閑話:瑞鶴はナノマシーンと対話する(1)
大西 瑞鶴は蒼社川の河原に来ていた。
今治市内はドローン飛行禁止区域である。瑞鶴はドローンの操縦を練習するために、8月も終わりかけの炎天下の中、汗をかきかき、自転車に乗って国道317号線を松山方面に向かい蒼社川の河原にまで来たのであった。
瑞鶴は河原で様々な大きさの木を見つけては、それを魔物に見立て、木の横を高速で通り過ぎたり、木の直前でホバリングさせたりしながら、ひたすらに反復攻撃の練習を行った。
ここで事故が起きた。
瑞鶴は2mくらいの木を魔物に見立てて高速アプローチを試みたのだが、直前に山から突風が吹いた。ドローンは本来の進路から逸れて、木の幹にぶつかってしまった。
バキン、という音がして、ドローンが河原に墜落した。瑞鶴が慌てて駆け寄り確認すると、ナイフの刃が真ん中で折れていた。
ナイフの刃は意外にモロイものらしかった。
折れた刃の先端は、幹に浅く突き刺さったままだった。ドローン自体には目立った損傷はなかった。
ドローン自体は市販品であり代替可能であるが、ナイフは極めて特殊なものという説明を受け、日本奨学金財団から支給されたものであった。
瑞鶴は仕方なく、折れた刃を回収して帰宅した。ナイフの刃をセロテープで貼り付けて、その日は早々に就寝した。財団にも報告しなかった。半分やけになっていたのだ。その日の夜はよく眠れなかった。
次の日の朝、やはり財団に報告しようと考え、瑞鶴が早めに起床してナイフを確認すると、摩訶不思議! ナイフは折れる前の元通りの姿に戻っていた。何度も間近でみたが、折れた部分が分からないほど綺麗に繋がっていた。
「ナイフはなんで直ったんだろう?」
とつい、声にだすと
<ナイフは自動修復されました>
という中性的な声が耳元で囁いた。
(また、あの声だ……)
と瑞鶴は思った。
瑞鶴が最初に謎の声を聞いたのは、今治に引っ越して間もない日の早朝であった。その日以来、謎の声は瑞鶴にささやき続けていた。
元通りのナイフを手にして、瑞鶴は自分の発狂を半ば疑いつつも
「自動修復って何?」
とおそるおそる声に出してきいてみたところ、即座に
<ナイフの標準機能。製品仕様書に記載されている形状に自動的に修復されます>
という回答が聞こえた。
毒を食らわば皿まで、という。瑞鶴は発狂ついでに、謎の声の主と会話を続けることにする。
「製品仕様書って何?」
<製品の寸法・形状、構造、性能、品質、材質、機能などを記述した文書>
「ナイフの製品仕様書をみせて」
<実行不可能です>
「どうして実行不可能?」
「網膜ディスプレイが実装されていません」
どうやら、瑞鶴には網膜ディスプレイというものが実装されていないようだ。ダメ元できいてみる。
「網膜ディスプレイを実装して」
<最低解像度の網膜ディスプレイを実装するには約105BIN不足しています>
「BINって何?」
<生体内ナノマシン>
訳の分からない単語が出てきたが、ここはスルーだ。
「BINを確保して」
<現在、約150のBINがリニアアクチュエーターの構築に使用されています>
<リニアアクチュエーターの構築をキャンセルしますか?(はい/いいえ)>
どうせ発狂しているんだし、と特に深く考えることなく即答する。
「はい」
<リニアアクチュエーターの構築をキャンセルしました>
「網膜ディスプレイを実装して」
<最低解像度の網膜ディスプレイの構築を開始しますか?(はい/いいえ)>
「はい」
<最低解像度の網膜ディスプレイの構築を開始しました>
<最低解像度の網膜ディスプレイの構築には約8日20時間30分かかります>
しばらく時間がかかりそうだった。時間は十分にある。瑞鶴は気になったことを聞いてみる。
「あなたは誰?」
<実行不可能です>
紋切り型の質問では希望する回答が得られなかった。質問の切り口を変えてみることにする。
「現在使用可能なBINの量はどれだけ?」
<約45BIN>
「約45BINという数量はどのように計測したの?」
<この生体に導入されたBINの総数から、使用済みのBINの数量を減算しました>
この生体とは自分のことだろう。自分の名前を呼ばせて見たい。分かりきった質問をしてみる。
「この生体とは何?」
<17歳の人類の雌の幼体>
突然動物扱いされたような気がして、瑞鶴はムッとする。
「もっと詳しく記述して」
<身長165cm程度、体重55kg程度の17歳の人類の雌の幼体>
「52kgだし!」
<52kgだし、と発声している身長165cm程度、体重55kg程度の17歳の人類の雌の幼体>
「もう! 馬鹿にするな!!」
<実行不可能です>
瑞鶴は猛烈に腹がたった。この声の主が何者かは分からないが、人を馬鹿にしていることは確実だった。
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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