27 ウォルグとディオ
少しだけ休憩と眠ったディオが目を覚ますと、自警団のメンバーが酒盛りを始めようとしていた。
せっかく来た客人だからと声をかけられたディオたちは、断るのも失礼だと顔を出すことに決めた。
「お招きありがとう」
ニコニコと笑顔を振りまくディオは、自分たちに用意された部屋に近い扉の近くをウォルグとともに陣取り、人がそこに固まらないようにと少し離れた場所にシドたちがいて団員たちに囲まれていた。
「シドさん、あ、いやシド様の方がいいですかね」
「今はシルク商会の従業員です」
過剰に気を使わなくていいと言うシドの言葉に肩を撫で下ろした男は空のグラスと酒の瓶を持って来る。
「シドさんもいかがですか?」
「仕事中なので酒は――」
シドが仕事中だと酒を断ると商人なのにと疑問の声が上がる。
「護衛も兼ねていますから」
「上級貴族なのにそんなこともしてるんですか」
護衛の鏡だと歓声が上がり、シドが上級貴族だというのに護衛の仕事も請け負っていることに驚かれる。
彼らは人数が多いせいか護衛の任務中でも一人か二人を残して酒を飲むことがあるようだ。
「家を継ぐ立場にないので」
「それ、よくわかります。俺も田舎男爵の三男で」
「お前と一緒にしてやるなよ」
周りの会話を聞きながらディオがシドに声をかける。
「シド、一杯くらいなら構わないよ。それで鈍らないの知ってるし」
「だとしてもだ」
ハッキリと言うシドにディオは静かに笑った。
少しくらいハメを外す時間をと思ったが、不要な気遣いだったらしい。
忠実なのはありがたいが、ウォルグもいるのでディオからするといつもよりちょっとだけで気を抜いてくれても構わないのだが。
ディオがシドたちを観察してみると、トリスとフランもお酒は辞退していてジュースを飲んでいてそれなりに会話は弾んでいる。
アルド自身は警戒心を解いていないが、それも意味をなしていないようで周囲からはやたら構われていたが、懐きにくい犬や猫のようなものなのでディオもそこまで助けるつもりもないらしい。
安心したディオはここでは話せないこともあると、シドにだけ声をかけてウォルグと用意された部屋に向かった。
ソファに寝転がったディオに仕方がないと笑ったウォルグは、ソファ近くのテーブルにグラスを二つ置いて水を注ぐとグラスの半分ほどディオより先に飲んで口を開いた。
「ったく、お前は。もう影響受けてんだろ」
「うーん、それはそうでもない」
歯切れ悪く返すディオはゆっくりと起き上がるとグラスに口をつけてちびちびと水を飲み始める。
「嘘つくなっての。妖精が活発になってることくらいはぼんやりしか見えなくてもわかんだ」
「まぁ、それなりにね。けどこれは序の口だし、これくらいなら無視出来るからね」
光の塊として薄ぼんやりとではあるが妖精が見えるウォルグには、体調の変化をごまかせないと、ディオは正直に話す。
「それにここで少し動いておかないと調整が難しくなるから」
「ま、無理だけはするな」
「うん」
手を閉じたり開いたりするディオはウォルグの言葉に頷いた。
「それにしても、お前が家を出るとはなぁ」
「反対はされたよ。シドとも言い合いになったし、今回はさすがに見捨てられるかと思った」
ディオが家を出て商人として旅をしていることにウォルグが驚きを混ぜて呟けば、ディオは周囲には反対された言う。
「そりゃそうだろ。お前の場合は妖精のことがあんだ、家にいたって安全なんてどこまで言えるかもわからねぇ。できるなら外に出てもらいたくはねぇだろ」
「うん。でもオレは、何も出来ずにあそこにいるだけっていうのはしたくなかった。世間の悪意の声よりずっと……あるべき姿を見せられないことの方が辛くなるから」
「ま、じっとしてられねぇのもわかるが――」
ディオたちに付き合って酒を飲まないウォルグは、酒の代わりのようにただの水をあおった。
「そんなに気になるなら、いっそ妖精王にでもなってみるか?」
「それこそおとぎ話だよ」
「でも立場なら一緒だろ」
ウォルグの言葉にディオは呆れたように笑みをこぼす。
「言葉だけならね」
「そんなもんか」
「そういうもんだね。だいたい、妖精と人間じゃ違いすぎるよ」
いい案だと思ったんだがとウォルグがこぼし、ディオは無理があると返しウトウトとし始める。
「ディオ。寝るなら運ぶぞ」
「うー、まだいけると思ったんだけど」
眠気に襲われるディオはまだ起きていられるはずなのにと小さく唸る。
久しぶりのウォルグとはしゃぐ人たちにディオも起きていられる時間の計算が合わなかったらしい。
「夜中でもなんでも付き合ってやるから寝ろ」
「うー、そうする」
ディオは眠い目をこすってベッドに向かうとすぐに寝息を立てて眠り始めた。
シド、トリスが戻って来るまではこの部屋から離れるつもりはないウォルグは、机に置かれたシルク商会の簡易支出表が目につき、手にとってそれを眺めると、近くにあった白紙の紙を拝借してなにやら書き始めた。




