第二十七話
進め、進め、進め
脇目も降らずにただただ進め
その先にあるものをお前は知っているのだから
―悠―
「そうそう、いい忘れたことがあったんだった。」
「一つ聞きたいことがある。」
アリスと月華の声が重なった。いまさらながら月華はアリスのする説明についていけているのかと感心してしまう。でも、アリスの見た目はこの間、宮内たちが言っていた『月華の彼女|《偽》』と一致する。月華の家に堂々といたことといい、こいつが月華の『昔』に関わっているのは間違いないだろう。
「なに?」
「ユウ、いや涼か?まぁ、どっちでもいいが、記憶を取り戻したあいつはこれからどうなる?」
「ちょうど、ボクもその話をしようと思っていたんだ。」
「いやいや、ちょっと待て。二人とも。」
このまま、話を進めていきそうな二人を俺は止める。
「今なんて言った?月華。」
「記憶を取り戻したあいつはこれからどうなる、か?」
「そうそう、誰が記憶を取り戻したって?」
「ユウに決まっているだろう。」
ナンデスト?
「いつ?」
「今日のことだな。」
「どうやって?」
「それはボクがちょちょっとやっちゃいました。」
何でも、今日の昼にいろいろあったらしい。いろいろの部分はあまりにも信じれなかったので割愛させていただく。なんにせよ、その過程で、ユウには記憶を取り戻してもらって人働きしてもらったとか。
「で、何があったって?」
「いや、信じれないなら聞き返さなくてもいいんじゃない?」
「だって信じられるか!!」
こいつ、世界的に有名な企業の日本支部に行って壊滅させてきたって言うんだぜ?信じられるか!!
「まぁ、その話は置いといて。」
「置いとくな!!」
手を右から左へ持っていくジェスチャーをするアリスに怒鳴る。
「スズのことなんだけど。」
その一言で俺の怒りが押さえられた。恐るべし、涼。
「記憶は取り戻しているけどやっぱりおにーさんのことは覚えてないよ。あと、もしもスズが望むならここに住んでもいいって許可をもらってきたよ。」
「誰から?」
「世界から。」
俺の質問には軽く答え、月華の方を向いてこれでいい?とたずねるアリス。最近思うが、俺の扱いがどんどん軽くなっている気がする。
「今回は異例ってことでこのままここに住むならこれからもスズはおにーさんに会うことができるよ。
でも、もとの、というかボクらの世界に帰ったらスズはおにーさんに会えなくなる。……逆だね、おにーさんがスズに会えなくなるんだ。」
◆◇◆◇◆◇◆
あの言葉を聞いたあと、俺はおとなしく寝た。俺には受け入れきれない現実から逃げ出すのと、認めたくなかったからで。
ユウもとい涼がもしも向こうに帰ると言ったら。そう思うと怖くて仕方なかった。確かに行方不明になった時から考えると、人生の約半分を向こうで過ごしているから帰りたいという気持ちもわからないでもない。でも、それは向こうにいくまでの八年間と、俺と再開してからのここしばらくを全否定されることのような気がして、それが怖くて認めたくなかった。
そして、次の日である今日。涼自身にどうするかを聞くことになっている。
ちなみに昨日、俺が帰ってきたときに涼が寝ていたのは記憶を取り戻したショックによるものだったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆
―ユウー
明るい光があたしに目覚めを促す。アリスにも何も言われていないけど、選ばないといけないのはなんとなくわかっている。ぼんやりとそう考えながら着替え、みんながいるであろうリビングに行く。心配をかけないように。
「おはようございます。」
「おはよう、スズ。気分はどう?」
「大丈夫。それよりも久々にアリスに会ってほっとしちゃった。」
「それはまた嬉しいことを言ってくれるね。」
アリス。あたしがお母さんと迷い込んだ穴の先で出会った彼女は今も昔も変わらずあたしに優しい。そして、その変わらない優しさに嬉しくなる。
「おはよう。ユウ、いやスズ、か?」
「どっちでもいいですよ。月華お兄ちゃん。」
「その呼び方はやめてほしいな。」
「だって昔はそう呼んでいたじゃないですか。」
「今はやめてくれ。」
「わかりました。」
月華。昔はよくあたしと遊んでくれた近所の人。ここに来たときに衣食住を世話してくれた人。アリスとは知り合いだったみたいでそれに一番驚いた。
そして、もう一人。
「おはよう。」
「おはようございます。神崎さん。」
この世界に来たときに一番始めに出会った人。この人がいなかったら、今ここにあたしはいることができなかったかもしれない。そういえば月華と友達みたいだけど、あたしには覚えがない。この近辺にいた神崎姓はあたしの家だけのはずだから、あたしがいなくなったあとにできた月華の友達かもしれない。
「さて、スズ。早速だけど決めてほしいことがある。このままこの世界に留まるか、それとも、向こうに帰るか。
前者を選べばこっちでの戸籍とかは全部用意してあげるから何の問題もないよ。後者を選べば以前と同じような生活に戻るよ。すぐにとは言わないよ。今日中に……。」
「決めているから今、言うよ。」
アリスが目だけでいいの?と訪ねてくるのに頷き返す。もう心は決まっている。でも、あたしのこの選択はどちらを選んでも悲しい思いをする人がいる。わかっているけど、選んでしまったからあたしは選択を伝えるために口を開く。
「あたしは……。」
「ついに、スズが決意しました。」
『ついにって言うほど悩んでいた描写がなかったけど。』
「それは言わない。」
『でも、こうやって連載し続けてこれてよかったわね。』
「そこは紅月が一番びっくりしてるんじゃない?まぁ、それは置いといて、次回が最後の山場なんじゃない?」
『紅月いわくそうらしいわね。』
「それではまた次回。」