*14* 思わぬ再会。
秋の夜長にホットワインを飲みながら、ウルリックさんの不吉な予言が当たらなければ良いなと思ったのはまだ昨夜のこと。
それを敢えて翌日の夕方には的中させてしまう自分のトラブル体質が怖い。もっと言うならば私の背後で深い溜息を一つついたきり、圧を発しているウルリックさんを振り返るのが怖かったりする。
こんなことなら素直に街に到着した直後に宿屋を探して寛いで、翌日には簡単なレシピを売ったお金と貯金でいつもよりちょっと上等な魔用紙を購入して、さっさとここを発てばよかった。
冒険者ギルドを覗きたい素振りを見せてしまった二十分前の自分を殴りたい。絶対に好奇心で死ぬ猫は私みたいなやつなのだろうなと思う。
かれこれ二十分前足を踏み入れたギルドの中は、そのまま白い岩肌を利用した内装になっていて、歪な白い壁にもたれかかる冒険者達の色とりどりの装備が、まるで壁画のようだった。
天井や床も平らなところばかりではなく、上に気をつければ爪先を、足許に気をつければ額を打ちつけそうになる。
それでもまだ依頼の手続き窓口がある入口付近は、何とか部屋の様式を整えようとされている風で、奥に行くにつれて自然石のまま手付かずな状態になっていて先が見えない。僅かに風が流れてくる気配もした。
ウルリックさんに訊ねれば「この奥は直接天然のダンジョンに繋がってるんだよ」と、つまらなさそうな顔で答えてくれた。奥から風が吹いてくる気がしたのは、気のせいではなかったらしい。
そして彼の言っていた通り、シュテンを伴ってギルドの入口をくぐっても誰に咎められることもなく――というよりも、場違いな軽装の私達を誰もかれもが無視したのだ。
最初は戸惑ったけれど、ウルリックさんが平然としていたのでそういうものなんだと納得しつつ、本来なら赤、青、黄、緑とランク分けされているはずの討伐依頼に、紫玉クラスしか載っていない掲示板を眺めていた。
依頼は大半がこの街にある魔石工房からのもので、紫玉の大きさや個数まで細かく注文が書き込まれており、中には国外からの依頼まである。その一枚一枚に興味を示す私に、気が向けばウルリックさんが説明を挟んでくれていた。
心配していた捜索依頼書も張られていなかったので、すっかり安心しきって依頼書についての質問などをしていたら、奥の方から数人が言い争うような声が聞こえてきて、ギルド内の視線が一斉に奥を見つめて。
私達もつられるようにそちらを向いたのだけれど――……。
思えば先頭を歩いてくる人物のシルエットに、どことなく見覚えがある時点で引き返していれば間に合っていた。けれど言い争う会話の内容と声に気を取られているうちに、相手の顔が視認できてしまえる距離まで近づいていたのだ。
――その結果が、後ろのウルリックさんの状態である。
悪い人達ではないし、最終的に円満に別れたとはいえ、最初に感じた苦手意識というのはどうしようもない。気まずくてウルリックさんの方を振り返れない私の胸の内などお構いなしに、イドニアさんは「料理人と中級冒険者がこんなところで何をしてるの?」と小首を傾げた。
その拍子に緩く纏められた金色の後れ毛が細い首筋を滑り落ち、青紫色の瞳がこちらをひたと見つめる。
たったそれだけの仕草でギルド内の男性陣から視線が集まるものの、つい今し方その内面の苛烈さをパーティー解消で見せつけたこともあり、誰も声をかけてこようとしない。
チラリとガーランドさんの方を窺えば、彼も明るい茶色の瞳でこちらを見ていたようで、どちらともなく苦笑を浮かべてしまう。そして「何にせよここで立ち尽くしていては邪魔になる。あちらの談話スペースで話そう」と促してくれた。
「もう、いつまでそんな苦い表情をしているつもりなの。こっちはあなた達っぽい人物の捜索依頼書を見つけては、誰かに取られる前に回収してあげていたのに」
場所を移した直後の第一声に、隣にいたウルリックさんが「口のきき方を改める気が皆無なのは分かった」と低く言い、彼のその声音にイドニアさん達を敵認識したシュテンが「ぐるるるる」と唸る。窘める代わりにシュテンの鼻面をくすぐって、ようやく唸るのを止めてくれた。
するとガーランドさんが「すまない」とこちらに頭を下げ、次いでイドニアさんに向き直ると、彼女はバツ悪そうに眉根を寄せる。
「イドニア、それはオレ達が勝手にしたことで、彼等に恩をきせるような発言はよせ。しかしまさかこんなところで再会するとは思わなかったが……少し見ない間に随分と厳つい従魔を連れるようになったのだな」
最後に別れた時のままな力関係に苦笑しつつ、シュテンを紹介しようとしたら先に隣のウルリックさんが「俺達はここに冷やかしにきただけだが、アンタ達こそ何でこんな場所にいるんだ? 正直ミスジ相手に苦戦していた奴らがきても請けられる仕事なんてないだろ」と煽る。
けれど流石に怒られた直後とあって、イドニアさんは「ミスジの二の舞にはならないように、今回はちゃんと訓練してここに挑んでるわよ」と胸を張り、受け流されたウルリックさんは、つまらなさそうに短く舌打ちをした。
このまま二人だけに会話をさせ続ければ、またいつ喧嘩に発展しないともかぎらない。そこで捜索依頼書の件についてお礼を述べて別れようと思っていたのに、私がお礼を述べたのを聞き入れたガーランドさんが「二人はもう今夜の宿は決まっているのか?」と尋ねてきた。
当然街に到着してすぐにこのギルドまで足を運んだので、まだ宿はおろか食事すらしていない。そのことを思い出したお腹の虫が、密かに鳴き声をあげるまでのカウントダウンを始めた。
こんな人の多いところで鳴かせたら失笑をかうのは必至。私だけが嗤われる分には何の問題もないけれど、ウルリックさんやシュテンや、イドニアさん達まで嗤われるのは嫌だ。
自然とお腹に力を入れやすいように背中を少し曲げていると、それに気づいたウルリックさんがポンと私の肩を叩いて、顎を入口の方に向けてしゃくった。その暗緑色の瞳が“行くぞ”と言っている。
「いいや、まだだ。ついさっきこの街についたところだからな。当初の目的通りコイツの好奇心も満たせたようだし、俺達はもう行く」
本来ウルリックさんの面倒ごとの回避能力は高い。しかし私を拾った時点で高かったと改めざるを得ない。
そんなウルリックさんの先回りは、イドニアさんの「もう行ってしまうの?」という言葉と、本人が意図してのことではないにしても、縋るような視線を私に向けてきたことで微かに狂いが生じた。
入口に向かって一歩踏み出していた私は、イドニアさんの声に引かれる後ろ髪もないくせに足を止めてしまったのだ。一瞬の判断が命取りになると言われる冒険者の生き方は、私みたいにとろくさい人間には向かないだろう。
足を止めてしまったこちらに「それならちょうどオレ達も今夜の宿を探しに行こうと思っていた。偶然とはいえ、冒険者稼業などをしていてせっかく再会できたのだ。一緒に行っても構わないか?」と、ガーランドさんが穏やかに尋ねてくる。
特に圧力を感じるわけではないはずなのに断りがたいのは、イドニアさんが向けてくる以前とは違う視線の素直さだろうか?
「勿論夕飯はこちら持ちで。歳の近い者同士、少し酒を交えて話をしたい」
ガーランドさんの言葉にウルリックさんが苦い表情で「酒代もだ」と告げると、彼は笑って頷く。それを見たイドニアさんが淡く頬を染める姿は同性である私から見ても、胸がくすぐったくなるような甘い余韻を残したのだ。




