32 一人ぼっちの少年
お読みくださりありがとうございます!
今回はちょっと過去の話になります。
――数年前、とあるパーティー会場。
「いないじゃん」
「嘘つき」
「変な人」
少年少女たちは目の前の少年エルに侮蔑の目を向けてそれぞれに言った。
「嘘つきなんか放って向こう行こうぜ」
「うん」
「行こう。嘘つきとは話しちゃいけないもの」
ついてくるなよと念を押すように少年少女はエルを睨んでどこかに行ってしまう。
貴族とは言ってもまだ幼い子供たちは、やはり子供で本音と建前、笑顔で嘘を吐く貴族と言うものにはなっていなかった。
それは純粋で思ったこと、見たこと、教えられたことをそのまま口に出してしまうのも当たり前で、トゲのある言葉だろうと悪意なく伝えてしまえるのだ。
決して悪気があって発した言葉ではない。
しかし、まだ幼いエルにとっても理解できるものではなくて、自分の世界と他人の世界に違いがあるなんて思ってもいない。
「ぐすっ……ここにいるもん。妖精さんは」
だから、大抵の人間に妖精が見えないなんてこれっぽっちも思っていなかった。
両親も使用人も子供特有の現像なのだろうと対して相手することもなく適当に流していた。
大人には見えなくても同じ子供ならと、どこかで見た絵本のようにエルは目の前にいる妖精を少年少女に教えてようとしたのだが――妖精が見える人間なんてごくわずかでエルの話を信じられる人なんてこの場所にはいなかった。
誰もが同じ言葉を口にする。
妖精なんていないのだと――。
次第に孤立していく少年は嘘吐きではないのだけど、嘘吐きだと呼ばれ一人でいることが多くなった。
「フラン、取りすぎだ」
「だってどれも美味しそうだったし、今更でしょ」
「ですが、その量は些か多いかと」
人混みを離れてポツンと木にもたれかかるエルの近くで、騒がしい足音が聞こえてくる。
それは優雅な貴族たちというにはかけ離れたもので、会話の内容もヒソヒソと後ろ指を指されそうなものだった。
そこに明るい声が聞こえてくる。
「これ以上汚名が増えることもないんだから、気にするだけ無駄だって。それに、料理人たちだって食べてもらえるならその方が嬉しいでしょ。自慢の腕を振るうわけなんだしさ」
「まぁ一理あるが……」
「こうやって必要以上の汚名が増えていくのですね」
呆れたようにため息を吐く音が聞こえて、足音はエルのすぐそばで止まり、目に涙を溜めて俯くエルの滲む視界に、見馴れないものが映った。
「取りすぎちゃったんだけど、食べない?」
空気を読まない発言にあっけにとられ、エルはその声につられるように顔を上げた。
泣きはらしたような赤い目に映るのは4人の男女。
エルに声をかけて先頭に立つのは大型犬を彷彿とさせる少年だった。
その後ろにはそんな彼と同じくらいの、お菓子をバカみたいに積み重ねた皿を持ち口いっぱいに頬張っている少年と、青い髪をした真面目そうな男女が呆れた顔をして立っている。
彼らは誰なのだろうと驚きを隠せないまま見上げるエルに、ニコニコと彼は笑いかけた。
「隣、座ってもいい?」
コクリとエルが頷けば彼はエルの隣に、地面にそのまま座り込んだ。
そして、1人のんきに話し始めた。
「オレ結構嫌われてるからさ、居場所がないんだよねぇ。こういう場所だと」
嫌われているという割には楽しそうな口ぶりで、決して悲しんでいる様子はない。
エルには驚きであったが、目の前にいるこの人自分がどう思われていても大して気にすることはないらしい。
青い髪の男女は何か言いたげにしていたけれど。
「それにしても、今日はいつもより賑やかだ。妖精も多いみたいだし」
妖精という言葉に反応したエルは服の裾をギュッと掴んで小さな声を出した。
「――妖精が分かるの?」
「うん。あそこにも、ここにも」
そう言って少年は虚空を指差して見つめる。
同じものが視えている。ただそれだけで、エルの心は軽くなった。
「みんな、分からないって……」
「嘘吐きって言われちゃった?」
頷くエルに困った顔をして少年は笑う。
この国自体、妖精の存在を信じている人も少ない。大抵は物語の中の出来事だ。
「妖精って視える人が少ないからね。でもオレは君と同じように視えるよ。声も聞こえる」
エルが驚きに目を開く。
妖精が喋ることにビックリしたようだ。
妖精を見つめた彼は頷くとエルの方に向いて、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ずっと妖精と仲良くしてくれてるんだ。妖精たちがこれからもよろしくってさ、エル」
「本当?」
「うん。妖精については嘘はつかないし、つけないから」
エルの顔にぎこちないながらも笑みが生まれる。
ずっと否定され続けた世界を、同じ世界が見えるその人は口の端を上げてニッと笑った。
「妖精が見える子に会えたし、今日は来てよかった」
一度大きく伸びをした彼は立ち上がるとあくびを一つする。
彼の視線の先にはこちらをじっと見つめる威厳のある若い男の姿があって、彼はまるでこれから叱られる子供みたいな顔をする。
「アル兄に怒られちゃうね、行かないと。またね、エル」
「え、あっ、と……」
エルは彼のペースに乗せられて、ちょっとだけ混乱していてどうしていいかわからなくなっていた。
ただ、互いに名乗っていないことだけは思い出していて、相手の名前が分からないことに戸惑う。
「そういえば名前言ってなかったっけ、オレはクラウディオ。ちょっとした嫌われ者ってね」
それだけ言い残すとクラウディオはエルに手を振って仲間と共に去っていく。
ちなみに去り際に皿を持っていた少年からわずかに残ったお菓子が乗った皿を押し付けられた。
あの人は誰なのだろうと小さくなる背中をエルは見送り、彼が第三王子のクラウディオ様とだとエルが知るのはもう少しだけ先の話だ。




