第二十二話
声が響くのを止められないの
まるで何かをせかすような、その声なのに
私には何を言っているのか、まったく分からないのに
―悠―
次の日、俺は会社を休んだ。昨日、あんな現実離れなことを体験した後に平然と会社に行くということができるほど、俺の精神は丈夫にできてはいなかったのだ。というのはただの冗談で、実際はちゃんとした理由がある。
休むことを伝えると、上司は非常に心配そうな声で俺の体調を気遣ってくれた。確かに、ここ最近ユウのことでちょろちょろ休んでるからなぁ。仕方ないといえば、仕方ない。そんな上司の優しい言葉に対して謝罪を返しながら、俺は今日、会社を休む〝理由〟について考えていた。
今日は、昼からユウをつれて、警察へと行くのだ。
正直、すっかり忘れていたのだが、笹田から、一応、調べ終わって報告するから来い、と連絡が入ったのだと、月華が言っていたのだ。
ユウは珍しく、朝遅く起きてきて、少しばかり頭痛を訴えたが昼ごろにはすっかりおさまっていた。頭痛、と聞いて、よくある記憶が戻る兆候だと思ったのだがそれはなかったようだ。残念なような、安心したような、複雑な気持ちだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「すまんが、ここ最近の捜索願に該当するようなものはなかった。」
この間笹田と話していたロビーところとは別の個室。目の前には頭を下げる笹田。横にはゆっくりとお茶を飲む月華。昨日のことがあった後なので、俺は月華とユウの間に座っている。さすがに、ここで何か起こすとは思ってはいないが、何か起こされたら困る。その月華が笹田に尋ねた。
「もう一つのことは?」
「もう一つってなんだ?」
もう一つって、俺のときは捜索願だけだったじゃねーか、という意味も込めて聞くと、その後に追加で頼んでおいたらしい。
その内容というのが。
「ああ、事件の大小、またその詳細を問わず行方不明者が出て、かつ、その人物がいまだ発見されてないもの。約八年ほど前のものだったな。
そのころにあったやつで、お前がいう条件に当てはまったのは一つだけだ。」
そう言って、笹田は一枚の新聞記事を出してきた。扱い自体は小さく、内容もぶっ飛んだものだ。でも、俺はそれに見覚えがあった。
『現代の神隠し、親子二人が行方不明』
そう、タイトルがふられた記事は―――。
「八年前に、起こった事件だ。事件当時の天気は雨。普段からそれなりの人通りがあったところらしいが雨のせいか目撃者は皆無。
かろうじて、「あの時間帯に、ここを通っていった」という情報があった程度の事件だ。それがどうして発覚したのかはいまだに分かっていない。それにこの事件には身代金などの要求も無かったから、マスコミの方もこんな記事を書いただけでおとなしくなった。」
事件が発覚したのは、単純に職場の人や、子供の友人がいぶかしんだりしたからだ。俺はこの事件を知っている。
「行方不明になったのは、神崎美晴とその娘の涼の―――。」
ガタッ。
不意に椅子に座っていたユウが立ち上がった。何事かと見る俺に対してユウは、笑いながら答えた。
「いえ、なんとなく聞き覚えがあったような気がしたので。」
何に、対して聞き覚えがあったのかはよく分からない、と笑みを崩さずに答えた。
そのユウの顔はどこか寂しげだった。
「本当に、他にはなかったのか?」
「ああ。なかったな。」
「そうか。」
そう言うと、笹田に礼を言い、そのまま部屋を出て行った。俺も、礼をしながら急いでユウと一緒に月華を追った。
◆◇◆◇◆◇◆
月華の家に戻って、リビング。
全員が、食事をするテーブルを囲む椅子に座っている。これから、会議でも始める気なのだろうか、月華は笹田に聞いたことをまとめるように話し始めた。もしも、本当に会議を始めるなら、司会は月華だ。
「まず初めに、ユウ。」
「はい。」
「昨日のことを覚えているか?」
「人に囲まれたところまでは覚えています。その後は気付いたらこの家で、朝になってました。
あ、でも………。」
「でも?」
「〝あたし〟に会いました?」
何を言っているんだ?
自分で言ってみても、よく分からないことだったのか首をかしげながら疑問系で話すユウは、それを聞いて真剣に悩む月華に、「なんでもありません」と慌てて自分の言ったことを取り消していた。
「朝に言っていた頭痛は?」
「今はすっかりありません。」
昨日のこと。
それを聞いていた俺が身を硬くしたことに気付いたのか気付かなかったのか、月華は次の話題に移った。
「次に、悠。」
「おう。」
何を言われるのか、という緊張でさらに、体が硬くなるような錯覚を覚える。
「俺はあいつらの味方ではない。」
どうやら、昨日の俺が問い詰めたことについてらしい。ユウは理解できずにいるようだが、ユウには俺が月華を疑っていた、ということを知られたくないので、適当にごまかす。そのあと、月華が続けたものも十分理にかなっている。
○もしもぐるだったら。
・昨日のあの時点で、ユウをあいつらに渡している。
・だいたい、月華をこの家に泊めない。
・そもそも、彼らがユウを探しているのを知った時点でユウを渡している。
「それに、どちらかというと俺はあいつらにとって敵のの味方になるな。」
言い回しが少し、遠回りだったので、少し時間を要したが、つまり
「あいつらとは、敵?」
「そうだ。」
じとっと睨むような目で見られながらだと、俺は頷くことしかできない。
「分かった。信じよう。ただし、疑いはまだ完全に溶けたわけじゃないから。」
「そうか。」
そういった瞬間に、拳が飛んできた。俺は思わず避ける。何をする気だ、突然。
「お前、俺にメールがどうのって言ってたよなぁ。」
「あ、ああ。」
だれか!!
俺に救いの手を差し伸べてくれ!!
月華からどす黒い殺気を感じるんだ!!
俺は何もしていない、無実だ!!
「俺はそんなメールを見ていない。つまり、お前、俺に黙ってパソコンいじっただろう?」
自業自得でしたー。でも、あれは、防衛本能が働いたというか、あれが最善だと思えてだなぁ!!
俺は何とか弁明を試みる。
「ちょっと待て、待てって!!あの時は気が動転していたんだ。仕様がないだろうが!!」
「ああ、そうかもな。」
「そうだろう?」
すこし、ほっとする。ああ、よかった、誤解は解けたみたいだ。
「だがそんな台詞ですんだら、世の中、警察なんて要らないんだよ。」
その日、月華の家で、ものすごい悲鳴が上がったそうな。
「紅月もすっかり忘れていた笹田の登場です。」
『そもそも、笹田っていうのも思いつきで生まれた存在だしねぇ。』
「改稿作業してて、発見して「そうだ、こんなことあったんだ!!」って言ってたね。」
『あと、紅月から伝言よ?「そろそろ出番だからー、多分」っていわれたわ。』
「多分、ってなに、その不確かさしか感じないのは。ま、いいやそれじゃあ、また次回!!」