狂気の花 その4
「どうした!? なぜ奴を守るのだ!?」
レオがサラに向かって叫ぶ。
だが、サラの表情は依然虚ろなままで、返答は得られなかった。
「あれ……私、なんで……? でも、守らなきゃ……ノゼルさん、守らなきゃ……」
「ふふ、それでいい……それでいいのよサラちゃん。貴方は私のものなんだから……」
「っ! あの花のせいか!」
なにかを呟いてはいるものの、とても意思が感じられる状態ではない。恐らく、サラを捕らえているツタに咲く紫色の百合が彼女を操っているのだろう。
「この……! サラちゃんを離せっ! "fanG"!」
「そう言われて素直に従う馬鹿はいない」
イブリスが牙の魔法を放つが、再びノゼルのツタが防御する。黒属性の魔法とツタがぶつかり合い、共鳴反応の低い音が鳴り響く。
「彼女は渡さない、渡す訳がない。彼女は私のものなんだから。だからお前たちはさっさと死ね、さもなくば殺す。どうせお前たちには勝ち目などない」
ノゼルの言うとおりだ、このままでは勝ち目はない。ここまで戦って、ノゼルに全くダメージを与えられていないのだ。
手数の多さ、攻撃の威力、そしてなによりも防御の硬さ……どれをとっても相手の性能が高すぎる。どうにかして逆転の糸口を見出さなければ。イブリスは考える。
「ぐっ……!」
「主様っ!」
イブリスの視界の端で、ツタに襲われていたラディスの刀が弾き飛ばされるのが見えた。フロワが守っているものの、武器を手放してしまった以上攻撃は難しいだろう。
自分の魔法も、サラを巻き込んでしまう可能性がある以上使えない。火力の要である二人の動きが半ば封じられた状態だ。
こうしている間にも鉤爪がイブリスたちへ向けられ、またツタも迫ってくる。
「……ねえ」
解決策を見つけられないイブリスの少し後ろから、セルテの声が聞こえた。
「ずっと気になっていたのだけれど、どうしてそんなにあの子に執着するんだい?」
『T.M.F』の、全ての動きが止まった。
「なに?」
ノゼルの表情が、明らかに歪んだ。サラに語り掛ける時とはまた違った、歪な表情。狂気に満ちたような顔ではなく、不機嫌さを体現したような表情だ。
「いや、ちょっと気になってね。どうしてそんなに……サラちゃんを渡したくないのか」
セルテが言葉を続ける。同時に、ノゼルの表情がどんどん歪んでいく。
「……? 何故? 私は、私は……」
不機嫌な表情の中に、動揺の色が浮かび始めた。
「私は……私は白が欲しい……どうして? 私は、私は……あ、あぁ……」
「なんだ、どうした!?」
ノゼルが目を見開き、震え始めた。同時に、『T.M.F』の動きにも変化が現れる。
中心の目玉の視線は激しく泳ぎ、ツタはサラを捕らえているものを除いて無造作に振り回される。機銃や鉤爪も滅茶苦茶に稼働している。まるで制御を失ってしまっているかのようだ。
皆は振り回されるツタに当たらないよう、安全な場所に固まった。
「うわわ……! 一体なにが……!」
話を振ったセルテにも流石にこうなることは予想できなかったようだ。
ノゼルの暴走は止まる気配を見せない。あの狂気は、彼女自身にも制御できていなかったのだ。
「事態はつかめませんが……これは好機です、主様」
「ええ、勿論この隙は逃しませんよ!」
ラディスが動いた。
ツタの合間を縫って弾き飛ばされた刀を拾い上げ、その柄に手をかける。
「"Saint Defender"」
すぐにサラから防壁が展開されるが、それは意味を成さない。ラディスの攻撃はノゼルの位置に直接発生するのだ。
「げあっ……! あ、あっ……!?」
今度はツタの邪魔も入らない。ラディスの時空を超えた斬撃はノゼルの体を切り裂いた。
しかしノゼルは攻撃を受けてもなお、正気を取り戻す様子はない。
「あ、ああ、あああぁ……白、白を……白を頂戴、私に白を……」
それどころか暴走に拍車がかかっているようだ。ツタがさらに暴れ始めた。
「そんなに白が欲しいなら、ほらっ!」
「はうっ……!?」
セルテが白の魔力を固め、ノゼルの目の前で拡散させた。
白の魔力は光を放つ性質がある。それを拡散させると、強力な光が一瞬、生まれるのだ。破壊力はないが目くらましとしては有用。特に今のノゼルにはかなり効果的だろう。
「違う……違うの……これは私の白じゃない……ああ、サラちゃん、サラちゃん……!」
ノゼルは突然の光で真っ白になった視界の中、手探りでサラを探す。求めているのはセルテの"白"ではない。サラの持つ純粋な"白"なのだ。
最も、どれだけ手を伸ばしたところで高所に捕らわれているサラには届くはずがない。だがノゼルの操っているはずの『T.M.F』も彼女を降ろす様子はなく、ノゼルがかなりのパニックになっていることがわかる。
「何かお探しか?」
はっきりとしない視界で"白"を求めてフラフラとするノゼルに、誰かの声がかけられた。
「ふんっ!」
「きゅあぅ!」
直後にノゼルの鳩尾に途轍もない痛みが走る。レオの拳がノゼルに襲い掛かったのだ。
「さあ、サラちゃんを離すのだ! 離さないのであれば、もう一発キツイのをお見舞いすることになるぞ!!」
「あ、ああ……あ……」
レオはノゼルの胸倉を掴み、迫る。
だがノゼルはうめき声をあげるばかりで、何も答えようとしない。いや、何も答えられそうにない、というべきだろう。その眼からは正気も生気も感じられなかった。
視界も満足に回復していないのか、それとも最早何を攻撃すればいいのかわかっていないのか、暴れていたツタは何もない虚空をひたすら殴り続け、同じ方向に機銃も乱射されている。
「どうやら……言っても無駄みたいだな。完全に壊れちまってる」
イブリスが複雑な思いでノゼルを見つめる。
聞きたいことが山ほどあったのだが、これでは何の情報も得られないだろう。
「ラディス、もう大丈夫だろう。サラちゃんを助けてやってくれ」
「ええ、任せてください」
ラディスはサラを捕らえているツタに狙いを定め、時空斬を構えた。
本体があんな状態になっているにも関わらず、このツタはサラを決して離そうとしていない。紫色の百合も健在で、サラの表情は相変わらず虚ろなままだ。
「……め」
「ん……?」
ラディスの手が刀の柄に触れた瞬間、ノゼルが声をあげた。ラディスもそちらに気を取られ、一瞬動きが止まる。
「それだけは……あの子だけは駄目ええええええええ!!」
「ぬっ!?」
胸倉を掴まれたままのノゼルが突然ジタバタと暴れ始める。レオが咄嗟に腕を抑え、動きを封じた。
同時に、捕らわれたサラが再び口を開く。ノゼルを助けるために。
「"Saint Region"」
放たれたのは、彼女にとって禁断の魔法だった。





