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7話4節(上)


[4]


 ソルダ本体が死亡したことで倉庫を満たす分身はすべて消滅。残ったのは散乱する人間の死体と三人の人間モドキ、消し炭となったソルダの屍、それと醜悪なスライムだけであった。スライムはソルダの屍に覆い被さり、くちゃりくちゃりとのたくって彼女の身を貪っている。恐らく、今までの使い魔もああして捕食していったのだろう。恥知らずで浅ましい生き物どもめ――ソルダを殺された今、もはやフレンドリーファイアの心配もない。せめて眼下の忌まわしい生物を焼き尽くして弔いとしてやろうとコレールは怒りのままにその手から黒い炎を湧かせたが、自由になった黒騎士はそのような隙など与えない。


 「行けっ!」と武志がジェット水流で朔を中二階へと打ち上げるとともにコレールの炎を消し、打ち上げられた朔が濃厚な殺気と紫紺の瘴気を纏ってコレールへと斬りかかる。咄嗟に飛び退いたことで傷口から瘴気に侵されるのは避けたコレールだが、その首筋には大鉈の刃を突き付けられて睨み合いとなってしまった。こうも詰められた間合いでは炎を見舞ったところで己の首も刎ね飛ばされてしまうためである。眼と鼻の先では赤黒く鋭い爪の生えた敵の蜘蛛脚が蠢き、その向こうでは病的な美貌の男が柘榴石の瞳に憎悪をたぎらせている。


 そうしている間に他の三人も中二階へ飛び上がってきて、人質を拘束から解放してしまう。ソルダの死亡に人質の喪失……無惨なまでの敗北に、黒騎士を舐めきっていたコレールは声を詰まらせ歯噛みする。今や形勢は完全に逆転した。今度はお前だと言わんばかりに、黒騎士は冷徹な光を宿した眼で憎き花嫁誘拐の主犯を取り囲む。


 単体での力量ではコレールが上だが、首筋に凶器を突き付けられ油断なく包囲されている状況である。どうにか戦闘にもつれ込んだとして、いずれか一体を倒せたとして、恐らく残りの三人によって血祭りにされてしまうだろう。郁の宣告通り、コレールは詰んでいた。


「無様だねえ……下等生物と蔑む人間モドキに出し抜かれて、喉元に刃を突き付けられるなんて。でも、ああしてふんぞり返ってただけあって、君は今までのよりも高級そうだ。その霊源はさぞかし美味しいのだろうね」

「ふん……いくら正義の味方気取りで居ても、所詮は浅ましい群体型だな」

「君は何か勘違いしているようだね。正義の味方? そんな訳ないじゃないか。僕らはアトリと自分の欲求の味方だ、それ以外の何者でもない。――君たちが人間に悪さしようと、僕らにはどうでもいい事だ。花嫁に手出しされたりしなければ関わろうとも思わないよ」


 平然とそう語る冷徹さはまるで虫のそれだ。血の通わない、どこまでも機械的で利己的な姿であった。平素いくら人間らしく振る舞おうとも、やはり人外は人外であったのだ――拘束から解放され、黒騎士の後ろで小さくなっていたアトリはそう再認する。


「……ふふ。お喋りはこのくらいにしておこう。せっかくのご馳走が逃げては大変だ」


 淫蕩な笑みを浮かべ、これ見よがしに舌舐めずりして獲物の殺害に及ぼうとした郁。しかしその刹那、横から何かが飛来して黒騎士は反射的にその場から飛び退いた。黒騎士の居た場所には字と紋様の間に居るような漢字が(したた)められた札――陰陽師などが使う呪符に似ている――が四人分貼り付いており、パリパリと電光のような光を放っていた。


「そこまでよ」


 凛としたメゾソプラノとともに天井の梁から降りてきたのは、日本刀を背負ったセーラー服の少女であった。意思の強そうな眉と目付きが特徴的な黒髪の少女。今しがた飛んできた呪符は彼女が投げたもののようだ。思わぬ闖入者に武志や霧月は困惑の色を浮かべているが、朔は邪魔立てされたということへの怒りの方が強いらしい。「魔物狩人が……何のつもりだ!」と唸るように怒鳴り付け、威嚇するように得物と蜘蛛脚を構える。少女はそれに微塵も臆さず、溜め息を一つ吐いて艶やかな黒髪を梳いてみせた。


「魔物狩人として、霊源もその女の子もあなた達には渡せない……それだけよ。安心しなさい。私はどちらにも肩入れするつもりは無いわ。この街を侵すそこの赤い男も、人間を魔道へ引きずり込もうとするお前達も、滅ぼすべき悪に変わりないから」


 魔物狩人と名乗った少女はそうクールに言い放つや抜刀する。魔物狩人といえば、夜海に来る前の郁を襲った天敵であったはずだ。一人でやって来てコレールも黒騎士も相手取るつもりでいるあたり、相当な実力者なのだろうか。果たして彼女は自分にとって敵なのだろうか、味方なのだろうか――そう思い迷いながら、アトリは混乱する戦場を注意深く観察し続けた。この場で最弱の存在である彼女にはそれしかできないし、またそれこそが生き残るために何より重要なことだったのである。



2021/6/11:加筆修正を行いました。

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