92 いつからいるの?
お読みくださりありがとうございます!
アルドは手にした辞書のページをめくりながら、うんざりした顔をして手元の紙を見る。
簡単な読み書きは出来るようになったものの、まだまだ辞書に頼らなければならないことも多くとにかく時間がかかる。
その上、丁寧な字で書かなければならないとなると終わる頃には疲労困憊を通り越して燃え尽きる。
かといって、ディオに仕える以上は覚えなければならない仕事でしない訳にもいかないのだ。
ディオの様子を書き起こした、いわばディオ観察日記とでもいえるものをアルドは最近シドから任されることが多く、ディオの様子を細かく丁寧に綴っていく。
城内ではディオのそばに長い時間いるのはアルドなので役目が回ってくるのは仕方がないと言えば仕方がないのだが。
シドやトリスからの言葉遣いの添削付きではあるが、これはまだ出来ることの少ないアルドがやれる数少ない仕事なのである。
「疲れた……。次は清書が待ってるのか」
ため息をついたアルドはシドを探して部屋の中をぐるりと見回す。
部屋の中にいるのに姿が見当たらないと思えば、何やら廊下に繋がる扉辺りから声がする。どうやら誰かが来ているらしい。
フランは特別室にいるが添削については請け負っていないので見てもらうことは出来ないし、トリスは部屋にいない。なのでシドを待つしかない。
ひとまずアルドはその客人を見に行くことにする。
相手が王族であればシドの話が終わるまで待って、使用人が相手であれば頼まれことを終えたことを伝えてもいいだろう。
「クラウディオ様はこれから予定がありますので……」
「えー、じゃあフランは〜?」
「申し訳ありません。フランも仕事がありますので難しいですね」
どうやら客人はアルフレッドとマルティナの子供、エディとココのようだ。
午前中ディオは2人にせがまれて一緒に遊んでいたのだが、まだ5、6歳の子供たちは遊び足りなかったらしい。
話が終わるまで待つことにしたアルドは扉から自分の姿が見えない位置に座り込んでシドとエディたちの会話を聞くことにする。
すると、女性の声が乱入してくる。
「エディ、ココ。やっぱりここにいたのね」
「かーさま」
「ははうえ」
マルティナは部屋に居ない2人に探しにきたようだ。
エディとココに目線を合わせるためにしゃがんだマルティナは、2人にみんな仕事中なのだから邪魔をしてはいけないわと諭している。
「アルドもダメなの、同じ子供でしょ?」
「ええ、今アルド君は1人前になるためのお勉強中なのよ。あなたたちと一緒ね」
母であるマルティナに宥められたエディとココは、諦められない顔をしていて、シドもディオたちに伝えておくとマルティナのサポートをする。
それ聞いた2人はこれ以上の駄々をこねることもなくマルティナに連れられて戻っていった。
「アルド、終わったのか?」
「うん。エディ、さまたちと話してたみたいだから待ってた」
「そうか。確認しよう」
机に向かいながらシドはアルドの書いたものを確認し、席に着いたと同時に添削を始める。
赤い線と文字が入っていくのを向かいの席でアルドは黙って見つめていた。
「だいぶ上達してきたな。この調子なら完全に任せられる日も近いな」
「だといいけど」
返却されたものはところどころ赤が目立ったが、それでも初めの頃に比べたら随分と少ない。
それで少しやる気の戻ったアルドは綺麗な紙を取り書をするためにペンを持った。
なんだかんだ認められるのは嬉しい。
半分と書き進めて、アルドとはちょっと休憩と手を休める。
アルドがゆっくりと丁寧な字を心がけて書いている間もシドは細々とした仕事を片付けていた。今はアルドが書き終えたら一息つけるようにとお茶を淹れる準備をしているところだった。
「ねぇ、シド」
「なんだ、終わったか?」
「いや、まだだけど」
わずかなやる気では一気に書き切る事は難しくなんとなく疲れたアルドは、余裕がありそうなシドに気になったことを尋ねることにする。
「シドっていつから仕えているの?」
ディオの家族やその使用人たちとのやり取りを見る限り、シドはフランやトリスと比べるとディオに仕えて長そうだ。
「見習い、仮採用からなら12からだな」
「ふーん、結構長いんだ」
「そうだな、かれこれ10年以上か。当時はそんなつもりも毛頭なかったが」
思い返せば意外と長いもんだとしみじみと言うシドに、アルドは仕えるつもりがなかったらしいシドがどうしてそんなに長くディオに仕えているのか疑問に思う。
「それがなんで」
「色々と理由はあるが、俺は天秤にかけたんだよ。本来、かけるべきじゃないものを」
シドがかなり淡々とした口調で言った。
これ以上のことを語る気はないのか、シドはアルドに作業の続きを促した。
Q.仕え始めた順番は?
A.次はトリスだな。まぁ、フランとは数日しか違わないが。




