31 代理と風評
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シドやウォルグの仲間を送り出すと、ディオはベッドに転がってすぐに眠りについた。
掛け布団ごと下にあるのでウォルグは呆れながら毛布を持ってきてディオの上にかけてやる。
今日はほとんどのメンバーが出払っていて妙な静けさのあるこの家は、どこか落ち着きがないようにも感じてしまう。
シドたちについていくこともなく退屈な時間を過ごす予定のアルドはディオからもらったマナー本なるものを開こうとしたが、アルドが計算を出来ないと知ったウォルグがそれを止めた。
どうせやる気のないことなら何をやっても一緒だと、ウォルグは紙と小さな色のついたブロックを持ってきてお互い暇だからという理由で簡単な計算を教え始める。
目を覚ましたディオもアルドに計算は教えていなかったとウォルグにアルドを任せて、ディオは別のことをしていた。
☆☆☆
シドとフラン、それとアズール他数名は、キビタキ村領主のヒタキ男爵の屋敷に向かう。
いつもの商人スタイルではないシドはキッチリとした服装をしていて、それは貴族というより使用人に近い格好だった。
シドはアズールたちを逃げ出す者がいないようにと屋敷を囲ませると、玄関の戸を叩いた。
対応にあたった執事は突然やってきた格上の貴族に戸惑いながらシドとフランを追い返そうとするが、シドはそれを無視して中に入った。
執事は慌ててシドを追いかけると為すすべがないと男爵のもとに先導してくれる。
廊下を歩きながらフランがシドに尋ねる。
初めてやることへの不安もあるのだろうフランはそれを紛らわせるためにといったふうだ。
「ね、シド。これっていいの、不法侵入にとかになったりしない?って実家はよくやってる気もするけど」
「クラウディオ様の書状があってそれはないだろ。ま、何もなくて訴えられりゃ別だろうが」
「それもそっか。問題はないよね」
納得したフランはうんうんと頷き、なんの問題もないとのほほんとしている。
「こ、こちらです」
「礼を言う」
執事に案内され、扉を開けられた部屋に躊躇いもなく踏み込んだシドは、相手の反応を待つことなく目の前の男にヒタキ男爵であることと確認をとる。
「ヒタキ男爵ですね」
「あ、ああ。そうだが」
予期しない出来事に情報処理の追いつかないヒタキ男爵は、迷わずに答えられる質問に間髪入れずに答えてしまう。
「私はクラウディオ様の代理で参りました。シド・ブラウ・レグホーンと申します」
「同じくフラン・パーチメントです」
予想できないほどの大物の名にヒタキ男爵は息を飲む。レグホーンといえば三大貴族の一つだ。
一瞬悪事がバレたのではないと勘ぐったがそれなら、グズ呼ばれる第三王子の代理だと安心してヒタキ男爵は平常心を装った。
「そんな方が何の用だ」
「こちらを」
シドはヒタキ男爵に一通の封筒を差し出し、それを受け取ったヒタキ男爵はすぐに開封して中身を確かめる。
ヒタキ男爵が手紙に目を通し始めた瞬間、シドは口を開いた。
「違法課税、不正所得、野盗との癒着により爵位の剥奪の命が下りました」
「第三王子は噂通りロクでもないようだな。やっていないことをでっち上げようなどとは」
フンと鼻を鳴らしたヒタキ男爵の言葉にシドは拳を握った。顔に態度に出してはいけないことは重々承知で分かってはいるがどうにも気分は悪いものだ。
そこにキョトンとした顔をするフランは不思議そうな声を出す。
ロクでもないなんて言われて腹が立たないわけではないが、それよりもとフランは純粋な疑問を口にした。
「もし仮に噂通りの人だとして、そうするだけの価値がこの村にあるの?」
「フラン」
「あれ、失言しちゃった?」
シドに咎めるような視線を向けられたフランは、自分が失言したらしいと両手で口を塞いだ。
これ以上喋ると余計なことを言ってしまいそうだとシドに任せることにして自身は言葉を発しないことに集中をする。
ヒタキ男爵はフランの言葉にこの村が価値のない場所だと言われているように感じて腹をたったのも一瞬、しょせんは第三王子の代理だと彼らの言葉を鼻で笑った。
「大体、証拠がどこある。いつまでもあんなやつを自由にのさばらせているからこんなことになるんだ」
ムッとするフランの肩を軽く叩いたシドは、努めて冷静に言葉を紡いだ。
クラウディオ様への心無い言葉を気にするよりも、今はクラウディオ様の代理でいるのだと自身の役割を果たすために。
「証拠、ですか。それならば――」
シドは後ろに振り返り、扉のそばでこちらを覗いている少年に視線を向けた。
「きっと彼が話してくれますよ」
こっそり話を聞いていたことが気づかれていたと驚きに肩を跳ねさせた少年は、シドと目が合い視線を彷徨わせる。
フランは少年と目が合うと手招きをして呼んだ。
逃げる気配のない少年はこっちに来るなと自分を睨みつける父親を前に、おそるおそる歩を進めてフランのもとまでやって来る。
「エル、部屋に戻れ」
冷たく言い放たれた言葉にエルはフルフルと首を横に振って、父親を見ずにシドとフランに視線を向けた。
「本当にクラウディオ様の代理の方なんですよね?」
「うん、そうだよ」
フランが返事をして、エルは安心したようにゆっくりと口を開いた。
止めようするヒタキ男爵を一睨みで黙らせたシドはエルの言葉を待った。
「あの、お金とか詳しいことはよく分からないけど、父さまが野盗の人と協力して悪いことをしているは知っています」
「――だ、そうですが」
「全くのデタラメだ。この子は少々妄想癖があるものでして」
決して自分の悪事を認めるつもりはないらしい父親に、エルは悲しそうな表情をして目を伏せると震える声でシドたちに告げた。
「足がつきそうな――」
「エルっ‼︎」
ヒタキ男爵の怒声、立ち上がった男爵はエルを掴みかかろうとするがそれはシドによって止められ、フランは万が一に備えエルを守るように立ち塞がった。
床にキスをする形になった男爵にエルは憐れみの視線は向けても、庇うことはしなかった。
「倉庫にたくさんの置かれてます」
「案内、してくれる?」
シドにヒタキ男爵を任せたフランはエルと共に倉庫まで行く。
フランの姿に先ほどの執事が大きな袋をパンパンにしてどこかに走り去っていく。
「逃げられないからいっか。放っておこう」
倉庫に残された他の盗品をいくつか確認したフランはため息をついて、シドと合流をする。
「確認取れたよ、シド」
「こっちもあらかた終わったが……」
歯切れ悪そうに言って、エルを見る。
それなりの覚悟があったのだとしても、やはり辛いものはあるのだろう。しゅんとしている。
父親のこと、そして自分もどうなるか分からないのだ。
この傷を癒すにはきっと長い時間がかかる。
今この場でシドやフランがどうこう出来ることはほぼできないが、それでもとシドは少しだけ心が軽くなるようにとエルに声をかけた。
「父親を告発するのは辛かっただろうが、この村の人たちの暮らしはまた良くなる。君が教えてくれたおかげでな」
「……良かった。ずっと苦しんできたはずだから」
悲しみの中で安心したと安堵した顔を見せるエルは、大変な暮らしを強いられる村人たちとそれを無視して贅沢な暮らしをする両親の間でずっと苦しんでいたのだろう。
エルにこれから城から担当の人間が来るまで自宅で軟禁になり、それからのことを伝えると、シドとフランはディオの元に帰るために屋敷を出ようとしてエルが引き止める。
「あの!クラウディオ様に……クラウディオ様にぼくはもうお会いすることはできないのでしょうか。また、ぼくは……」
口を結んだエルはまっすぐな瞳でシドとフランを見つめていて、またと言う言葉に引っかかりを感じた2人は記憶を探り、顔を見合わせた。
いつかのパーティーで妖精が見えるために、おかしな子だと孤立していた男の子だとハッキリと思い出したのだ。
きっとエルはお礼が言いたいのだろうと、表情から伝わる。
「それならパーチメントの研究者がいいと思う。会える可能性は高いし。ね、シド」
「まぁそうだな。他と比べると門戸は広いか。やる気さえあれば受け入れてくれるだろうな、あそこは」
「ありがとうございます。シド様、フラン様」
決意を滲ませるエルはその瞬間、家族のことへのショックとは無縁だった。
エルの精神面での不安が完全に拭えるものではないが、それでもエルの様子を見る限りは大丈夫そうだと、シドもフランも見守るような笑みを浮かべていた。
 




