表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/86

*20* 新しい職場。


 ウルリックさんの寂しそうな姿に重なるから、楽しみにしていたわけではなかったけれど。幻灯祭が終わってランタンが撤去された街の通りは、白い雪化粧だけになってしまった。


 吹き抜ける風の冷たさに身をすくめつつ、集まった人達の吐く呼気で微妙に他の場所よりは温かい、朝と夜は広場と呼ぶにも殺風景な下町の空き地。けれどこの二週間ほどお昼時には賑わう場所になっている。


「はーい、焦らないでもお代わりは沢山ありますよー。押さないでちゃんと一列に並んで下さいね」


 頭上でお玉を振りながらそう声をかけると、少しだけ蛇行し始めていた列が真っ直ぐに戻った。それを見てもう一度目の前にいる痩せた兄弟が差し出す手に、ふっかふかのコッペパンに似た安心な見た目のパンと、紫色をした怪しいキノコが入ったスープのカップを手渡す。


 スープは見た目通り私作なのだけれど、パンはさすがに作れないので家政ギルドの中にいるパン焼きの達人達に任せきりだ。私もああいう奇をてらわない能力持ちなら良かったのに。ちなみに当然とっても美味しいし、初見で受け取る人もビクッとしたりもしない。


 兄弟が満面の笑みを浮かべて「「ありがと、ねーちゃん!」」と言って、列から離れる。すると次には小さい赤ん坊を抱いた女性が目の前に現れ、彼女には心持ち柔らかいパンと、身体が温まる根菜を多めに入れたスープを手渡す。


 その次も、その次も、違う顔と違う事情を持った人達が現れ、私の手渡す怪しげな食材を使った料理を受け取っては笑顔になってくれた。ご飯は人を癒すのだ。そんな当たり前のことが嬉しくて、次々に木のカップにスープをよそい、積み上げたパンを差し出す。


 家政ギルドの女性達もどこかホッとしたような笑顔だ。眉間に寄せられていた皺と下がり気味だった視線が、温かいスープカップを手渡した瞬間柔らかく緩む。


 その姿を見るたびに、前世の痩せた自分が救われる気がした。あの頃は病気よりも先に空腹で死ぬのかと思うことが何度もあったし、口で食事をとれない苦痛が続いて点滴を引きちぎってやりたくなることもあったから。


 だから食事を手渡すたびに自分が救われる気分になるだなんて、我ながらとんでもない奴だと思う。こんなに自分本位な考え方では、お城での勤務なんて端から向いてなかったに違いない。


 でもこれも一応顔も見たことのない王様からのお仕事依頼だそうなので、間接的にではあるけれど広域に考えればお城の勤務になるのだろう。送迎ありの見張り付きでも、外に出られるのは嬉しいし。


 元々は家政ギルドが慈善活動の一環でパンの配給をしていたそうなのだけど、ギルド側も材料費で経営を圧迫しすぎるわけにもいかないので、一週間に二日が限度だったそうだ。


 今回はそこに謎の多い、普通は食べたがらない食材知識を持った私がお邪魔した形になる。食材は家政ギルドが雇っている冒険者達が採ってきてくれることもあり、費用と材料の心配が軽減された適材適所だ。


 それに実を言うと、私もこの仕事をまるきり善意でやっているわけではない。この仕事を受けたときに、イドニアさん達と手紙のやり取りをできるように交渉したのだ。ただ残念ながら、ウルリックさんとの連絡は認めてもらえなかった。


 でも認められないとは言われたけれど、密かにどこかで噂を聞きつけて、シュテンと一緒にふらっと現れてくれないものかと期待している自分がいる。イドニアさん達からの手紙では街を出てはいないとあったけど、本当のところは分からない。


 列に並んでいた人達に食事を渡していく最中、列の外れた場所から「アカネさん」と声をかけられて振り向くと、そこにはお昼休み中にわざわざ様子を見にきてくれたのか、ウィルバートさんが立っていた。


 ちょうど並んでいる人達も一段落していたので、家政ギルドの人に頼んで少しだけ休憩に入ることにして、顔見知りの人達に挨拶しながらウィルバートさんの元へと向かう。


 会話を聞かれたくないのか、人を避けるように移動した彼について食材が入った木箱が積んである路地へと場所を移した。二人になったことを確認したウィルバートさんが「お疲れではありませんか?」と、こちらを安心させるように微笑む。


 暗緑色の瞳にウルリックさんを重ねそうになるけれど、髪飾りに触れることで波立つ気持ちを鎮めて何とか笑顔で頷き返した。


「屋外なので少し寒いけど大丈夫ですよ。ウィルバートさんが職場の配置換えして下さったおかげで、やりがいも感じてます。お忙しいのに手配をしてもらってすみませんでした」


「いえ、こちらから城に招いておきながら、こんな下町での救済活動に貴女の能力をお借りしてしまって本当にすみません」


 改めてお礼を言いたかっただけなのに何故か彼は悔しげにそう言い、次いで「上の者達が無能なくせに石頭で」と綺麗な顔立ちを歪める。若くして仕事ができると色々と大変そうだ。


「ウィルバートさんが謝ることなんてありませんよ。人のことを呼びつけておいて一回も顔を出さない王様が悪いんですから。それに同じご飯を作るなら、お腹が空いてる人のところにいくべきです。空腹は長く続くと精神的に本当にキツイので」


 自分の体験談から出た言葉に思わず語尾が沈んだせいで、ウィルバートさんの眉がピクリとはねた。


「えぇ、その、それについては多少語弊がありますが……そう言って頂けると心が軽くなります。実際にここ二週間で、この周辺の治安が前年の同じ時期よりも良くなっていると報告を受けました。貴女のおかげです」


 次に告げられた言葉は、微妙に直前までの会話内容から離れているように感じたけれど、嬉しい報告には違いないので「それは良かったです」と返せば、彼は今度こそ安堵したように表情を和らげた。


 リンベルンはこれまでに立ち寄ってきたどの町よりも舗装や治水が行き届いていて、さすがアクティア国の首都だと思わせるような、質実剛健で衛生面でも抜きん出た煉瓦と石畳の街だ。それに――。


『リンベルンは隣国のアトアリア国……あー、アクティア国と元は一つだった国と国境を隣接してる。七年前までは焦臭かったが、今は戦争も終結して穏やかなもんだ。貿易が盛んで音楽や文化の交差地点ってとこだな』


 ウルリックさんの言っていたように、貿易や音楽や文化といった素敵なものに溢れている一方で、戦傷で働き口をなくした元軍人さんや、戦争で家を失ったまま国の政策から取りこぼされてしまった人達がいた。


 どんなに立派な街でも必ずどこかに陰があり、そこにのまれてしまう人々がいる。ウルリックさんと出逢わなければ、私もきっと同じように途方に暮れるか、火もおこせないままあそこで野垂れ死んでいただろう。


 そんなことをうっかり考えてしまったら、困ったなぁ。赤銅色の髪と暗緑色の瞳が脳裏を過ぎって寂しくなってきた。シュテンはあれからまだ大きくなっているだろうか。寿命(じかん)があるから大丈夫だなんて、嘘ばっかりだ。寿命があるだけ逢いたくなるよ。


 黙っている時間が長くなりすぎたのか、ふと「アカネさん?」とウィルバートさんが怪訝そうに声をかけてくれる。みっともないところを見せたくないから、ここは“強がれアカネ”と自分を鼓舞する。


「そういえば、何かご用があったんじゃないですか? こんな時間にウィルバートさんがここにいるなんて珍しいですよね。お迎えにはまだ早いですし……あ、もしかして置いてきたお昼のお弁当だけじゃ足りなかったとか」


 誤魔化すために笑って投げかけた言葉は、なかなかいい線をいった気がした。それというのも用意している時点で、食べ盛りの男の子と成人した男性のお弁当としては、少し足りないかなと思いはしていたから。


 隙間なく埋めるにしてもお弁当箱の大きさが足りなければ無意味だ。この国にはお米がないから、みっちりお箸で持ち上げられるほどお弁当箱に炭水化物を詰め込めないし。けれどウィルバートさんは私がせっかく披露した名推理をおかしそうに笑って、首を横に振る。


「まさか、アルと二人で分けても充分足りましたよ。今日のメニューだと牛肉とあの根っこの炒めものが特に美味しかったです。ここへは少し様子を見に寄っただけですから、すぐに城へ戻りますよ」


「なんだそうなんですか。それならまた明日のお弁当にもあのおかずを入れておきますね」


 アルというのはちょっと生意気な口をきく使用人の男の子だ。私の作る料理に非常に懐いてくれている。お弁当を食べようとするとどこからともなく現れるから、ついに最近作っておいてあげることにしたのだ。


 私の提案にウィルバートさんは目を細めて「それは嬉しいな。実を言うと、あのおかずはほとんどアルに食べられてしまったもので」と苦笑する。


 つられて苦笑した私に向かい、彼はふとその中性的な美貌を引き締めて「貴女はただ生きるための作業にすぎない食事を、楽しいものだと思わせてくれますね」と言ってから一呼吸置いて、何かを言いあぐねるように表情を強ばらせたあと視線を泳がせる。


 そうして続く言葉を待つ私に向かい溜息のように、ぽつりと「歴史上の聖女と呼ばれるような人物は、存外貴女のように素朴な人なのかもしれませんね」と大袈裟すぎる褒め言葉をくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ