(25) 暗殺組織
・・・
「さてさて。盤面が大きく動いたよ」
楕円形の大机の上に浮かんだ立体的な映像。
身を乗り出して、それを食い入るように見つめたまま僕は、状況が良く飲み込めていないだろう組織の連中に解説してやる。
「氷原王が考えていることは大体予想がつくけど…ファーマス不在の森泉国軍がその期待に応えられるかどうか。…さすがの僕でも、この後の展開は、ちょっと読み切れないなぁ。えっと…何て言ったっけ…彼?…あぁ…レオ…そう、レオノラントだ」
思わぬ伏兵というのは、まさに彼のことだね。
何て言ったって、リックウェル、ジストンに次いで3番目に…仕方なく選ばれた森泉国軍第一従者隊の隊長だからね。
最初に名前を聞いた時には「誰?…それ?」ってなったよ。
「さすがの僕にとっても監視対象外だったぐらいだから、氷原王も戸惑っただろうねぇ…手応えがなくって」
・・・・
僕の言葉の意味が分からないようで、組織の連中がそれぞれの視線を僕の方へと向けもの問いたげな表情をしている。
嫌だねぇ…日頃から自分でものを考えようとしない連中は。
いちいち解説をする覚悟がないと、感嘆の声も呟けやしない。面倒臭いなぁ。
同じ組織の連中と話すより、ファーマスや氷原王との会話の方がよっぽど楽しめるっていうのが…僕が組織の中でも浮いちゃう理由なんだろうなぁ。
まぁ、別にこの組織の連中とは仲間…っていう感じじゃないから浮いたってどうしたって別にかまわないけどね。こいつらとは単に職業が同じだけ。いわゆる同業者組合みたいなもんだからさ。
「分からないかい?…氷原王はもっと早い段階で森泉国が挑発に乗ってくるって読んでいたんだよ。いつもどおり相手がファーマスなら先を深読みしてくるはずだからね。ところが、その森泉国の反応が予想外に鈍かったものだから…そりゃぁ、戸惑っただろうさ。で、その結果として、氷原王は柄にもなくあからさまな挑発行動に出たのさ。仕方なくね」
「ご講釈ありがとよ。じゃが、それがどうした?…結局は、氷原王の手の平の上に森泉国は載った…それだけのことじゃろぅ?」
僕がせっかく解説してやってる途中なのに、年齢からくる経験値の多さだけをやたら誇示する老婆が、つまらなさそうに口を挟んできた。
経験豊富な割に、今回がいつもとは大きく展開が違っていることに全く気づいていないんだな。困ったもんだ。
他の連中も、老婆と同じ感想を抱いているらしく、皆、シラケた顔で僕を見る。
・・・
「分からないかな?…いつもならそれで良いけど、今回に限っては氷原王も内心の焦りを隠し切れてないと思うよ。何せ、この盤面は最初から氷原王が用意したものじゃない。あの飛行艦船が始めた国盗り合戦で、火力という意味での戦力もあの飛行艦船が飛び抜けている。そして、何より制限時間まで設けられてるしね」
ダルガバスが一方的に宣告した猶予は、3周刻。
天蓋の色が3度同じ色へと回帰するまで。
だけど、それはデルタ村を失うかどうか…という単純な期限では無いんだな。実は。
氷原王がその与えられた猶予内に有効な対処を行えなかった時。
それは、この問題が最早、基板世界の民の力では対処できない非常事態であると判断されることになる。
「御主は…管理委員会の介入がありうる…と、そう言いたいのであるか?」
「あれれ?…そんなの当たり前でしょ。アレだけの環境負荷だもの。奴らが出しゃばる恰好の口実になるよ」
「しかし、今のところは許容範囲内に収まっているように聞いているが?」
「うん…まぁ…そうみたいだね。でも、ギリギリ下回ってるだけさ。だからこそ、次の攻撃がダルガバスの予定どおり行われてしまうか否かが、今後の状況を大きく左右するんじゃないか」
僕の言葉に納得したのか、いつものように目を閉じて腕を組む武闘派の巨漢。
この組織の中では、まぁまぁ視野が広い方かな。でも、まだまだだけどね。
・・・
「まぁ、見ててご覧よ。とにかく僕の『目』からの情報によると、先刻、氷原王のところに森泉国の…レ…えっとそうレ、オノラントから王族間通信が入ったらしいから、じきに状況が動きだすよ。ワクワクするね。フフフフフ」
「アンタ、偉そうに一人ではしゃいでるけどさ…そのデルタ村には、アンタが何度も仕留め損ねた石塔国の姫君がいるんじゃなかったかい?」
僕の楽しみに水を差すように、今度は黒いリボンを髪だけでなく全身に巻き付けた妙齢の女首領が、棘を意識的に含ませた声で嘲るように僕を睥睨してきた。
「…別に、僕が仕留め損ねたワケじゃないよ」
「へぇ。アンタは、首領としての責任を誤魔化そうってのかい?…あのクロコ・ロップルの一族が、どれだけ無能だったとしも、それを采配したのはアンタだろ?…その失敗は、アタシたちからしたらアンタの失態以外の何ものでもないんだけどねぇ」
笑いを含んだ声で言いながら、女首領は他の首領たちに視線を送る。
その視線を受けた連中も、同意であることを下卑た笑いで示して互いに頷き合う。
さすがに最古参の老師だけは無表情を保ったままだけど…老師の場合は、余りにも長く生きすぎて笑い方を忘れているだけかもしれない。
僕は侮辱されるのは大嫌いだけれど、それは同格だと認めた相手からの場合で、頭の悪い無能な連中がいくら笑おうと…別に腹を立てたりはしない。別にね。
「責任?何の責任さ?…ニューラ姫が健在だからって何もマズイことは無いでしょ?」
「はん。開き直りかい?…仕事の失敗が知れ渡れば、組織の沽券に関わるだろ」
・・・
「そうじゃ、そうじゃ。儂等の商売は信用が第一。そんな何度も失敗するようでは、そのうち依頼者がおらんようになってしまうわい。どうしてくれるんじゃえぇ?御主」
「呑気に、飛行艦船がどうの、氷原王がどうのだの言っている場合じゃないんじゃないかしら。あなた、自分が仕留め損なったんじゃないって言うのなら、今度こそ、あなた自身が直々に出向いたらどうなの?…石塔国のお姫様は、そこにいるんでしょ?」
「おぅおぅ。それは良い。我々が、ここで見ていてやるから、貴様が口先だけでないという証明をしてみせてはどうかな?…んふぅ?…その度胸があればだが」
あれあれ?
何だか、皆、急に勢い付いちゃったよ?
何、何。そんなに僕に対して、鬱憤が溜まってたってコト?あは。あははは。
「馬鹿だなぁ…皆。あ。馬鹿って言っちゃった。ゴメン」
余りに可笑しくって、僕は思わず本音を口にしてしまった。
「貴様…」
「何が馬鹿よ。アンタの失敗、誤魔化そうったって駄目よ」
「そうじゃ、そうじゃ」
可哀想だから、僕は丁寧に解説してやることにする。
「あのさ。もしニューラ姫の暗殺に成功してたら、今頃、組織は壊滅していたよ」
・・・
いつも笑っている僕だけど、この時ばかりは表情を暗殺業のイメージそのままに暗く歪ませて静かに言い切る。
その雰囲気の豹変に、さっきまで勢い付いていた組織の面々も押し黙る。
唯一、表情を変えないのは、最初から無表情を保っていた老師だけ。
その老師が、普段、滅多に開くことのない口を開いて僕に問う。
「我らの組織が…壊滅とな。それは、如何な理由でかな?」
「老師なら…お察しかと」
「誰もがヌシのように頭が回る者ばかりではない。敢えて口にしなければ納得できぬ者も居ろう。ヌシ一人では話難かろうと思うて、ワシが聴き手となっておるのだ」
「それは、それは。老師のご高配、痛み入ります」
「ふん。思うても無いことを言うでない。ワシは長話は好まぬ。ヌシは、森泉国のファーマスとも通じておるのであろう?」
「…ご存知でしたか」
「ワシまでも侮っておったか。ヌシもまだ若いな」
老師の口からファーマスの名が出たことで、幾人かはこれから僕が何を答えようとしているのかを察したようで、かすかに空気がざわついた。
「…青き炎のマルルィア…が、黙ってはいないってこと?でも、アタシたちの組織が、その仕事の受け手だって知られてなければ…。まさか、アンタがぺらぺら喋ったんじゃないでしょうね?」
・・・
「おやおや。先程、この失態を知られれば組織の沽券に関わるなどと非難したくせに、うちの組織が姫の暗殺に関わってることをファーマスには知られてなければ…だなんて矛盾したことを言うんだね?…もちろん僕は言ったりしないよ。言っていたら、それこそ今頃、マルルィア嬢の炎に焼かれて消し炭になっちゃてるだろうからね」
「くっ…いちいち疳に障る奴だね」
「でも、皆、ファーマスを侮っちゃいけないよ。マルルィア嬢ばかりに脅威を覚えているみたいだけど、本当に曲者なのはファーマスの方さ。もちろん、詠唱者だっていうことだけじゃない…」
僕が冷たい視線を向けると、威勢の良かったリボンの女首領は不機嫌そうに口を閉じてそっぽを向く。
代わりに武闘派の巨漢が再び目を開いた。
「ファーマスに、我が組織による姫の暗殺行動が知られていないというのであれば、先程、御主が口にした組織の壊滅は何者によるものというのか?…それこそ、矛盾しているように思われるが?」
「矛盾なんかしてないさ。だから言ったでしょ『ニューラ姫の暗殺に成功していたら』ってさ。そうならなかったから、ファーマスは今のところ我々の組織なんかに興味を持つことがないだけ。もし、成功してたら…。ファーマスの情報量は、どういう手段によっているのかまでは知らないけど、氷原王や…僕にも匹敵するからね」
「なるほど。今は知らねども、ファーマスの逆鱗に触れるようなことがあれば状況は瞬時に変わる…と、こう御主は言うのだな。しかし…氷原王はともかく、森泉国にそれほどの諜報機関があるやには思えぬが」
・・・
「だから…僕は森泉国のことなんか一言も喋ってないよ。あの愚かなダルガバスが束の間でも天下を握れちゃうような国だからね、森泉国は。既得権的に昔っから国力だけは基盤世界中で最大だけど、国家の体制としてはそれほど大したものじゃない。…と、まあ、そう見えることが、これまたファーマスの思う壷かもしれないけど」
「御主…随分とファーマスを高く買っているのであるな」
武闘派の巨漢の口から漏れた感想に、僕は一瞬固まる。
そう言えば、さっきからまるでファーマスを誉めちぎってしまっている自分に気がついた。うへぇ…なんてことだ。
僕が、苦虫を噛み潰したような顔をして黙ったのを見て何を満足したのか、巨漢はまた腕を組み、目を閉じた。
だから、僕もファーマスについて敢えてそれ以上語るのを止める。
実際には、今、ファーマスはこの基盤世界にはいない。だから、ニューラ姫の危機にも直接的には何もできない状態に彼はいる。でも、どうせ遅からずファーマスは必ずこちらへ戻ってくるだろうから、ニューラ姫に手出しすべきでないという結論は変わらないんだ。それに…
「そもそもさ、ニューラ姫の暗殺依頼自体が、今となってはもう効力を失効していると思うんだよね」
「何?…今度は、屁理屈をこねて責任逃れをしようって言うの?」
責任、責任…って、うるさいなぁ。この女首領は。
そんなリボンぐるぐる巻きの妙な格好の女に、責任とか言われたくないよ。
・・・
っていうか、こんな簡単な理屈も分からないかな。
「屁理屈じゃないよ。だって、依頼主がもう存在しないし…」
「あら?…依頼主は、今、アンタの映してる映像の中で、好き放題して絶好調なダルガバス新王さまじゃなかったかしら?」
「違うよ。組織へ依頼してきたのは、あくまでも森泉国の宰相様だよ。ダルガバスは、もう宰相でもなければ、森泉国の国民ですらないでしょ?…それに、そもそも、依頼の内容も『異界に居る石塔国の姫の暗殺』だったから…基盤世界に居るニューラ姫は、もうその条件にも当てはまらないし。だから、どっちの意味でも依頼は無効さ」
「…都合の良い解釈ね…」
「あれ?…まだ、納得いかないかい?…良く考えてご覧よ。今のダルガバスに、報酬を払えると思うかい?」
「だって、ダルガバスは今や宰相どころか王様になったじゃない」
「うん。そうだね。でも、とっても貧乏な国の王様だけどね」
「貧乏?」
「分からないかなぁ…はぁ。国民の数なんかたかだか十数人だよ?それも、どちらかというと養わなきゃならない兵隊だし、物資の補給だって領地がないからままならない。そんな状況だから、無謀にも氷原国へいきなり戦争をしかけたりするんだよ」
納得したのか、女首領は自分の体中に巻き付けた黒リボンを両手で整えながら、僕のへ向けていた体の向きを元へと戻す。
すると今度は、ぼさぼさの銀髪で表情さえ伺えない老婆が、しわの目立つ口元だけを大きく動かしながら、僕に訊いてくる。
・・・
「じゃぁ、どうするんじゃ?…うちの組織は。今のところお前さんが静観しようと言うから、こうして事態の推移を見守っておるんじゃが、うちの組織の暗殺失敗を唯一知る相手として…ダルガバスの口を封じるかい?…それとも、失敗を帳消しにしてもらうためにダルガバスに手を貸し別の恩を売り…金持ちになってもらった上でお得意様になってもらうのかい?」
その問いに、僕はいつものようには即答しなかった。
代わりに組織の面々の表情を窺う。
武闘派の巨漢は、表情を動かすことなく目を閉じたまま。
黒リボンの女首領は、後頭部につけた一際大きな花飾り状のリボンの位置を気にするようにいじっている。
老師は、僕と同じように皆の顔色を一人一人確認しているようだ。
他の者も皆、自分では明確な意思表示をする気がないらしく互いの様子を窺っている。
…はぁ。仕方ないな。結局、また僕が意見を言わなきゃならないのか。
「口封じっていうけど…それ、タダ働きになっちゃうよね?」
「そうじゃな。だが、御主の配下のクロコ・ロップルどもが仕事をしくじったことから口封じが必要になったんじゃから、仕方なかろう。御主がタダ働きするのは当然のことじゃな。嫌なら、クロコ・ロップルにでもやらせたらどうじゃ?」
この銀髪モジャモジャ婆さん、クロコ・ロップルの一族が未だにこっちの世界へ戻ってないことを承知の上で、言いやがるから質が悪い。
普段は髪に隠れて見えない婆さんの目が、いやらしく歪んでいるのが垣間見えた。
・・・
「あのさ。同じ説明を何度もさせないでくれる?…クロコ・ロップル君には、失敗してもらわなかったら困ったコトになってたんだよ。こうして、呑気に嫌味の言い合いをしてられるのも、彼らが失敗してくれたからこそさ。分かるかな、つまり、僕は暗殺が失敗するように意図的に彼らを選んだに決まってるでしょ」
「…出来すぎた話じゃのぅ。今回は失敗したとはいえ、クロコ・ロップルの一族は決して無能というわけじゃない。人数的にも姫の従者たちと同程度であったと聞く。可能性としては十分に暗殺が成功する目はあったじゃろぅ。今更、失敗が織り込み済みだったなどというのは、後出しのじゃんけんの様にしか聞こえんのぅ」
「…あぁ…そうか。婆さん所の一派には、暗示使いがいなかったっけ?…それじゃ、理解できなくても仕方ないけど…。一応、教えてあげるよ。どれだけクロコ・ロップルが優秀で、かつ、本人たちが真剣に仕事をしたとしても、必ず彼らは失敗する運命にあったんだよね。気の毒だとは思うけどさ」
「むぅ…。御主、最初からクロコ・ロップルを捨て石にしたと言うんじゃな?」
「まぁ…結果的には、そうなるのかな?…でも、仕方ないんだよ。暗示っていうのは決して万能じゃないからね。ニューラ姫の従者たちより圧倒的に強い一族を送ってたら、暗示が効力を発揮するより前に姫の暗殺に成功しちゃうから、姫の従者たちとちょうど同じぐらいの強さの一族にギリギリのところで戦ってもらう必要があったのさ」
「…クロコ・ロップルの一族には、聞かせられぬ話じゃのぅ。気の毒に…」
だからさぁ…。もう、クロコ・ロップルがこっちの世界にいないことを承知してるくせに、この婆さんはそういう嫌味を何度も言うんだよな。
仕方ないだろ。暗殺組織が、理由もなく暗殺依頼を断るわけにいかないんだからさ。
まさか「ファーマスの逆鱗に触れるのが怖いので断ります!」…とか、言えないよね。
・・・
それこそ組織の威信に関わっちゃうものね。
端金程度の前金をもらったところで、全く嬉しくはないけれど、依頼を受けた以上は何もしない…ってわけにはいかない。
ニューラ姫たちがこっちへ帰還するのは想定の内だから、その時にニューラ姫たちの口から、異界では何事もなく快適な旅行を楽しみました!…とか言われると、さすがにマズイよね。だから、そこそこニューラ姫たちが脅威に感じる程度の実力者を送り込む必要がどうしてもあったんだよ。
ま。その条件に不運にもピッタリ当てはまったのがクロコ・ロップル一族だったってだけで…別に彼らの一族に恨みもなければ、悪意を抱いているわけでもない。
「クロコ・ロップルのことは、まぁ…言っても詮無いことじゃが…ということは、やはり名より実を採って、もう一つの選択肢『ダルガバスに手を貸す』っちゅう方を組織としてはやっていく…そういうことになるのかのぅ?」
どうしてもその2択にしたいのか、モジャモジャ銀髪の婆さんが、僕と老師に交互に視線を向けながら確認をしてくる。
まぁ…それも面白そうではあるけど…。
「ダルガバスの口封じが…ただ働きでなければ良いのだろう?…あの飛行艦船が手に入るとなれば、報酬としては十分過ぎるのではないかな?…そうなれば、我が組織が8番目の国家として歴史の表舞台へと躍り出るということ…決して不可能ではない」
そこで徐に口を開いたのは、商家の三男…といった風貌の真面目そうな男首領。
・・・
そう言えば、ダルガバスが最初に8番目の国家の誕生を宣言した時にも、この男首領は不機嫌そうに「8番目の国家は、我々の組織だと自認していた」などと呟いていた。
あの時は、即座にリボンの女首領が「別に何番目でもいいわよ。…っていうか、私たちは国家なんて立派なものじゃないでしょ?」…と切って捨てたので、そのまま白けた顔で黙り込んでいたけど…。まさか、本気で言っていたなんてね。
「はぁ?…何言ってんの、アンタ。アタシたちの組織が、国家なんかになって、いったいどうしようって言うのよ?…馬っ鹿じゃないの?」
「…何が馬鹿なのかね?我々の組織には、それだけの力がある。歴史の古さと先祖から与えられた領土の広さだけで、偉そうに王座に胡座をかいている氷原王や森泉王たちよりも、我々の組織のどの首領一人を取っても力は上だ。奴らの下請けで暗殺仕事を請け負うのではなく、これからは我らが基盤世界に君臨するために…その力を振るうのだ」
リボンの女首領が今度もまた即座に非難の目を向けたが、商家の三男風首領は先ほどと違って黙り込むようなことは無かった。あれれ…この男、無口な奴だと思っていたら、腹の中にそんな抑圧された野心を抱え込んでいたなんて。ビックリしたよ。
リボンの女首領も、思いがけない反論に少し戸惑っているみたいだ。
「そもそも、我々が何故、暗殺家業などに身をやつしているのか?…諸君は考えたこともないのかね?」
まるで演説をする扇動政治家のようだね。けど…気に入らないなぁ。他の連中はともかく、僕までをも見下すような口ぶりじゃないか。何様のつもりだろうね。コイツ…。
・・・
「王とは、本来、この世界で最も力ある者がなるべきだ。そうだろう。力ある者が命じればこそ、弱者は従い、その結果として世界の秩序は保たれるのだから。しかし、現実はどうだ。中途半端な力を持つ王が、先祖から譲り受けた権威だけに頼って王座に腰掛けている。そんなこととだから、領土を巡る小競り合いは後を絶たず、挙げ句の果てには今回のように王を弑逆するような者が出る。今、諸君等が見ている映像は、いったい何だ。あのダルガバスという男は強者なのか?…あの男がこの世界に秩序をもたらすことなど出来るのか?…できるわけがない。ならば…我々が…」
「がはははははははは…」
突然、調子に乗って声を張り上げる商家の三男風首領の演説を遮る豪快な笑い声。
テーブルの端の方で居眠りをしていた肥満気味の禿頭首領が、腹をさすりながら大笑いをしている。あんなにでっぷりと太った巨体なのに、今の今までこの僕さえも意識を向けなかったほど、見事に気配を消していたなんて…。ちょっと、驚いたね。
「やや。やややや。これは面白い。久しぶりに笑ったぞ。それも心の底からだ。余りの面白さに、思わず気配を消すのを忘れてしまうほどに。やや。やややや。誇って良いぞ。若いの。うん。中々の笑いの才能がある」
「冗談で言っているのではないぞ。私は本気で…」
「よせやぃ。若いの。これ以上笑わされたら、せっかく太ったのに、痩せちまわぁな。このぐらいで勘弁してくれよ。やや。やややや。確かにな。確かに、俺たちゃあ強いな。その気になってかかりゃぁ、氷原王の首ぐらいはそれほど苦労せずに刈れるよ。あぁ、刈れるとも。だが、それがどうした。それで、国家を治められると?」
「だから、治められると言っているだろう。我々には、その力がある!」
・・・
「やや。やややや。はぁ。こいつぁ驚いた。おぃ。皆、聞いたか?この若いの本気で言ってやがるぞ。やややや。笑っている場合ではないな。だが。笑えるんだから仕方がないか。わははははははは。がはははははは」
「いくら仲間でも…それほどまでに愚弄するのであれば、私も黙っては…」
「仲間!?やや。やややや。仲間だと?今、この若いのは、俺のことを仲間と言ったか?やや。やややや。すると、俺とアイツも、そこの姉ぇちゃんも、あっちのクソ婆ぁも、そこの呆け爺ぃも…毎度、毎度、生意気にご講釈をたれてくれるこの坊ちゃんも?…皆、皆、仲間だって言うのかね?えぇ?若いの」
目を見開いてワザトらしい驚きの表情を浮かべ、楕円形の大机に座る全員を見回す。
僕らは、その滑稽な目と視線を合わせたりはしないけど、皆、同じように薄ら笑いを浮かべて禿頭の首領に同意を表す。
「………何故だ?…我々は…組織の…」
商家の三男坊風は、顔を青ざめさせて言葉を失う。
そりゃ、そうだろう。ここにいるのは全員が職業暗殺者。いくら自分の腕に自信があろうとも、万が一にでも敵対関係となろうものなら無事では済まない。
三男坊君は、今日の今日まで、僕たちを仲間だと認識していたようだから、この皆の反応にはさぞや心胆を寒からしめただろうねぇ。熟睡中に巨漢の張り手で叩き起こされたぐらいの衝撃を感じているに違いない。気の毒にね。
「やや。顔色が悪いぞ。若いの。いいよ。いいよ。仲間ってのも悪くない。…で?」
・・・
「…で…?」
「やや。やややや。話の続きを聴いてるんだよ。仮に、俺たちの組織がダルガバスを表舞台から引きずりおろし、国家とやらを名乗ったとしてだ。なぁ。それで、誰が王様をやるんだ?…ん?お前さんか?若いの」
「う。い、いや。わ、私は…そ、その…」
「やや。やややや。何だ?お前さんが、やるんじゃないのか?じゃぁ、誰がやる?」
問われた商家の三男風は、一瞬、僕と目を合わせたけど、すぐ気まずそうに視線を外し、その視線を今度は老師の方へと送る。
老師の顔は深い何本ものシワのために表情が読めず、怒っているようにも、笑っているようにも、呆れているようにも…単なる無表情のようにも見える。
視線が合っているのかどうかも判断し難いが、商家の三男風は金縛りにでもあったように動きを止めて顔を引きつらせている。
「…その者は、組織の首領合議の場へ参加するようになってまだ間も無い。余り虐めるのは止めておけ。…ヌシも、先ほどまでの口数は何処へ行った。黙って見せ物を楽しむように笑っておらずに、その若い者に、いつものように解説をしてやったらどうじゃ」
あともう少し沈黙が続いたら、商家の三男風が気を失うんじゃないか…というほどの圧力を嘘のように引っ込めて、老師が口を開く。僕の方に顔を向けて。
あらら。面白い見せ物だから、黙って見ていようって思ってたんだけどな。老師に指名されたんじゃ、さすがの僕も応えないわけにはいかない。
今は…まだ、老師の方が、僕よりも何倍も上手だからね。悔しいけど。
・・・
「あのさ。僕たち、組織…なんて名乗っているけど、結局は、暗殺者の集まりだよね。そんな職業の僕たちに、協調性なんてこれっぽっちも無いのは…さっきからのやり取りを聞いてれば分かるでしょ?…僕たちは、単なる同業者組合みたいなものさ。その方が、仕事の依頼も受けやすいし、互いにつぶし合うこともない。それだけでしょ?」
どうかな。緊張しちゃって、ちゃんと聞けてるかな?商家の三男風は。
比較的新顔だと言っても、仮にも一派の首領ではあるハズだから、僕の話を理解できないほどの愚か者だとは思わないけど。
ま。理解できなければ、それまでの奴ってこと。僕が、気にすることもないか。
「僕たちは…この仕事以外には能のない外れ者ばかりだよ。自分の一族を養い、飢えさせないために、何の恨みもない相手を容赦なく暗殺する。老師の方が、僕より詳しいだろうけど…昔はね、組織もなく、それぞれの一族が、バラバラに仕事を請け負い…、互いに互いの依頼主を狙い合った結果…当然のことながら結局どちらも報酬を得られなかったり、互いにつぶし合って滅んだりしていたらしいね」
「そうだ。ヌシの言うとおりだ。ワシのまだ若い頃の話だが…」
「組織を立ち上げたのは、老師なの?」
「いや。ワシでは無い。また…あまりにも昔のことにて、誰が発起人であったかも…もう覚えておらぬ。今はもう、ワシより老いた者も居らぬから…生きては居らぬということだと思うがの」
「じゃぁ、実質、老師がこの組織の最古参。実力も組織の中では最強。彼が言うように、力が全てだというなら…どうです、老師が王様になってみたら?」
「………ワシが、首を縦に振ると思うか?」
・・・
そのまま、老師はシワだらけの顔で僕を射殺すように見る。
沈黙。
他の連中も息を潜めて、僕たち二人を見ている。
でも、老師は別に殺気を放っているわけじゃない。僕にはそれが分かっているから、普通に老師の顔色を窺っていただけさ。
「あはは。思いませんけどね。でも、どうです?老師。国家を名乗るかどうかはともかくとして、ダルガバスを斃し、あの飛空艦船を組織の本拠とする…というのは、なかなかに魅力的な案かもしれませんよ?」
「ふん。微塵にも妙案だなどとは思っていないくせにの。それとも、本気か?だとしたら、ワシもヌシを見誤っていたということかの?」
「もちろん冗談ですよ。僕たち組織の個々の者の能力がいくら優れていても、国家の力に敵うだなんて思っちゃいないよ。所詮、利害関係だけで手を組んでいる僕らは、組織として良く訓練された軍隊の力には…いや、その数の力には負ける。今、まさにダルガバスが陥っているのと同じ過ちを犯してね」
老師は、その僕の言葉に頷いて口を閉じる。
しかし、青ざめた顔のまま固まっていた商家の三男風が、今の僕の言葉に反応して食ってかかってきた。
「な、何が過ちだというのだ?…あの飛行艦船には氷原王ですら手をこまねいているではないか?…あの高度、あの火力。軍隊のように馬鹿正直に真正面から攻めようとしても、あれはどうなるものでもないぞ」
・・・
あぁあ。やだやだ。自分で考えない奴と話すのは面倒臭いな。
別にそんなに難しいことじゃないのにね。
「食料は?物資の補給は?その補給のための資金は?…天蓋の近くを飛んでいるだけで、それが無尽蔵に手に入るなら…確かに無敵だろうね。でも、いつかは必ず地上へと降りることになる。そこを数の力で攻め寄せられたら…後はもう普通の戦闘と変わらない。そうなれば、数の力には勝てないよ。僕らの能力だって、疲労が溜まり集中力が落ちてしまえば半減してしまうんだから…」
僕は、いつもより早口で捲し立ててやった。
途中で下らない疑問とかを差し挟まれたら嫌だからね。面倒臭いし。
商家の三男風は、口をパクパクと開閉させて、喘ぐように聞いている。
少し可哀想だから、ちょっとだけお愛想を言ってやろうかな。
「ま。でも。僕、個人としては、このまま黙って見ているだけ…ってのは、面白くないなぁ…って思っているんだけどね。今はさ、間違い無く基盤世界始まって以来の歴史の変革期だよ。少しぐらいは、僕も関与して、より面白い方へ状況を導いてもいいかなぁ…なんて思わないこともない」
そこで、僕は、また楕円形の大机の上に浮かべた立体的な映像に視線を戻す。
国家なんてものは、民というお荷物を面倒臭がらずに養育して、国と国との力関係を絶妙に維持しながら、政治なんていう堅苦しいものを根気よく続けられる才能を持つ者たち…すなわち既存の7王家の連中にしか運営できないのさ。
・・・
ダルガバスは、森泉国王家の血は引いているらしいけど、その辺の知識と力関係を保つことの重要性に気づいていない時点で、王としての資質が欠けていると言わざるを得ない。
あの飛行艦船を手に入れた所までは、ダルガバスにも幸運の天秤が傾いていたのは間違いないけど、どうせあれを飛ばすんだったら森泉国の宰相として力を揮えているうちに飛ばせばよかったんだ。
そうすれば、補給だってなんだって思うままに出来ただろうし、火力を発揮するために必要な能力者だって、何人でも配置できたろうに。
そして、あの飛行艦船を、王塔の代わりとして為政の居に用いていれば、ファーマスとマルルィア嬢の奇襲にだって、何も慌てることはなかったハズだ。
それなのに、森泉国を追われるまであの飛行艦船を引っ張り出さなかった理由が、どうにも理解できないけど…。まぁ、何かの事情で飛ばせなかったのかな?
そんなことをぼんやりと考えていた僕の目に、大机の上の立体映像の中でまた状況が動いたのが目に映る。
「おや。森泉国側に動きがあったみたいだ。僕の目の一つが、今、氷原国方面へ向かって移動する部隊の映像を送ってきたよ」
僕は、複数の状況を映し出す映像の中から、他の連中にも良く見えるように森泉国の王塔周辺の状況の映像を拡大して見せてやる。
さきほど、氷原王とレオノラントが何やら交渉していたようだから、きっとその交渉を反映した動きだろうけど…
「んんん…あれ?」
・・・
僕は、思わず困惑混じりの声を上げてしまった。
映像の中では、数頭の風翼竜の背に、森泉国軍の戦闘衣を身につけた従者たちが跨っているが…戦闘衣を着ているのは風翼竜一頭につき一人だけ。普通なら4~5人は乗るのに。
そうしなければ、大兵力の軍隊を効率良く移動させるなんて不可能だ。
今、ファーマスから指揮権を与えられているレオノラントって奴は、そんな常識も知らないような素人なのか?…いや。そんなこと無いよな。だって、石塔国や湖上国方面での戦闘では、なかなかに見事な用兵を見せているもの。
それじゃぁ…何で?
「…あれは…従者隊じゃないのか?…妙に軽装の連中が風翼竜に乗ろうとしてるぞ。何だろう。特殊部隊かな?…そんなのがいるなんて…僕の情報にも無かったハズだけど」
しかも、風翼竜の数は思ったよりもずっと少ない。
お世辞にも大兵力だなどとは言えない。
「おいおい。しかも、先頭の風翼竜に跨ってるのは、レオノラント本人じゃないか」
大将自ら前線へ行くつもりか…。まぁ、王族じゃないから、万が一があってもそれほど森泉国としてはダメージが無い…ってことは事実だけど。でも、これは、もう、こんな所で高みの見物をしている場合じゃないな。よし。決めた。僕も行こう。
「老師。僕、ちょっと急用を思い出しちゃった。出かけてくるね」
・・・
久しぶりの更新です。
中々、第2章が終わりません。もう少し頑張ります。




