*18* 顔見知りだったもので。
何か大きな事件や重大な出来事が顔見知りの犯行だった場合、ドラマや映画だと翌週に持ち越される。
けれど実際はその瞬間そこで事件は起こっているわけで、ストップモーションのようにゆっくりコマが進むわけでも、その場で時間が止まるわけでもない。
『これって任意……ではなさそうですよね。ちなみに断ると何か罰則があったりするんでしょうか?』
『王命ですからもう任意ではないですね。断ると貴女だけでなく、仲間も処罰の対象になります』
『じゃあついて行きます。今回は特別急ぐ人生でもないですし』
そんなやり取りのもと、私は自分の意志でここにきた。自己犠牲の精神なんてものは、残念ながら根が臆病の小心者なのでさらさらない。
当然皆はついて行くなと止めてくれたけど、拾ってくれた大恩人のウルリックさんや、こっちで初めての友人だと思っているイドニアさん達の処遇がどうなるかの方が怖かった。
ちなみに家政ギルドの権力者嫌いには王家も敏感で、私の身柄は噂と能力の元、噂の熱が冷めるまではもっと安全に【保護】すべき、という名目で引き下がらせたのだとか。うぅむ……次に外に出たときに働き口があればいいんだけど。
しかも人を呼びつけた肝心の王様はお忙しいそうで、まだ顔も見ていない。せめて呼びつけるにしても暇になってから呼んでほしい。それならあと二つ残してきた町にもレシピを置いてこられたし、皆とももう少し一緒にいられたのに。
とはいえ今世は寿命が人並にある。次に自由になったときに会いに行けば良いんだと自分を納得させた。
目下の悩みは用意されたお城での生活が、元気になった身体には無駄なことが多すぎること。自分でカーテンを開けないですむのも、着替えのお手伝いをされるのも、前世の病室での経験だけで充分だ。
動きやすいズボン系の洋服は全部取り上げられて、いま手元にあるのはクローゼットいっぱいの可愛らしいけど動きやすいブラウスやスカート。とてもじゃないけれど、これを着て冒険にはいけないだろう。
ささっと身支度を整えてしまった私を前に、手持ち無沙汰そうなメイドさん達。初日はあれこれと手を出そうとしてくれたけれど、三日目にして諦めてくれたみたいだ。もしも上の人に尋ねられたら、良くしてもらっていると言わないとこっちの身勝手で彼女達が怒られてしまう。
基本的に“客人”と言う名の監視対象者なので、食事は昼食以外は全てこの部屋で一人で食べる。
どのお料理も美味しいものの、運動量が極端に減ったせいかあまり空腹を感じなくて、量を食べられないのが残念だ。朝夕の食事の準備だけは自分でできないので、このときだけはメイドさん達もホッとした表情になる。
「おはようございます、アカネさん。また厨房までの道程で迷子になられては困るので、陛下の授業の前にお迎えに上がりました。何か部屋に足りないものはありませんか?」
そうしてそんなもろもろ全部の準備が終わった頃に、ウィルバートさんが顔を出す。その手には毎朝分厚い本が五、六冊抱えられていて、文官の人達は密かに腕が鍛えられていそうだなぁと思ったりする。
「おはようございます、ウィルバートさん。ここまで何でもそろってると足りないものといえば、いま仰ったように方向をつかむ勘と、可愛いシュテンと、外部と連絡を取る手段と、皮肉屋な相棒と友人ですね」
「存外大量にあるようですが、すみません。それは今のところどれもご用意できそうにありません」
口調と内容の割には申し訳なさそうでもない。だからといって別に腹立たしくはないけれど、柔らかく浮かべる笑顔は計算されているように見えて、一緒に探索をしていたときの子供っぽい表情の方がずっと好ましかった。
「ですよねぇ……と、そうだ。一昨日お借りした本、読み終えたので今お返ししても大丈夫ですか?」
「ええ、どうせ途中で書庫によりますから。それよりも、もうお読みになられたんですね」
軽く目を見開いたウィルバートさんの言葉に「ぼーっとしてるのに意外ですか? こう見えても読書は趣味の一つなんですよ」と笑う。単に入院中にできた趣味が、この他には二種類くらいしかなかったからなんだけれど。
お城の中はとにかく広い。方向音痴がちょっとそこまでというには無謀なので、ここに招かれてしまったやり方はともかく、ウィルバートさんの道案内がないと迷子になる。室内といえど廊下で一夜を明かしたくはない。
私のお城での仕事は、今まで考案してきたレシピを厨房の料理人さん達に教えて王様の食事としてメニューに加えることと、原材料になる材料の生息地を地図に記すことだ。
料理人さん達は私のレシピに頬をひきつらせる人も多く、陛下にこんなものを食べさせられるかと怒られることもある。とはいえそれが私に与えられた仕事なので、やらないわけにはいかないし、出す出さないは現場の判断に任せればいいことだ。教えた料理の行方は知らないけど、少し虚しい。
目的地につくまでは当たり障りのないお天気や、読んだ本の内容について話す。ずっと気になっていた精霊の話。戦争で去ってしまったはずなのに、どうして今も魔法が存在するのかという疑問は前からあった。でも人間は自分に備わっていない能力には疎い。
お天気はアーデの間は雪か曇りのほぼ二通りなので、隣を歩くウィルバートさんは「読み終わった本の感想を聞いても?」と尋ねてきた。
その問いに頷き返し、読んだ本の気になった点と全体の感想を述べると、ウィルバートさんは「アカネさんは、なかなか教え甲斐のありそうな生徒ですね」と笑う。お城にきてまだ三日目だけれど、その表情だけはここで初めて目にした本物の笑顔に見えた。
「本格的な授業をして差し上げたいところですが、本当の授業がこの後に控えていますので、疑問点だけ少し説明しましょうか」
途中で立ち寄った高い天井まで一面書架という書庫で本の返却を済ませ、書架に設置された梯子に登って次に授業で使う本を選びながら、ウィルバートさんが私を見下ろしてそう言う。
下から本を一冊ずつ受け取る手伝いをしながら「是非」と答えると、彼は中性的な顔立ちに相応しい優しげな微笑みを浮かべて頷いた。
「現在この国で精霊と呼ばれているのは、血で引き留められている存在を指します。本家本元の土地や大気に宿る大精霊、お隣の国では【神】と呼ばれる存在ですが、彼や彼女等はすでにこの地を去ってしまいました。今残っているのはその眷族の中でも、比較的人間に友好的な者達です」
ええ……神様ってそんなに簡単に引っ越してしまうのか、とは言えない。どこの国の神話でも結構神様って自由神だし、自分達の大切にしてきた土地を汚染されたら腹立たしく思って当然だ。ふと頭の中をお爺ちゃん神様が過ぎった。
視線で先を続けて欲しいと伝えると、ウィルバートさんは頷いて唇を開く。
「精霊というものは本来とても好奇心が強い。流石に神格化されるような大精霊は別ですが、眷族の精霊達は比較的感性が若いので。自分達が気に入った魔力の持ち主には協力をしてくれます。この場合、魔力をフェロモンと言い換えてもいいかもしれないですね」
フェロモンと言い換えられるとすごく納得してしまう。イドニアさんを筆頭に、目の前のウィルバートさんや、今まで見た高ランキングの冒険者のお姉様やお兄様方は皆さん全員とっても美形揃いだった。てっきり精霊は顔で選んでるのかと思ったくらいだ。
いや――決してウルリックさんや、ガーランドさんが地味だと言っているのではないけれどね? ウィルバートさんはこちらの表情で考えていることを察したのか、クスリと笑って続ける。
「精霊が好む魔力を持つ人間は、その血を介して遺伝します。だから血を持つ者達は躍起になって婚姻を組み、繋ぎ止めようとする。元々は貴族の血がそういう風にできているのではなく、そういう風な血を持つ者達が貴族になったのが正しいですね。お隣だと【魔法】を【法力】と呼んで幼い頃から信仰心を育むようです」
勉強を教わるときに聞くには心地良すぎるアルト。説明を受けながら話の内容と声音に聴き入っていると、ウィルバートさんがさらに笑みを深めた。
「ですが稀に精霊が気に入ったとしても、魔力の保有量が少ない者がいます。残念ですがその場合はいくら精霊が力を貸そうとしても、人間側が察知できないのであればどうしようもありません。気の毒な話だがそういった者達は落伍者だ」
挑発的な物言いなのに、どこかこちらの出方を窺うような、あの人と同じ暗緑色の瞳。不思議と騙し討ちのように連れてこられても恨む気になれなかったのは、ウィルバートさんがウルリックさんの義弟だったという以前に、悪い人には思えなかったからだ。
「向き不向きの問題ですよ。自分の居場所がそこと違ったのなら、新しく探して歩み直せば良いだけです。命がある限り何も終わらない。ずっとずっと始まりです」
あまり賢くなさそうなこちらの発言に彼は答えず、僅かに目許を和らげて、特別分厚い一冊を私の額にポンと載せた。




