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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・中期◆

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40/86

*12* ホットワインの美味しい夜。


 夕飯も終えて赤々と燃える火を見つめながら、マグカップに注いだホットワインを一口含む。季節がメデト()に変わったのだと感じる夜の森は深い闇に覆われているものの、隣にいる二つの熱源が心強いからか不安は感じない。


 転生してウルリックさんと出逢ってからもう五ヶ月と少し。私は孤独をほとんど感じたことがない。 


 温めたことで渋味が若干とれて飲み口が丸くなったワインに、ふともう少し甘味を足したくなって鞄から飴を取り出すと、隣から無言で手が差し出された。


◆◇◆


 ★使用する材料★


 赤ワイン 

 飴玉orハチミツ  お好みの量で(飴は黄金糖)   


◆◇◆


 マメができては潰れてを何度も繰り返した固いその掌の上に、ねだられるまま黄金色の飴をひと粒落とせば、彼はそれをマグカップには入れず、直接口に含んでからホットワインを一口飲む。


「どなたか知りませんけど、この季節に燃やせるものが手許にたくさんあると、野営の時も安らかな気持ちでいられますよね」


「だな。誰だか知らんが、この捜索依頼書のおかげで小枝やら集める手間が省けて助かる」


「それにシュテンがいれば、この先の季節でもしばらくは毛布いらずだし」


「まさかこの短期間でここまででかくなるとは思わなかったけどな」


 私とウルリックさんの間に挟まるように寝ころんでいたシュテンは、彼の苦笑混じりの撫で攻撃に「キューン」と甘えた声で鳴き、尻尾をバサバサと振る。前世の犬種で例えれば、サモエドとハスキーの間みたいな顔と大きさになってしまったシュテンは、もう立派な戦闘要員だ。


 というより、もうすでに尻尾を含めた体長で私に勝っているどころか、ウルリックさんの身長に近い。百八十前後はあるということになる。


 今から二ヶ月前にオーリアを出発して次の町であるリベットに到着したものの、ウルリックさんが念のために一人で確認に向かった冒険者ギルドで、再び現在火の焚き付けに使われている捜索依頼書を発見してしまった。


 そのことで相手がまだ諦めていなかったのだと再確認し、同時にこの捜索依頼書を張りにきている人物は毎回違うことも知った。しかも私達が次に行きそうな町に先回りをしているようだ。


 けれど私が『このままだと、いつかどこかでばったりかち合っちゃいますかね?』と訊ねたら、ウルリックさんは『じゃあちょっと一旦下がろうぜ』と言い出して、私達はここまでほぼ一筆書きで進めていた旅の中で一カ所だけ取りこぼしたラブロに引き返した。


 思った通りラブロに新しい捜索依頼書は張り出されておらず、私は無事にイツクミ茸のチーズトマト焼きレシピを売り、一筆書きを繋ぎ直すことに成功。


 再びリベットの町に戻った頃には、すでに前回張られていた捜索依頼書は影も形もなくなっていた。ウルリックさんは『これで今度は俺達が追いかける番だな』と笑っていたけれど、彼の目の奥が笑っていなかったように見えたのは気のせいだと思うことにした。


 その後はリベット、カローナ、デンゼル、シュナッドと四つの町を順に辿って、途中で材料の採取とレシピ考案のために野営をしたり、ウルリックさんの兼業分である魔獣狩りをして当初の目的地目指して旅を続けている。


 それにいつかどこかでかち合っても、その時はきっとシュテンはもっと大きくなっているだろうし、何故こんなことをするのか話し合いで解決するにこしたことはないけど、もしも戦闘になっても逃げることくらいはできるはずだ。


「シュテンがこのままもっと大きくなって、ウルリックさんと背中に乗れるくらい大きくなってくれたら良いのになぁ。大きい犬の背中に乗せてもらうのって、子供の頃からちょっと憧れなんですよ」


 ホットワインを飲み干してしまったので、マグカップを横に置いてシュテンの背中に顔を伏せてグリグリと頬ずりすれば、顔をこちらに向けたシュテンの鼻面に頭をクシャクシャにされる。


 その姿を見ていたウルリックさんが「あのなぁ、そんなでかさになったら餌の量がバカにならんだろ」と呆れた声で正論を言って、苦笑する気配がした。


「うーん……そっか、確かにそうですかね。魔獣ってすごく大きくなるみたいだから期待してたんですけど……残念。猛烈に残念だ」


 猫でボンネットなバスとか、ケモノなお姫様を乗せてくれる白い狼とか、誰でも一度は憧れて通る道だと思う。でも、うん、現実的には無理だよね。


「そこまで露骨に残念がるなよ。シュテンが自分が責められてるみたいな顔して落ち込んでんぞ」


 そう言われて顔を上げると、成程、常なら真っ黒なボタンみたいな瞳がすごく薄目になっているせいで悲しい絵文字みたいになっている。慌てて謝ろうと鼻面を撫でようとしたら、そんな私の手首をガッチリとウルリックさんが掴んだ。


 いったい何だろうと驚いたのも束の間、私に撫でられるつもりで鼻を擦り付けようとしていたシュテンが悶絶している。そこで初めて自分が伸ばした手が左手だったことに気づき、爛れた親指と人差し指と中指の腹を見た。


 ガサガサにひび割れて赤く爛れた指先はちょっとみっともないけれど、ここ最近の私の熟練度が上がった証だ。


 私の手首を捉えたまま「悪いなシュテン、ちょっと助けるのが遅れたか」と言う彼の声は、とても穏やかで。できることならずっとその声で喋って欲しいと思ったりもするけれど、だいたい私が間抜けな失敗を常にしているので無理なのだ。


 悶絶していたシュテンはそれでも持ち前の甘えん坊ぶりを発揮して、額に鼻スタンプをくっつけてくれる。ああ、もう背中に乗れなくても良いや。シュテンは自立歩行型愛情充電池だもの。


「それはそうと、オマエまた俺が狩りに出かけてる間に錬成してんだろ? 別に今ある調味料だけで事足りてるんだ。無理に香辛料の類を錬成しまくって指を傷める必要なんてねぇだろうが」


 だけど鼻スタンプ充電に癒しを感じていた最中にそうお叱りを受けて、今度は私がしょんぼりとする番だった。 


「うぅ、だって実山椒にピンクペッパーにマスタードって……ここにきて胡椒の進化が斜め上に斬新で楽しいんですもん。料理の幅が広がったら試したくなるじゃないですか」


 自分でも言い訳だと分かっているのでつい声が小さくなる。シュテンが悶絶したのは、指先にこびりついた香辛料の刺激臭のせいだ。初めて実山椒が出てきた日は、故郷の味が増えたことが嬉しくて嬉しくて。


 何度もそれをくり返し錬成した指先は擦り切れ、香りもすっかりスパイシーなものになってしまっていた。


「駄目だとか悪いとは言わんがな、それで他の調味料の錬成に響いたら元も子もないだろうが。昨日もほら、カレー塩? だったかを錬成して涙目になってただろ。ちょっとは懲りろよ」


 だけど眉間に皺を刻んで私の指先の傷を確認するように撫でるウルリックさんの指だって、弓の矢羽根で擦り切れて私以上にゴツゴツしているから、人のことは言えないと思う。


 でもそんなことを言ったら怒られそうなので、指先から気を逸らしてもらうために「明日中には次の町に到着できますかね?」と訊ねたところ、狙い通り「おう、ちょっと待ってろ」と手を離したウルリックさんが、自身の鞄を漁って地図を持ち出してくる。


 火の粉に注意しながら地図を開けば、シュテンまで一緒になって覗き込むから、小さな地図を読むにはちょっと狭い。それでも二人と一匹で頭を寄せ合って睨む書き込みの増えた地図に視線を落とし、現在地と次に向かう予定の町を捜し当てた。


「次は……ああ、カクタスか。距離的に明日の夕方にはつけるだろ。ここはポートベルと同レベルの街だな。この街の近くには国内でも珍しい魔石鉱山があるから、腕の良い魔道具職人が多いことで有名な街だ。品物はどれもクソ高いが、品質は一生物らしいぞ」


「へぇ、面白そうな街ですね。何か面白いものとか見られたら良いなぁ」


「面白いには面白いが、魔力のない人間には冷たい連中の多い街だ。だからこそと言うか、ここの冒険者ギルドには魔導師がかなり多い。どいつもこいつも鼻持ちならない気位の高さだ」


「それじゃあ簡単なレシピを売って、新しい魔用紙を新調したらさっさと次に行きましょうか」


「オマエの能力に気づく輩もいるかも知れねぇし、面倒ごとに巻き込まれる前に次の町を目指した方がいいだろうな」


 ホットワインと飴の香りが混ざった声でそう告げる彼の、不吉な予言が当たらないことを祈りつつ、ひとまず揺らめく焚き火を前にして「ホットワインもう一杯飲みませんか」とマグカップ片手に、己の欲望に忠実に笑うのだ。

お好みでリンゴのスライスや、

オレンジのスライスなんかを入れても美味しい(*´ω`*)


ブドウの二乗で巨峰なんかも美味しいです。

夏にやるガッツがあれば是非。

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