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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
27/27

(26) 息の根の止め方

・・・

 

 「ナルキに続きヴィアナも倒れました。火の術者たちの偽装も…もう限界です!」


 長老の家に駆け込んできた独立第二小隊長のウォラが、悲愴な面持ちで報告してきた。

 ウォラはクアの妹だが、常に陽気さを失わないクアとは違い、非常に真面目だ。

 ウォラの隊は十分過ぎるほどの働きをしてくれたのだから、それを誇ってもよいのだが、真面目な彼女は申し訳なさそうに頭を垂れる。


 「残るは第一従者隊のウィラにキュルラ…それと『狼』たちが数人…か。村人たちの火の使い手は?」

 「とっくの昔にへたばっていますよ。厳しい訓練を積まれた姫様のご家臣たちのようにはいきません。皆、あちらの棟で休ませていただいております」


 私の問いに村長がやはり申し訳なさそうに答える。

 確かに我が従者(ヴァレッツ)たちでさえ、能力(パーランス)を維持できぬほどに精神力を消耗してしまったのだ。村人たちに、同じ働きを求めるのは酷と言えよう。

 既に、天蓋の色を見れば「濃紅の刻」から「紫の刻」に差し掛かっている。3度目の攻撃を受けた「白の刻」からすれば、もう7度ほど天蓋は色を変え、辺りは薄暗くなってきていた。光の刻(ひる)が終わり、闇の刻(よる)へと入ったのだ。

 

 残念ながら、3度目の攻撃は行われてしまった。予告どおりに。西地区へと。


・・・

 

 「昨周刻(きのう)に続いて長時間、最大火力で術を使い続けているのだ。どれだけ必死であろうと気力が尽きるのも無理はない。ナルキもヴィアナも、よく頑張った。労ってやりたいが」

 「それを聞く余力もなさそうですな」


 ラサの言うとおりだ。仲間に背負われて寝所へと運ばれる彼女たちは、ぐったりとして言葉もない。私は、彼女たちが見ていないことを承知の上で、二人の背中に向かって白暮の石塔国(ファイストゥーン)式の敬礼を送った。


 「さて。随分と火も小さくなってしまいましたな。幸い、上空の飛空艦船には、特にこれといった反応は見られませんが…」

 「いや。これで良いのだ。明るいうちは炎の偽装で覆い隠さなければ無傷の西地区の姿を不審に思われてしまう可能性があったが、このぐらい暗くなってしまえばもうその必要はない。昨周刻(きのう)と同じように、徐々に火の勢いが弱まる方がむしろ自然に見えることだろう。頃合いを見計らって、ウィラとキュルラにも術を解いて休みを取らせてやってくれ」


 そうラサに指示を出し、私は銀雪の氷原国(フルィスケルツリン)の先遣隊の方へと向き直る。西地区へと走り去っていくラサの足音を背中に聞きながら、私は現在の状況と今後の方針を確認するため、先遣隊筆頭従者殿へと声を掛ける。


 「ここまでは、貴殿たちが来る以前からの私たちの予定したとおりの展開だ。だが、次はもうこの手は使えぬ。貴殿たちの本隊の到着は…まだなのだろうか?」


・・・

 

 「申し訳ありませんが…まだ時間がかかるようです。…それから、期待を裏切るようで申し上げにくいのですが…本隊は此処へは参りません」

 「…ここへは…来ない?」

 「はい」

 「どういうことだ!?話が違うではないか!?…氷原王は、我々を…この村の民を見殺しにするおつもりか!?」


 私の後に控えていたウォラが、先遣隊筆頭従者殿の言葉に激高して大声を上げる。

 こうやって直ぐに感情を露わにするところが、ウォラの悪い癖だ。

 東地区の外れにある長老の屋敷には、我々の他に、デルタ村の人々も出入りしている。ウォラの大声は当然に彼らの耳にするところとなり、彼らは不安な表情をこちらに向けてくる。私は、慌ててウォラを窘める。


 「ウォラ。控えなさい。村人たちが聞いている」

 「…ぁ」

 「姫様の従者殿の言葉とはいえ…聞き捨てなりませんな。根拠のない思い違いで我が王を侮辱されては、我々も黙ってはいられませんが…」

 「申し訳無い。この者に代わって私が謝罪する。さぁ。ウォラも今の言葉を撤回してお詫びするのだ」

 「そうですよ。ウォラ。姫様との会話に割って入ったことも含めて、今のは優しい姉さんも黙って見過ごすことはできません。ほら。早く。頭を下げて。」

 「…し、しかし、姉様…」

 「『しかし』じゃありません!素直に頭を下げなさいですわ…です!うぉら!」


・・・

 

 一気に険悪となった雰囲気に、姉であるクアが妹のウォラの頭を掴んで強引に下げさせようとする。険しい表情をする先遣隊筆頭従者への配慮からか、いつもの「わんにゃん言葉」を封印した厳しい口調になるクア。

 果たして、最後の「うぉら!」は、妹の名を呼んだものか、はたまた強引に力を込めた際のかけ声だろうか?

 しかし、こちらも普段は姉に対して驚くほど従順な妹であるウォラだが、このように私の言葉さえも遮って割り込んでくるほどに興奮状態にある時は、逆の意味で驚くほどに頑固だった。

 ラサや先遣隊筆頭従者殿の見ている前だというのに、ウォラの頭を下げさせようと後頭部を押すクアとそうされまいと必死に抗(あらが)うウォラの二人を、私は主君として戒めなければならないのだが…どう割って入って良いのか困惑してしまう。


 「言うことを聴かない子は、こうですわん!」


 暫くの膠着状態に業を煮やしたのか、クアが声を荒げて空いているもう片方の手をウォラの顔の前にかざした。やはり「わんにゃん」言葉を完全には封印できなかったようだが、より険しく口調を強めた。…途端。


 「ぅ…?………!…がばごぼぶぶぐぶぅぅ………!!!」


 ウォラの頭をすっぽりと包むように、水の幕が発生した。見る見るうちに球状の水玉へと成長したそれは、まるで頭を透明な丸い兜で覆ったような見事な形をしている。

 いや。見事などと評している場合ではないな。アレはどう見ても…溺れている?


・・・

 

 ジタバタと苦しそうに足を踏みならし、両手でその水玉の兜を必死に脱ごうとするウォラだが、何と言ってもその兜は水そのもの、掴もうにも掴めない。ズブズブと水玉の内側へと飲み込まれた手が掴むのは、ウォラ自身の顔ばかりだ。

 手に握った僅かな空気を口元へと忙しく運ぶものの、そんな程度で満足な呼吸ができるものではない。あのままでは本当に窒息してしまう。少しやり過ぎではないのか…と私が不安に思うのと同時に、ラサの声が飛ぶ。


 「クア。そのぐらいにしておけ。妹を本当に殺す気か?」

 「このぐらいしないと、この子は自分の過ちがどれ程のものか理解できないのですわん。」

 「クア!!」

 「………分かりましたにゃん…」


 ラサに強い口調で諫められたクアは、渋々という表情で水玉の表面を軽く人差し指でつついた。

 すると、次の瞬間、水玉が弾けるように小さな水の粒へと分かれ、そしてそのまま水蒸気のように白く霞んで消えていく。

 ウォラは咳込みながら、涙目になって姉であるクアを見上げている。


 「ウォラ。今ので姉さんがどれだけ怒っているか思い知ったでしょ?さぁ、今ならまだ間に合います。先遣隊筆頭従者様にお詫びするのですわん!」

 「…うぅ。…けっほ、けほ。ごほ…ぅうぅ」

 「うぉらっ!!まだ、抵抗するんですか!?ならば、今度は…」


・・・

 

 「あぁぁ…待て、待て。待たれよ。待たれよ。我々はそれ程までには気を悪くしてはおらんのだ。それに元はと言えば、我々が細かい理由も話さずに本体が此処へは来ないなどという誤解を招くような言い方をしたのが発端だ。もう、そのぐらいで妹殿を赦してやってはもらえぬか。ほれ、このとおり。我々に免じて」


 クアがこれほどまでに厳しい姉だというのにも驚いたが…

 なんと、あまりのクアの剣幕に、謝られるべき側の先遣隊筆頭従者殿の方が何故かクアに頭を下げている。

 よく分からない展開に困惑した私は、思わずラサの方に視線を向けた。

 私と同様に困惑している…かと思われたラサだが、その表情は困惑とは微妙に違う色を帯びているようで、何か考え込むようにクアとウォラの様子を見つめている。

 どうかしたのだろうか?


 「…ラサ?」

 「わはははははは。こいつぁ、面白ぇや。おっさん。しかし、アンタの部下にゃぁ、すげぇ水の使い手がいたんだな。あの中立大平原《スゥイトゥランフィルド》での戦いの時にゃぁ姿を見なかったが…。おっさんとあの姉ちゃんの二人が相手だったら、俺らも危なかったかもしれねぇなぁ…」


 ラサに声をかけようとしたが、狼のリーダー格…確かマールと言ったか…が私とラサの間に割って入ってきた。

 既に敵対していたという後ろ暗さは一切無い明るい調子で、マールはラサの背中をバンバンと叩く。


・・・

 

 叩かれたラサは、親しげに横に並んだマールに視線を向け…そして、そのまま再び考え込むような表情をする。黙ったまま、まっすぐにマールを見つめるラサ。

 見つめられたマールは、何とも居心地の悪そうな顔でひきつった笑みを浮かべる。


 「ぉ…おぃ。寄せよ。おっさん。俺にゃぁ、そんな趣味はねぇからな。頼むから、そんな熱い…いや、暑苦しい視線を向けねぇでくれ!」

 「………そうか…。分かった」

 「…ぅ。いや。その。そんな真面目に『分かった』とか答えられると…なんだか逆に、おっさんが本気でそっちの趣味みたいになっちまうだろ?…俺ぁ、じょ、冗談のつもりで言ったんだが…」

 「そういうことだったのか…分かったぞ!!」

 「いや。だから、そんな大声で…。おぃ。姫様。アンタの筆頭従者(ヘッダテンド)はどうしちまったんだ?いったい。ほ、本当に、そっち方面に目覚めちまったってコトぁねぇよな?」


 どうしてしまったのか?…と問われても、私にも訳がわからない。

 「そっちの趣味」だとか「そっち方面」という意味も良く分からないが、こんな風に一人で興奮するラサの姿を見たのは、私だって初めてなのだから。

 拳を握り締め、大声で「分かったぞ!」という言葉を繰り返すラサ。全身で喜びを表現しているように見えるが…いったい何が分かったというのだろうか。


 「…ラサ?」

 「姫様。分かりました。謎は解けました。私はもう負けません!」


・・・

 

 私の問いかけは耳に届いたようだが、ラサの興奮はまだ収まらないようだ。

 ラサは私の方へと向き直り、興奮気味の嬉しそうな顔で語り出す。

 今は先遣隊筆頭従者へ詫びなければならない場面であるというのに、ラサはそれを全く失念してしまっているようだ。それほどに、その「解けた謎」というものはラサにとって重要なことなのだろう。

 私は困って先遣隊筆頭従者に視線を向ける。


 「はははは。姫様。我々への詫びならもう結構。それよりも、天下に名高いラサ・クロノ・ロスト殿が、このように興奮されるとは、その『解けた謎』とやら…また、『もう負けぬ』とも言われましたな。この状況にあって、その言葉。これは余程の重要事に違いありません。我々も、ぜひ、その『解けた謎』をお教え願いたい」


 私は頷いて謝意を表し、それからラサに命じた。


 「ラサ。お前がそれほどまでに言う『解けた謎』とは、何か?勿体ぶらずに、早く皆に説明するが良い。皆、困惑しているぞ」

 「…ぁ。も、申し訳ありません」

 「いちいち跪かずとも良い。それよりも早く、話して聴かせてくれと言っている」

 「分かりました。分かったんです。我々が全く刃の立たなかった彼ら…特殊傭兵部隊『狼』たちに、あの青き炎のマルルィア殿がどうして互角に戦えたのか…が」


 ラサは、マールの方へと顔を向けた。そして、マールを再びジッと見つめる。

 見つめられたマールは、嫌そうな表情を浮かべたものの黙っている。


・・・

 

 「それで?」


 二人の睨み合いを見ている場合ではないので、私はラサに話しの先を促す。

 すると、ラサはマールの方へ近づいていきながら、マールに向かって話し始めた。


 「なぁ、お前。マールと言ったか?…お前たちのあの『無』の技は、本当に大した物だと思うよ。『最強のマルルィアと互角に戦った』というのも本当だろう。いや、お前たちなら、あのマルルィア殿に勝ったとしても不思議ではない。むしろ、勝てなかったことの方が疑問だった」

 「へっ。そんなに高く評価してもらえて嬉しいぜ。だが、それってぇのは、今、この状況でするような話かよ?」

 「…う?」

 「う…じゃねぇよ。このデルタ村の存亡の危機だってぇ時に、俺たち『狼』の攻略法なんかを考えてる場合か?おっさん。この村の頭上にデカい図体を晒してるのは、俺たち『狼』じゃぁなくて、あの真っ黒い飛行艦船だろうが!?…所詮、おっさんたちも、俺たちの村の危機なんざぁ、他人事ってことか?」

 「…いや。その。そんなつもりは…」

 「それによぅ。俺たちゃぁ…もう、姫様を襲う気もねぇし…おっさんと戦うことも無いと思うぜ?…今は、俺たち『狼』との戦い方なんてもんを気に掛けている状況じゃぁねぇだろ?」


 マールの訴えはもっともなことだ。ラサにとっては最大の関心事であるかもしれぬが、今はこのデルタ村とここに住まう民をどう護るかを考える時なのに。


・・・

 

 いや、それだけじゃない。この危機を乗り切ったとしても、ジウ殿が言われたとおり、あのダルガバスが新しい国の成立を主張する限り、そしてあの飛行艦船が彼の手にある限り…その後の基盤世界(サードレイヤース)の未来は平穏無事ではすまないだろう。

 私は、ラサの主として再び詫びるべく、前へと進み出る。が…


 「そうとは限りませんよ」


 いつの間にそこに居たのか?…ジウ殿がラサとマールの間に立ち、マールの方へ向いて異議を唱える。

 ラサにとっては援軍。マールにとっては相手の肩をもつ敵対的立場の者がいきなり割り込んできた…ということになるのだが、ジウ殿の落ち着いた口調のおかげかマールがいきり立つ様子もなく、二人ともにジウの方へと顔を向け次の言葉を待っている。

 ジウ殿は二人の間を横切るようにゆっくりと歩くと、私の隣…やや斜め後ろに立って、それからこの場にいる全員を見回した。そして、まるで解説でもするかのように話し出す。


 「ラサさんが…その自覚があって言ったのかどうかは分かりませんが…今、思いついたことというのは、おそらく、この局面において極めて重要な事だと私は考えます」

 「俺たち『狼』の…倒し方が…か?」

 「ええ。そうです」

 「どういう意味だ?…俺たちゃ、倒されなきゃならねぇような覚えはねぇがな。第一、このデルタ村は俺たちの村だ。仮に、お前等が俺たちを倒そうっていうんなら、村の敵として、逆に俺たちがお前等を排除させてもらうぜ?…ベラベラと俺たちの倒し方とやらを発表されるよりも前にな」


・・・

 

 マールの目は険しい形へと歪められたが、その言葉は思ったより落ち着いている。

 ジウ殿が本気で言っているのでないということは承知しているからであろう。


 「姫様。先見隊筆頭従者。そして村人たちに訊きますが、アナタたちが、今、敵にやられて最も困ることは何ですか?」


 本意を説明してくれるものと期待していたが、ジウ殿は私たちに何故か問いを投げてきた。私たちが今、敵…つまりダルガバスにやられて最も困ること?問いの内容を心の中で反芻してみる。


 それは、考えるまでもなく4度目の攻撃ではないのか?


 東地区を1度目の攻撃で実際に焼かれ、先ほど3度目の攻撃を受けた西地区は何とか炎の因子(ファラクル)の能力者(パーランシャル)たちによって被害を偽装してはいる。しかし、4度目の…つまりダルガバスの予告した最後の攻撃が中央地区に行われた時、西地区の偽装をしたまま4度目の攻撃を防ぐことは不可能であるし、かといって西地区の偽装を解けばダルガバスに攻撃の範囲を広げられてしまうに違いない。

 それ以外に、いったい何があるというのか?


 「西地区の偽装をしたままでも、中央地区への攻撃を防ぐことは出来ますよ」


 私の思考を読んだかのように、ジウ殿が私の耳元でささやく。

 私は驚いて振り返ろうとしたが、顔だけを向けたとたんに…


・・・

 

 「そのとおりです。姫様。中央地区を『無』の技で護る彼ら…『狼』たちの技が破られることです。さすがですね」


 まるで私が小声でジウ殿に伝えた答えに応えるような言いぶりで、彼は私の横を抜けて私の前へと出る。

 ラサやクア、マール、先見隊筆頭従者、そしてその他の村の者が、私に感心したような目を向けてくるのが痛い。ジウ殿はいったいどういうおつもりなのだろうか?…しかし、ジウ殿がそうするには必ず何か考えがあってのこと。そう思えば、私がここでよけいな口を挟まぬ方が良いのであろう。黙って、ジウ殿の言葉の続きを待つ。

 が、ジウ殿の言葉よりも先に、今の発言を聞いて動揺したラサが呻くように言う。


 「…ということは。私が、今、口にしようとしたことは…敵を利する事になるということか。もしも、ダルガバスが何らかの方法で我々の話を傍受していたとしたら…」

 「その心配は無用です。ここでの会話を傍受できているのであれば、律儀に当初の3周刻という約束を守ることはないでしょうから。こうして話している今にも、東地区と西地区の被害が偽装によるものであることが知られていることでしょう」

 「…なるほどな。俺たちの村が今、こうして無事なことが、会話を傍受されちゃぁいないってぇ証ってわけだな。偽装がバレてりゃぁ…タダで済むワケが無ぇ」


 ラサを安心させるように説明するジウ殿の言葉を受けて、マールもホッとしたような顔で体の緊張を解く。傍受…という言葉を聴いた瞬間、私を含めた誰もが体を硬直させていたのだ。飛行艦船などという未知の技術の固まりを保有するダルガバスになら、それが決して不可能ではないように思えたから。だが、その心配は無いと聴いて私も安堵した。


・・・

 

 情報漏洩の心配が無くなったことから、話の続きを聴こうと皆が再びラサに視線を戻したその時。


 「だが…ダルガバスの野郎に傍受されていなくとも、大勢の前でマール殿たちの技の秘密を軽々に語るのは…いかがなものかな?なぁ、ジストン」


 それまで黙って部屋の壁に背中を預けていたリックウェル殿が、腕を組んで目を閉じたまま発言した。彼の隣にしゃがむようにして同様に壁に背中を預けるジストン殿も、軽く頭を上下させて同意の旨を表す。


 「ええ。今は共通の敵を前にした非常時故に行動を共にしていますが、私とリックウェル隊…さんは、碧色の森泉国(イエメルアーダス)軍に属する従者(ヴァレッツ)です。この状況を無事に乗り切ることが叶えば、やがてまた敵対する身です」

 「そういうこった。…ってぇことで、もし、どうしても今、その話をしなきゃならんというのなら、俺とジストンがこの部屋を出てからにしたほうが良い。話が済んだら、また呼んでくれよ」


 二人は、その言葉の通りに壁から背中を話して立ち去ろうとする。

 しかし、マールは笑いながら二人を呼び止めた。


 「ははは。どこまでもお人好しなんだな、アンタ等二人は。こりゃぁ、先遣隊筆頭従者様も信じざるを得ねぇよな。いいから、ここに居なよ。そもそも今更、アンタたち二人に隠したところで意味無ぇしな」


・・・

 

 意味がない?…それは、いったいどういうことだろうか?

 特殊傭兵部隊とはいえ銀雪の氷原国(フルィスケルツリン)に属する『狼』に対し、森泉国に属するリックウェル殿とジストン殿の配慮は、私には「なるほど」と感心させられたものであるのだが。


 「…何てったって、俺たちゃ、あの『青き炎のマルルィア』と互角…って、もう自分で言ってても恥ずかしい前口上だけどよぅ、これ本当なんだわ。いや。別に俺たちが強くって、アンタたちなんか目じゃねぇ…って意味じゃなくてよ、既に、森泉国のマルルィアにゃぁ、そこのオッサンが気づいたっていう攻略法を知られちゃってるわけだ」

 「あぁ…」


 なるほど…言われてみれば。つまりは、リックウェル殿とジストン殿が話を聞こうと聞くまいと、既に森泉国にはその秘密を知る者がいるから、いまさら隠し立てしても意味はないということか。

 しかし、そこでラサが申し訳なさそうに声を上げる。


 「だが、私が今、思いついたソレと、マルルィア殿が実際に為して見せたコトが同じかどうか分からぬぞ?」

 「いや。オッサンの思いついたのは、間違い無くあのマルルィアがやったのと同じ方法だと思うぜ。俺たちゃぁ自分のコトだからな。オッサンが何を切っ掛けに閃いたのか、すぐにピンときたさ」


 そう言ってマールは、クアとウォラの二人に視線を送る。


・・・

 

 「さっき、『オッサンとあの姉ちゃん二人が相手だったら、俺らも危なかったかもしれねぇな』…って言ったのは、ありゃぁお世辞じゃなかったんだ」

 「いや。十分に世辞だろう?私へのな。私が思いついた手段が、本当に正解であるというのなら、お前たち『狼』にとって脅威となりうるのは私とクアの二人でなく、あのクア一人だろうからな」

 「え?…え?………ぇぇぇええええ!!!???…私ですにゃん?」


 マールの言葉に応えるラサの口調には謙遜や卑下の色はなく、事実としてクアの力量を評価した発言のようだ。その視線を受けて、クアはドギマギとしている。

 その時、やっと通常の呼吸を取り戻したウォラが顔を上げ、クアに抗議する。


 「…けっほ、けほ。ぜぃぜぃ。ね、姉様。酷いですよ。死ぬかと思いました」

 「アナタの修行が足りないからいけないんですわん。アナタも水の因子を持つのなら、私から水の支配権を奪ってみせれば溺れるコトなど無いのですにゃん!」

 「そ、そんなの無理ですよ。『白き水龍』の二つ名で恐れられる姉様から、水の支配権を奪うなんて出来るワケないじゃないですか!」


 ウォラは呼吸を取り戻すのに必死だったのか、それまで周りで行われていたやり取りなど知らぬかのようにクアとやり合う。話が先に進まぬから、さすがにそろそろ主としてきつく諫めるべきだろうか?

 …と、思ったとき、リックウェル殿やジストン殿が驚きの声を上げた。


 「な?…し、『白き水龍』だと!?」


・・・

 

 「ほう…この女性(にょしょう)が…」


 先遣隊筆頭従者までもが驚きの呟きを漏らしている。

 クアの二つ名など私は耳にしたことが無かったが、この基盤世界で我が祖国から最も遠く離れたこの氷原国にまでその名が響いているとは…いったい?

 私が怪訝な視線を向けたのに気づき、クアが困ったような顔で言い訳をする。


 「いや。あの、その。昔、ちょっと、諸国へ留学やら、武者修行やら…」

 「話が盛り上がっているところ、申し訳ありませんが、よろしいのですか?このように悠長に話し込んでいて」


 その言い訳が終わらぬうちに、落ち着いた声が割ってはいる。

 常よりも無表情の度合いを増したジウ殿が、その声の色からも表情を消して窘めたのだ。

 た…たしかに。今は、無駄に話している場合ではないというのに、何故、すぐにこうも話が脱線してしまうのだろうか?

 私の視線は、知らずとウォラの方へと向いてしまった。

 いや。ウォラとジウ殿を除くその場の全員が、ウォラに視線を向けている。


 「…す、すいません。暫く黙っています」

 「さて、話を元に戻しましょう。今のやり取りをお聴きする限り、少なくともラサさんとマールさんは『敵にやられて最も嫌なコト』が何なのか、頭に浮かんでおいでのようですね。どうですか?それを、あの上空の飛行艦船が実際にやってくるということはあり得るでしょうか?」


・・・

 

 ?…ジウ殿は「敵にやられて最も嫌なコト」が分かっているのではないのか?

 今の言い方は、まるでソレが何なのかを知らずに話しているように聞こえるが。

 ラサとマールは、ジウ殿の問いを受けて二人で話合うように考え始めた。


 「いや。その可能性は…低いな」

 「あぁ。そもそも、あのデカイ奴ぁ、今んところはこの3周刻に渡ってやってきた自分の攻撃が有効だって思ってるんだろ?…俺たちが無の技でソイツを悉く防いでるだなんて気づいてもいねぇんだろうから…」

 「うむ。それに、あんな高い位置からでは、誰がその無の技の使い手も分からぬだろうしな。かといって、この村にいる全員に対してソレをやれるほどの使い手が…クアやマルルィア殿を除いて、そうそう居るとは思えん」

 「あぁ…。そうだな。まぁ、あのデカイ飛空艦船とやらにその機能があるなら話はまた違ってくるけどよぅ。…ってか、そんな機能あると思うか?」

 「いや。ジウ殿が語ってくれたのが真実だとすれば、あの飛空艦船は元々この世界を我々の先祖の居住に適した環境へと造り変えるための道具だったということだ。遙か昔に、いつかお前たち『狼』と戦うことになると予言した者でも居ないかぎり…そんな機能をわざわざ設けたりはしないだろう?…いや。古の神には、そんな予知ができたのか?」


 ラサとマールは、いつの間にか旧知の仲のような親密さで互いの思考を補い合う。

 そして、問いかけたはずのジウ殿に、逆に問いたげな顔を向けて会話を止める。


 「いいえ。そのような予知ができたかどうかは別として、後世の基盤世界の民との戦いを想定した機能などを設けることはないでしょう。それは断言できます」


・・・

 

 ジウ殿の力強い答えに、マールが安堵し、ラサも我が事のように胸を撫で下ろした。


 「はははは。予言者のようなジウ殿も、今回ばかりは深読みし過ぎだったようですな。さてさて、それでは、我々から先ほどのウォラ殿の誤解を解かせていただきたいのだが、よろしいかな?」


 その様子を黙って見守っていた氷原国の先遣隊筆頭従者殿が、愉快そうな笑みを浮かべて、話を更に元へと戻そう声を上げた。

 何か言い返すかとも思ったが、ジウ殿はラサとマールの二人に意味ありげな視線を送った後、静かに私の後へと下がった。いつものように、私の斜め後へと。

 そして、先遣隊筆頭従者殿が、ウォラの顔を覗き込むようにして静かに語りだす。


 「話が大きく逸れてしまったが、元はと言えば我々が何の補足もなく『氷原国軍の本隊が此処には来ない』などと発言したのがいけなかったのだ。申し訳ない」

 「い、いや。わ、私も、その、身分をわきまえず、姫様との会話に横から割って入ってしまい、も、申し訳ありませんでした。こ、困ります。お願いですから、あ、頭を上げて下さい」


 年長で、他国ではありながら軍人としての位も数段上の先遣隊筆頭従者殿に素直に詫びを入れられては、さすがのウォラも意地を張り続けることは無理だった。顔を真っ赤にしながら、先遣隊筆頭従者殿の頭を上げさせようとし、それが叶わぬと今度は自分が必死にそれよりも頭を下げようと姿勢を低くする。

 先遣隊筆頭従者殿の度量の大きさに、私もラサも感服するより他はない。


・・・

 

 わだかまりが解けたのを確認した先遣隊筆頭従者殿は、ウォラに優しげに向けていた表情を改めると、周りにいるデルタ村の人々にも聞こえるように声を張り上げた。


 「我が氷原国軍の本隊は確かに此処には来ない。が、しかし、それはこの村を危険に晒さぬための配慮なのだ。もしも、この予告された3周刻の間に本隊が此処に到着し、大々的に部隊を展開したらどうなるだろうか?」

 「…ぁあ…そ、そうか!」

 「いたずらに敵を刺激すれば、予告された刻限とは関係なしにあの強力無比な攻撃が降り注ぐことになるだろう。ひょっとすれば、その攻撃目標はこのデルタ村から外されることとなるかも知れないが、このデルタ村を含む小さな区域(ユニュィット)の中で、大規模な戦闘が繰り広げられたら…」


 先遣隊筆頭従者殿はそこで言葉を切ったが、そこにいる誰もがその先に続く言葉を聞かずとも理解した。

 今は『狼』たちの無の技が攻撃の影響を最小限に食い止めているからギリギリのところでこの区域の環境は守られている。しかし、一つ一つの区域が門(ゲィェート)と区切られているこの基盤世界では、小さな区域には小さな区域なりの浄化能力しか無い。

 このような小さな区域で、激しい戦塵が舞い上がればどうなるか。

 この村への直接的な被害を防いだところで、もう誰もこの区域の中で生きて行くことなど叶わないだろう。

 皆がその恐ろしい未来に戦慄し口を閉ざす中、私の背後から静かな声が響く。


 「…そうなる前に、おそらく委員会の介入があると思いますがね」


・・・

 

 「委員会…?」


 驚く皆を代表して、私がジウ殿に問う。


 「七王家とはまた別の…神々の末裔ですよ。普段は中央聖域(コアユニュィット)の維持と管理だけを行っていますが、それ以外の区域であっても、設定された一定の水準を環境汚染値又は破壊値が上回ると、委員会はその強制的な矯正の為に介入してくる」

 「きょ、強制的な…介入?」

 「ええ。その環境破壊者の排除と、強制的な環境のリセットです」


 リセット?…初めて耳にする言葉だが、その語感の軽さとは真逆に不吉な響きを持つように私には感じられた。

 ラサを始め、ジウ殿の話を黙って聞いている全員が顔を強ばらせている。


 「本来ならばアナタたち基盤世界の民との直接的な関わりを禁じられている私が、こうしてアナタたちと行動を共にしているは、可能ならば委員会の介入を避けたいと思うからに他なりません。…委員会は、この区域の環境を正常値に戻すためなら、アナタたち住民の安全など微塵も配慮しない強硬な方法を採るでしょう」


 本来なら…関わりを禁じられている?

 委員会の介入の恐ろしさを語るジウ殿の言葉だが、私はそれよりもその部分が気にかかった。それをジウ殿に禁じた者とは誰なのか?…いや。そもそも、ジウ殿とはいったい何者なのであろうか?…まるで、基盤世界の民ではないような物言いだが…。


・・・

 

 思い返せば、これまでにも度々、ジウ殿はまるで別世界から訪れたかのような物言いをしていたように思う。しかし、その別世界とは、私たちが異界送り(ナザーダスヴォック)で飛ばされていた…あの…あの異世界ともまた別のような…?

 う…む。おかしい。なんだ?…私たちは確かに異世界へと飛ばされたハズなのに、その時のことがどうにも虚ろにしか思い出せない。あちら側で何があったのかも。どうやってこちらに戻ることができたのかも…。


 「…と、とにかく、我々の本隊は、このデルタ村を見捨てたワケでは決してないのだ。むしろ、ここな民を如何に無事に守りながらあの飛空艦船めを鹵獲(ろかく)するかという命題に、氷原王様の知略の元、一丸(いちがん)となって取り組んでおるのだ」


 私が思考の裡に沈んで黙り込んでしまったため、取り繕うように先遣隊筆頭従者殿が弁明を絞り出す。ジウ殿の言葉には不明な点が多すぎて、どう取り扱ってよいのか誰もが言葉を出し倦ねていたようだ。だが、今の先遣隊筆頭従者殿の言葉にも、何かさらりとは聞き流せない言葉が含まれていたような…?


 「鹵獲…?」

 「…ろかく…と今、言ったのか?」


 ジストン殿とリックウェル殿が、さすがに険しい顔つきで先遣隊筆頭従者殿を睨む。

 鹵獲とは、つまり、氷原王があの飛行艦船をダルガバスの手から奪取しようとしていることを意味する。

 あのような恐ろしい兵器を、氷原王は我がモノとしていったいどうするつもりか?


・・・

 

 基盤世界の最大国とそれに次ぐ強国として、互いに覇権を争ってきた森泉国と氷原国。

 今は、予期せぬ第三勢力として出現した共通の敵を相手に共闘している彼らだが、この騒動の結末の後に、あの強大な武力を誇る兵器を手にするのが氷原王だとしたら…。

 それは、今回の危機とはまた別の意味で、この基盤世界の均衡を崩す脅威となる。

 森泉国の従者であるリックウェル殿とジストン殿が目を剥くのも当然だろう。

 基盤世界で最小国である石塔国の私やラサ、クアやウォラも、どんな表情をすれば良いのか分からずに互いに視線を投げ合う。


 「すんげぇ威勢の良い作戦だけどよぅ。あんな高いところから悠然と俺等を見下してるあんなデカイもんを…鹵獲することなんか…出来んのかぃ?」

 「さ…さぁ。そ、それは、ひょ、氷原王のお考えになること。きっと、我々には想像も及ばぬ作戦をお考えになられているに違いない。う、うっかりと口に漏らしてしまったが…軍事機密であるがゆえ、き、聞かなかったことにしてはくれぬか?」


 マールのもっともな問いに、しどろもどろになりながら先遣隊筆頭従者殿が答え、そして懇願する。確かに、他国の者に軽々と伝えて良い話ではない。が、もう遅い。耳にしてしまったものは無かったコトには出来ぬのだ。沈黙はジウ殿によって破られた。


 「とにかく、最後の攻撃も、やはりマールさんたちの無の技に頼るしかなさそうですね。その前に氷原国の本隊が有効な手を打ってくれれば良いのですが…。最悪の場合に備えて、術者の皆さんにはしっかりと休息をとっていただきましょう。あの最初と同じ光の奔流による攻撃がされれば…間違い無く委員会が介入してくるでしょうから、その後のことは心配しても仕方ありませんしね」


・・・

・・・

 

 結局、あの気まずい空気の中、誰も言葉を発することなく、次の攻撃に備えた協議の場は解散となった。

 それまでの一致団結といった雰囲気は、先遣隊筆頭従者殿の迂闊な一言で霧散してしまったのだ。

 だが、それで良かったのかもしれぬ。

 あのまま、真実を知らされぬことなく、実際に氷原王があの飛行艦船をその手にしてしまったなら、私たちはより深い衝撃をその胸に刻まなければならなかっただろう。


 天蓋の色は、黒から濃藍へと変わろうとしている。

 1周刻(にち)が終わりを告げ、新しい周刻へと暦が一つ進んだのだ。

 普通なら既に熟睡しているハズの時刻に、私は何故か一向に眠くならず、冴えるばかりの頭と目を持てあましていた。

 枕を並べているクアやウォラを起こさぬように、私はそっと寝床を抜け出す。


 天蓋からの深い藍色の光はほとんど闇といっても良いものだったが、今はそれすらも巨大な飛行艦船に遮られて、さらに闇の色を濃くしている。

 数刻前までは、村を焼かれたように偽装する炎の因子による技がそちらこちらを明々と照らし出していたが、今はその炎も消えて辺りは闇一色だった。おそらく、あの飛行艦船から見下ろしても、闇しか見えないだろう。

 微かな藍色の光だけを頼りに辺りを歩こうとした私だが、それも難しいと知り、結局すぐに引き返さざるを得なかった…のだが……ん…何だ?

 人の気配を感じて、私は軒下へと体を向ける。


・・・

 

 「…アレは、誰かの手に渡って良いモンじゃねぇぜ」

 「あぁ。同感だな。氷原国王は賢明な王だとは思うが…大きな力を手にすれば、誰でも道を間違えることはある」

 「だな。仮に、我らが氷原王様に、もし妙な野心が湧かなかったとしても…」

 「うむ。ここでの事情を知らぬ紫煙の湖上国《ヴァンディパーボゥ》や赤熱の溶岩国(ニューラゴングゥオ)、薄紅の桜花国(エトァナガルデン)、それに金蜜の砂礫国(デュエルィロゥヤル)の各王の心は、安らかざること間違いないだろうな」

 「なら、どうするよ?オッサン」

 「…ううむ。…そうだな。我が石塔国が如何に小国といえども、アレを手にすればやはり基盤世界の均衡は崩れる。だから、私が奪うという選択肢もあり得ない」

 「あったり前ぇだぜ。ちっくしょう。かといって、アレをぶっ壊す方法も思いつかねぇしなぁ…どうしたもんか?」

 「いや。仮にアレを破壊するだけの力が私たちにあったとしても、その破壊でこの区域の環境が汚染されては元も子もない」

 「くっそう。壊すのも駄目。奪うのも駄目。…だとしたら、どうすりゃ良いんだ?」


 この声は…。どうやらラサとマールの二人のようだ。

 誰かに聞かれないように、彼らも密かに寝所を抜け出してきたに違い無い。

 万が一にも先遣隊筆頭従者に聞かれないように、彼らは囁くような声で話合っている。

 しかし、マールの苛立つような声を最後に、二人は暫く沈黙してしまった。

 おそらく、答えの出ない問いに頭を悩ませているのだろう。

 二人が何を話しているのか、私にはすぐに分かった。

 あの飛行艦船の処遇についてだ。


・・・

 

 「あの飛行艦船は、誰にでも飛ばせるものでしょうか?」


 沈黙を破るその囁き声に、ラサとマールが驚いた声を出してこちらを向く。


 「「ひ、姫様?」」


 声を合わせて私を見つめる二人。…だが、今の声は私ではない。

 闇で互いの顔が判別できず、また囁き声であるので誰の声なのかは判別しがたいが、私はその口調から声の主が誰かすぐに分かった。声の主は私の背後にいる。


 「ち、違う。ジウ殿だ」

 「この闇の中、基盤世界の未来を考えて行動していただきありがとうございます。やはり、アナタたちはこの世界を照らす希望の光です。アナタたちと接触できて良かった」

 「…じ、ジウ殿?」


 ジウ殿が感慨深げに言うのを、私は不思議な気分で聞いていた。

 しかしラサは、ジウ殿の最初の言葉の意味を考えていたのか、はっ…と顔を上げて興奮気味に囁いた。ほぼ同時にマールも顔を上げて頷いた。


 「!…そ、そうか!!分かったぞ。あの巨大な飛行艦船を消滅させることは無理だが、アレを役立たずにすることなら出来る…ってワケか!!

 「なるほどだぜ。オッサン。何とかして、あのデカイ奴の中に入れれば…あとはアレを飛ばすための要となる人物を、沈黙させちまえば良い…ってことだ」


・・・

 

 どうやら、ジウ殿の助言に導かれて、ラサとマールは何かの方策を見出したようだ。

 興奮気味の口調は、さらに回転をます。ただし、その声が囁き声のままであるのが、ラサとマールの冷静さを証明している。


 「だが、どうやって?」

 「そうだな………やはり、進入するのは氷原王の作戦に乗っかるしかないだろう」

 「あぁ。そうだな。どんな手を使うのかは分からねぇけど、アレを鹵獲しよう…ってぐらいだから、きっと何らかの手段であの飛行艦船に呼びかけ、そして内部に乗り込もうって計画してるのは間違いないだろうな」

 「だとしたら、私たちも、その機会を逃さずに内部に進入するしかあるまい」

 「そりゃぁ良いが、その後は?」

 「当然、敵の操舵手を沈黙させる」

 「簡単に言うが、人を一人沈黙させるっていうのはそんなに容易じゃねぇぞ?」

 「うむ。それは重々承知している。だが、閃いたのだ」

 「閃いた?」

 「あぁ閃いたのさ。先ほどの協議の場で、私はお前たち『狼』の倒し方を思いついたと言っただろう?」

 「ぁ?…ぁあ…」

 「その方法は、お前たちにだけじゃなく、おそらくあの飛空艦船の乗員にも有効だと思うんだ」

 「な?…じゃ、じゃぁ、おっさんは、あのクアってぇ名前の嬢ちゃんを、あの飛行艦船の内部へ忍び込ませるつもりなのか!?」

 「しっ!…声が大きい」


・・・

 

 「いくら何でも、そりゃぁ危険すぎるぜ。俺は反対だな」

 「では、他に何ができると言うんだ?…指をくわえて状況を見守っていては、どの勢力が勝利を納めたとしてもあの飛行艦船がこの世界の未来を狂わすことになるぞ」


 ラサとマールはその他に妙案が浮かばぬようで、互いに睨み合ったまま黙り込んでしまう。そして、少しの沈黙の後、どちらからともなく私とジウの方へと顔を向ける。

 私たちを包む闇は深く、かすかな光しか届かないが、目が慣れてきたようで先ほどよりは二人の表情がよく分かる。苦渋の選択に顔をこわばらせるラサ。危険な作戦を他人に頼るしかないというふがいなさに悔しそうな顔をするマール。

 私に救いを求めるような顔を向ける二人に、しかし私は何も応えてやることができない。出来ることなら…クアでは無く、この私がその役目を果たしたい。皆に護られるばかりで何が姫か。…そういう苦い思いはある。

 だが、私が使う赤い炎では務めは果たせまい。話の流れからすればおそらく、マルルィア殿の青き炎ほどの威力であれば、クアと同じよう役に立てるのであろうが…。しかし、私と同じ程度の炎の使い手なら我が第一、第二のそれぞれの従者隊の中に何人もいる。それらの者の名がラサの口から上がらぬ時点で、私程度の持つ能力(パーランス)では駄目なのだということが分かる。

 マールたち「狼」の無の技による護りが人の技とは思えぬほどのものだったように、あの飛行艦船の護りも鉄壁なのであろう。それを操る「操舵手」がどのような能力者なのかは全く情報がないが、その護りも堅固だと考えるべきだろう。私もマールに賛成だ。


 「あの飛行艦船の内部がどうなっているのか全く不明な状況の中で、クア一人を送り込むというのは、私も賛成できないな。ラサ。危険すぎる」


・・・

 

 「し、しかし…姫様…」


 マールだけでなく私にまで反対されて、ラサは呻くように言葉を呑み込む。

 できることならラサも自分がその役目を務めたいと思っているのだろう。だが、残念ながらラサの能力でも、一瞬で相手の操舵手を無力化するなどという芸当はできない。

 だが、クアにならウォラにして見せたように、あの水の技をもって一瞬で相手の自由を奪うことができるのだ。呼吸をせずに生きられる者はいないし、水棲生物ならぬ身の人には水の中で呼吸をすることはできない。

 そして、最も肝心なことは我々、因子の能力者がその能力を使うためには、特殊な呼吸法をもってして精神を研ぎ澄まし、体内を巡る要素(ルリミナル)を感じ取り、確実に自らの意思の支配下に置かなければならないということ。

 ウォラがクアの技に何の為す術もなく戒められたのは、呼吸を阻害されて精神の集中が出来なくなったからだ。


 ラサがクアの潜入に拘るのは、相手にどんな因子の使い手が居たとしても、クアならばその技を使わせる前に沈黙させることができると考えるからだろう。

 ラサの闇の技や負の技も最強の部類に数えられるが、あの氷原でマールたち『狼』の無の技に全く刃が立たなかったように、敵には相性の悪い術者がいるかもしれない。

 私の赤い炎の技が役に立たないのも、同じ理由からだ。だが…それならば…


 「ラサ。お前は、マルルィア殿がマールたちと互角に戦えた理由が分かったと言っていたな。マルルィア殿が水の因子の使い手だという話は聞いたことがない?彼女の得意とする青き炎では、私の赤い炎と同じでクアのような真似はできぬのではないか?」


・・・

 

 急に、話題を変えられてラサは困惑したような顔をした。その目はマールの方に向けられている。答えてしまって良いものかどうか、マールに気兼ねしているのだろう。


 「…そいつぁ…俺の口から答えるぜ。姫様なら余人にベラベラと言いふらす心配も無ぇだろうしな。あのマルルィアの奴ぁ、俺たちの無の防壁の外側からスッポリと青き炎で覆いやがったのさ…」

 「?…青き炎で覆われた?…そんなことであの無の防壁が破られるとは思えぬが?」

 「あぁ。直接的にはな。あの青き炎がどれだけの熱量を持っていようと、俺たちの無の防壁は破られるこたぁ無ぇ。熱だってある程度は遮断できるからな」

 「ならば…どうして?」

 「呼吸ができなくなったんだよ。あの青い炎は完全に俺たちの周りの酸素を使い尽くしやがったのさ。恐ろしい技だったぜ…無の防壁の内側の酸素をあっと言う間に消費し尽くしたんだからな」

 「…なるほど……なんとも凄まじい」


 マルルィア殿の青き炎の力は、私の想像を大きく超えていた。私の赤い炎ではそのようなことは出来ない。同じ炎でも、青と赤ではそれほどまでの違いがあるのか…。


 「マルルィア殿がこの場に居てくれれば、あの飛行艦船をも青き炎で包んで酸素を使い尽くし、内部にいる全員の呼吸を阻害できたであろうに…」


 言っても仕方ないことを私は口にしてしまう。馬鹿だな…私は。それに、あんな巨大なもの、いくらマルルィア殿といえども一人で全て覆うことは無理だろう。


・・・

 

 「呼吸を阻害…か。いっそ、あの馬鹿でっかいのが生き物だったらな。鼻と口の辺りだけをクアって嬢ちゃんに塞いでもらやぁ…良いんだろうがなぁ…」


 マールも私と同様に言っても仕方のないことを呟く。

 やはり、あれは我々にどうにか出来るような相手ではないのだ。

 氷原王がどのような知略をもって対応しようとしているのか全く見当もつかぬが、もはや彼に任せるしかないのだろうか?

 諦めの空気が私たちを包み始めた…その時。


 「…あ」


 突然、マールが顔を私の後、ジウ殿の方に向けた。


 「あぁぁあぁあぁあぁ。そうか。そうだぜ。全部じゃなくっていいんだ。そうだよ。そうだよな。えっと、ジウの兄ちゃんよぅ。アンタ、昨周刻(きのう)の作戦会議の時、あのデカイ奴が要素(ルリミナル)で動いてる…って言ってたよなぁ?」

 「ええ。言いましたが?」

 「だったら、あのデカイ奴も、俺が技を使う時と同じ理屈で要素(ルリミナル)を巡らせてるってぇ考えても良いんだろ?」

 「そうですね。大規模開拓船(ギガカルティベータ)も、この基盤世界の理に従って動いている…それは間違いありません」

 「よしっ!…そうか。そうだよな。なら、アイツは止められる。クア嬢ちゃんの力は借りなくても、この俺の無の技を使って、あのデカイ奴の動きを止めてやるぜ」


・・・

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