VS スーツ吸血種(1)
本日の「アメリカ都市文化体験研修」の前半は魔物調査だったが、後半はロサンゼルスを代表する高層ビルの1つであるウィルシャー・グランド・センターの展望レストランでの軽食会である。
愛達7人の今日の出で立ちは少しフォーマルに、ブラウスにスラックス、花梨は女性らしい白ワンピである。なお、このアクティビティは魔物とは関係はなく、関係者から7人へのお礼の意味でセッティングされたものだ。
7人が案内されたテーブルは窓際にあった。地上300mの高さからのダウンタウンロサンゼルスの眺望は、まさに事前にキャリーから教えられたように「息をのむような都市の光景」であった。
「うわぁ…、きれいやわあ。花梨も見てみい!」
明奈がテーブルのすぐ横の大きなガラス窓に張り付いて、ロサンゼルスの街を眺めた。7人が楽しくお喋りしたり写真を撮ったりしているうちに、西の地平線が色付き始め、ビルディング群に明かりが灯り始めた。
「この時間はマジカルアワー。日没後の数十分間、空がオレンジ、ピンク、紫、青などへ幻想的にグラデーションし、最も美しく見える時間帯」
と、瑞鶴がさりげなくネット情報を受け売りすると、
「糸山から見える朝日も、負けんくらい綺麗なんよ。心が洗われるみたいな感じがするんよ」
と、今治愛の強い紗良が応じた。
「私、お婆ちゃんのお姉ちゃんが帰ってきたら、一緒に糸山展望台に行ってみたいんよね。他にも一緒に行きたい所、たくさんあるんよ」
愛は西の地平線を見ながら、やわらかく微笑んだ。
*****
うっとりとした良い気分のまま、高速エレベーターで1階にまで降りた愛達7人とキャリーであったが、1階のセキュリティが何やら騒がしい。キャリーが身分証を見せつつ、セキュリティに話しかけ、同時通訳の念話で状況を教えてくれた。
「25階のオフィスで男が暴れている……、銃は持っていない……、力が強く、取り押さえることができない……、テザー銃も効かない、セキュリティが戻ってこない、警察の到着を待っている……」
キャリーが愛達に目配せをした。愛達はさっきまでのうっとりした気分から、一瞬で戦闘モードに切り替わる。エレベーターに戻り、キャリーが借りたセキュリティのカードを使って25階まで上がる。
「ビジネスパーソンが魔物化したみたい。急ぎましょう」
「アメリカでも日本みたいにパワハラやカスハラが酷いんですか?」
「日本みたいなパワハラはないかも知れないけど、無茶な顧客要求や、成果主義のプレッシャーがきついのよ」
愛は背中のバックパックから爆裂ヨーヨーを取り出した。ドンドビ交差点でのダンス以来の実戦である。爆裂ヨーヨーを握る右手に自然に力がこもった。
チン、と軽い音がしてドアーが開く。25階は、全ての照明が落とされて、真っ暗となっていた。
暗視スキル持ちである愛、紗良、花梨、明奈の4人が、魔物を感知することができる志津香と飛鳥を守りながら廊下を進んでゆくと、事務所の受付に辿り着いた。
受付には、誰もいなかった。
キャリーによると有名な法律事務所のようだ。志津香と飛鳥は、25階のこの一角から複数の魔物の気配がするという。
愛を先頭に警戒しながら受付を通り抜けた先は、コーヒーメーカーのある休憩エリアだった。そのエリアに、頭を下にして、天井からぶら下がる影があった。
<吸血種を確認しました>
<吸血種は実体を持った魔物です>
久しぶりの女性アナウンスだ。相手は実体を持った元人間の魔物なのだから、調子に乗って爆裂させないように、というアキ先生からの注意だろう。
天井からぶら下がった吸血種はスーツ姿の綺麗な女性だった。金髪が長く垂れ下がり、赤くルージュを引いた口の両端からは白い牙が覗いていた。
女吸血種が口の両端を釣り上げて妖艶に笑う。
「Heeheehee」
女吸血種の目は夜の闇のように黒かった。愛の体は金縛りのような感覚に襲われた。
「う、動かない?」
女吸血種の能力、魔眼の効果だった。重力を無視した動きで女吸血種がフワリと降り立った。女吸血種が先頭に立つ愛に近づき、その首すじに牙をたてようとした瞬間、愛が女吸血鬼を抱きしめ、浄化のエネルギーを送り込んだ。女吸血鬼は信じられない、という表情を一瞬見せたが、すぐに意識を失って床に崩れ落ちた。
「ありがとう、志津香のお陰で助かったよ!」
「うふ。私の魔眼のほうが強かったね」
志津香は得意顔である。すでにユニオンステーションで何人かの女吸血種を鑑定し、その能力を把握していた志津香が、対抗手段として、あらかじめ愛に対して友好的な魔眼をかけていたのだ。
志津香が「これは必要なことなんだよ」と愛を説得して魔眼を用いた時、愛の目が急にうっとりとして、2人の唇が触れそうになったところに、慌てて飛鳥が間に割って入るという一幕もあったが、これは志津香に言わせると予測外の事故だったのだそうだ。
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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