間話 ラクレル村消失の余波(ニアノール視点)
2026/08/03 加筆修正
流さんが王都を去って、早一日。今頃子供達は、ラクレル村に着いた頃でしょうか。
「ふむふむんーっ。女王から貸してもろたこの本な、建国当時の記録も残っとるわ」
「リティナ様、御行儀が悪いですよぉ」
「ええやん別に。ここはウチらの部屋やし、ニアは見慣れとるやろ?」
「そうですけどぉ、お掃除大変なんですからぁ」
椅子にだらぁっと座り、焼き菓子を食べながら貴重な本をめくるその姿は、聖女というよりも、だらしのない妹の様です。
「そんな所も、可愛いんですけどねぇ」
「んあっ? ニア今、何か言うた?」
「何も言ってませんよぉ。それでぇ、陛下からお借りした本は、どうですかぁ?」
「そやなぁ……この本の著者は、龍についてやたらと執念深く、調べとるみたいやねん」
「りゅう? ワイバーンとかですかぁ?」
遠くからしか見た事はないですけど、アレを調べるとか、どうかしてますねぇ。
「ちゃうちゃう、龍やて。院長先生が昔話やっちゅうて、寝る時に聞かせてくれてた話に出てくる、あの龍や」
「あぁ、懐かしいですねぇ。でもあの話って、院長先生の作り話じゃないんですかぁ」
「せやねんけどな……この本に載っとんねん」
良い子にしてないと、悪い龍が現れて、お腹をがぶうって、されちゃう話ですねぇ。その話の龍が、なんで城の書物に記されているのでしょう。不思議ですねぇ。
「この本を読む限りやと、ホンマに実在してた様やで……どう読んでも禁書やろこれ」
「それは何ともぉ、恐ろしいですねぇ。少し読ませて貰っても、良いですかぁ?」
「ええよ。こんなんまだ、読み終わらへんし、ニアもちょっとは目を通しーや」
「有り難う御座いますぅ。えっとぉ……」
先ずこの話を語る上で、龍と竜の違いを、明確にしておかなければならない。竜種、ドラゴンとは、翼竜、炎竜、雷竜、氷竜などと言った魔物と、リザードマンやそれに近しい者達に使われる、総称である。竜種と言われる事を誇る者も居れば、侮辱の言葉と捉える者も居るので、注意されたし。
では、龍とは何か。
龍とは、遥か昔、それこそ、この世界が生まれた時から存在したと云われる、人種とも、獣族とも、魔物とも違う、未知の存在である。
龍には、死と言う概念が存在しない。
肉体が朽ちるその時に、自らの幼体を産み出し、新たな存在とし、生まれ変わるのだ。
勿論、記憶もそのままらしい。
驚くべき事に、その産み出した幼体は環境によって姿を変え、人種、獣族、魔物にすらなれるという、不思議な特性も持っている。
彼ら、彼女らはそうして、我等の生活に溶け込み、ひっそりと暮らしている訳なのだ。
但し、彼女だけは違った。
最古の龍の一人、魔龍。漆黒の双角を生やし、同じく漆黒のドレスを身に纏った彼女は、古き魔王の友であった。
その力は凄まじく、一息で万の軍を屠り、指先で触れただけで、山を砕き、海を割った。
常に魔王と共に行動し、各地に様々な伝説を残した、黒き災厄の魔龍。それに立ち向かい、封印せしめた者こそ、ジアストール王国初代国王、ジアストールその人である。
こう記してしまうと、初代ジアストールがまるで英雄であるかの様に、思ってしまうだろうから、訂正しておこう。彼、ジアストールは、英雄などではない。王たる器ではなかったのだ。それをこれから、記すとしよう。
著者・レブナスシアード
「うぅっ、目がショボショボしますぅ」
「せやろ? 魔王の事を調べとるのに、龍の事ばっかり書いとんねんで?」
「そうですねぇ。しかも今の内容……間違いなくぅ、知ったら不味いヤツですよねぇ」
英雄、ジアストール王の冒険。この国に住まう者なら、読んだ事はなくとも、名前だけは知っている英雄譚。
「英雄ではないってぇ、ハッキリ記されてるなんてぇ、本物の禁書ですねぇ」
「あん女王の事やから、こないなもん知ったところで、何もせえへんやろ?」
「そうだとぉ、良いんですけどねぇ」
リティナ様の仰る通り、陛下は大変大雑把と言うか、大らかなお人柄ですので、機密を知ったとしても大丈夫だとは思いますが、暗部が動くかどうかですよぉ。
「にしても、こうして禁書には残っとるけど、龍ってホンマに居るんかねぇ」
「さぁ、どうでしょう?」
「そうやで……ふぅ、喉渇いたーっ」
「はいはい、お茶ですねぇ」
厨房へと向かい湯を沸かして、少し冷やした状態にしたら、茶葉を使って茶を淹れる。リティナ様は、私の様な猫人以上の猫舌ですから、ぬるめにしないとですぅ。
「お待たせしましたぁ」
「ニア、いつもありがとうなーっ」
そんな事を言いながらもまた本を読んで、飽きないのでしょうかぁ。
「ふんふん……お茶……」
「リティナ様っ。本を置いてから、お茶を飲んで下さい。溢しちゃいますよぅ」
「分かっとるでーっ」
そう言いながらも、目線は本から離れずに、手だけでお茶を探しています。
「(本を取り上げますよぉ)」
「何か言うた?」
「何も言ってませんよぉ?」
「さよか……なあニア、魔龍の川ってあるやろ」
「ラクレル村の、近くの川ですねぇ」
「ないとは思うんやけど、流にーちゃんやったら、魔龍と仲良うしてそうやんな」
龍と仲良く……流さんなら、無きにしも非ずと、言ったところでしょうかぁ。
「あの人は、斜め上を行きますからねぇ」
「そやろな。ふぃ、お茶貰うで」
「どうぞぉ」
ようやく飲んでくれますねぇ。
「ずずっ、うま────」
リティナ様が何かを言おうとした瞬間、ズドンッ──と床が揺れて直ぐ、宿屋全体が軋みを上げて、壁がボロボロと崩れ始めた。
「リティナ様っ!」
「っ……何やねんなっ!」
「崩れますねぇっ、行きますよぉっ!」
リティナ様を担ぎ上げ、そのまま窓に向かって走り出し、ガシャンッ──とガラスを突き破って、そのまま外へと飛び出す。
「ちょっ、荷物どないすんねんなああああああああああああっ!?」
「そんな事より受け身をっ!」
「ちょっ、無理やって──ぐへぇっ!?」
地面に体を打ち付けましたけどぉ、リティナ様は頑丈ですし、先ずは宿から離れないとっ。
「早くリティナ様!」
少し宿から離れると、中に居た客や店主が飛び出て来て直ぐ、ズズゥンッと音を立て、宿屋がただの瓦礫となった。
「ギリですねぇ……あれは、煙?」
「痛っ、何見とんのニア……何やあれ」
遥か遠くに、空高く伸びる黒煙が見えた。王都内からではなく、この方角からして──ラクレル村の可能性が高い。
「あぁ、流さんでしょうかぁ?」
「あん巫山戯た事出来るんはっ、流にーちゃんに間違いないやろっ! 何してくれとんねんっ、家倒壊しまくっとるやんっ!」
「怪我人が出てますねぇ。どうされますかぁ?」
「んなもんっ、助けるに決まっとるやろっ! 行くでニアっ! 道具拾わなっ!」
「分かりましたぁ」
それから数日間は、地獄でしたねぇ。怪我人の列が並んで、王都の薬師も総動員しての、眠らずの治療。途中、リスタとアジュがやって来て、"ラクレル村がなくなった"と聞いた時は、「やっぱり流にーちゃんの所為やんけっ!」と、リティナ様が発狂しちゃいましたよぉ。
「ええかリスタ、アジュ。こん王都の状況を、絶対に流にーちゃんには言うなや……」
「ははっ……分かったよリティ」
「目が死んでるぞ? 大丈夫か?」
「大丈夫やでぇ……ここが落ち着いたら、そっちに行くさかい、宜しゅうなぁ」
王都の復旧を後回しにして、職人や商人達、移住希望者達を引き連れて、リスタとアジュは出発した。
「はははっ、ニアっ。さっさとここん人ら治療して、流にーちゃんを始末しに行くで」
「目が本気ですねぇ、うふふっ」
「当たり前やっ! ウチらどんだけ寝てへんと思っとんねんっ! 絶対に許さへんっ!」
まだまだ怪我人は居ますし、ラクレル村へ行く時までに正気を保っていられるか、不安ですねぇ。




