8話 魔物は皆んな生きている.4
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「うっ…うん? 朝か……」
コンテナの上で爆睡してたから、直射日光が瞼にダイレクトじゃん。
目をしょぼしょぼと開けて、隣を見る。
「……ミルン? どこ行った?」
いつもなら、おはようとばかりに、俺の腹を締め付けて来るのに、そのミルンが居ない。
トイレだろうか?
確か広場に、公衆トイレ的な場所有ったな。
寝ぼけた頭を掻きながら、広場を見渡しミルンを探すと、直ぐに見つけた。
見つけたんだ……ミルンを。
「ミルンが……」
洗い場で、可愛い尻尾が揺れている。
いや、そんな事よりもだ。
「……昨日使った鍋や皿をっ、洗っている!?」
俺は目を擦りもう一度見た。
間違い無い。
あのケモ耳ケモ尻尾は、ミルンだ!!
「あのミルンが……っ」
あのっ、『食べるだけです』と言わんばかりの笑顔で、豚野郎の睾丸すらも生食して、『お肉♪お肉♪お肉♪』と言い続けて来た、あのミルンがっ……お手伝いをしている!?
「……ぐすっ…うぅっ……」
瞳から、雫が落ちて行く。
俺は、朝っぱらから、大量の水溜りを、コンテナ上部に作っていた。
「今日は……赤飯かなぁ…米無いけど」
「おーおはひょうさん。なんで目あひゃいん?」
下に降りると、聖女が下着姿のままパンを齧り、やっぱりポロポロ溢していた。
もう見慣れた風景だよ。
下着じゃなくて、汚い食べ方の方な。
「おはよう聖女様。ニアノールさんは、一緒じゃないのか?」
下着姿を見よう物なら、『殺しますねぇ』と背後から現れ、首元にナイフを突き付けて来そうなモノだが、一向に来ない。
「ニアならミルン、ズズッのお手伝いやな」
下着姿を見られても、一切動じないその姿。
格好良いですね。
茶を啜りながら喋るんじゃありません。本当に行儀というか、落ち着きの無い聖女だな。
本当に聖女なのか?
聖女だよね?
「ヘラクレスならなんや、外に繋いどるマッスルホースに、餌やっとるで」
村長が筋肉馬に餌……やっぱり村長と筋肉馬とは、親戚では無かろうか。
「俺も少し、手伝ってくるよ」
「いってらーっ」
雑に見送られた。
本当にコイツは、聖女なのだろうか。
俺はのんびりと歩き、洗い場へ向かう。
ミルンが肩に乗っていないと、何故か落ち着かなくなって来ている。
あれか? 俺に刷り込みかな?
そんな恐怖を覚えながら、歩いていたら、ふと視線を感じた。
遠巻きに、こっちを見ている集団がいる。
「昨日、あんな奴ら居なかったよな……こっちじゃ無くて、目線が……洗い場?」
とりあえず気になるので、ご挨拶にと。
「おーい、何の用だーっ?」
手を振って、大声で呼び掛けてみた。
その集団は、俺が声を掛けてきたのが予想外だったのか、慌てて走ってきて俺を囲み、小さい声で話しかけて来た。
「ボソッ(おい兄ちゃんっ、ちょっと静かにーっ)」
「うん?」
「ボソッ(何叫んでるんだっ、アイツらに逃げられっちまうだろ)」
「アイツら?」
「ボソッ(あらっ、アタシのタイプ))」
「触るなっ、男だろお前」
「ボソッ(兄さんも加わるかい)」
「何に?」
「ボソッ(良い金になるぜ、あれは)」
「だから、何をするんだ?」
「「「「「あそこの獣女を、攫うんだよっ」」」」」
そんな言葉を宣った。
運が良かった。
先にコイツらに話かけて。
だって、ニアノールさんやミルンだぜ。
細切れミンチで、生食されちゃうぞ。
ふへぇっ、と息を吐き、意識を集中して、深呼吸深呼吸っと。
「すぅ──っ、はぁああああ──っ」
あっ、プチッて血管切れた。
「俺の娘にっ、何っ、しようとしてんだごらあああああああああああああ────っ!!」
俺の魂からの叫びに、スキルが呼応し、急激な怒りの感情による、炎の塊を作り出す。
「死に晒せええええええ──っ!」
「えっ……」
「ちょっ、おまっ!?」
「ひっ、こいつっ」
「あらん」
「魔法使いっ!?」
先手必勝!
魔王の様な笑みを浮かべて、俺を囲んでいる男共(オネェも含む)を、焼き尽くした。
「ふぅ……」
激しい爆炎を背に、やり切った顔で洗い場に向かおうとすると、声が聞こえた。
『おと─さ──ん!』
天使の羽をも幻想させる、垂れ下がった耳がふわふわの尻尾と合間って、お目々を心配そうに輝かせながら走ってくるよケモ耳がっ!!
「ぶふっ……ずずっ!」
「おとうさん大丈夫!?」
ミルンさんや、大丈夫だよ。可愛い過ぎて、鼻血が出ているだけだから。
「大丈夫ですか流さん!」
「どないしたんや!?」
「何があった流君!」
集まる集まる。
他の野営地の利用者も、剣や槍や斧や弓や金棒やハリセンを持って集まって来た……何でハリセン!?
「あそこで火達磨になってる奴等な、ミルンを誘拐しようとしてた」
簡単に事情を説明。
獣族如き攫われたって、とか言う奴もいたが、大半の人は、思いの外納得してくれた。
なんでも、地方に行けば行くほど、獣族に排他的ではあるが、逆に現在の王都は、そこまで酷くないらしい。
現在の女王は、獣族を大層気に入っており、表立って何かをする事が、出来ないようになっているらしい。
それは何とも、嬉しい話だ。
取り敢えずと、俺がミディアムなレアに、こんがりと焼いた連中を縛り上げる。
人だろうと獣族だろうと、攫うと犯罪との事で、衛兵に引き渡せば金になるみたいだ。
それならばと、一番友好的であった、ハリセンの人に、邪魔だからあげると押し付けた。
ハリセンの人、レベル75だから、安心して任せてくれって……すげぇ高レベ。
「今回は、自制出来たのだな」
村長が笑顔で言ってきた。
違うんだ、村長。今回の魔法、思ってたよりも、威力が出なかったの。
アイツら生きてて残念だったね。
とは言えない。
「おとうさんっ」
あっ、また鼻血でそう。
「ミルンね、おてつだいしたんだよ!」
「そうなのか? 偉いぞミルン、有難うな」
頭をわしゃわしゃと撫でると、とても嬉しそうに尻尾が揺れている。
「私も手伝いましたよぉ」
「有難うニアノールさん」
手をワキワキと近付ける。
「ヒィッ!?」
逃げられた……ワキワキ。
「はぁ……いつまで遊んどんのや! 早よ準備して、さっさと行くで!」
聖女様……何かまとめようとしてるけど、お前下着姿のままって、羞恥心は何処へ行った。
それじゃあ筋肉馬さん。
また、コンテナ引っ張ってお願いしやす。
そんな思いを込めながら、筋肉馬の御機嫌とりにブラッシングをして、ミルンを肩車しつつ、コンテナ上部の定位置へ移動。
準備万端と思ったけど……何かが足りない。
「何だ……何が足りないんだ?」
ミルンは俺の肩の上だし、村長、聖女様、ニアノールさん、後は……あっ、アイツだ!
「コカトリス(非常食)!?」
そう言えば、あいつ今日一度も見てないな。
ミルンの側に、居た筈だけど。
「ミルン。コカトリスの奴、どこに居るんだ?」
「知りません」
知らない?
そうか……コカトリス逃げたのかな?
「まあ良いか。ミルン、朝ご飯食べよう。」
「……今はいいの」
いらない?
いらないって言ったのか?
あの腹ペコミルンが?
「ゲフッ……」
「ミルン……待ちなさい」
そっと俺からおりて、コンテナの昇降口へ向かっていたミルンを、抑揚の無い声で止める。
びくびくしながら、こっちの様子を伺ってくるミルンに対して、俺は心を鬼にして、こう伝えた。
「今日の、玉葱香るシンプルシチューは無し!」
「そんなっ!?」
どうりで朝から、ミルンが洗い場で、大きな鍋を洗っていた訳だ。
腰にしがみ付き、『ごめんなさい』と泣きながら謝るミルンを胸に、俺は心の中で呟いた。
コカトリス。お前の事は、忘れない。
今日の夕方ぐらいまで。
『コケェッッッ!?』




