道程
何もかもが重苦しい朝であった。
朝の静けさに響くタイヤの音は耳に喧しい。
今日に限ってくもり、朝の暗い雲が日を遮っている。
賑わいの前の寂しさだろうか、合羽橋道具街の店はどれも締め切っていた。一本の大通りの両サイドに並ぶ大きな商店街であるが今ここを通るものなど数名の通勤通学者のみで、通りを飛ばす車だけが妙に威勢がいい。取り分け覇気のない歩を踏む俺には耳障りな摩擦音が腰をなでてくるようで不快だった。
ここは古くから料理屋御用たちとされその業界の道具が売られている。基本は業者向けの店ばかりではあるのだが観光用に一般人にも食品サンプルや金物が買えるようになっている。上野と浅草の間にあるわけで昼間なんかは見物客で賑い、土地柄、物見に来た外人の姿もよく目立つ。合羽橋と河童をかけて金の像を作ったりと商店街側も乗り気であった。河童の人形どもが至るところの店先から監視してくるのも特徴かもしれなかった。
俺はこの合羽橋に用事があったわけではないが、ただ行くところはなかった。昨夜、上野でしこたま飲んだ後、どこか野外をうろついたようで、そんな酔っ払いは道端に泥酔する定めにある。朝方知らぬおっさんに叩き起こされた俺は入谷の交差点から今日一日を始めた。その今日一日が失業しての第一日であるため、俺は同じく通りを歩く通勤者共と肩を並べることはなかった。
昼間の道具街なら面白いものが見れる。不審な無職でも一観光客として扱ってくれる。しかし今、よれたスーツを着た者は部外者である。寂しい道具街は、不安の中に安心を見出すよう俺に囁くのだ。河童共は閉まった店先で俺を錆びついた瞳で見つめるのだ。「qua」、俺は然りと応えるが、通学者に不審な目つきで追い越されていくと現実に引き戻させられるのであった。
俺は流されて彼らについていくが、彼らの向うような場所が俺にはない。俺が入るべき建物は道の先にあるのだろうか?
俺は中身の空っぽな建物のような観念を期待いっぱいに考えながら通りを歩いた。悩ましくもあった道具街も終わり大通りが通常の素っ気なさを見せると、俺は安心をみいだしたように隅田川を目指し始めた。