*11* 普段と逆ですね。
一生ランクが上がることはない冒険者の肩書きを手に入れた翌日、朝食を終えて宿を出た私達は、町の探索をしつつ今夜の宿とレシピを買い取ってくれそうな店を探すことにした。
シュテンを連れ歩いている最中に町の自警団に声をかけられても、冒険者登録証を提示すればすぐに解放される。何よりウルリックさんがそのたびに無言で腰の矢筒を叩くので、次第に声をかけられなくなった。
考えてみれば異世界に銃刀法違反に準ずる法律はないのだろう。魔法が存在するわけだから人間兵器というか、広範囲に及びすぎていちいち取り締まっていられないに違いない。
ここオーリエは目新しい物や煌びやかさはないけれど、その分歴史的な町並みと称して良いようなモノトーンで統一され、 今まで見てきたどの町よりも古風なことからも、異世界というよりは前世で好んで見た海外の町の写真集に似ている。
そんな町の一角にあるお店に白羽の矢を立て、シュテンは表でお留守番してもらい、そこの若い女性店主さんにファルダンの森で考案した川魚のレシピを買い取ってもらえ、ついでにお茶までご馳走になってしまった。
彼女は生まれも育ちもオーリエだと言い、古いこの町に来る私達のような旅人の話を聞くのが楽しみなのだと笑って、レシピの買い取り金額にほんの少し上乗せしてくれた。
抜け目のないウルリックさんは彼女に手頃な宿屋を尋ね、教えてもらった宿で宿泊手続きを済ませた後は、いつものように必要なアイテムの買い足しと調味料を売り歩く作業に取りかかる。
それがすっかり済んでしまえばもうやることもないので、モノトーンの町中を二人と一匹で歩きながら次の目的地の町の話をしたり、昼からお酒を飲みながらまったりと時間を過ごす。
そしてなんと、ついに、ようやっとウルリックさんのお許しが出たことで、旅のお供にお酒を購入していけることになった。これもシュテンという心強い相棒が増えたからだろう。居心地の悪い思いをしてでも冒険者登録をしていて本当に良かったと心の底から思ったものだ。
でも購入したお酒は私の鞄にしまうと言ったのに、ウルリックさんは「オマエに持たせると気がついたら減ってそうだから嫌だ」と断られた。その場では「失礼ですね」と言ってみたものの、確かに絶対にやらないと言い切れる自信もなかったので賢明な判断かもしれない。
二日目はそんな風に穏やかに過ごし、三日目はちょっとこれまでとは探索の趣旨を変え、将来のことも視野に入れた店舗の下調べをしてみることにした。酒屋の娘なので商品を卸すお店のことなら多少分かるけれど、どんな場所でなら角打ちができるかは分からない。
本当は実家の店舗を半分借りて、酒屋の一角を使って隣合わせで妹とやるはずだったけど、こちらの世界ではそういうお店はほとんど見たことがなかった。なので貸店舗の札が提げられたお店の外観や内観を見て回り、時折良さそうな店舗を覗いては、今世での将来についてのイメージを固めていく。
ウルリックさんは嫌な顔一つせずについてきてくれて、時々「この町みたいに古い町は新参者は入れないぞ」とか「都市部の下町の方が店賃は安い」といった、有力な情報を教えてくれ、シュテンはそんな声に相槌をうつように足許で鳴く。
――けれど私は町を出発して再び森の中を進むまで、そんな町での穏やかな時間が一方で彼等の胃袋を苦しませていたことを知らなかった。
その異変に気づいたのは、オーリエの町を出て二時間歩くか歩かないかといった頃。最初にテコテコと素直にあとをついてきていたシュテンがバテ始めて、次いでウルリックさんの歩く速度が目に見えて遅くなった。
二人とも私より体力があるので珍しいなと感じていたら、先を歩いていたウルリックさんがついに立ち止まって振り返り、不機嫌そうに「腹が減った」と言い出す。彼が立ち止まったことでシュテンまで休憩時間だと勘違いしてへたり込んでしまった。
一応その言葉に「はあ」と頷いて太陽の位置を確認してみるも、お昼時にはまだ遠い位置にあるし、朝食は一緒に食べたはずなのに――……と考えてから、ふとここ三日間の一人と一匹の食事風景を思い出してみて、あることに気づいた。
「そう言われてみれば確かにウルリックさんもシュテンも、この三日間くらいは食が細かったですね。夏バテ気味だったりします?」
食事の用意を始めるのは構わないけれど、夏バテで食欲不振ならメニューを考えなければならないと思ってそう訊ねたのに、ウルリックさんは「オマエの飯に舌が慣れたせいで、町の飯が純粋に不味かった」と不満を口にする。
彼の声音に応じるように「ヒューン……」と切なげに鳴くシュテンは、考えてみたら前回立ち寄ったラブロで一泊した他は、全部私が作った餌を口にしている。味覚が馴染んでくれているのは嬉しいけど、ちょっと偏食家なのかもしれない。
そんな素直に喜べば良いのか、私の味覚が二人よりも鈍いと馬鹿にされたのか微妙な言い分に苦笑して、急かされるまま早めの昼食に取りかかる。
◆◇◆
★使用する材料★
鹿節 (※顆粒だし)
鶏節 (※鰹節)
トプカ (※ナス)
青豆 (※冷凍枝豆)
水
水溶き片栗粉
塩、砂糖
◆◇◆
空きっ腹に優しいレシピはやっぱり和食寄りだよねということで、今回は鹿節で出汁を取ることにした。
貴重な鹿節だけど、ウルリックさんの発言が嬉しかったので景気よくたっぷりめに使う。鹿節を取り出して塩と砂糖で味を整えたら、取り出した鹿節は隣で待ちかまえているシュテン用に冷ましておく。
別の小鍋で厚めの輪切りにしたトプカに塩を振ったものを空焼きしてから、青豆と一緒に先に取っておいた出汁を加えて、トプカが柔らかそうになるまで火にかける。一度火から下ろして水溶き片栗粉を加えたら、もう一度トロみが出るまで火にかけ、木皿に取り分けた上から鶏節をふんわり乗せて完成。
今日はウルリックさん達のお腹が限界だったのでできなかったけれど、本当は冷たい方が美味しい料理なので、次に作る機会があれば氷結魔用紙で冷やして食べたいなぁと苦笑する。
空腹でぐったりしている二人にこれでは足りないだろうから、あとは付け合わせに薄切り即席じゃがバターを小鍋ごと提供。
手渡した直後に食べ始めた一人と一匹を見守る私は、朝からしっかり食べたのでお腹の虫も今は静かだ。自分で感じるのもなんだけれど、いつもと立場が逆転現象を起こしている。
そのことに気づいて思わず笑ったら、ウルリックさんとシュテンが揃って視線を上げる姿は可愛い。ふとそんな彼が「いつもと逆の立場だと、調子が狂うな」と真面目に言うので、同じことを考えていたことに密かに驚きつつも「たまにはそんな日もありますよ」と誤魔化す。
そうして「今日は旨いって言ってくれないんですか?」とおどけてせがめば、ウルリックさんは「悪くはないな」と悔し紛れのなのか、本心なのか、はかりかねる言葉を口にしつつも、結局シュテンと一緒にすっかり料理を平らげて。
空になったお皿と小鍋を前に「もしもオマエが攫われたら、一回くらいなら助けてやれる味だった」と、今までに聞いたことのない言葉をくれる。だから「それって持ち越しできますか?」と訊ねてみたけれど、彼は「さてな」と肩をすくめて意地悪く唇を歪めた。
「暑いですねぇ」
「ああ、そうだな」
「美味しかったですか?」
「さぁ、どうだろうな」
どうやらひねくれ者の口から素直な反応を引き出すには、お腹の隙間を満たす前の方が良かったみたい。
生姜のすり下ろしととろろ昆布を加えるとより美味しいです(*´ω`*)




