第25話 梓、壊れる
休み明けの月曜日。
いつもの時間。
いつもの通勤電車。
いつもの職場。
――のはずだった。
「おはようございます」
梓がオフィスに入った瞬間。
「…………」
「…………」
「…………」
なぜか、あちこちから視線が集まった。
「……?」
梓は首を傾げる。
そして自分の服装を確認する。
ツインテール。
髪には可愛らしいリボン。
チェック柄のフレアミニスカート。
そしてブレザー。
そう。
高校時代の制服だった。
もちろん、今は高校生ではない。
梓は二十二歳。
れっきとした社会人である。
ただ――。
「……おはよう、梓」
同僚の久美子が、ゆっくり近づいてきた。
「おはよう、久美子ちゃん」
「…………」
「どうしたの?」
「いや……」
久美子は梓を上から下まで眺める。
「梓、どうしたの、その格好」
「おかしいかな?」
「おかしいかどうか聞かれたら……」
久美子は言葉を選ぶ。
「ものすごく目立ってる」
「そう?」
「そうだよ!」
梓は少し考える。
「でも、可愛くない?」
「可愛いけど!」
「じゃあいいじゃん」
「そういう問題じゃない!」
久美子が頭を抱える。
「なんで会社に高校の制服で来るのよ!」
「だって……」
梓は頬を染める。
「義くんの好みに合わせたんだもん」
「…………」
久美子が固まった。
「……義くん?」
「うん」
「この前言ってた、昔の彼氏?」
「そう」
梓は嬉しそうに頷く。
「五年ぶりに再会して、また付き合うことになった人」
「それは聞いた」
「昨日ね、昔の制服を出してきたの」
「……まさか」
「うん」
梓は自分のスカートをつまむ。
「義くん、高校時代の私の髪型とか覚えててくれたから」
「…………」
「だったら、もう一回見せてあげたいなって」
久美子は額を押さえた。
「梓……」
「なに?」
「あなた、壊れてるよ」
「えっ?」
「完全に恋する乙女を通り越してる」
「そうかな?」
「そうだよ!」
周囲から、くすくすと笑い声が聞こえる。
梓は恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうだった。
「だって……」
スマートフォンを取り出す。
待ち受けには、昨日撮った義隆との写真。
「義くん、可愛いって言ってくれたんだもん」
「…………」
「何度も」
「…………」
「だから、もっと可愛いって思ってもらいたい」
久美子はしばらく梓を見つめる。
「……本当に好きなんだね」
「うん」
梓は迷いなく答えた。
「今度こそ、大事にしたいの」
その言葉には、高校時代とは違う落ち着いた想いがあった。
ただ浮かれているだけではない。
五年間離れていた時間を知っているからこそ。
今度は、この恋をちゃんと育てたい。
そんな気持ちがある。
――ただし。
「でも梓」
「ん?」
「今日は仕事だからね?」
「もちろん」
「その格好で普通に仕事するつもり?」
「うん」
「……メンタル強くなったね」
「義くんに可愛いって言ってもらえるなら平気」
「はいはい」
久美子は苦笑する。
そして自分の席へ戻りながら、ぽつり。
「……これはもう、誰にも止められないわ」
「久美子ちゃん、何か言った?」
「何でもない!」
梓は自分の席に座った。
パソコンを起動する。
仕事はきちんとする。
そこだけは変わらない。
けれど。
机の端に置いたスマートフォンをちらっと見る。
まだ義隆からメッセージは来ていない。
「……義くん、見たら何て言うかな」
その瞬間。
スマートフォンが震えた。
『おはよう、梓。今日も仕事頑張ろうな』
「…………!」
梓の顔が一瞬で花開く。
「……えへへ」
久美子が隣から呆れた顔で見る。
「ほら、また始まった」
梓はスマートフォンを胸元に抱えた。
「だって……好きなんだもん」
「はいはい」
職場の朝は、今日も平和だった。
ただし――。
制服姿の梓を除いて。




