今日も明日も。その先も
目覚めのいい朝だ。
昨日は一日中歩き回ったから、もっと疲れていると思っていた。
僕は体を起こし、隣のベッドを見る。
リアはまだ眠っていた。
「リア、朝だよ」
「...あと少し」
「もう三回目なんだけど」
「じゃあ十回...」
「増えてるよ」
リアはこんなに朝が弱かったかな。
...まあ、いつも僕が寝るまで無言で見ているからか。
「リア、起きて」
「...やだ」
「なんで?」
「眠いから」
「それは分かるけど...」
僕はベッドの横まで行き、リアの肩を軽く揺らす。
「ほら、朝ご飯食べに行こう」
「...ショアが食べさせて」
「なんで?」
「なんでも」
僕は呆れて、ベッドから離れる。
リアは布団に顔を埋めた。
「先行ってるからね」
僕は部屋を出て、廊下でリアを待つことにした。
しばらくすると、部屋の扉が勢いよく開いた。
リアが慌てた様子で飛び出してくる。僕の姿を見つけると、胸に手を当ててほっと息をついた。
「僕がリアを置いていくわけないじゃん」
「...本当?」
リアの表情が少し明るくなった。
「うん」
「じゃあ、急がないと!」
リアは慌てて僕の隣まで駆けてきた。
「リア、今日は何する?」
「...ショアが決めて」
「僕?」
「うん」
僕は少し考える。昨日は帝都を歩き回った。
今日はどうしようかな。
「とりあえず、朝ご飯を食べよう」
「うん!」
僕たちは宿の食堂へ向かった。
朝食を食べ終えると、僕たちは帝都へ繰り出した。
昨日とは違う道を歩いてみたり、店を覗いたり、気になったものを買ってみたり。
昨日は食べ物ばかりに目が向いていたけれど、今日は服や雑貨を売っている店にも立ち寄ってみることにした。
「ショア、どう? 似合う?」
リアが僕の前でくるりと回る。
さっきまで見ていた服とは違う、少し明るい色の服だった。
「うん。似合ってると思う」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、コレにしよっかな」
「うん、いいと思うよ」
リアは嬉しそうに服を抱え、店主のところへ向かった。
代金を支払うと、店主が丁寧に頭を下げる。
「お買い上げありがとうございます」
買い物を終えたリアは、上機嫌な様子で僕に手を差し出した。
「ショア」
「うん!」
僕たちは手を繋ぎながら、再び店を巡り始めた。
しばらく歩いていると、リアが突然立ち止まった。
「綺麗...」
リアが立ち止まった先には、小さなアクセサリーショップがあった。
店先には、色とりどりの髪飾りやネックレス、腕輪などが並んでいる。
「入ってみる?」
「うん!」
リアは嬉しそうに僕の手を引いて、店の中へ入っていく。
「いらっしゃいませ」
店内には、村では見たことのないものがたくさん並んでいた。
リアは一つ一つ手に取って眺めている。
「これも綺麗...」
「こっちも似合いそうだよ」
「本当?」
リアが僕のところへ駆け寄ってくる。
僕が指差したのは、小さな髪飾りだった。
「これ、リアの髪に合うと思う」
「じゃあ、つけてみようかな」
リアは髪飾りを手に取ると、鏡の前に立った。
「どう?」
振り返ったリアを見て、僕は少しだけ言葉に詰まった。
「...似合ってる」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、これにする!」
リアは嬉しそうに笑った。
リアは髪飾りを持って店主のところへ向かった。
「お買い上げありがとうございます」
店主が髪飾りを包んでくれる。
「ショア、これ持って」
「うん」
僕が受け取ろうとすると、リアが首を横に振った。
「違う」
「え?」
リアは少し照れたように笑う。
「つけて」
「僕が?」
「うん」
リアは包みから髪飾りを取り出すと、僕に差し出した。そして、髪を後ろにまとめ、少しだけ顔を伏せた。
「お願い」
「分かった」
僕は髪飾りを受け取り、リアの髪にそっとつける。
「...できた」
リアが鏡を見る。
「どう?」
「うん。やっぱり似合ってる」
「ふふっ」
リアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ショア」
「どういたしまして」
店を出ると、リアは何度も髪飾りを触っていた。
「そんなに気に入った?」
「うん。だってショアが選んでくれたんだもん」
「僕が?」
「そう」
リアは僕の手を握り直す。
「大事にするね」
「うん」
なんだか、胸の奥が少しだけくすぐったかった。
昨日から、こういうことが増えている気がする。
僕はリアの横顔を見た。
髪飾りが気になるのか、リアは時々手を伸ばして位置を確かめている。そのたびに嬉しそうに笑っていた。
そんなに喜んでもらえるなら、選んでよかったな。
僕は繋いだ手を見た。
「ショア?」
「ん?」
「どうしたの?」
「...なんでもないよ」
「変なの」
リアは笑いながら、僕の手を引いた。
けれど、僕はふと足を止めた。
「どうしたの?」
リアが首を傾げる。
さっきから、胸の奥が妙に落ち着かない。
なんだろう。この感じは。
一昨日までは、こんなことを考えたことなんてなかった。
僕はリアを見る。
昨日も今日も、リアと一緒にいる。
リアが笑うと嬉しい。リアが喜ぶと、僕も嬉しい。
でも、それだけじゃない気がする。
「...?」
リアは不思議そうに僕を見ている。
違う。
リアが原因じゃない。
じゃあ、この違和感は一体なんなんだ?
僕は自分自身に何か変化が起きているのかもしれないと思い、胸に手を当てた。
...分からない。
そういえば、昨日から随分と買い物をしたな。
僕は何気なく腰の布袋を持ち上げた。
…あれ?
思っていたよりも、ずっと軽い。
「...あれ?」
何かがおかしい。僕は布袋の中を探る。
昨日までなら、もっと重かったはずだ。
「...」
僕は急いで中身を取り出し、銅貨を一枚ずつ数え始める。
「一、二、三...」
リアが隣から覗き込む。
「ショア?」
「...おかしい」
「何が?」
「お金が...」
僕はもう一度数え直す。やっぱり同じだ。
「...減ってる」
「うん?」
「かなり減ってる!」
僕は呆然と銅貨を見つめた。
「リア...仕事をやろう」
「う、うん。そうね」
僕はこの日、心に刻んだ。
『お金は、使い始めると早い』と。
昨日までは、まだまだあると思っていたのに。
食べ物を買って、服を買って、アクセサリーを買って。
気がつけば、かなりの額が消えていた。
「...冒険者って、こんなにお金を使う仕事だったっけ?」
「たぶん違うと思う」
リアが苦笑する。
「じゃあ、明日は仕事をしよう」
「うん!」
僕たちは顔を見合わせる。
どうやら楽しい時間は、銅貨より早くなくなるらしい。
翌朝。
昨日の反省を胸に、僕たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。
「今日は、ちゃんと稼ごう」
「うん!」
冒険者ギルドに到着すると、僕たちは依頼が貼られている掲示板の前へ向かった。
「えっと」
僕は依頼書を一枚ずつ見ていく。
「荷物運び、店の掃除、人探し...」
「思ったより普通のお仕事ばっかりだね」
リアが隣から覗き込む。
「そうだね」
僕は少し考える。
「これにしよう」
僕が指差したのは、荷物運びの依頼だった。
報酬は銅貨五枚。
依頼主の名前を見て、僕はこれに決めた。
ノスバート。
たぶん、あのお店だろう。
僕は依頼書を持って受付へ向かった。
「すみません!この依頼を受けたいです!」
受付のお姉さんは、少し眠そうな顔で依頼書を受け取った。
「ああ、はいはい」
そう言いながら、依頼書に目を通す。
「ありがとうございます」
「えっと、この依頼、直接お店へ向かってください。詳しい内容は向こうで説明してもらえると思います」
僕たちは受付を離れ、ノスバートの店へ向かった。
店の前まで行き、扉を開ける。
「いらっしゃい!今日は何にする?」
「いえ、ノスバートさん今日は買いに来たわけじゃありません」
ノスバートさんは不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ、何しに来たんだ?」
「この依頼を受けたんです」
僕は依頼書をノスバートさんに見せる。
「ああ、なるほどな」
ノスバートさんは依頼書を見ると、納得したように頷いた。
「そういうことか。なら話が早い」
「何をすればいいですか?」
「店の裏に荷物が届いてる。倉庫まで運んでくれ」
「分かりました!」
「結構あるぞ?」
「大丈夫です!」
僕は自信満々に答えた。
リアも隣で頷いている。
「私も頑張る!」
「おう。二人なら助かるな」
僕たちは店の裏へ回った。
そこには木箱がいくつも積まれていた。
「...」
僕は黙って木箱を見る。
「ショア?」
「...思ったより多いね」
「うん」
リアも少し固まっている。
「これ、全部?」
「全部だ、頑張れよ」
ノスバートさんは笑いながら店の中へ戻っていった。
僕は木箱を一つ持ち上げる。
「よいしょ...」
思ったより重い。
「ショア、大丈夫?」
「大丈夫」
リアも隣で木箱を持ち上げる。
「よいしょ!」
「リア、無理しないでね」
「ショアもね」
僕たちは木箱を運び始めた。一人では持ち上げられないものは、二人で声を掛け合いながら運んでいく。
一つ。
二つ。
三つ。
「...疲れた」
「まだ半分も終わってないよ」
「えっ」
僕は思わず足を止めた。
リアが笑う。
「頑張ろう、ショア」
「うん...」
それから僕たちは、黙々と荷物を運んだ。
何度も店と倉庫を往復する。
最初は余裕だったけど、だんだん腕が重くなってきた。
「ショア、これ持って」
「分かった」
リアから小さな箱を受け取る。
「リアはこっち持って」
「うん!」
分担しながら、少しずつ荷物を片付けていく。
ようやく最後の一箱を運び終えた。
「終わった...」
僕はその場に座り込む。
「お疲れさん」
ノスバートさんが笑いながら近づいてくる。
「二人ともよくやったな」
「ほら、次があるぞ」
そう言って店の中へ戻っていく。
「まだあるんですか!?」
僕は慌てて立ち上がった。
「安心しろ。今度は軽い仕事だ」
「よかった...」
僕たちは店の中へ戻った。
次に任されたのは、商品の整理だった。
棚に並んでいる商品を種類ごとに分けていく。
何度か間違えながらも、どうにか全ての商品を並べ終える。
ノスバートさんが棚を確認し、満足そうに頷いた。
「よし、終わったな。ありがとうな助かったよ」
リアは疲れ切った様子でその場にしゃがみ込んでいる。僕も重くなった腕をさすりながら答えた。
「いえいえ、よかったです」
「はい、2人に」
そう言うと、ノスバートさんは箱いっぱいの食べ物を差し出した。
「えっ?」
「お疲れさん。俺は人に配れるほど金はねえが、商品ならあるからな。お礼だよ」
ノスバートは人差し指で少し頬を掻き、恥ずかしそうに話した。
「いいんですか! ノスバートさん、ありがとうございます!」
その様子を見ていたリアも、嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとう」
「いいんだいいんだ。喜んでもらえて何よりだよ」
ノスバートさんからもらった箱を抱え、僕たちは店を出た。
「結構重いね」
「うん。でも、これならしばらく食べ物には困らなそう」
リアが嬉しそうに箱を覗き込む。
「今日はちゃんと働いたからね」
「そうね」
リアが笑う。
僕たちは冒険者ギルドへ戻り、依頼の達成を報告した。
受付のお姉さんが依頼書を確認し、報酬の銅貨五枚を差し出す。
「はい、お疲れ様でした。こちらが報酬です」
「ありがとうございます!」
僕は受け取った銅貨を手のひらに並べた。
五枚。
昨日までなら、あっという間に使っていた金額かもしれない。
けれど、今日は朝から働いて、ようやく手に入れた五枚だ。
何だか、いつもより重く感じる。
僕は銅貨を大切に布袋へしまい、リアと一緒にギルドを出た。
そのまま宿へ戻ることにした。
歩いている途中、リアがふと足を止める。
「ショア」
「ん?」
「今日、楽しかったね」
「仕事しかしてない気がするけど」
「それでも楽しかったよ」
リアはそう言って笑った。
「僕は疲れたよ」
「ふふっ」
「でも、昨日みたいにお金を使うだけよりはいいかもね」
「じゃあ明日も働く?」
「それは嫌だな」
「どっちなの?」
僕たちは会話しながら宿へ向かった。
宿に戻ると、ノスバートさんからもらった食べ物を並べた。
「いただきます」
「いただきます」
二人で食事を始める。
今日一日働いたせいか、いつもより美味しく感じた。
「おいしい」
「うん」
リアは嬉しそうに食べている。
僕も笑いながら、料理を口に運ぶ。
帝都に来てから、毎日いろんなことが起きている。
知らないものを見たり、買い物をしたり、リアと一緒に歩いたり。
そして今日は、二人で仕事をした。
「明日は何しようか」
僕が聞くと、リアは少し考える。
「ショアと一緒なら、なんでもいいよ」
「そっか」
僕は笑った。
帝都に来てから、リアと一緒にいる時間が増えた気がする。
それが、なんだか嬉しかった
だけど...
村へ帰る道は、まだ閉ざされたままだった。




