*2* 持ちつ持たれつ。
カクタスの街に滞在してから早いものでもう一ヶ月。朝食と夕食の準備をするここの炊事場での顔見知りもだいぶ増えた。
というよりもどこのパーティーも大抵回り持ちなので、食事係から動かない私が自然と他のパーティーメンバーの顔を憶えるだけだ。そのせいか最近ではどの冒険者パーティーからも、討伐に関しては役立たずな私の存在が知られている。
何よりダンジョン内には安心して調理をできる場所がなく、かといって昼食を抜いたりすれば大事なときに動けない。ここに集まる冒険者達の中ではバランスが悪い弱小パーティーがそうなれば、まず誰か一人は確実に死ぬだろう。普通に考えて私が一番有力な犠牲者だ。
そうならないためにも前世の思い出に則って、この国の冒険者達にはあまり主流でない“お弁当”を作るために、一番早く炊事場を使用する。お弁当とは言ってもそう大層なものではなく、朝食の残りを街で買ってきた大きいマフィンとスコーンの間みたいなパンに挟むだけ。
でもただ挟むのでは持ち運ぶときに崩れるので、円形にくり抜いた中に具を詰めて、くり抜いたパン生地で穴をふさぐのだ。おにぎらない発想と同じく、挟まないサンドイッチ。あまった部分のパンは私のお腹の燃料になる。
そのためにわざわざウルリックさん達と街に出た際に、魔用紙屋に立ち寄ってお弁当箱擬きもつくってもらったのだ。
撥水魔用紙で折り紙の箱を折り、そこに形状記憶の魔法を施してもらった。その代わり火には弱くなっているので、もしもの時には焚き付けにも使える環境に優しいお弁当箱である。
ちなみに私は折り紙は鶴と箱しか折れないので、お弁当箱は無愛想な出来映えだったのだけれど、イドニアさんが以前私が飴を入れていたお弁当箱を憶えていたらしく、自分用のお弁当箱に小さな花をあしらっていた。
渋い表情で魔法をかけてくれた魔用紙屋さんは、魔導師の中でも【クラフトマン】という紙専門の業種なんだという。
紙に真剣な彼等にしてみたら私の魔用紙の利用法は噴飯ものだろうと思い、お詫びの代わりに鶴を折ったら意外にも喜ばれた。通りに面した窓辺には、魔法をかけられた折り鶴達が飛び回っている。
その光景を思い出して一人早朝の炊事場で、朝食のベーコンエッグを人数分焼く。朝は簡単なものを量を多めに作る。例えばベーコンエッグなら一人あたりベーコン三枚に卵が二つ、ないし三つ。
パンはお昼に食べるので朝食にはパンケーキ擬きを焼いて、最近新たに錬成出来るようになった黒糖で作った黒蜜か、飴を煮溶かしたシロップをつけて食べる。ガーランドさんは意外と甘党なので三人分はこれで問題ないけれど、ウルリックさんは駄目だから、彼にはチーズソースかバター。
お弁当用の中身は今日はスクランブルエッグと、ベーコン。一種類だと飽きるのでもう一つはキノコとチーズ。前者はトマトソースで、後者はマスタードソースが入っている。
摘み食いをしつつパンに中身を詰めてお弁当箱にセットしていたら、数人の冒険者が炊事場に現れて「おはよー、アカネ!」、「うっす、アカネちゃん。今日も腹の虫は元気?」、「アカネ、昨日のご飯好評だったよ~」と、口々に挨拶をしながら私の周りに集まってきた。
この街にいる間に私達を捜している人物の目を眩ませるために、ここでは兄弟設定をしていないので、名前や性別を伏せる必要がないことは少しだけ気楽で良い。
みんな深度・三よりも深く潜れるランキングであるにもかかわらず、とても気さくな人達だ。私も彼や彼女達に挨拶を返して和気あいあいと朝食の準備を続ける。合間に作り置きしている保存食と食材や情報交換をするのも、私のここでの大切な仕事だ。
今朝は角切りベーコンのマスタードソース漬けと魔獣情報を交換した。斥候が得意な彼女が言うには、
「あのね、昨日は深度・五層まで潜ったんだけど、うちのリーダーが三層近くまで大物一匹おびき寄せてくれてるから。アタシらが潜るときに一緒に潜って倒しちゃおうよ。アカネのご飯のお陰で最近調子が良くて深く潜れるからさ、お礼に今日の魔獣の紫玉はあげるって」
――と、いうことらしい。週に二回ほどこんな風にしてギルドランキングの高いパーティーに“手伝って”もらえる。
本当はギルドの仲介がない個人同士の魔石のやり取りは、冒険者ギルド内で禁止されている。理由としてはもらった魔石をギルドの窓口で自身の功績として申請することを繰り返せば、ランキングが正常に機能しなくなり、無駄な人死にが増えるからだという。
ただそれも共闘という形であればすり抜けることは可能だそうで、そういうところが緩いのは前世も異世界も同じだなぁと、世間に出る間もなかったくせに生意気なことを感じてしまった。
ちなみに他にもお金だけが欲しい冒険者パーティーとは、紫玉の小さいものと同額になる大きい紫玉を交換してもらったりもしている。これに関しては限りなくグレーゾーンっぽいけど……誰も損はしてないから、ね?
彼女の提案については皆が食堂に顔を出してから聞いてみると答えると、また別の冒険者から「キノコのガーリックオイル漬けがあったら、ちょっと交換して欲しいんだが」と声をかけられる。
……今のところこの賑やかな炊事場が私の戦場と言えるかな。
朝食の席で三人に討伐に誘われた経緯を伝えると、イドニアさんとガーランドさんは喜んでくれたのだけれど、ウルリックさんの表情が若干思わしくなかった。シュテンも何か気づいたのか、前脚でしきりに彼の膝を叩いている。
咄嗟に“断った方が良いですか?”と口に出しそうになったものの、爪先をコツンとやられたのでその場では無難に笑って流し、片付け担当であるイドニアさん達が席を立った後に「どうしたんですか?」と訊ねてみる。
「ん、オマエの伝手で誘ってくるパーティーの連中が増えたのは良いんだが、ダンジョン潜って、採取して、飯作って……と。ちょっと最近オマエに無理させてんじゃねぇかと思っただけだ。ガーランド達は自分達の目標があるからいいが、オマエと俺は違うしな」
バツ悪そうに眉間に皺を刻んでそう言う彼を見上げて、胸の奥がほわりと温かくなった。怒ったような顔で心配してくれるのは、怖いけど嬉しい。
「そんなことないですし、この場合お人好しなのはウルリックさんだけですよ」
「あのな、今の話のどこをどう聞いたらそう思うんだ?」
「だってほら、最初のお酒での失敗を抜けば、後付けだとはいえ私は将来のお店のために協力してますよ。ウルリックさんは護衛中の私のせいで巻き込まれただけです。言ってたじゃないですか“犠牲者は俺とシュテンだけだ”って」
ウルリックさんは一瞬私の発言に思案するや、シュテンの前脚を掴んで上下に振って「そういや言ったかもな、そんなこと」とぼんやり口にした。遊んでもらえると思ったシュテンが、もう片方の手も持ち上げようとするのを押し留める。
流石に百八十越えの大型犬に押し倒されたら、鍛えているとはいえウルリックさんでも重いだろう。
「言いましたよ。だからリンベルンについたら、真っ先にウルリックさんにドーンと還元して見せますね。それでいつか私がお店を持てたら、その時はウルリックさんだけ一生涯無料で飲食できるようにします」
「まだ何にも決まってねぇのに随分大きく出たな」
「夢は無謀に大きい方が途中から挫折を味わって削れていっても、残る部分が多そうじゃないですか」
胸を張ってそう答えたのに、ウルリックさんは「前向きなんだか後ろ向きなんだか」と呆れたように溜息をつき、彼への抱擁を阻まれたシュテンは私の膝に顎を預けることにしたのか、そのまま甘えるようにフスフスと鼻を鳴らす。
それに対して「いつでも斜め上を目指してます」と言葉を重ねる私に、彼は「せめて斜め前にしとけよ」と、妙なところでズレているのではないかと思わせる返事をしてくれた。
「まぁとにかく。あの日私に施しをしてくれたウルリックさんは、先物投資をしたんだと思っておいて下さい。完済してお礼の追加分もお届けできるように頑張りますから」
けれど期待をして欲しいというつもりで笑った私に向けられた暗緑色の瞳が、どこまでも呆れと疑心に満ちていたのは言うまでもない。




