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15商会の仕入れ

 今日は販売ではなく、商品の仕入れをするとディオたちが向かったのは小さな工房だ。


 つっけんどんな親方は、その道のものなら一度は手にすることを憧れるほどの腕を持つ職人で、その技術は素人でも見比べれば違いに気づけるほどに高い。


 バタンッと目の前で扉が勢いよく閉められ、その風圧でディオの前髪がわずかに舞った。

 振り返ったディオはシドたちの方を向いて、楽しそうに笑っていた。


「いや〜、見事な門前払いだね」

「まさか、ここまでとは」

「一旦、戻るぞ」


 シドの言葉で踵を返すディオたちは大通りまでの一本道を歩いていると、職人の弟子の一人が追いかけてきた。


「もしよければ、うちに来ませんか?」


 ディオたちの対応をしてくれていた少し大人しそうな人物だったが、あちこち汚れの目立つ服は彼がそれだけ努力をしているのだろうと感じさせた。


「抜け出して平気なの?」

「はい。懇切丁寧に教えるような人じゃありませんから」


 ディオの問いに弟子は困ったような笑いを浮かべて、そう言った。


 一瞬だけシドを視界に入れたディオは、その申し出を受けることにする。

 職人との会話の糸口が見つかるかもしれないし、日々の情報収集は人との会話も大切なのだ。


 彼は住み込みではなく自宅からの通いとのことで、工房から目と鼻の先にある小屋のよう建物に案内された。


 古びた椅子をディオたちに進めると、弟子はは床に引かれたボロボロの小さなマットの上に座りすぐに頭を下げた。


「親方が申し訳ありません。せめて話くらいはといつも言っているのですが、どうにも」

「ううん。ウワサは聞いてたから、それにいかにも職人って感じがしてなんかいいなって思う」


 ディオは弟子の言葉に首を横に振った。

 実家の知り合いの庭師たちも夢には見るが、よく手に出来ないと嘆いていた。


「そう言って頂けると助かります」


 安心したように息吐いた弟子は、名乗っていないことに気がつき慌てて自己紹介をする。


「申し遅れました。私はエニシダの弟子でニック・ハワードと申します」

「ニックさん。俺はシルク商会の長ディオです。隣からシド、トリス、フラン、アルドです」


 ディオの紹介にそれぞれが反応をして全員の紹介が終わり、ニックは水をグラスに注ぎ運んできてくれる。

 グラスは意匠を凝らした細かな模様が入っていて目を引くが、興味なさげなフランは最初にグラスを手を取り水を飲み、口を開いた。


「門前払いされなかった人っているんですか。話を聞かないならそもそも――」

「あはは、商談となるといつも門前払いですが、ハサミの修理を頼まれて見込みがあると感じたとき個人的に譲るというのが多いです」


 どれだけ金を積まれても、権力の脅しがあってもエニシダは自分の作品を売ることはない。

 自分の作品が至高のものだと分かっているからこそ、それを使う相手にもそれだけの技術をエニシダは求めるのだ。


「なるほど。相応の相手にしか譲らないか」

「ええ。それも数年に一度会えればいい方ですが」


 ディオの独り言のような言葉にニックは言葉を返す。


 ニックは呆れたふうではあるが、エニシダの考えについて理解もあるようだ。

 自分が作ったものが乱雑に扱われるようなことは職人としての矜持が許さない。その一つ一つに魂が込められていると言っても過言ではないのだ。


 自分たちでは難しいかとディオが唸り、シドがニックに問いかける。


「エニシダ職人は未だ理想を叶えられずにいるという話を耳にしたことがあるのですが」

「あのような素晴らしいものを作り上げられる方の夢とはなんでしょうか」


 エニシダに理想があるという話は聞くのだが、その内容は誰も知らない。

 理想の中身がわかれば、商談はさておいてもエニシダとの会話くらいは出来るようになるかも知れない。


「ああ、それはですね……」


 ニックの歯切れが悪い。よほど言いにくい内容なのだろうか。


「妖精の暮らしやすい地を作るのだと」

「妖精の……」


 おかしな理想ですよねとでも言いたげなニックに対して、ディオはそうでもないと首を横に振った。


「それはとてもいい話ですね」


 建国物語を信じているとか、信心深いとかではなく、ディオにとって妖精は当たり前にそこにいる存在だ。

 そして、妖精が暮らしやすいというのは、ディオにとっての安寧にも繋がる。


「人も妖精も暮らしやすいというのは幸せなことです」

「あなた方は笑わないんですね」


 ニックが驚いたようにつぶやきをこぼすと、フランが笑っていった。


「実際に妖精が見える人が身近にいますし、何より僕はパーチメント家の出身です」

「そうでしたか。研究所で働いていた方でしたか」


 パーチメントは代々妖精研究をしている領地を持たない貴族で、研究費用のためと各地に商会を開いているため比較的庶民にも馴染みの深い名前だ。

 食品から生活必需品、研究の際にできた便利道具などを売っている。


「明日、また行ってみます。情報ありがとうございます、ニックさん」


 ディオは水を飲み干すと立ち上がった。

 あまり長く話すわけにもいかない。少しでも余裕のあるうちにここを出ることにする。


 この後、予定があるとシドはニックに伝え、ディオたち一行はニックの家をあとにした。

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