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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、新たな戦いの火蓋
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襲撃者たち

「チェックアウトな」


「ほいほい、ご利用ありがとさん」


フロワちゃんが休暇を取った翌朝。


私たち三人は今日もクエストに出発するため、ルベイルさんの宿を出ようとしていた。


「小僧、今夜も泊まりに来るかの?」


「ああ、部屋を取っておいて貰えると助かる。あといい加減小僧呼びはやめろ」


「前者は承るが後者は無理な相談じゃな」


ルベイルさんがイブリスさんをからかいながら宿帳に今夜の予約を記入してくれる。


「しかし戻ってきてくれて助かったわい。一組とは言えリピーターが減るとこっちも困るからの。もう出番もないかと心配しておったぞ」


「残念だったな、これからもこき使ってやるよ……じゃあ、また夜に」


イブリスとルベイルさんが軽口を交わしあう。もう毎朝の恒例だ。


「行くぞ二人とも」


「はい! ルベイルさん、今日もありがとうございました!」


「律儀じゃなぁサラちゃんは。気を付けて行くんじゃぞ」


ルベイルさんは煙草に火をつけると、手を振って私たちを送り出してくれる。


私はそれに軽く会釈を返す。フロワちゃんも私に続いて深くお辞儀をした。


アトミスにお世話になっている間はずっとギルド本部に寝泊まりしていたから、この宿を使うことはなかったのだけれど、ここで寝泊まりするととても落ち着く。


ルベイルさんも久しぶりに戻ってきた私たちを歓迎してくれたし、やっぱり行きつけというのはいいものだ。


宿を出ると、眩しい朝日と共に、人々の喧騒が耳に入る。クエストに向かう冒険者たちをはじめ、色々な人が朝早くから街を行きかうのだ。


「よーし! 昨日の午後休んだぶん、今日は頑張るぞー!」


「なんだ、今日はやけに元気だな?」


「私はいつも元気ですよ!」


「はいはい。じゃあ……いつもより気合が入ってるな?」


「フロワちゃんの新兵器もありますからね!」


私はフロワちゃんが背負っている盾を見た。


布にくるまれているけれど、この中身は昨日見せてもらった新しい盾のはずだ。


「まだ使い慣れていませんが……お役に立てるよう、努力いたします」


「やれやれ、新しいものを手に入れた本人ならわかるが、それを見るほうのテンションが上がるとはな。まあ、サラちゃんらしいか」


「えへへ、そんなぁ」


「……今のは褒めた扱いでいいのか?」


何気ない会話を交わしながら、私たちはクエストを受けに行くため、"機関"本部へ向かう。


ルベイルさんの宿は"機関"本部からそこまで遠くない。ちょっと歩けば、すぐに本部が見えてくるくらいだ。


ギルドに所属している冒険者は普段は本部に行くような用事はないから、人もそこまで多くない。少し寂しい気もするけれど、スムーズに目的地に着けるのは良いことと思うべきかな。


今日もいつも通り、"機関"本部の目の前までたどり着いた。ここまでは特に何事もない。


そう、ここまでは。


「待て」


「え?」


本部の中へ足を踏み入れようとした私たちを、何者かが呼び止めた。


振り返ってみると、数名の冒険者が並んで私たちを見据えていた。皆、険しい表情を浮かべている。見るからに穏やかな雰囲気ではない。


イブリスさんもただ事ではないと感じ取ったのか、眉間にしわを寄せている。フロワちゃんの表情は変わらないけれど、少し身構えているみたいだ。私も、思わず顔がこわばる。


「黒の魔術師――イブリス・コントラクターだな?」


冒険者たちの中心に立つ、リーダー格に見える男の人が、イブリスさんに尋ねた。


「……悪いが人違いだな。他を当たってくれ」


関わるべきではないと判断したのか、イブリスさんは白々しく嘘をついて強引に会話を終わらせようとしている。


この人たちの険しい表情……少なくとも、良い話題じゃないのは確かだ。イブリスさんがこんな判断をするのも無理はない。


「嘘をつくんじゃあない。ボロボロのマントにアンティークの銃。白髪の少女と巨大な荷物を持ったメイドの連れ……そんな奴が黒の魔術師以外どこにいるって言うんだ?」


しかし、当然というかなんというか、やっぱりすぐにバレてしまった。


「ふっ、まあ、そりゃそうだ」


リーダー格の冒険者が見事に特徴を全部挙げてくれたのを、イブリスさんは鼻で笑った。流石に本気でごまかせるとは思っていなかったようだ。


「で、俺に何の用だ? こんな、ぞろぞろと人を引き連れたりなんかして……」


今度はイブリスさんがリーダー格の冒険者に質問をする。


「別に、大した用じゃない。数分で済む」


リーダー格の冒険者はそう言って、歩いてこちらに近づき始めた。他の冒険者たちもそれに続く。


「お前が、抵抗しなければの話だがな」


その言葉を合図に、冒険者たちが武器を構えた。


その瞬間、冒険者たちよりも早く、フロワちゃんが動く。


布にくるまれていた盾を素早く取り出し、イブリスさんと私の前に躍り出た。冒険者たちは今にも襲い掛かってきそうだったけれど、フロワちゃんの盾が抑止力となったのか、武器を構えた状態にとどまった。


あたりの無関係な人たちもこの異常事態に気が付いたようで、ざわめきがあたりを支配している。


「嫌な予感はしたんだが、まさか本気だとはな」


イブリスさんは落ち着いて銃に弾を込める。口調は静かだけれど、これからどうするべきか、必死で考えている様子だ。


私だって頭の片隅でこうなることを考えてはいた。でも、こんな街中で本当に武器を取り出すなんて!


「ど、どうしてこんな事を!?」


「俺は……俺たちは、お前が憎い……憎くてたまらない。お前が我が物顔でこの街を闊歩しているのが許せないっ!」


私が聞くと、リーダー格の冒険者の表情が一変した。


今までは険しくも落ち着いた顔だったのが、憎しみに歪んだ恐ろしい顔に変わったのだ。


そして声を荒げて、イブリスさんへの憎しみを口にする。その言葉に賛同するように、同行している冒険者も皆おたけびに近い声をあげた。


「ひっ……」


「は、はは……おいおい、尋常じゃねぇな」


思わず恐怖の声をあげてしまう私と、むしろ笑いが出てしまっているイブリスさん。その頬には冷や汗が伝っている。


「悪いが俺ぁお前たちに恨まれるような覚えはないぞ!」


「ほざけ!」


リーダー格の冒険者が手に持った剣で斬りかかってきた。すぐにフロワちゃんが盾を持って割り込み、攻撃を防ぐ。


「ふんぬっ!」


「させません」


今度は後ろに控えていた斧を持った冒険者が攻撃してきたけれど、フロワちゃんは盾を二つに分け、それも防ぐ。


二人の攻撃を受け止めたフロワちゃんは、そのまま盾で二人を押し返した。


「ぐっ……!」「ぬおっ……!」


押し返された二人は吹き飛んで、武器を落として地面に転がる。


「――! イブリスさん、あれは!」


私は地面に落ちた武器を見て、ある事に気が付いた。剣にも斧にも、同じ紋章が刻まれていたのだ。


とても……見覚えのある紋章が。


「ん? ありゃあ……ヒュグロンギルドのエンブレムか!?」


それはつい先日、私たちと戦いを繰り広げた、ヒュグロンの紋章だったのだ。


「くっ……その通り。俺たちは……ヒュグロンギルドに所属している冒険者だ。いや、所属していた(・・・・)か」


リーダー格の冒険者が立ち上がりながら言う。


よく見ると確かに、後ろに控えている冒険者たちの装備品も、ヒュグロンのエンブレムが所々にあるのがわかる。


「ちょっと待て、どうしてヒュグロンの連中が俺を狙うんだ!?」


「とぼけるんじゃあない!」


リーダー格の冒険者は強く叫んで、拾い上げた剣でイブリスさんを指し示した。


イブリスさんを真っ直ぐに睨みつけるその瞳には、強い怒りと憎しみがはっきりと込められている。


「俺たちのギルドはお前に潰されたんだ! だからお前を憎むのは当然!」


「え、ええ!?」


思わず、私が声を上げてしまった。


イブリスさんがヒュグロンを潰したなんて、どうしてそんな話になっているのか。あれはノゼルさんが暴走した結果で……どちらかというと、自滅に近い形なのに。


「何の事だ? あの事件に関わったのは事実だが、別に俺がギルドを潰したわけじゃない!」


「嘘をつくな! お前がやったに決まっているのだ、そうに違いない!」


「くそ、駄目だ。話が通じやしねぇ!」


あの冒険者たちは、ギルドが壊滅したのはイブリスさんのせいだと信じて疑っていないみたいだ。この様子だと、多分誰が何を言っても聞いてくれないだろう。


「どうやら……あらぬ噂が流れているようですね」


「らしいな。二人とも、俺に近づけ」


「は、はい!」


イブリスさんが銃を構えて私たちに指示をした。フロワちゃんも私も、素直にイブリスさんの近くに寄る。


「何をする気だ!」


「"miragE"!」


私たちが近づいたのを確認すると、イブリスさんは自分の頭を撃ち抜いた。


銃声と共に黒い霧が発生して、私たちを包み込んでいく。


「な……なんだ!? どこに行った!」


"miragE"は確か、敵から姿を隠すための魔法。私たちは今、黒い霧に包まれているけれど、あの冒険者たちからは突然消えたように見えているはずだ。


「よーし、今のうちに逃げるぞ!」


「に、逃げるんですか? どうにかして誤解を解かないと……!」


「"三十六計逃げるに如かず"だ! 今奴らとやりあっても良い事はない! 行くぞ!」


イブリスさんはさっさと野次馬の隙間をぬってここから離れていき、フロワちゃんもすぐにそれを追う。私も、少し遅れつつも二人に続いた。


私たちはあちらこちらへ、とにかく街の中をずんずん進んでいく。


思いっきり走る私たちに対して、街の人たちから一体何事かという視線が絶えず向けられているけれど、そんなことは気にしていられない。("miragE"の効果があるのはあの冒険者たちに対してだけだ)


裏路地を進んで、あえて大通りに出てみたり、また裏路地に入ったり。


そんなサイクルを何回か繰り返して、私たちはどこかの裏路地で足を止めた。


「はぁ、はぁ……ここまで来れば、大丈夫、ですかね……? はぁ、はぁ……」


「ふぅ……ああ……奴らはまだ、俺たちを探しているだろうが……」


荒い呼吸を繰り返しながら、辺りを見渡してみる。とりあえず、近くには私たちを追う影はない。


「大丈夫そうだな……ここで、しばらく休もう……」


イブリスさんも私も、その場で座り込んだ。かなり長い間走り回っていたから、息を整えるのにもかなりの時間が必要だ。


「というか、ここどこなんだろう……?」


夢中で逃げてきたから、どんな道を通ってきたか全く覚えてない。私たち、一体どこまで来たんだろう……?


「あちらにヒュグロンギルドの跡地があります。奇しくも、近くまで来ていたようですね」


フロワちゃんが指差した方向を見ると、立ち並ぶ建物の間にある瓦礫の山が目に入った。あれがかつてのヒュグロンギルド本部だ。


ヒュグロンギルドはあの直後に取り壊された。瘴気の影響を受けて人食いハウスになっていたんだから、残していては危険と判断されたらしい。


確かに、突然動き出して辺りの人を手当たりしだい食べはじめるとか……そんなことがおきてもおかしくはないのかも。


ちなみにフロワちゃんは一切息を切らしていないけれど、私もイブリスさんも特に気にしてはいない。なんというか、フロワちゃんはもうそういう存在だ。


「笑えねぇな、ヒュグロンの連中から逃げてたどりついたのがヒュグロン本部かよ」


イブリスさんが立ち上がる。もう息は落ち着いたようだ。私は……まだもう少しかかりそうだけれど。


でも、あまり長い間ここにいるわけにもいかない。私はまだ少し荒い息を無理やり整えて、立ち上がる。


……そこで、私たちの頭上(・・)を、何者かが通り過ぎた。


「――! お二人とも、警戒を」


フロワちゃんがすぐに、盾を構える。


「な……なんですか、今の影……!?」


「……屋根の上、か」


私とイブリスさんも得物を構え、周囲を警戒しはじめた。


どうやら敵は屋根から屋根へと飛び移ってこっちに近づいてきていたみたいだ。ここまで気配を感じなかったのはそのせいなのかな?


"miragE"の効果もとっくに切れている。今の私たちは、敵から丸見えだ。


「どこから来るんでしょう……?」


「わからん。全部に気を配っておくんだ」


今、この場には三つのルートがある。


表通りの方向、裏路地に続く方向、そして、屋根の上……つまり頭上。


敵はいったい、どの方向から来るのか。


「――! そこか!?」


敵が再び、私たちの頭上を飛び越えた。イブリスさんは咄嗟に銃を上空に向け、撃つ。こういう時は魔法よりも銃を直接撃つほうが早い。


「きゅっ!?」


放たれた銃弾は敵に当たった……のだけれど、どうやらかすっただけみたい。甲高いうめき声は聞こえたけれど、敵はまた屋根の上に消えてしまった。


「くそっ……銃弾が一発無駄になったな……」


イブリスさんはぼやきながら、今使った一発分を銃に補充した。いつもの、銀の銃弾だ。


「イブリス様、来ます」


フロワちゃんが、盾を裏路地に続く方向に向けた。その直後、私たちの目の前に、屋根の上から影が降り立つ。


「はっ、ようやく姿を見せやがったな。今度はかすり傷じゃ……」


イブリスさんが影に銃を向けると共に、突然言葉が途切れた。


理由は明白。降り立った影は……私たちの予想とは、全く違う姿をしていたのだ。


「い、イブリスさん、これ……!」


「……こいつは何の冗談だ?」


その敵は冒険者ではなかった。いや、人間ではなかった。


濁った緑色の皮膚、黄色く光る目、鋭い牙と、額から生えた角。


異形の存在にして、人類を脅かす怪物。


「どうして――街中に悪魔がいやがる」


それは、悪魔だったのだ。

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