*15* 酒屋の娘でありながら。
目の前で海外映画に出てくる巨大アナコンダのようなミミズがのたうち回り、白亜の壁をその太い尾なのか胴なのか、判別のつかない身体を使って闇雲に削る。暴れ回る姿は確かに地竜も納得のお姿。
奴の名はシロクビ。うん、そうだね、またなんだ。
思うに首の部分にあたる場所にある白い筋なんだろうけど……ワームタイプの魔獣の名は安直すぎやしないだろうか?
かなり堅いはずの壁はその攻撃で細かく砕けて飛び散り、ついでに自傷行為で傷を負ったシロクビの体液まで飛ぶから厄介窮まる。ミスジ同様堅い岩盤を削って食べる巨大ミミズの体液は酸なのだ。
格好悪く地面にへばりつくように姿勢を低く保った私の襟首を、シュテンが咥えて近くの岩陰まで引っ張ってくれる。しかも体液が次に着弾しそうな場所を避ける有能さよ……。
茶色い体液が着弾した場所からは白い煙が上がり、シュウシュウと音を立てている。ファンタジーな世界に転生した時のデメリットを、こんなに身近に感じたのは久しぶりだ。ゲームの冒険者って低レベルでも充分凄いと思う。
「あ、ありがとうシュテン。私はここに隠れてるから、ウルリックさん達を助けに行ってあげて」
非戦闘員はおかえり下さいなこの状況で、私にできることはこうして逃げ隠れするだけ。心臓はうるさいをとっくに通り越して過呼吸一歩前だ。
シュテンはそんな駄目飼い主の頬を安心させるように一度ペロリと舐め、踵を返して岩陰から飛び出していく。本当に凛々しく成長したなぁ。
地震並に揺れる地面と暴れ回るシロクビの断末魔に混じって、イドニアさんの悲鳴混じりな詠唱が木霊する。ワームタイプが苦手なのだろうけど、そもそもこの地獄に付き合わせた張本人なのだから頑張って欲しい。
祈るように組んだ手の上に額を当てて息を殺していると、イドニアさんの悲鳴に混じって「うるさい、詠唱だけにしろ!」というウルリックさんの怒声が響いた。それに「イドニア、落ち着け。彼の弓が刺さっているところに攻撃を当てるんだ」という、ガーランドさんの固い声が続く。
何がどうしてこうなった? という疑問から、現実逃避もかねて昨夜の宿での酒盛り風景がぼんやりと脳裏を過ぎる。
他愛ない世間話からお酒が入るにつれだんだん打ち解け始めた頃、突然それまで聞き役に徹していたガーランドさんが、サラッと私の性別についての疑問を口にしてきて、イドニアさんが飲んでいたブドウジュースを噴いた。
そのことで盛大に顔をしかめたウルリックさんの隣で、私の半分脚色した身の上話と彼に拾われて旅を続ける経緯について話たところ、ガーランドさんがいたく感銘を受けたらしく、ウルリックさんを褒め称えた。
普段は寡黙で実直そうな人の裏のない褒め言葉に、いつもは冷笑で返しそうなウルリックさんもタジタジで面白かった気がする。
そして彼女達が語った旅の目的。聞けば彼女達は初めて見た時から恋人同士っぽかったけれど、実際は婚約者同士らしい。でもお互いの魔力の釣り合いが取れないとかで、親の反対を押し切るために冒険者になったとか何とか。
おまけにその条件が魔石の紫玉級でも大きいやつを二年で二百個とか。こう思っては何だけど、絶対に結婚させる気がないやつだよ。
二人も普通に集めていたら絶対に期日に間に合わないと焦って、無謀と分かっていてもこの街に来て頑張ろうと思ったら、今度は分配率で他のパーティーメンバーと揉めたらしい。全部吐き出しきったイドニアさんは一旦静かになって、確かその後急にハラハラと泣き出したんだ。
気の強い彼女が嗚咽まで漏らして泣く姿があんまり可哀想で、彼女を慰めるゴツい系のガーランドさんまで可哀想に見えた。
雲行きの怪しさを察知して席を立とうとしたウルリックさんの服を掴んで引き止め、ついでにお酒が入っていたからいつもより気が大きくなっていた私は、少しだけなら手伝うからとか……言っちゃったんだ。戦闘力なんて皆無なのに。
あれ、でもそれだと本当の意味で巻き込まれたのって、もしかしなくても――?
「もしかしなくても本当の犠牲者は俺とシュテンだ。オマエはもうしばらく飲酒禁止だからな、この脳内花畑馬鹿が」
かなり苦戦を強いられた戦闘後、唯一戦闘がからっきし駄目な私の存在価値の見せどころであるご飯時。
皆にお皿が行き渡ったのを確認してから、昨日の抜け落ちた記憶のピースを持っていそうなウルリックさんに訊ねたものの、彼の口から不機嫌に発せられた言葉に思わずその場で――、
「誠に申し訳ございませんでした!!」
――土下座した。
そんな私の姿に隣で一緒に伏せをしてくれるシュテン大好き。でも遊んでいるつもりなのかチラッと視界に入った尻尾が揺れてる姿は、可愛いけど謝罪会見には逆効果かもしれない。
【酒は飲んでも飲まれるな】
前世で我が家に家訓というような大げさな言葉はなかったけれど、酒屋に生まれたからにはお酒の怖さを知るべし。将来お酒が飲める歳になっても、お酒で他人様に迷惑だけはかけないよう肝に銘じておくように――と。
そう何度も教えられたはずなのに、私ときたらいくら何でも破るの早すぎではないだろうか? あとお酒での失敗も。
無言のウルリックさんの視線が、土下座をした私の頭頂部に容赦なく刺さった。その暗緑色の瞳から放たれる氷点下な視線を感じつつ、土下座よりも位が高い謝罪方法を必死に検索する。
食事をそっちのけにして唐突に始まった謝罪会見に、他の二人は完全に置いてきぼり状態。だけどごめんなさい、今は貴方達に構っている暇はないんです。
「えぇと……あの、わたし達もこの件に巻き込んでしまったことは、本当に申し訳なく思っているの。だから譲ってもらえる紫玉の代金は必ず支払うわ。それだけは絶対に家名とこの命に誓って約束する」
「オレ達も君達を狙っている人物からこの身を盾にしてでも守る。彼女をリンベルンまで送り届ける旅路の護衛もしよう。他には……そうだな、彼女がリンベルンで店を持つ際には必ず連絡をくれ。その時は資金援助をさせてもらいたい」
けれどお皿を手に放心状態だった二人は、ようやくその状況から立ち直ると、すぐに波状援護を開始してくれる。特にこの状況下で自分のいやらしさを感じたのは、お店の資金援助に一瞬気を取られたことだろう。
誠心誠意の言葉だと分かるだけに、自分の浅ましさが辛い。しかしそんな私達のグダグダ感を前にしたウルリックさんは、静かに「取りあえず冷める前に食うぞ」と口にして、伏せていた顔を上げた私に「詫びる気があるならお代わりも作れよ」と言った。
慈悲深い彼の言葉に「いくらでも!」と即座に答えた私に、ウルリックさんのデコピンが見舞われたのは、まぁ、致し方なし。
◆◇◆
★使用する材料★
好みのパン (※全粒粉イングリッシュマフィンがお薦め)
トマト (※生でもドライでも可)
ベーコン (※スライス)
ニンニク
チーズ (※ピザ用)
トマトソース
粗挽き胡椒、または、マスタードシード
◆◇◆
一回目の支給分をあっという間に全員が平らげてしまった。早速お代わり分に取りかかろうとしていたら、横からイドニアさんが興味津々といった様子で覗き込んできたので、見やすいように身体をずらして調理を開始する。
まずは人数分のパンの表面にニンニクをこすりつけて香り付けしたものを、熱した小鍋でニンニクをこすりつけた方を下にして、焦げ目がつくまで焼く。胡椒でなくマスタードシードを使う際はこの時に炒めて、パンの表面にトマトソースを塗る時に一緒に塗りこむ。お皿にそれぞれ取り分ける。
次はベーコンを小鍋で焼き、その隣で輪切りにしたトマトも焼く。トマトとベーコンの両面に焼き目がついたら、ベーコンはパンの上に乗せ、トマトの方は上にチーズを乗せてとろけるまで熱する。
チーズが溶けたらトマトをベーコンの上に乗せて完成。マスタードシードを使用していない場合は、ここで仕上げに黒胡椒をまぶす。
三人に「お代わりお待ちどうさまです」と声をかけてお皿を手渡し、シュテンには茹でて塩抜きした厚切りベーコンをあげる。
まだ熱々の状態のパンに豪快にかじりつく男性陣とは違い、息を吹きかけて冷ましながらお上品に食べるイドニアさんは、まさしくどこからどう見ても深窓のご令嬢だ。
彼女が口にする食べ物が自分の作った料理でいいのかと心配していたら、彼女はハフハフと熱さに耐えながらチーズで糸を引き、トマトの種の部分に唇が当たって涙目になる。
そんなイドニアさんを観察していたら、ウルリックさんに「ひひ爺みたいだぞ」と突っ込まれ、慌てて自分のパンに口をつけた。四人と一匹に増えた賑やかな食事の中で、またもジワリと嬉しい気持ちに胸中が占拠される。
新しく何か作りたい気持ちに後押しされるように熟練度が上がる気配を、一人でこっそり噛みしめた。




