくなくない。いいと思う。うん!」
あまりに際どすぎるぶっこみ企画に激しくうろたえた野々香は、気にしてないフリをするために思わず承諾してしまった。
「あばっ、あばばばばっ、明華お前、何これ」
「なるほどー。流行りの異世界要素を取り入れて、行動力のあるオタク層の方々に認知してもらう企画ですね。良いと思います」
「そーなノ。ワタシが発案者なノ!」
一方イラブションズでは。
うろたえる南を横目に、椎菜が眉ひとつ動かさず、至極冷静に企画の意図を把握し、承諾していた。
「いや、そんなんバレてるわけねぇだろ」
「企画の意図自体は理にかなっていますし、明華さんや球団が僕たちを怪しんでいるみたいな可能性はゼロだと思いますよ」
「だ、だよねー。あたしもそうじゃないかと思ってたんだよ」
「そ、そーだよな、ののちゃん。うちもそんなわけないって気付いてたけどさ」
「2人くらい吊られ間際の人狼がいますね……」
野々香が慌てて学駆と通話を開始したことから、念のため四人で話し合おうということになった。
言うまでもなく学駆と椎菜が冷静な人間側、野々香と南が人狼側だ。
企画の内容、狙いについては椎菜の考察通り、投票という言葉を聞けばガンガン動くアニメファンやアイドルファンの動きを煽り、票数を増やそうということだった。
お互いにそれっぽいコスプレをネット上で披露したり、球場に異世界っぽいPOPを設置したり。
野々香と椎菜の仕事は、そのための撮影や映像作成の協力。
と言っても移動日の隙間時間を利用してコスプレ写真を撮ったり、セリフを当てたりするだけだ。
二人の負担はそれほど大きくない。
むしろ心配なのは……
「うっかり余計なボロ出しそうな姫宮野々香さんだけですね」
「い、嫌ですわねぇあたくしそんなボロなんて出しませんことよヲホホホ」
「大丈夫ですよ、変なこと言ってもいつもの野々香さんですし、企画に合わせたことを言ってくれたんだな、ってみんな思ってくれるはずです」
「椎菜、たまにののちゃんのこと自覚なしにザクザク刺すよね」
野々香は変な発言製造機が日常だと、椎菜にも思われていた。
実際にボロを出したとて信じるはずもないので大丈夫だとは思うが、野々香に関してはやや心配はある。
「悪いお嬢様にも注目されているようだし、ボロは出さないように気を付けてくださいよ」
「ボロ出すと球場に煽りポスターとか出されちゃうんだっけ。惨劇の巨人(笑)とか六甲(33ー4)とか」
「最近またやってたな、そのポスター」
「大丈夫だよね? 本当に異世界人でないのなら……平気でいられるっ……熱湯の中でもっ……とか言って熱い風呂に放り込まれたりしれないよね?」
「それ平気な方が異世界人じゃない?」
色んな要素が混ざり込んだ謎の魔女狩りに怯える姫宮野々香さんだが、これまでも何度か変な発言はしたことがある。
それ自体、野々香が自覚すらしていないので「そういう人だ」で周りは納得している。そういう人って何だろう。
まぁとにかく、自然体でいればいいのだ。
「そういうことなら、見せてあげますよ。あたしの2.5次元の誘惑を……」
「俺たちにとっては異世界スタイルとか前に見てるから普通の三次元なんだよなぁ」
「そう言いながら、楽しみなんですよね。学駆さん」
「椎菜、学駆さんのことは自覚ある上で刺すよね」
そういうわけで、舞い込んだコスプレアピールイベントに、野々香と椎菜は注意を払いつつ。
楽しく参加することを決めたのだった。
「そんで、歴代最多票ってどれくらいなんだろ?確か、去年は77万票とかだったよね?」
「あー……、それなら、確か……」
そう言って学駆は確認のため調べ出す。
調べている最中に、一瞬「えっ」と声が出たあと、結構驚愕の数値が提示された。
「去年の最多票は確かに77万だけど、歴代最多は158万票だ。倍以上だけどがんばれよ!」
学駆の投げやりなエールに、野々香は「お、おう……」とだけ反応したあと。
「野球人気って、昔もっとすごかったんだね……」と、感心と驚愕が入り交じった声で呟いた。




