82口止めは出来ません
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ディオからダニエルへの伝言を伝えに行った帰り道、アルドは玄関先で立ち止まった。
そこには2人の女性と1人の少女がいて、昨日の夜に話していたようにカトリーヌのための買い物に行くのだろうと容易に想像はついた。
ただ2人の女性というのが問題で、1人はいつもよりラフな格好のトリスなのでいい。
もう1人の女性は、どこからみても女性にしか見えないフランだ。柔らかい雰囲気はクールな感じのトリスよりも愛らしい女の子といった風だ。
しかし、アルドが固まったのは一瞬。
フランに女装癖があるのは聞いたことがあったので触れないことにしたアルドはいってらっしゃいと声だけかけて、ディオの下に戻ることにする。
フランが変なことをするのは通常運転だとアルドは思っているのであまり気にすることはない。深入りしないのはアルドにとっての処世術でもある。
まあ、もしかするとカトリーヌのために気を使って女装して行くことにしたのかもしれないが。
「伝えてきたよ、ディオ」
「うん。ありがとね、アルド」
机に向かっていたディオは顔を上げてアルドに礼を言うと大きく伸びをすると、カットされたリンゴをシャクシャクと食べる。
「ディオ、それは?」
「リンゴ。アルドも食べる?」
「いや、そうじゃなくて」
そろそろ小腹が空く時間なのは分かるのだが、問題なのはそのリンゴだ。
誰が切ったものなのか。皮がキレイに剥かれている。
シドは朝早くからいない。トリスとフランは自分たちの準備で忙しいはずで、料理人にカットを頼むとしたら今自分に頼んでおくはずだ。
かといって、ここにいる騎士たちがやるとも思えない。
「誰が切ったのかなって」
「ああ、シドには内緒ね」
口元に人差し指を当てたディオは、前にフランに教えてもらったのだとイタズラっぽい笑みを浮かべ笑った。
アルドもディオが自分で切ったことがシドにバレるとただでは済まないと分かりきっているので、それには頷いた。
シドやトリスはディオに料理などの手伝いは絶対にさせない。怪我をさせないためだと言うが、かなり神経質だ。
王子だからというのも分かるが、ちょっと異常だとアルドは思う。
「あ、そうだ。それも書いておこうっと」
そう言ってディオはペンを紙に走らせる。
一体誰に書いているのか分からないが少なくとも家族ではないような気がして、アルドは迷った末にディオに尋ねた。
「誰に向けてか知らないけど、そんなこと書いて平気なの?」
「うーん、覚えたものは仕方ないって笑うと思うけどね。お説教はされるかもしれないけど……」
お説教される未来に困った顔をしてからディオは手紙の宛先について口にする。
「前に話したけど、アルドの名前の由来にした人。オレの専属使用人でアルドたちにとって大先輩」
アルドというのはその人のミドルネームらしい。時折ディオたちの会話に出てくるクラークという人物が彼ということだった。
今城にいないのはディオたちがアルドに出会った頃に体調を悪くして療養中のためだと言う。
「シドの言うこと聞かないフランでさえ、クラークの言うことは素直に聞くんだよ。まぁ、すぐに忘れたりするんだけどさ」
「それってすごい人、だよね」
あのフランがとアルドは驚く。
シドやトリスだけでなく雇い主の言葉にさえ聞かないようなフランがと思うと言葉に出来ない驚きがある。
「うん。元は使用人の統括してた人だから、アルドたちからすると1番上の上司って感じかな」
「そうなんだ」
「すごくすごい人でさ、イアンとかレベッカも憧れる人なんだよ」
はしゃいだように喋るディオはまるで小さな子供のようだ。
しかしそれだけでも、ディオがどれだけクラークのことを信頼しているかが伝わってくる。
「会いに行くと多分オレは騒がしくしちゃうからこーして手紙書いてるんだ」
仮に大人しく出来たとしても、クラークに久しぶりに会えたという感情は溢れてしまうことだろう。
それに、クラークからすればシドたちはまだまだ未熟で、そしてその成長を見るのにディオたちが行けば休まらないからと会わずにいると言う。
「お互いのことをちゃんと紹介しておきたいから、一度行こうとは思ってるんだけどね」
「そう」
その言葉に緊張が走る。
イアンたちが憧れ、シドを指導し、あのフランが大人しく従い、ディオが信頼するその人に会うのがなんだか恐ろしい。
そこにシドが帰ってくる。
「今戻った。どうした、アルド?」
「あ、なんでもない」
「おかえり、シド。今クラークの話をしてたとこなんだ」
クラークの名前が出た瞬間、シドの背筋がピンと伸びる。
常にしっかりとしているシドだが、クラークはシドの使用人としての基礎を作った人物であり、シドにとってはいい緊張感を持たせてくれる人である。
「クラークさんか。あの人はすごい人だからな」
「なんか、怖そう」
シドまでがなんの躊躇いもなく褒める。
しかし城の専属使用人たちを見てきたアルドは、クラークも変に癖のある人物なのでは思ってしまう。
「あの人が怒ったとこ一度見たことはないし、なにより焦っているのすら見たことはないな」
「怖いとは真逆だよ、クラークは」
アルドの想像をスクスクとおかしそうに笑ってディオは否定する。怖いクラークなんて想像も出来ない。
「落ち着いて来てるようだし、そろそろ……」
会いに行ってもいいかも知れないといいかけたシドの視界に、カットされたリンゴが目に入った。ゴミ箱には少し下手だが割と綺麗に剥かれた皮が。
「アルドじゃないってことはディオか」
尋問する必要もなくバレている。
怒られると青ざめるディオによそにシドはため息を一つつくと、静かにこういった。
「それも報告させてもらうが他のことも報告させてもらうからな、ディオ」
「ちょっ、シド!」
焦るディオに淡々と返すシドは、きっちりクラーク宛の手紙に色々とディオのことの書くのだろうことは容易に分かった。
そしてアルドはクラークがどれほどの人物なのかと不安と期待を抱えながら会ってみたいと思った。




