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こゝろのこり  作者: 黒森 冬炎


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十六、古道具屋のおまけ

 カナコは緑豊かな公園を訪れた。戦国時代に処刑場だったと言われる場所だ。説明の看板が建っている。散歩用の小径を進んでゆくと、幽霊の背中が見えた。粗悪な麻の着流しで、血だらけの裸足が痛々しい。ふらふらと歩いている。喉元を通って、ぐるりと赤い首輪のような線がついている。歩いているうちに、赤い線の位置で首が少しずつ左右にずれてゆく。やがてぐらりと頭が揺れて、地に落ち転がった。切り口から血が噴き出すことなく、身体は変わらず公園を歩き回っていた。


 頭がコロコロとカナコの足元まで近づいて来た。カナコは水色の絵傘を片手に見下ろした。幽霊の首と目が合った。落ち武者スタイルのザンバラ髪だ。髪には泥と血がこびりつき、顔も汗と埃に汚れていた。額や頬に傷がある。片耳の一部はパックリと切れていた。戦場を生き抜いた男の顔であった。眼差しは強く、峻烈(しゅんれつ)な気性を表していた。


「お迎えにあがりました」


 カナコは幽霊の首に告げた。


「間に合っている」


 首は硬い口調で拒絶した。


「復讐は遂げたのに、なぜ留まっている?」


 カナコは強行姿勢に転じた。


「仇の末裔がひとりでもいる限り、安寧は訪れぬ。我が復讐はやまぬ」


 首の瞳は怒りに燃えた。離れたところをうろうろしている身体から、赤黒いモヤのようなものが上がった。首のほうにはモヤがない。


「金葉(きんよう)城の滝口(たきぐち)矢兵衛(やへえ)、町一つ敵に回したのだ。一千年ほど過ぎた今、子孫はどれだけ増えていることか」

「町?いや、国ひとつだ!悪女お煙(えん)の偽証を支持した暗君、大木将時(おおきまさとき)に連なる者共は皆、そっ首掻っ切って冥土の土産に連れて行く!」


 立て看板によれば、全国各地で発見される死骸のうち、首の傷が致命症となった者はみな、滝口矢兵衛の呪いによるものだと噂されているとのことだ。


「旅立つ時は、とうの昔に来ているのだ」


 カナコは厳しく勧告した。白くたおやかなその手を差し延べ、ちりりんと涼やかな鈴音を鳴らした。指輪は夜明け前の公園で白銀に輝き、ずらりと並んだ小さな鈴が、零れ落ちる朝露の如く震えていた。


「終わりなき呪詛に執着する哀れな魂よ、その行いは既に復讐とは言えない。しかとその目で確かめよ」

「復讐じゃなければ何だというのだ」


 首はカナコを睨みつけた。カナコは黙って道の向こう側を指差した。公園に面した細道を渡ると、古民家風の骨董屋があった。窓辺には和洋中の壺や花瓶が飾られている。その店の看板商品なのだろう。店先に出ている行燈には、花瓶の絵と店名が描かれていた。店の名は、「ふるどうぐ 望雪(ぼうせつ)」とある。高邁な骨董品ではなく、雑多な古道具を扱う店のようだ。ただ、現代的なリサイクルショップには見えない。窓から見える商品は、総じて年代物だと察せられる趣きがあった。


 引き戸の前では、ハヤセが呑気に手を振っていた。


「また小蝿が来おったな」


 首が声を荒げた。ザンバラ髪が逆立って、公園の土を巻き上げた。カナコは目の前の空気を横一文字に撫でる仕草をした。


「ア(・)レ(・)は保険だ。矢兵衛が暴れたら抑えてもらう」

「自惚れおって。無駄なことだ」

「それはおいおい解るだろうさ。さあ、自分がしてきたことを、しかとその目で確かめよ」

「気に食わんなあ」


 首は、恐ろしい唸り声と共に怨嗟の声を絞り出した。しかし、カナコの鈴には逆らえないのか、目線は骨董屋に向いた。カナコが撫でた部分の空気は、磨りガラスのようになっていた。道の向こうにある骨董屋は、滲んだように見えていた。そこにハヤセの姿はない。道路の舗装は無くなって、剥き出しの土がある。雑草や小石が疎に残る細道だ。周囲に他の建物は見当たらない。ぽつんと一軒建っていた。燃える夕陽がすっかり落ちて、宵闇が辺りを包んでいる。


 引き戸を開けて、矢兵衛が姿を現した。手には店の看板を持っている。首は繋がっているが、首周りの赤い輪は見えていた。提灯を提げた身なりの良い旦那衆が、お供を連れて歩いて来た。恰幅が良く、ゆったりとした歩みである。矢兵衛が店の中に引っ込んだところへ、ちょうど入口に差し掛かる。


 旦那衆が足を止めた。窓辺に飾られた花瓶を眺めている。


「旦那様」


 お供が顔色を伺って声をかけた。


「うむ」


 主人は鷹揚に頷き、「ふるどうぐ 望雪」に吸い込まれていった。暫くして、彼等は再び路上の人となった。箱を抱えたお供を従え、家路についたようである。箱はどす黒い靄に覆われていた。門口まで見送りに出た矢兵衛は、薄気味の悪い笑顔を見せた。


「どうぞ、おまけをお楽しみになすって下さりませ」


 小声で客の背中に声を送り、矢兵衛は店の中に戻った。クククと声を殺した笑いを残して、古道具屋の引き戸が閉まる。



「業の深いことをなさる」


 カナコは感情の籠らない視線を首に投げた。


「奴は毒婦お煙を囲っていた豪商の末裔だ。先祖の霊を持ち帰って貰っただけだ。何が悪い」


 磨りガラスのような空間を眼だけで見上げ、幽霊の首が怨みの念を滲ませた。カナコが空間を拭くような仕草をすると、金葉城が映った。今では土台すら残っていない、古い城である。映像はひとつの窓を映し出し、その中に立つ矢兵衛を観せた。彼は既に幽霊となっている。部屋はどうやら蔵書室のようであった。矢兵衛は用心深く周囲を見回しながら、書籍を次々に調べていた。本には直接触れていない。手をかざして頁を捲るような動作をしていた。


 程なくして、矢兵衛の手が止まった。目的の品を見つけたようだ。霊の風で開かれた頁には、何かの儀式が描かれていた。壺、人魂、陣の図形などが見える。墨で四角く囲った頁タイトルは、「吸魂術」と読めた。熱心に閲覧した後で、矢兵衛は壁際に飾られていた壺を浮き上がらせた。その壺と共に、開いた窓から外に出た。矢兵衛は城から出て、城下町にある豪商の妾宅へと向かう。屋敷に到着すると、二階桟敷まで入り込んだ。幽霊なので見張りの下男達に気づかれることなく、二階にある窓の障子戸まで浮かんで行ったのだ。障子は音もなく開かれた。


 二階桟敷では、凄みのある若い美人が呑気に眠っていた。部屋の隅には書卓が寄せられていた。矢兵衛が手を動かすと、ひとりでに墨が磨られ、筆先が浸された。重しの下から紙が数枚引き出され、美人の布団を囲む。筆は図形を描いてゆく。外国の文字や不可思議な模様が、白い紙の上に記された。カナコと首が観ていると、手際よく陣が完成した。陣は赤黒く発光し、美女がうなされ始めた。


「ううう」


 呻き声を漏らし、美女がみるみる皺だらけになる。赤黒い光は美女に纏わりつき、美女は直ぐに事切れた。命無き美女から出て来た人魂が、青白く燃える。矢兵衛の幽霊は、壺を操って人魂を閉じ込めた。人魂は抵抗するように、壺を振動させて暴れていた。


「先ずはひとり」


 矢兵衛の復讐は、迷いなく元凶を仕留めるところから始まったのだ。余裕ぶって小物から手にかけ、元凶に対策を取られては面白くない。矢兵衛は奇襲で大将首を真っ先に狙うタイプだった。


 暫くは人と場所を変えて同じ作業が続く。矢兵衛の犯行は人に見られることなく、怪死事件として役人が動き出す。矢兵衛は幽霊なので、全く意に介さず仇討ちを続けた。集めた壺や花瓶は、城外の山中にある洞窟の中に隠されていた。洞窟はなかなかの広さである。だが、さほど時が経たぬうちに、地面は壺や花瓶で埋め尽くされた。


「おや、なんだ?」


 初めの頃に置いた壺から、怨嗟の声が上がりだしたのだ。この頃になると、矢兵衛は壺の振動を抑える術も習得していた。閉じ込められた人魂は、いくら暴れても割れない壺に苛立ちを見せている。魂は次第に悪霊化してゆく。


「五月蝿いな」


 矢兵衛は再び城の蔵書室に入り込む。今度は手ぶらなので、壁をすり抜けて入った。戻る時には、古書から霊魂を黙らせる秘法を会得していた。解除方法も、勿論身につけた。


「ふん。仇の家に着いたら、存分に暴れるがいい」


 怨みある者どもの魂を閉じ込め、閉じ込められた憎しみで理性のない怨霊に変える。無差別に呪い殺すまでに怨嗟が籠った魂となるのだ。それを血縁者に渡して呪い殺させる。なんとも陰険な復讐方法である。しかも、自分自身が既に怨霊なのである。



「随分と冷静な怨霊だな」


 映し出される情景を観ていたハヤセが、カナコの隣にヒョイと顔を出す。頬と頬とがくっつきそうな距離であった。


「それだけ執念深いってことだろうさ」


 水色に赤い金魚が二匹泳ぐ相合傘の下で、カナコが淡白な声で言った。ハヤセは頬を寄せたまま肩をすくめた。地面では、矢兵衛の首が怒りに満ちた眼差しをカナコとハヤセに向けていた。怨念のみが肥大化し無関係な者まで取り殺す怨霊とは、どこか違う。仇討ちの邪魔をする者には容赦しない復讐鬼の眼だった。矢兵衛は一筋に復讐を望んでいる。復讐だけに思念を向けている為、無差別に霊障を引き起こすことがない。



 次に映ったのは、はるか昔の金葉城下で栄えた城町であった。漆塗りの御簾が下がった輿が、目抜通りを通っていた。内側から御簾に手がかかり、隙間から貴人の囲われ者である派手な娘が見えた。お煙である。お煙の好色な目が、一人の俊英な若者に惹きつけられたようだ。目付き鋭く背筋を伸ばして颯爽と歩くその若者こそが、矢兵衛である。彼はお煙のようなタイプとは無縁であった。従って、輿が通っても見向きもしない。御簾の隙間から秋波を送ろうが、わざと匂い袋を足元に投げてよこそうが、無反応を貫いた。


 お煙は苛立ちを隠さない。これまでは、同年代の女性たちにすら、見習いたいと思わせてきた手管である。お煙は毒婦の中の毒婦であった。上品とはお世辞にも言えない日陰者にも係らず、どんな身分の者であっても彼女に近づきたがる。皆はお煙のことを「華やかで気遣いもできるカッコいい女性」だと評価していた。しかし矢兵衛から見れば、ただの囲われものである。まだ若いのに、進んで豪商の妾(めかけ)となったような食わせ物だ。


 矢兵衛がお煙に目をつけられてから、しばらく後のことである。城下町に不快な噂が流れた。


「皆さんご存知なかろ?あちきもこの目で見なければ、想像もせなんだ。己れに不愉快なことを少しでもしたものは、物でも犬猫でも人間でも容赦なく破壊しやる。ほんに、恐ろしい」


 所謂目撃者は、お煙しかいない。だが、お煙の信奉者が言いふらし、信奉者と親しい者が広め、噂が噂をよび、遂には真実みを帯びた。こうして矢兵衛は、お煙の悪事を全て押し付けられることになったのだ。矢兵衛が気に入らない事の中心として、お煙の望みを阻む行いが据えられた。やがて矢兵衛は偽りの狂愛者となった。


 お煙は、手段を選ばず欲しいものを手に入れていた。豪商にも甘やかしの限度がある。豪商が手に入れられない、城だけにしか無い渡来品もある。お煙に誑かされた愚か者どもが、そうした品々を盗み出していた。彼等は一様に、死に至る毒薬を言葉巧みに持たされていた。発覚したり、お煙にとって煩くなった時、うまく誘導されて彼等は服毒して果てた。これも、矢兵衛の仕業と結論付けられていった。



 ある日、薬屋の若旦那がお煙の住まう豪商の妾宅に配達でやって来た。眺めの良いニ階桟敷に配達品を抱えて入る。お煙は障子窓を開けて、しどけなく窓枠に寄りかかっていた。眼下の庭を見るともなく見ており、若旦那の開ける襖の音は気にも留めない様子であった。窓の外では紅葉や灌木が美しく刈り込まれた瀟洒な庭が、粋な黒塀に囲まれている。若旦那はすっと窓辺に近づき、お煙の手を握って言った。熱情が一目で分かる様子であった。


「お煙さん、旦那に無理強いされているのだろう?」


 お煙は思わせぶりな仕草をしてみせ、黙っていた。


「お煙さん。アタシが逃してあげよう。勇気をだして」


 お煙は驚いてみせる。若旦那は木箱を差し出した。中には紙包みがぎっしりと入っていた。


「眠り薬だよ。これだけあれば、お煙さんのところにいる下人はみんな眠るだろう。頃合いを見計らって、迎えに来るからね?」


 お煙は窓辺を離れて茶箪笥の引き出しを開け、素早く二重底の下へと木箱を隠した。


「さ、もうお帰りなさいな。おかしな噂がたつと、若旦那に悪いから」


 お煙は艶のある声で、ゆったりと話す。若旦那は、茶卓に載せられた別の箱をポンと叩いた。


「薬はここの旦那様がご注文なさったんだ。やましいことなんざありゃあしませんよ」

「ほほ」


 お煙は意味ありげに笑うと、若者に帰宅を促した。帰り際、赤い紙包みを若者の手に滑り込ませる。


「お煙さん、これは?」

「若旦那ならお分かりでしょう?薬屋さんに眠り薬のことを知られたら、これをお使いなさいな」


 若旦那は包みに鼻を近づけた。


「仮死薬?どこでこんなものを?」


 お煙はそれに答えず、若旦那の手に艶かしい指先で触れた。


「棺桶運びの人足に話を通しておくから」


 墓地のある町の外で落ち合う手筈だと信じて、若旦那は深く頷く。


「おとっつぁんは厳しいようでいて、アタシにゃ甘い。自ら命を断つほどのことじゃない。他人(ひと)に飲まされたことにしたほうがようござんす」


 お煙は何も答えず、妖艶に微笑んだ。


「そうだ。アイツ、矢兵衛と言ったか?どうです?お煙さん」


 若旦那の家は城にも薬を届けている。出入りの際、城の外陣に住む武家の家族から、時に菓子や僅かな心付けなどを受け取っていた。矢兵衛も城の敷地内に住む家臣である。若旦那は、仮死薬が完全に効く前に、矢兵衛から渡されたと偽装した食べ物に、本物の劇薬を加えようという算段である。


「おとっつぁんがこの薬の臭いを誤る筈がないから、少し細工が要ります。この量じゃ、眠り薬のことは今夜にでも気付かれるだろうし、時間が足りるかどうか。でもお煙さん、信じて待っていておくれ」


 失敗の確率が高いと知りながら、邪恋に目を曇らせた若者は、強行の道を選ぶ。お煙は黙って遠い空に目を向けた。帰宅の催促とみなして、若旦那は頭を下げて退出した。ひとり残った二階桟敷で、お煙は満足そうな笑みを浮かべた。


 やがて、薬屋の若旦那が亡くなった知らせが届いた。お煙が渡した包には、無味無臭で仮死薬と同じ色と質感の致死薬が混ぜられていたのだ。お煙には、さまざまな伝手がある。奇毒を手に入れることなど造作もなかった。


「あの日、若旦那さんは、滝口矢兵衛さまからお菓子をいただいたとか」


 お煙は偽証した。


「若旦那さんがこの家に薬を届けて来なさるのを、滝口さまは誤解なすって、若旦那さんをつけ狙っていた、とも聞きました」


 お煙はさも恐ろしそうに身震いして見せた。矢兵衛は侍だったので、裁きは城に委ねられた。お煙の勢力は国の中枢にまで根を張っていた。ついには殿様さえも偽証を信じ、矢兵衛は極刑となってしまった。



 カナコの掌が空中を撫でると、過去の情景が消えた。道の向こうでは「ふるどうぐ 望雪」が、明け方のしらじらとした空を背にして眠りにつくところだった。矢兵衛の首と身体はこちら側の公園にいる。あちら側の古道具屋は、既に店仕舞いしていた。店の主人は矢兵衛である。日暮れから夜明けまで、矢兵衛は店を開いている。その間は、首を繋げて当代の服装を身に纏う。夜が明けると公園に戻り、幽霊らしく眠りについた。日暮れ前と夜明け前の僅かな時間、矢兵衛は公園で目覚めてふらふらと歩き回るのだ。


「因果を辿って参りました」


 カナコは首を見下ろして語りかけた。感情のない、事務的な説明である。


「元凶はこんなにも遠い時に生きた人間です。矢兵衛さん、あなたも因縁を断ち切り、次の生へと進む時が来ているのです」

「何をいう。お前たちも今観ただろう!やつらは恥知らずで、未来永劫、代々、同じ行いを繰り返すのだ。奴らの血が絶えぬ限り、わが怨みも消えることがない!」

「末代の悪行は、起因と関係がない」


 カナコの口調が厳しくなった。


「奴等の血に連なる者どもだ!因果の繋がりがない訳がない!」

「悪をなさぬ者もいる」

「奴等の血が流れている!業を背負っているのだ」


 頑なで反抗的な悪霊の態度を見て、ハヤセは肩をすくめた。


「ダメだねぇ」


 カナコも眉を顰めた。


「うん。ダメだ」


 カナコは、通常の案内方法を諦めたようだ。


「呪いは無差別じゃないから、まだ冥府の裁きを受ける資格くらいはあんだろ?」


 ハヤセはカナコに顔を寄せて訊いた。


「たぶんね。管轄が違うから、なんとも言えないけど」

「強制連行する?」

「できるなら、する。船に乗せちまえば仕事は終わりだし」

「うん。浄化や折伏となると、移管手続きしなくちゃいけないよねぇ。メンドクサイね」

「その通りだ。協力だけなら報告ひとつで事足りる。やっぱり強制連行しよう。拘束頼む」

「合点!」


 ハヤセが帯を叩くと、蝋燭の柄が実体化した。黒い焔をゆらめかせ、和蝋燭が並んで輪を作る。幽霊の首と身体それぞれが輪に囚われてカナコの背後に移動させられた。


「どう?黒焔拘束陣は強制移動にも対応してて便利でしょ?」

「ほう、こりゃいいね」

「生意気な!やめろ!」


 首はがなる。身体は暴れる。幽霊を包む赤黒い靄が膨れ上がる。ハヤセは陰陽針を取り出し、枯葉に刺して陣を組む。白と黒との糸を白銀の光が走り、奇妙な図形が完成する。


「静寂之陣はどうかな?」

「ぐぐぐぐぐっ」


 幽霊は言葉を封じられて呻いた。


「強情な幽霊だから、船着場まで付き合うよ」

「そうかい?悪いねぇ」

「いいって。終わったら良い酒でも奢ってくれよ」

「お安い御用だ」


 陣を作る針に繋がる黒と白との糸を束ねて、ハヤセは軽やかな足取りでカナコと並んだ。幽霊はふたりの背後で、恨みがましい眼を血走らせていた。蝋燭と陰陽針の陣法は強力な拘束力を発揮した。夜明けの空から、血と罪を雪ぐ白い欠片が落ちて来た。望んで得られなかった雪辱に、矢兵衛の魂は益々怒りを募らせた。そんな悪霊の妄念をよそに、ハヤセとカナコは、世間話をしながら三途の川の渡場まで、のんびりと歩いて行った。

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