85 料理人たちの争いは
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リサが伯爵家に帰ってくることが決まった前日。
カトリーヌの父によって追い出されていたグレイ伯爵家の使用人の1人、料理長をしていたイグネイシャスが帰って来た。
彼はほぼ着の身着のまま戻って来て、持っているものといえば替えの仕事着と料理人にとっての魂とも言える包丁のみだ。
「再びこの家で腕を振るう機会を頂けますこと、誠に感謝申し上げます」
深々と頭を下げるイグネイシャスに、ディオは小さく笑って彼から視線を外すと窓の外を見た。
ディオの視線の先には庭でトムとディランと話しているカトリーヌの姿があった。
「オレのことはいいから先に主人に挨拶してきてあげて」
それは早くカトリーヌに会いたいであろうイグネイシャスへの配慮であるとともに、眠気の限界が近いために眠りたいという理由もあった。誤魔化すのも大変なのだ。
そんな背景があることを知らないイグネイシャスは、ディオの言葉に感動したようで再び頭を深々と下げてからディオの部屋を後にした。
このお礼はディオがこの家に滞在中に出す料理で返そうと心に誓って。
一緒にいるのはアルドだけなのでそこまで何を言われることもなかったのだが、呆れたようにため息はつかれた。
アルドもディオの対応が王子として正しくないことはなんとなく気づいている。自分の立場を蔑ろにしすぎなのだ。
けれどまあ、イグネイシャスの気持ちを考えればディオのしたこともいいことなのだろうけど。
「ふあぁ。 アルド、起きたらオレも仕事するから書類、机に出しといてくれる?」
「わかった」
「うん、ありがと。それじゃ、おやすみ」
ディオはベッドに入るとすぐに寝息を立て始め、アルドはディオに頼まれたことをするべく書類を探す。
正直どのことを言ってるかよく分かってなかったのだが、シドたちがやっていることにディオが途中で口を出すことは基本ないため、おそらくディオがここにきてやっている使用人についてのことだろう。
書類を出し終わると退屈になったアルドは、出したばかりの書類をめくってみる。
そこには一人ひとりの名前とともに、性格や向いているであろう職種などがざっくりと書かれていた。
元々この家で働いていた使用人に戻すにあたって、今いる使用人たちをクビにする必要があるとはいえ、わざわざ次の就職先までは用意するつもりだと言うことにアルドは呆れたように息を吐いた。
「お節介というか……」
自分もそのお節介によって拾われたのだから、何かを言うことはないけれどディオの対応には呆れもする。
視線を眠っているディオに移してそう呟いたアルドは、何やら部屋の外が騒がしいことに気がついた。
しかし、アルドはシドからディオを1人にさせないようと指示をされているので様子を見にいくことはしない。
まあ、アルドはシドたちの誰かがどうにかするだろうと思っていて、自分の眼前に迫る危機ではなさそうなので放置する気だ。
しばらくして静かになったと思えばシドが少し疲れたように部屋に入ってきた。部屋の外の騒ぎと何か関係がありそうだ。
気を使って飲み物を用意しようとしたアルドだがシドは必要ないと断った。
「下で散々料理を食べさせられたからな。腕は確かなようで安心した」
「そう。食べれる物がでるならなんでもいいけど」
そしてシドは騒がしかった原因を教えてくれる。
カトリーヌに忠誠を持ち、なおかつ熱血なイグネイシャスに対して現料理人たちは反感を持っていたという。
イグネイシャスはそれを一蹴。料理人として必要なのは技術と食べてくれる人への配慮だと、料理人として彼らを叩き伏せて認めさせたらしい。
現料理人のたちの腕もある程度見込み、戦力として見なし厨房の方はまとまったのでひとまず騒ぎは収束した。
その際、イグネイシャスはディオに出す食事の簡単な試作も作っていたようで、シドが試食をすることになりかなりの量を食べたようだ。
「あの腕なら城でもやってけるだろうな。ディオに出す食事としても申し分ない」
「シドが認めるなんてすごい人なんだ」
シドはいろんなことの良し悪しが分かるだけあって判定は厳しい。
料理については旅が始まってからあちこちで食べるようになったためそこまで厳しいわけではないとシドは言うが、騎士として野外料理は食べ慣れていると言っても侯爵家の令息であり王子の専属使用人のシドである。
そのシドを唸らせるだけの料理が作れるのはかなりの実力があるということだ。
目覚めたディオはそのことを知ると楽しみだと笑っていた。
Q.シドだったら上手いことかわせたんじゃないの?
A.仲裁に入った手前な、あとかなり押しが強くてな。Byシド




