豪腕メイドVS悪魔
「キシャァ!」
悪魔は牙をむき出しにして、私たちを威嚇する。その口からは黒いもや……瘴気が、あふれ出していた。
あちらも私たちを警戒しているのか、すぐには襲い掛かってこない。
「ちぃ! 考えてる暇はねぇか!」
「さ、サポートします!」
イブリスさんは先手必勝とばかりに銃を三発、悪魔に向かって撃ちこむ。同時に私は小さな光球を数発放つ杖魔法を悪魔に向けて撃った。
「ギシュッ!?」
私の光球に惑わされてくれたのか、悪魔はうまく逃げられず、三発中二発の弾丸が命中する。
左肩の辺りと、右わき腹。弾丸が命中した箇所は出血するわけでなく、燃やされたように黒い煙をあげて焼け焦げている。よく見ると、先ほどの弾丸がかすったと思われる左脚にも、同じような焼け焦げた跡があった。
「流石銀の弾丸、退魔の力は強いようですね」
「まあな」
傷を負った悪魔を、フロワちゃんが盾で押しつぶす。悪魔はもがいているけれど、流石に抜け出せないようだ。
「よしフロワ、危ないからすぐに離れろよ」
フロワちゃんが拘束する悪魔に、イブリスさんはゆっくりと銃の狙いをつける。
「"blasT"」
狙いを定めたイブリスさんは、左手を通して銃を撃った。
フロワちゃんは銃声が鳴った瞬間に距離を取り、盾を構えて衝撃に備える。
イブリスさんの身体を通って黒いオーラを纏った弾丸は悪魔に着弾すると、重厚で不快な音――黒属性の魔力がぶつかると起こる、共鳴反応だ――を響かせたと思うと、小規模で、けれども大きな衝撃の爆発を起こした。
あとには、黒コゲになった悪魔の体が残る。もうピクリとも動かない。
「や、やりましたか?」
「ああ、もう死んでる」
「は、はぁ……良かった……」
私は思わずその場にへたり込む。
――すると、街の至る所から悲鳴が聞こえてきた。
「よ、良くなかった……」
相手は悪魔の軍勢。そう、"軍勢"なのだ。
気がつくと表通りには今戦ったのと同系のものをはじめとした悪魔が跋扈し、空にも飛行型の悪魔が何匹も飛んでいるのが見える。
「悪魔の襲撃、ですか。ついに来たようで……しかしまさか、こんな、大規模な……!」
「あのヒュグロンの連中に続いて悪魔の襲撃かよ……! なんなんだ今日は! 厄日なんて言葉じゃ済まされねぇぞ!」
既に所々で戦闘が始まっているらしい。武器が振るわれる音、魔法が放たれる音、そして悪魔と人間の叫び声が、入り混じって辺りから聞こえてくる。
「ど、どど、どうするんですか!? イブリスさん!」
「とにかく安全なところを探すぞ!」
「上から来ます」
空を飛ぶ悪魔の一匹が、私たちに気づいて急降下してくる。人型で、腕だけが翼に変わったような見た目だ。
「来るんじゃねぇ!」
イブリスさんは急降下してくる悪魔めがけて銃を撃った。
弾丸は悪魔の翼に命中。着弾した場所はやはり黒い煙を上げて焼け焦げる。
片方の翼を失ってバランスを崩した悪魔は、私たちの目の前で落下した。
「はっ……悪魔相手だと普通に撃ったほうが楽に戦えるかもな……! 行くぞ!」
裏路地へ続く方向は今落下してきた悪魔がもがいていて通れそうにない。私たちは表通りへ出た。
表通りは人が多いだけあって、あちこちで冒険者と悪魔の戦いが繰り広げられている。
果敢に立ち向かい、悪魔を迎撃する人もいれば、おびえて逃げ回っている人もいるようだ。
「地獄絵図だな……!」
イブリスさんが呟く。
ここにも、ついさっきまではいつもと何にも変わらない日常の風景があったはずなのに、それが突然壊されてしまったんだ。
「なんでこんな酷いことを……私たちが目的じゃないの!?」
「わかりません。前から危惧されていた私たちの口封じのためかもしれませんし、それ以外の目的かもしれません。どちらにせよ、今はこの街ごと滅ぼしてしまう魂胆のようですね」
「そりゃまた、強引な方法だな……来るぞ!」
イブリスさんが銃を構え、フロワちゃんが盾を持って前に出る。
見ると、3匹の悪魔が私たちに襲い掛かろうとしていた。息つく暇も与えてくれない。
「っ! "Saint Defender"!」
私はフロワちゃんが持つ盾の魔石に防壁の魔法を送り込んだ。勿論、二つ取り付けられているから、その両方に。
フロワちゃんの盾を透明な防壁が包み、防御範囲を拡大する。フロワちゃんにとっては、攻撃範囲が広がったのと同じ。
「感謝します、サラさん」
フロワちゃんは盾を二つに分け、悪魔への攻撃を始めた。右の盾と左の盾で、二匹の悪魔を同時に相手している。
悪魔が右方向から来れば右の盾で殴りつけ、左方向から来れば左の盾で殴りつけ、背後から来ても、正面からでも、全て完璧に捌いている。
まるで舞のような、美しい動きだ。
「こちらの二匹は、私にお任せを……」
「了解だ! こっちは俺一人でいい。サラちゃんはフロワを援護してやれ!」
「はい! ”Saint Increase:Speed”!」
フロワちゃんが悪魔を二匹引き付けている間に、イブリスさんが残った一匹を相手し始めた。
私は指示通り、フロワちゃんのサポートに回った。手始めに速さを増させる補助魔法をフロワちゃんに施す。
フロワちゃんほどの身体能力があれば補助魔法なんてなくてもどうにかなりそうだけれど、少しでも楽に戦えたほうがいいに決まっている。
それに今は本人曰く『まだ使い慣れていない』武器を使っているんだから(私には十分使いこなせているように見えるけれど)、もしもの事態も起こり得る。私の補助は無駄にはならないはずだ。
事実、私の魔法を受けてからフロワちゃんの動きが少し機敏になったように見える。
「……おかしいですね」
しかし、フロワちゃんの表情はどこか曇ったもの。
戦いづらいというような感じではない。かといって、戦いやすそうな感じでもない。どこか、戦っていて違和感を感じているような雰囲気だ。
次々と繰り出される攻撃はしっかり守れているし、私には何かがおかしいようには思えないのだけれど……
「っ! これは……!」
悪魔二匹が、フロワちゃんを挟むように陣取った。黒い魔力をまとった拳で、二匹同時に殴りかかっている。
フロワちゃんは両手の盾で攻撃を受け止める。かなりの力らしく、歯を食いしばって、両側からの衝撃に耐えている。
「フロワちゃん……! "Saint Increase:Power"!」
私はすかさず力を増幅させる魔法を使った。押されていた盾が、少し押し返される。
それでも力は均衡にとどまっている。片手だけとはいえ、フロワちゃんの力と張り合えるなんて……普通の冒険者がまともに相手をしたら、簡単に力負けしてしまうだろう。
「今助けるよ!」
バフによるサポートだけじゃあ足りなさそうだ。私は杖についている魔石に魔力を流し込んだ。
魔石が光り、光球が尾を引いて二匹の悪魔に向かっていく。フロワちゃんへの攻撃に集中していたのか、悪魔たちは反応が遅れ、私の光球は二匹に直撃した。
この光球に攻撃力はあまりない。けれど、隙を作るのには十分。
光球に気をとられた悪魔たちを、フロワちゃんは盾で押し返した。
「やった!」
私は思わずガッツポーズをした。これで形勢逆転だ。
押し返された悪魔たちは完全にバランスを崩して、地面に倒れこんでいる。
フロワちゃんなら、ここから簡単に追撃できるはず。両方は無理でも、片方だけなら確実に倒せる。
「善戦しているようだな。こっちは終わったぞ」
イブリスさんのほうも無事、悪魔を倒すことが出来たようだ。あと一匹でも倒せれば、残るは一匹だけ。対処もそう難しくない。
つまり、この時点で勝ったも同然ということ。これでとりあえずはひと安心だ。
「――! フロワ、後ろだ!」
――と、思っていたのだけれど。どうにもそうはいかないらしく。
いつの間にか、今まで戦っていた悪魔とは違う新しい悪魔が、フロワちゃんに飛びかかっていた。
「っ!?」
「そ、そんな! いつの間に!?」
フロワちゃんは分離させていた盾を合体させつつ振り返り、悪魔の飛びかかり攻撃を受け止める。
両手を使えているおかげか、今度は余裕で攻撃を防ぐ。フロワちゃんはそのまま押し返して悪魔を吹き飛ばした。
ダメージは与えられたけれど、倒せてはいない。フロワちゃんは一度私たちの近くへ寄って、悪魔から距離をとった。
「一体どこから……気配は一切感じなかったのですが」
「身を隠してたって言うのか? こいつが?」
「……やはり、おかしいですね」
やっぱり、フロワちゃんには気になることがあるらしい。
「イブリス様、アニ森林で悪魔の軍勢を相手した時の記憶はまだお持ちですか?」
「……ああ、覚えてる。ラディスが勝手にサラちゃんを連れてきた時だろ」
「私も覚えてるよ。ラディスさんたちと初めて会った日だよね」
「はい……どうにもこの悪魔たちは、あの時の悪魔とは違うようです」
「はっ、奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」
「え、え?」
フロワちゃんだけじゃなく、イブリスさんまで同じような違和感を覚えていたようだ。
直接戦っていないからなのか、それとも二人よりも経験が浅いからなのか、私にはさっぱりわからない。
「あの森で遭遇した悪魔どもは……ただただ敵に、俺たちに襲い掛かってくるだけだった。連携もなにも考えていない、敵がいるから狩りに行くだけ。だが今は違う」
イブリスさんの言葉に、フロワちゃんがうなづいた。
「……左右から、全く同時に攻撃を行ったことといい、身を隠していた一匹がその隙をついて襲い掛かってきたことといい……今回の悪魔は明らかにチームを組んで襲撃してきています。見たところ、あの森の時と同種の悪魔であるにも関わらず、です」
「多少ではあるが連携が出来ている、統率が取れている……そこがあの時とは決定的に違う」
「……言われてみれば」
今こうしている間にも、悪魔たちは私たちの様子を見るばかりで、すぐには襲い掛かってこない。
あの時、あの森では……ラディスさんの戦いに気を取られていてあまり覚えていないけれど、とにかく次から次へと攻撃してきていたような気がする。
「なんでしょう、まるで誰か、まとめ役が居るみたいな……」
「ありえるかもな。まあ考えてても仕方がない。まずは目の前の敵だ……油断するな」
「はい。……あれ?」
残っているのは、さっきまでフロワちゃんと戦ってた二匹と、奇襲してきた一匹……そのはず。
でも、今私たちの目の前には。
「一匹足りない……!」
私たちの目の前には、二匹しか居ない――!
「っ! また身を隠して……!?」
「イブリス様っ! 後ろです!」
フロワちゃんがいち早く気づいて、叫んだ。私たちはすぐに後ろを振り返る。
けれど、時既に遅し。悪魔は鋭い爪を振りかざし、今にもイブリスさんに飛びかかろうとしていたのだ。
フロワちゃんの盾も、私の防御魔法ももう間に合わない。
やられる――! 血まみれになったイブリスさんを想像し、私が思わず目を閉じた、その時。
「ギャァッス!」
悪魔の、悲鳴が聞こえた。
「えっ!?」
目を開けてみると、そこに居たのは血まみれのイブリスさん……ではなく、剣を握った一人の冒険者だった。
多分、ギリギリで私たちの間に割り込み、悪魔を叩き落してくれたんだろう。
「すまねぇ、助かっ――」
「ここに居たのか」
「――てないみたいだな、どうも」
でも、どうやら全く安心できないみたいだ。
私たちを悪魔から守ったのは……つい先ほど襲撃してきた、ヒュグロンギルドの冒険者だったのだから。
「探したぞ……黒の魔術師!」
仲間たちも姿を現した。さきほどよりも数が少ないのは、手分けをして私たちを探していたからなのだろうか。
数が揃うや否や、冒険者たちは武器を構える。悪魔たちに向かってではなく、私たちに向かってだ。
「ち、ちょっと待ってください! 私たちと戦うっていうんですか!?」
「当然だ! なんのために俺たちがお前らを追ってきたと思っている!」
「そうじゃないです! この状況、わかってるんでしょう!?」
周りにはまだ悪魔と、それに襲われている冒険者が残っている。
普通に考えれば、今戦うべき相手は悪魔だ。内輪もめをしている場合じゃあないのに……その状況で、冒険者たちは私たちと戦おうとしているのだ。
「周りのことなど知ったことか、俺たちにとっては黒の魔術師を倒すことのほうが重要だ!」
「それに、どうせこの騒ぎもお前らのせいに決まってる!」
「ああ、お前たちを倒せば悪魔どもも撤退するはずだ!」
「もう……! 今、私たちが悪魔に襲われてるの見てたんじゃないんですか!」
「やめろサラちゃん、話が通じそうにねぇ」
「でも!」
もうイブリスさんとフロワちゃんは話し合いは諦めているみたいだ。確かに、完全に私たちが悪者だと決め付けられていて、私たちの言い分は通じそうにないけれど……
こんなところで戦うなんて、私たちだけじゃなくてこの冒険者も皆危ない。悪魔たちは私たちの争いなんて関係なしに襲い掛かってくるんだから。
「わかってる。さっきも言っただろ、こいつらとやりあって良い事はねぇ。さっさと逃げよう」
「ふざけるな! 逃がすと思っているのか!?」
冒険者たちは私たちを輪のように取り囲んだ。これでは先ほどのように"miragE"で逃げるのは難しいだろう。どう逃げようとしてもいずれかの冒険者に接触して、気づかれてしまう。
「私たちに気をとられている場合ではないと思いますが」
「何だと!?」
「後ろにご注意、です」
「――っ!?」
私たちの正面に陣取るリーダー格の冒険者が突然地面に突っ伏した。すでに後ろから悪魔が迫ってきていて、それに襲われたのだ。他の冒険者たちもパニックに陥る。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「た、助けなくて良いんですか?」
「悪魔一匹くらいどうにかなるだろ」
「……」
私はさりげなく冒険者たちに補助魔法をかけ、軽くお辞儀をして……逃げるイブリスさんたちに続いた。





