87 誓いは好きじゃない
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リサがグレイ伯爵家に帰ってきた翌日、ささやかなパーティーを開いてリサが帰ってこれたことを祝った。
事前に寝ることもせずにいたディオは、リサの体調に配慮した短いパーティーに最後までいることは出来ずに途中で眠ってしまい、あとでシドやダニエルにお説教をされていた。
ディオの気持ちも分かるのでいつもよりは優しかったようだが。
――それから半月。
少しずつ戻ってくる元グレイ伯爵家の使用人と、現使用人を入れ替えつつ平穏な日々を過ごしていた。
現使用人は住み込みではなかったため、新しい職場を紹介するだけで済んだためトラブルが起きることもなく順調に進んだ。
ほとんどの使用人は、誘致したパーチメント商会で働いてもらうことにしているので路頭に迷う使用人はいない。
この時にダニエルは知ったのだが、パーチメント家は本来当主の許可がなければ出来ないことが国から特別に許されているとのことで、執事が当主の代理として家の全権を握っているという。
もちろんそれに相応しい人物かは調べられてはいるが、なんというか自由な家である。
今日は執事を務めていたヘンリーという初老の男が戻ってきた。
彼はリサやカトリーヌを見て涙ぐみながら、健康そうな2人に安堵をする。
それから、ディオの言葉通りにまずやるべきことをして落ち着いてからディオのところへ向かった。
ディオを前に深々と頭を下げたヘンリーは、少し震える声で口を開いた。
「クラウディオ様。……感謝の言葉もありません」
どんな言葉を使おうと、リサやカトリーヌたちの下、再びグレイ伯爵家で働くことが出来ることへの感謝は表現出来る言葉が見つからない。
ヘンリーを前にディオはちょっとだけ困った顔を見せて小さく笑った。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、オレはなにもしてないから」
自分がこうでなければ、もしかしたらすぐにでも解決出来たかもしれないという自虐でもある。
なにも出来ていない自分がもどかしい。
「こうしてリサお嬢様方にお仕え出来る機会を与えてくださったというだけで、私には言葉に出来ないほどの幸せでございます」
その真摯な言葉に、ディオは自分がなにもしていないなどとまた言うことは出来ない。
それはシドたちに悲しい顔をさせてしまうと同時に、シルクを激怒させてしまうことだから余計に。あれは鏡を見るみたいに跳ね返って必要以上に傷つくから。
だからディオは、ヘンリーの幸せを取り戻せたなら良かったとこぼして笑った。自分が少しでも役に立ったのならと。
そのあとヘンリーが、ディオとリサ、カトリーヌの前で、グレイ伯爵家の執事としてもう二度とこのような事態が起きないよう全力を尽くすと誓った。
「……誓い、か」
「どうしたの、ディオ?」
自分の部屋に戻ったディオが小さく呟いて憂いを帯びた表情するディオを不審に感じたアルドが尋ねる。
「うーん、難しいなって」
「何が?」
「誓いってさ、約束とも似てるけどちょっと違うでしょ」
アルドにはそれが分からないようで難しそうな顔をする。ディオは小さく笑ってから違いを教えてくれる。
妖精というか、そう言った存在がいるような場所では特にそうらしいのだが、誓いと言うのは破ってしまえば、それ相応の報いを受けることになるらしい。
「ただの迷信だって笑えればいいんだけどさ、オレにはそうすることは出来ないから……」
ディオは視線を彷徨わせる。
自分がどうこう出来るわけではないのもよく分かっているから。もし、出来るとすればその誓いが破られないように、ルールから逸脱しないところで手を貸すくらいだろう。
「ディオ?」
「あ、ごめん。アルド、誓いって言葉を使うときは気をつけてね。特にオレの前では」
不審に思ったアルドがディオに声をかけると、ディオは暗くなったことを謝ってすぐに明るい顔をする。
いつもと変わらない明るい顔だと言うのに、アルドにはそうは思えなかったが深く突っ込むことはやめた。なんとなく、この先をディオが話してくれるとは思えなかったから。
そんなアルドを察したのかディオはそんなこと言ってもそうそう使う機会なんてないだろうけどねと笑った。




