13話 守り抜いた者.4
2026/06/28 改稿
村の裏手の山の奥には、魔龍の川と謂れる場所が存在する。オークの上位個体や、変異ゴブリン。オーガの目撃情報も有る、怖い場所。そうパパには、聞かされていた。
「はぁっ、はぁっ、くっ……ミルン、大丈夫? どこか怪我とかしてない?」
「ママは、だいじょうぶ?」
ママの目は真っ赤で、それでも私に、笑顔を向けて、心配してくれるのだ。
「大丈夫っ、ママは大丈夫よ」
私は、頭を動かして、それを見た。
とても静かに、流れる川。
お魚が泳いでいる姿が見える程、水は透き通り、ここがあの、魔龍の川だとは思え無い。
「っ、明るくなって来たわね……」
「パパは、くる?」
「ええ、必ず来るわ。ゼスは、ミルンのパパは、ああ見えて強いんだから」
それは私も、知っている。
木の棒を振り回しても、擦りもしないのだ。
後ろから襲っても、避けられるのだ。
「パパはつよいっ」
そう考えると、気が楽になった。
緊張が解けた。そして自然と──ゴキュルルルルルルルッと、お腹の虫が鳴いた。
「ふふっ、そうね。ミルンのお腹が鳴ったら、朝ご飯を食べないと」
「ごはん? おさかなさん?」
「んーっ、今は捕る物が無いし、ちょっと待ってね。えっと……ゼス、何やってんの」
パパから渡された、皮袋の中身。
数日分の干し肉。
水を入れる為の筒。
売れそうな鉄屑。
そして、何故か毛玉。
「すんすんっ……ミルンの尻尾の毛玉ね」
「けだまっ」
「中に入れときましょ。それじゃあミルン、お口をあーんして?」
「あーん、むきゅむきゅ。んーっ!」
ママのあーんで、お口に干し肉を入れられるけど、コレをママがやる時は、寂しい時だ。
「むきゅむきゅ、んくっ。ママは食べないの?」
「勿論食べるわよ。でも先に、ミルンからね」
「あむっ、むきゅむきゅ」
私に干し肉を食べさせながらも、ママの耳は忙しなく動き、周囲を警戒している。ここはもう、魔物の領域なのだ。いつ襲われても、おかしくない。
「ぬぃっ、もう、たべれないっ」
「んっ? ああっ、御免ねミルンっ。それじゃぁ、ママも貰うわね」
「おなかいっぱいっ……くわぁぁぁっ」
お腹がいっぱいになると、眠たくなる。ただでさえ、暗い時間に起きたのだ。
「ふふっ、可愛いなぁ。大丈夫。ママが見てるから、ゆっくり寝てなさい」
「うにゅ、んんーっ」
魔物の生息域である、この場所でも、ママの腕の中なら、安心して眠れた。
ドンッッッ──「むわぁっ!? なにっ、なんのおとっ!?」と、凄く大きな音で目が覚めると、ママに抱っこされていた筈なのに、ママが居ない。
辺りを見渡すと、"ドンッッッ──"とまた、大きな音が聞こえたから、ゆっくり立ち上がって、その音がする方へ、歩いて行った。
「なんのおと……まもの?」
音の聞こえた場所は、この先。
木の影から、そっと覗き見る。
「んーっ、ママっ!」
ママが魔法を使って、凄く大きな木を、切っているだけだった。
「おはようミルン。と言っても、お昼過ぎだけどね。こっちに来て、手伝って頂戴」
「おてつだい?」
「この木材を、川の近くまで、運んで欲しいの」
「わかりましたっ」
私はママの子供だから、結構力持ちだった。
自分の背丈、二人分の木材を、ママと一緒に運んで、『むふーっ』と、やり切った。
「これ、なにするの?」
「ふふふっ。お家を建てるのよっ!」
「おうちっ!」
「と言っても、ただの小屋だけどね。ミルンは危ないから、近付いちゃ駄目よ?」
そこからのママは、凄かった。
丸太の端を手で毟り、それを何本も繰り返して、更にそれを繋げて行く。
『んんーっ、ミルーン。そっちから見て、傾いてる所とかないかなーっ』
右に物凄く、傾いていた。
私も同じ様に、右に傾き、転がった程だ。
「みぎーっ!」
『右ねーっ、ありがとーう』
更に右に傾いた。
どうやら伝え方を、間違った様だ。
「ひだりーっ!」
『あっ、ミルンから見て右か』
ふと、疑問が沸いた。
木を切る時も、小屋を建てた時も、結構な音が響いてるのに、魔物が来ない。
その疑問を、ママに聞いてみた。
「なんでここ、まものこないの?」
「ふぅっ、重労働ね。魔物が来ない理由? そうね……なんでかこの場所には、魔物のう◯ちが、落ちてないのよねぇ」
「う◯ちおちてない?」
「だから、比較的安全って事。それでも、森の奥に気配はあるから、行っちゃ駄目よ」
「うんっ。ママといっしょにいるっ」
それから半日は、経っただろうか。
隙間だらけだけど、柱はしっかりしている、ママ渾身の小屋が完成した。
もう直ぐ日没。
ギリギリ間に合ったと、額の汗を拭ったママは、小屋ぐるっと回って確認。
「……崩れなければ、良しっ!」
「ぺっちゃんこ?」
「そんな不安な顔しないのっ。柱がしっかりしていれば、崩れないからね?」
「うん……う◯ちは、どこでするの?」
ママはスッと目を逸らし、小屋近くの地面を指差し、うんうんと頷いた。
開放感溢れる、おトイレだ。
「さあミルン。ここで、パパを待つわよ」
そう言って、ママと一緒に、小屋の中でむきゅむきゅと、干し肉を齧っていたら、いつの間にかママは、すやすやと眠っていた。
「ママ、おやすみっ」
ママは疲れが、溜まっていたのだ。
目をくわっとさせて、小屋の隙間から、魔物が来ないか、周囲を警戒する
「ミルンがママを、まもるのっ」
パパが来るまで、頑張らないと。
そう、思っていた。
日が沈みきり、暗闇が小屋を、包み込んでいる中でも、私の視界は良好だ。
犬人は、夜目が効く。
「くわぁぁぁっ。なにもこないっ」
ゴブリンの姿すら、見えない。
そう思っていたら、もよおしてきた。
勿論、大きい方だ。
ママをチラッと、起こさない様に、そぉっと小屋から出て、裏へと回り、そのままズドン。
「くさいのはっ、だしたらうめるっ」
夜にも関わらず、スッキリ爽快。
気持ち良い夜風に当たり、その余韻に浸っていると、何処からか声が聞こえた。
「んーっ? パパ?」
遠過ぎて、良く聞き取れない。
もしかしてパパは、森で迷っている?
有り得る話だった。
そっと、扉の隙間から、すやすやと寝ているママを見て──決めた。
「まったくパパは、ママにしんぱいかけてっ」
自分が迎えに、行ってあげよう。
ゴブリンやオークなんて、敵じゃないもん。
そう思い、森へと足を踏み込んだ。
「ぬぅ……へんなにおいが、じゃまするのっ」
耳をピコピコ動かして、声を探る。
ちょっとした斜面を登り、岩を避け、先へ先へと進んでいると、やっぱり声が聞こえた。
「パパ?」
私は、愚かだった。
パパの声ではないのに、パパだと思い込んでしまい、そのまま進んでしまったのだから。
生い茂った草を掻き分け、周囲を警戒しながら、声が聞こえた場所まで来た。
無防備に、姿を見せてしまった。
「パパじゃないっ……」
そこに居たのは、オークの群れ。
より正確には、巨大なオークキングが従える、ハイオークの群れ。
私は小さいから、まだ気付かれてない。
そっと、そっと、後退る。
「ぅぅっ……」
そっと、そっと──『ゴアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!』その雄叫びと共に、オークキングの、ギョロッとした目玉が動き回り、目が合った。
気付かれた。
だけど"オーク"なら、走れば逃げ切れる。
そう思っていた。
その時の私は、"オークとハイオーク"の違いなんて、分かる筈もなかった。
逃げようと、後ろを振り向いた瞬間──「ふぇ──っ、ぎゃんっ!?」と突然背中に痛みが走り、木にぶつかった。
「フゴッフゴッフゴッ……ゴアアッ!」
「フゴォッ」
「フゥッ、フゥッ、フゥッ」
「プギャアアッ!」
普通の人族なら、死んでいたであろう衝撃でも、私は獣族。ママの子供。普通の人族よりも遥かに、頑丈なのだ。
「ぅぅっ……っ、むぅぅぅっ」
だからこそ、オーク達にとっては、壊れ難い、良い遊び道具なのだろう。私が生きてると見るや、ボールの様に蹴り飛ばされ、叩き付けられ、転がされた。
何度も、何度も、何度も。
私は体を曲げて、それに耐えた。
「フゴアアアッ」
そして、オーク達は、飽きたのだろう。ピクリとも動かない私に、斧を持ち、ゆっくりと近付いて来る。
「……(パ…パ、マ…マ…)」
声はもう、出なかった。
ただ、パパとママに、会いたかった。
目の前で、オークは止まった。
「フゥッ、フギィィィッ」
オークはニタァっと笑い、持っていた斧を勢い良く、振り下ろした──筈なのに、痛みが襲って来ない。
腫れた目を、薄っすら開くと、目の前で、何故か斧が、止まっていた。
違う、止められていた。
斧の先端を握り締め、目を血走らせた、オーガの如き形相のママが、そこに居た。
「(マ…マ…)」
「おいっ、糞豚……ウチのっ、ミルンにっ、何してくれてんだゴラアアアア────っ!!」
────バギィンッッッ!!
オークの斧が、粉々に砕かれ、そこに立っていたオークも、『ブヒュッ!?』一瞬にして、ミンチとなった。
「ふぅ……っ、ミルンっ!」
「(マ…マ…っ)」
ママ、御免なさい。
約束を破って、御免なさい。
そう、言いたかった。
「ちょっと待ってね……久々過ぎて、えっと、こんな感じかな……うりゃっ!!」
ママの魔法は、何度も見た。
ママ必殺のアイアンクローに、風を纏わせて、パパの頭をスッキリさせていた。
でも、この魔法は、見た事がない。
体がポカポカして、痛みが引いていく。
「どう? 痛いのなくなった?」
「マ…マ……、ママっ!!」
「はいはい。まったく……森に入っちゃ駄目って、あれ程言ったでしょ」
「むぅぅぅっ」
ママの胸の中で、丸くなった。
痛かった、怖かった。
そんな思いばかりが、頭の中をぐるぐるとして、何も言えなかった。
ママのお洋服を、ギュッと強く、握り締める事しか、出来なかった。
「オークキング……待ってくれているなんて、案外紳士じゃない。見た目はアレだけど」
「フゴッ、フゴッ。イイエザ、ギダ」
「あーっ、喋れるのね。話が通じるのなら、どうか私達を、見逃してくれない?」
「オガズ、ダベドゥ、バラバラ」
「ですよねぇ……ボソッ(ミルン。パパに教わった、受け身を取るのよっ)」
「えっ──ママっ!?」
私は────気付いた時には空にいた。
ママの魔法で、飛ばされたんだ。
遠くに薄っすらと、火が見える。
恐らくは、住んでいた村。
近くに川が流れている。
そこを辿れば、あの小屋まで行けるだろう。
それでも、ママと居たい。
あの数のオークでは、ママも危ない。
バキバキバキッと、落下の衝撃を枝で殺しながら、転がる様に地面に落ちた。
「えふっ、ママっ……ミルンが、助けないとっ」
痛む体を起こして、ゆっくりと歩く。
ママの匂いを辿れば、あの場所まで戻れる。
ゆっくりと、ゆっくりと、歩いて行った。




