48 ちょっと緊張するね
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「ポーカーフェイス、だよ」
会場へと向かう途中で足を止めて振り返ったディオは主にシドとアルドに視線を向けてそう言った。
まだまだ子供らしく表情が顔に出やすいアルドと、親しくない人には全て同じ表情に見えてしまうがシドも意外と考えが顔に出てしまう。
ディオやフランと同じように実際は表情豊かなのだ。
元々表情が顔にあまり出ないトリスと、お家柄なのか周囲の評価はどこ吹く風のフランは放置していても問題ない。
特にフランは表情こそ顔に出てしまうが、貴族たちが予想もしないことをして騒ぎを起こすこともあるので、評価自体そこまで気にする必要もないのだ。
受付に招待状を出し、会場の中へ入ると厭うような視線が突き刺さる。
チラチラと気づかれない程度にこちらを見てはヒソヒソと、隣にいる誰かと何かを言い合っていて不快としかいいようがない。
嫌われ者だと知らされていたとは言ってもここまでとはアルドも思っていなかった。
それにしてもこの感じには腹が立ってくる。
しかし、当の本人は言えば――。
「久々だね。この空気感って懐かしいや」
のんきにそんなことを言って笑っている。
自分にも刺さる不愉快な視線を感じながらアルドはそれ以上の視線を浴びるディオはよく平気でいられると呆れる。
「よく怒れずにいられるね」
「うん。みんながいるし、この方が色々と都合がいいんだよ」
だから大丈夫だと元気良く笑ってディオは言う。心の底から。
そうじゃなきゃ、シルクにまた怒られる。
今日はすぐそばにいるんだから余計に――。
ちょっとだけ心を奮い立たせて、まずは主催者のところへ向かうことに決めた時、背後から声がかかる。
「ディオ兄さん?」
声のする方へ振り向けばそこにはとても驚いた顔をしたダニエルが立っていた。
「ダニー、ちゃんと来たんだね」
「約束……ではないですけど、行かないわけにはいきませんから」
自分で重要性を分かっていて、ディオの前であそこまで言った手前行かないわけにも行かなくなったのだとダニエルは少しだけ拗ねたように言う。
「それはそうとディオ兄さん、なんでここにいるんですか」
ダニエルの疑問にディオは少しだけ悩んで答える。
「うーん、アル兄の代理?」
「それなら疑問形の必要ないですよね」
それはそうだと笑うディオは、ダニエルを見て仕方ないとでも言うようにわざとらしい間を空けて口を開く。
「……ダニーが心配だったから、とか」
「騙されませんよ」
純粋に心配はしてくれているのはそうなのだろうが、それだけのためにディオがパーティーに参加するかと言えばきっとそうじゃない。
分かっているからこそダニエルはジトっとディオを見る。
「まぁ、ちょっとね。確かめたいことがあって」
理由を教えるつもりはないようでディオはそれ以上何も言わず、ダニエルはため息をついた。
あまり何も言ってくれないディオのことは不安なのだ。大抵のディオは結果だけを口にして経過を教えてくれないから。
それにディオはいい印象を持たれていないこともある。
面と向かって何かを言われることは王子という立場上、滅多にあることではないのだがそういったことがなかったわけではない。
「そんなに心配なら、一緒にくるか」
「ディオ兄さんはシドさんたちがいれば平気ですよね」
気を利かせてシドがダニエルにそう言ったが、ダニエルは不満げに返す。
シドたちの方がよほどディオの力になれるのだと悔しそうに。
「そうでもないよ。狙う相手は一人じゃないからね」
もう一人は来ているかわからないけどねと困ったようにフランがこぼす。
正装させられたアルドがいるので、フランの言う相手は子供なのかも知れないと考えたダニエルは、ディオたちについて行くと決意をする。
「一緒に行きます」
「よろしいのですか」
「うん。ディオ兄さんたちといた方が安心できる」
両親といるより周囲の視線は不快なところはあるが、両親より懐柔しやすいとやたらと声をかけてくる大人たちからは距離を置ける。
何よりディオの力になれる可能性があるならついていきたい。
「そっか。ありがとね、ダニー」
ディオに何故か感謝され、理由が分からず聞き返そうとしたダニエルに今からダニーも共犯者だと笑い、まずは主催にお祝いの言葉を贈りに行くことにした。
王子らしく、けれど明るく誕生日への言葉を贈るとダニエルはディオのやりたい何かを尋ねた。
「それで何をする気なんです」
「グレイ伯爵とちょっとだけ話がしたいだけ。ついでに娘さんがいたらなぁって」
そう言ったディオはわずかに寄れたハンカチが入れられた胸ポケットに触れて、その視線を追ったダニエルは驚いた顔をする。
「全くディオ兄さんは……」
「いや〜、確かめたくて」
悪びれずに笑うディオは、怪訝な顔をするシドたちになんでもないと誤魔化して、目的の人物であるグレイ伯爵を探し始める。
「見つけた」
カトリーヌ(仮)も一緒で、ディオはシドたちに近くで待機をするように伝えるとダニエルを連れてグレイ伯爵に近づいた。
王子に声をかけられると思っていなかったグレイ伯爵は一瞬分かりやすく驚いたあとすぐに貴族らしく振舞った。
「グレイ伯爵も参加していたのですね」
お互い余りパーティーなどに出席しない身だからなかなか会いませんねと愛想よくディオが言い、グレイ伯爵はええと返事をしながらディオの胸ポケットを視線を何度か向ける。
互いに何も気がついてないふりをして会話は続いていく。
「今日はお一人ではないようですが」
大抵の一人で参加するグレイ伯爵が誰かを連れていれば疑問になる。ダニエルはピンク髪の少女は誰なのかというふうに問いかける。
「娘のカトリーヌです。ご挨拶しなさいカトリー」
グレイ伯爵はカトリーヌ(仮)に挨拶をするように促すが、彼女はマイペースにグレイ伯爵の手を握ると見上げてグレイ伯爵に訊ねる。
「ねぇ、パパ。この人たちはだぁれ?」
貴族の基準ではありえないカトリーヌ(仮)の行動にダニエルは唖然とし、近くいるシドとトリスも呆然としていた。
ディオは何も言わずニコニコとしている。
真っ青になったグレイ伯爵はすぐにディオとダニエルに謝罪の言葉を口にすると、カトリーヌ(仮)に目の前の二人が王族だと告げるが彼女が変わることはなかった。
「そうなのね。私はカトリーヌ・メル・グレイよ。よろしくね、王子様、ダニエル」
その堂々とした振る舞いは好感の持てるものではあるのだが、貴族社会の、自分より上の相手に対しては無礼と言える。
グレイ伯爵は今にも倒れそうになっていた。
開いた口が塞がらないダニエルをよそに、ディオはカトリーヌ(仮)に合わせるようにして喋り、カトリーヌ(仮)の相手をダニエルに任せると、ディオはグレイ伯爵に伯爵夫人であるリサのことを訊ねるが、ほとんどお茶を濁されて友人の領地に静養に出しているとしか分からなかった。
グレイ伯爵との会話を終えて人の少ない場所に移動をし、疲れ切っているダニエルのためにトリスは水を貰ってくる。
「お疲れ様です。ダニエル様」
受け取った水を一気に飲み干したダニエルはあんなご令嬢は初めてだと疲れたようにいった。
「本当に伯爵家の人間なのでしょうか」
「そうなるよね、あれじゃ」
あの子をすんなり受け入れられる人はどれほどいるだろうか。
「もう少しだけと思うけど――」
「ディオ様、そろそろ……」
こういった場の話題は有益なものが多いのでもう少しいたいと思うのだが、ディオは眠ってしまうためそうもいかない。
両親がいるとは言えど、ダニエルを一人にするのもどうかと思うディオは自分の代理も兼ねてトリスとアルドを残すことに決める。
「トリス、アルド。任せたからね」
「はい」
パーティー会場に来てからかなり不機嫌そうなアルドは返事をしないので、ディオは両手でアルドの顔を挟んだ。
「頼んだからね、アルド」
なんでおれがと目が訴えているが、ディオはスルーをして一足先に帰っていく。
馬車に乗ったディオは、馬車が走り出すのを待たずすぐに眠り始めた。




